2021年1月30日

医療逼迫しても Go To キャンペーン

Travel
Go To Trouble Travel

NHKニュース電子版によると、政府の旅行需要の喚起策「Go To トラベル」が始まった去年7月、旅行に関連した新型コロナウイルスの感染者が増えていて、キャンペーンが当初の段階で影響した可能性があるとする研究論文を西浦博京都大教授らの研究チームが医学雑誌 "Journal of Clinical Medicine" に発表した。去年5月から8月にかけて24の県から報告された新型コロナウイルスの感染者およそ4,000人を分析し、およそ20%が発症前に旅行していたり旅行者と接触したりするなど旅行関連とみられる感染者だったという。そして期間ごとの発生率を比較する手法で詳しく分析した結果「Go Toトラベル」が始まった去年7月22日からの5日間では旅行に関連した感染者は127人で、発生率は前の週の5日間と比べて1.44倍に高くなっていたことが分かったという。さらに出張ではなく観光目的で感染した人は最大6.8倍、直前期間との比較ではおおむね2~3倍になった。例えば以下の図1(左上)は「Go Toトラベル」開始前30日間(1a)開始後5日間(2)8月8~31日(3)における感染者数。旅行関連が青、そうでない者が赤、面積は発病時刻が既知の確定患者1,707人中の何%を占めるのかという比率を意味する。この論文に対し、明治大学の飯田泰之准教授が配信サイト note で「Go To キャンペーンによって旅行由来の感染が増加したことを示す機能はない」と批判した。

Journal of Clinical Medicine

これに対し医療専門サイト m3.com に西浦教授がコメントを寄稿している。「Go Toトラベル」という政策を通じて旅行関連感染者数が増えた(キャンペーンがなければ増えなかった)に相当する研究の最初のキッカケづくりが、今回の研究ですと述べている。医学者対経済学者という立場の差異ゆえか、どうも「論争」が噛み合っていない感じである。新型コロナウイルス感染症は、人が動けば拡散する。旅行すれば感染すりスクが高まるし、家にじっとしていれば、広がらない。そこでそれじゃ経済が回らないという主張が跋扈する。しかし「Go Toトラベル」は医療が逼迫する中、旅行せよという経済政策であり私は反対である。「3月までに税金使って旅行キャンペーンやるのか」と立憲民主党の小川淳也議員が1月25日の衆院予算委員会でこう述べ、20年度第3次補正予算案から旅行需要の喚起策「Go Toトラベル」(約1兆円)を削除し、医療支援重視の予算に組み替えるよう求めたが、政府は否定した。自民党の二階俊博幹事長は全国旅行業協会(ANTA)だが、巷間噂されてるように、その二階幹事長に菅義偉首相が忖度していると思われる。どうやら税金を自分の金と勘違いしているようだ。おそらく「まもなく再開」と虎視眈々、まさに「Go Toトラブル」だ。下記リンク先で西浦教授らの京大グループが "Journal of Clinical Medicine" 誌に投稿した論文(英文)を読むことができる。

coronavirus "Go To Travel" Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease | MDPI

2021年1月28日

バイデンは政治風刺漫画の主役になれるだろうか

Worst Cooks

日本では政治風刺漫画はやや廃れ気味だが、諸外国、特に欧米では盛んである。新聞や雑誌など個々のサイトで見ることができるが、チェックし切れない。そこで次の政治風刺漫画サイトを覗くことにしている。

ドナルド・トランプ前大統領の4年間を私は政治風刺漫画を通じて眺めてきた。バラク・オバマ元大統領も政治風刺漫画のターゲットになっていたが、トランプはその上を走ってきたと言えるだろう。先の大統領戦は、ジョー・バイデンへの交代というより、トランプの敗退という印象が強い。従って政治風刺漫画家にとっては、トランプという恰好のターゲットを失ってしまったと言えそうだ。トランプ政権は大統領自ら民族・人種・性別による偏見を表明してマイノリティー迫害を助長し、批判を受けるとフェイクニュースだと強弁した。利益相反の疑いを押しのけて家族の運営するホテルやゴルフ場を率先して使い「米国第一」ならぬ「自分第一」へと利益誘導を続けた。そして国際関係も破壊した。地球温暖化に関するパリ協定の離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の一方的破棄と改定強要、WHO(世界保健機関)離脱などはそのわずかな例に過ぎない。大統領選では「選挙を盗まれた」と根拠なき陰謀論を展開し、煽られた支持者たちが連邦議会議事堂に乱入した。米国は様々な価値観が混在しする多民族国家である。それをひとつの方向に束ねてきたのが「民主主義」の理念である。この理念を踏みにじり、分断化を招いたドナルド・トランプ前大統領の所業は看過できない。

Trump's coup against democracy ©2021 Naoufal Lahlali

折に触れて政治風刺画家たちはトランプの動向を題材にしてきた。中には行き過ぎとも思われる表現もあったが、トランプが不快感を表したかは不明である。為政者にとっては自分の印象ををいかに拡散するかが重要なので「悪評もまた評なり」と考えたのかもしれない。不思議なことに「悪評」は存在感を強調することもある。そしてその「悪評」が風刺画に反映する。例えば日本の政治家で、政治風刺漫画の対象になったダントツは安倍晋三元首相である。菅義偉首相は国内では評判が悪いが、政治風刺漫画の世界の舞台では未だに無名だ。それでは就任したばかりだが、ジョー・バイデン新大統領はどうだろうか。どちらかと言えば、穏健な調整型の地味な政治家なので、政治風刺漫画家は困惑しているかもしれない。やはり存在感はトランプより落ちるが、今後の成り行きを見守りたい。むしろカマラ・ハリス副大統領のほうが「絵」になりそうな気がする。いずれにせよ主権者の心を捉える、新しい行動を起せるかが政治風刺漫画の主役になれるかの鍵ではある。

The Library of Congress  Classroom Materials at the Library of Congress Political Cartoons and Public Debates

2021年1月26日

藤田嗣治とユキの恋物語

Foujita et Youki
Léonard Foujita et Youki par Albert Harlingue vers 1924

パリの写真家アルバート・ハーリング(1879-1963)の作品を調べていたら、この写真に出くわした。藤田嗣治(1886–1968)とモデルのリュシー・バドゥ(1903-1966)で、ふたりはちょうど100年前の1921年に出会った。雪のように白い肌と官能的な曲線を持つルリュシーの美しさに一目惚れ、裸体画のモデルになるよう懇願した。ただファーストネームのリュシーが気に入らなかったらしく、彼女をユキ(Youki)と呼ぶようになった。雪を意味していたことは言うまでもない。藤田の最初の裸体画のモデルはマン・レイ(1890–1976)の愛人であったキキことアリス・プラン(1901–1953)だったが、乳白色の滑らかな画面によりフォンブラン(乳白色の下地)と称えられ多くの人々を魅了した。さらに彼は色彩をあまり用いず「ぼかし」の効果により、他の画家がまねのできない微妙な陰影の効果をあげ、これらによって西洋の伝統的なモデリング(肉付け)に劣らない優れた芸術的効果をあげた。従って雪のような肌を持ったユキに魅了されたことは頷ける。

Youki au Chat par Léonard Foujita en 1923

1924年にふたりはモンパルナスに新居を構えだが、そのころハーリングが上掲の写真を撮ったのである。その前年この「ユキと猫」が制作されたが、前妻フェルナンデ・バレエ(1893–1960)は、嫉妬心に駆られて、彼の作品が展示されている公募展の会場で藤田に襲いかかったという。情熱と優しさを感じさせる官能性を初めて発揮したのが、この作品だったからである。磁器のような肌がキャンバスの上で輝き、ベッドの色調と調和している。この作品にはもうひとつの重要なモチーフが登場している。マイクと名付けられたこの猫はパリに到着して間もなくのある日、後を追って家にやってきた。玄関先から離れようとしなかったために飼うことにしたようだ。猫の存在は藤田の作品の主役であり、ある時は人物の伴侶として、またある時は中心的な主題として描かれたのである。猫の個性を愛し、その中にある種の不確定性と予測不可能性を認めていたが、それは女性にも当てはまるものであった。1929年に結婚、ユキは藤田の三番目の妻となった。しかしユキは教養のある美しい女性だったが酒癖が悪かったらしいのだが、その具体的なエピソードを見つけることができなかった。シュールレアリスムの詩人のロベール・デスノス(1900–1945)と愛人関係になり、1931年に生活を共にするようになった。そして藤田嗣治とユキことリュシー・バドゥの10年間の恋物語は幕を閉じた。

museum Foujita Painting in the Roaring Twenties | Musée Maillol Exhibition 2018(PDF 2.88MB)

2021年1月23日

ウディ・ガスリーの This Land が意味するもの

©2021 Chris Britt / Creators Syndicate

Jennifer Lopez (1969-)

東部時間1月20日に開催されたジョー・バイデン米大統領(1942-)の就任式のライブビデオを観た。国歌 "The Star-Spangled Banner" を歌い上げたレディー・ガガ(1986-)の衣裳に圧倒されたが、ジェニファー・ロペス(1969-)が "This Land is Your Land" を歌ったこともひじょうに興味深かった。ロペスはニューヨーク市ブロンクス生まれのプエルトリコ系の米国人である。オクラホマ州タルサのウディ・ガスリー・センターがさっそく「第46代アメリカ合衆国大統領ジョー・バイデンとカマラ・ハリス副大統領の就任式で、ジェニファー・ロペスが "This Land is Your Land" を歌ったたことを光栄に思います」とツイートしたように、これはオクラホマ州オキーマ生まれのフォーク歌手、ウディ・ガスリー(1912–1967)が1940年に作った歌である。

This land is your land, this land is my land
From California to the New York Island
From the Redwood Forest to the Gulf Stream waters
This land was made for you and me
この土地はあなたの土地、この地土は私の土地
カリフォルニアからニューヨーク島まで
レッドウッドの森からメキシコ湾の海流まで
この土地はあなたと私のために作られた

レッドウッドの森からメキシコ湾の海流までとあるように "Land" は「土地」を意味する。ところが「国」という意味にも使われる。だから題名を「わが祖国」とし、続けて「この国はあなたの国、この国は私の国」という和訳が散見する。これは「この土地はあなたの土地、この地土は私の土地」とはニュアンスがまるで違う。しかも1944年の改訂版ではオリジナル版にあった、次のふたつのフレーズが消えている。

Was a high wall there that tried to stop me
A sign was painted said: Private Property
But on the back side it didn't say nothing
God blessed America for me
そこには高い壁があって私を止めようとしていた
看板には私有地と描いてあった
しかし裏面には何も書かれていなかった
神は私のためにアメリカを祝福してくれた

One bright sunny morning in the shadow of the steeple
By the Relief Office I saw my people
As they stood hungry, I stood there wondering if
God blessed America for me
尖塔の影のある晴れた朝
救援所のそばで私は人々を見た
彼らが空腹のままだったので、私は疑問に思ってそこに立っていた
神は私のためにアメリカを祝福してくれた
Woody Guthrie (1912–1967)

米国を批判する2つの節、すなわち私有財産と飢餓にフレーズが元のバージョンから削除されている。1940年、ガスリーは1939年のソビエトのポーランド侵攻を称賛した。しかしヨーロッパへの米国の関与により、ナショナリスト的な口調に対する積極的な支持に戻ったようだ。この曲は1960年代に復活した。ベトナム反戦運動とシンクロしたフォークリバイバル運動が世界的な大ブームとなり、その政治的メッセージに触発され、フォークシンガーのボブ・ディラン(1941-)やトリニ・ロペス(1937–2020)たちがレコーディングしたのである。この曲は2009年のバラク・オバマ元大統領(1961-)就任の際に "We Are On" と題されたリンカーン記念館での祝賀コンサートで、ブルース・スプリングスティーン(1949-)とピート・シーガー(1919–2014)が演奏した。そのオバマ政権の副大統領だったジョー・バイデンが大統領に選出され、1月20日、就任式に臨み、そこでジェニファー・ロペスがこの曲を歌ったのである。米国を批判する歌詞は含まれていないが "America the Beautiful" とのメドレーで「自由と正義をもって不可分のひとつの国」というスペイン語の言葉を挿入した。ヒスパニック系やラテン系米国人の権利を支持していることを示し、ドナルド・トランプ前大統領(1946-)による彼らの扱いを暗黙のうちに批判している。

whitehouselogo 59th US Presidential Inauguration Ceremony for Joe Biden and Kamala Harris | YouTube

2021年1月21日

ソーシャルメディアに躓いたドナルド・トランプ

Donald Trump

ドナルド・トランプ前大統領が東部時間1月20日、ホワイトハウスを去った。退任前日の19日、お別れのビデオメッセージを公開し「我々は想像されていた以上のことを成し遂げた」と述べた。かねてからトランプは不法移民の入国を防ぐため、米南部のメキシコ国境に巨大な壁を築き、その費用をメキシコ政府に負担させるとまで主張していた。全米からこの発言が強い非難を浴びたにも関わらず、共和党支持者の間での支持率は上昇し、大統領選の共和党候補になれたのである。

Qアノン陰謀論信奉者

そしてさらに2016年の大統領選で泡沫候補と囁かれながら、予想外の勝利をもぎ取ることができたのは、民主党の地盤だったラストベルト(錆びた地帯)に注目したからだった。グローバル化により工場が海外移転して苦境が続く中、製造業復活や雇用回復を訴え、白人労働者層などの票を集めることができた。つまり「米国第一」というスローガンと、潜在する白人至上主義が融合して、支持が拡大したと言える。その後さらに支援者を増やすことができたのは、自らの主張をばら撒くためにソーシャルメディアの Twitter や Facebook などを「拡声器」として使い始めたからだった。ニューヨークタイムズ紙や CNN テレビが自分に不利な報道をすると。複数のソーシャルメディアで「フェイク」だと切り捨てた。これが拡散して信奉者を獲得していったようだ。そして2018年になると、トランプ再選キャンペーンの集会にQアノン信奉者が現れ始めた。Qアノンとは米国の極右が提唱している陰謀論で(仮定の)秘密結社とトランプは戦っているとしている。2020年の大統領選でジョー・バイデンに敗れると、トランプは「不正選挙」「盗まれた選挙」と根拠のない陰謀論をソーシャルメディアで展開拡散、選挙結果を覆そうとする試みを始めた。これはQアノン陰謀論信奉者とシンクロしたものだったのだが Twitter はアカウントを剥奪、Facebook も凍結した。この措置にトランプは激怒、彼に煽られた信奉者たちが連邦議会議事堂乱入したのである。ソーシャルメディアに躓いたため「拡声器」を失い、求心力が急速に衰えてしまった今、4年後に再び大統領の座を狙うかは不透明である。

PDF  QAnon: From Fringe Conspiracy to Mainstream Politics | Simon Wiesenthal Center (4.27MB)

2021年1月19日

ファーブルの昆虫写真を撮影した息子のポール

昆虫を撮影するジャン=アンリ・ファーブル(1823-1915)の息子ポール(1888-1967)1912年頃

新樹社 (2008/9/1)

迂闊なことにファーブル父子が昆虫の写真を撮っているのを知らなかった。それを知ったのは岩波文庫版『完訳ファーブル昆虫記』全10冊を買い揃え、第1分冊の序文を読んでからからだった。昆虫記は1879年から1910年に渡って刊行されたが、その最終版刊行にあたり写真を使用したことを次のように述べている。「本書の出版に当り、出版社は何一つなおざりにしなかった。私は息子のポール・ファーブルと協力して前版で非難された欠陥を埋めることにつとめた。この版は本書の研究の対象をなす大部分の登場者と場景とを示す200枚以上の写真で飾られることになる。その大半は自然の中で生きているものをそのまま写した」とある。巻末には訳者の「ファーブルの旧地を訪ねて」という紀行文が寄せられているが、そこにも「ポールは昆虫写真に興味をを持ち、ドラグラヴから昆虫の生態写真集を出版しているので」という記述が見られる。ポールは父ファーブルの優れた助手であった。そして写真が父の『昆虫記』を客観的に実証するために撮られたことは興味深い。つまり図鑑ではなく、観察写真なのである。私は昆虫に関しては疎いが、野鳥の写真に関しては若干頼りない知識を持っている。つまり野鳥においても、図鑑写真と観察写真を緩やかに線引きすることができる。つまり前者は鳥の特徴が顕著でなければならない。だから往々にしてイラストのほうが分かりやすいことがある。しかしイラストによる図鑑には落し穴がある。

Family of Fabre
ファーブルの後妻ジョゼフィーヌ(前列左)と愛犬トムと娘たち
ポール・ファーブルと娘たち?

つまり捕獲し剥製にした死骸、W・H・ハドスンが批判した「ガラスケースの中の鳥」である可能性があるからだ。私は山科鳥類研究所が所蔵する19世紀英国の超大型図鑑を見せてもらったことがある。ポスターサイズの豪華本で、庶民が手を出せる代物ではない。蛇足ながら英国の博物学は貴族との繋がりがあったようで、日本の皇室はそれを模倣したと私は推測している。それはともかく飛び回る野鳥を鮮明にカメラで捉えるのはなかなか難しいというのが私の実感である。だから、動き回る昆虫を、あの時代に撮影したファーブル父子には頭が下がる。ニエプスが光の像を定着させるのに成功したのは1824年で、ダゲールのダゲレオタイプは1839年にフランス学士院で発表された。タルボットがネガポジ法のカロタイプの特許を取ったのが1841年である。1887年、ファーブルは64歳で再婚したが、ポールが生まれたのはその翌年であった。写真術発明から半世紀もたっていなかった計算になる。息子のポールが写真を撮り始めたのは18歳ごろだったと推測されるという。仮に1906年とすれば、コダックのブラウニは生まれていたものの、ライカはまだ影も形もない時代だった。撮影風景が残されているが、硝子乾板を使った旧式の木製暗箱であり、感光材料の感度も低かった時代でもある。それにも関わらず、大胆な接写を含め、それぞれ昆虫が生き生きと写されているのに驚く。父ファーブルが強調しているように「自然の中で生きているものをそのまま写した」のなら、尚更驚愕せざるを得ない。蛇足ながらファーブルに指示されながら昆虫を撮影している上掲写真の息子ポールを、アルバート・ハーリンゲ(1879-1963)と誤表記しているウェブサイトが多い。ハーリンゲはパリの人々を活写した写真家だが、有名な写真ゆえに誤用の拡散が懸念される。

WWW L' équipe de l'Association du musée virtuel Jean-Henri FABRE | Association loi 1901

2021年1月18日

鼻孔をマスクで覆わない人たち

mask

新型コロナウィルス感染症パンデミックの影響により、マスクが生活の必須アイテムとなって久しい。朝日新聞電子版によると、大学入試センターは大学入学共通テスト初日に、東京都内の会場で、監督者の注意に従わずに鼻を出したままマスクを着け続けた受験生ひとりの成績を無効にしたという。この受験生は地理歴史・公民、国語、外国語を受験した際、それぞれの監督者から鼻を覆うよう計6回注意されたが従わなかったようだ。入試センターは「せきなどの症状はなかったが、意図的に鼻を出していたため、総合的に判断した。息苦しくて時折マスクから鼻を出すことは不正ではなく、あくまで受験生が繰り返しの注意に従わなかったため」と説明したという。であれば仕方ない決定だったのだろう。しかしあくまで入試センター側の一方的な主張で、成績無効の可能性を伝えられても何故かたくなに拒否したのか、その理由が不明な点がやなり気になる。ただ鼻孔をマスクで覆わないのは着け方としては間違いである。感染者がくしゃみをすれば、ウィルスが飛翔するからだ。

正しいマスクの着け方
間違った×マスクの着け方

この受験生ばかりではない。バスや電車の中で鼻孔をマスクで覆わず、しかも大声で話している人を見かけることがある。注意しようと思うことがないわけではないが、逆ギレされ、怒鳴られるかもしれない。だからそれこそ飛沫を避けるようにして、近づかないことにしている。日本人は公共の場所での道徳やマナー意識が高いと言われている。しかし公共交通機関での携帯電話通話、路上喫煙、自動車の中からペットボトルや、飲み干した缶コーヒーの空き缶を、中央分離帯の草むらにポイ捨てするなど、残念ながら現実はそうではない。

health 日本衛生材料工業連合会「マスクの着け方のポイント・他」の表示とダウンロード(PDFファイル)

2021年1月16日

ブログ作成ツール Blogger のリッチテキストを編集する

Blogger
Blog tool Google's Blogger

グーグルのブログ作成ツール Blogger のインターフェースが変更になってから半年近くの月日が流れた。最初に戸惑ったのは編集画面の右サイドバーの「オプション」にあった「改行」が消えていることだ。作成ビューに切り替えてEnter キーを押すと改行するが、困ったことに <br /> タグが混入してしまう。これは明らかに改悪で、フィーバックしたものの音沙汰無し。かつてホームページを作成した経験から HTML 基礎知識を活かして自分なりのデザインを維持することにした。記事を読みやすくするためしばしば一行開けることがあるが、段落を指定する <P> タグを使えばなんとか凌げるからだ。とはいえユーザー全てが HTML に親しんでいるわけではない。リッチテキストエディタのツールボタンの意味がわかればなんとかなる。

ToolButton
リッチテキストエディタのツールボタン

リッチテキストとはマイクロソフトが策定した文書ファイル形式で、文字の大きさや色、書式などの情報が、タグと呼ばれる制御記号を用いて文書中に盛り込まれたもののことである。リッチテキストエディターを使えば HTML を知らなくても文字、画像などをツールボタンを使って作成・編集することができるし HTML を手入力で編集することもできる。しかし実際に Blogger のエディタを使ってみると、若干の問題点がある。

わが身を燃やして

暗きを照らす

ともしびかかげて

一隅(ひとつのすみ)を

照らしてきよめよ

われら手をとり

この世をみちびく

国宝(たから)とならん

これは遠藤俊夫の詩「一隅を照らす」だが、このように一行の文字数が少ない場合、それぞれの行を「段落」と解釈してしまうのである。ツールボタンの「段落」から「標準」を選ぶと、<p></p> タグの代わりに、行末に <br /> が付加され、以下のように行間が詰まる。この点は気づかない人が多いと想像する。

わが身を燃やして
暗きを照らす
ともしびかかげて
一隅(ひとつのすみ)を
照らしてきよめよ
われら手をとり
この世をみちびく
国宝(たから)とならん

もうひとつ気になるのは、画面左右に小型の写真を挿入した場合、回り込んだテキストとの開始位置がずれたり、お互いの境に余白ができなることがあることだ。しかし <table></table> タブで配置されているためリッチテキストエディタでの是正は無理である。従って HTML ビューに戻し、Padding や Margin などの再設定が必要がある。この点はやはり問題が多いインターフェース変更だったと痛感する。なお Blogger の特長は HTML タグを使えることである。作成ビューでのリッチテキストエディタでできるのは箇条書き、ブロックレベルの引用くらいで「作表」などはできない。従ってやはり HTML の基礎知識があったほうがより良いデザインのブログを構築できるということを強調しておきたい。

Blogger  ブログを作成|伝えたいことを自分らしく発信|あなただけの素敵なブログを作りましょう

2021年1月13日

連邦議会議事堂乱入とビッグテック

Big Tech

Angela Merkel

フランス通信社(AFP)電子版によると、ドイツのシュテフェン・ザイベルト報道官は「言論の自由は、根本的に重要な基本的人権だ。そしてこの基本的人権が制限され得るのは、法律を通じて、また立法者が定めた枠組みの中でであり、ソーシャルメディア各社の経営陣の決定によってではない」と言明。この観点からソーシャルメディア Twitter がドナルド・トランプ大統領のアカウントを永久停止したことについて、アンゲラ・メルケル首相は「問題だ」と苦言を呈したという。しかし言論の自由の自由は不自由でもある。もし政治家がソーシャルメディアで例えば「ホロコーストはなかった」「ヒットラーは素晴らしい」などと発言、同調者が激増すれば、轟々たる非難を浴びるだろう。そしてそれを放置しなんらの処置をしなければ、そのソーシャルメディアは壊滅的な打撃を受けることになるだろう。メルケル首相の主張は確かに正論かもしれないが、現実と乖離していないだろうか。トランプ大統領は Twitter を根拠なき陰謀論の拡声装置として利用してきた。不適切なツイートを繰り返せばアカウントを停止すると Twitter は警告したが、高を括ったのだろう、それを無視した。東部時間1月8日午前10時44分、以下のように次期大統領の就任式を欠席するとツイートした。このツイートは後述のように、米国の選挙の合法性を否定し、暴力行為を後押しすると解釈され、そしてこの直後、トランプ大統領の姿が消えた。

Screen Shot
大統領就任式は欠席とツイート

東部時間1月6日に起きたトランプ支持者集団による連邦議会議事堂乱入事件を受け、発言を容認してきた Twitter に対する批判が高まっていた。そして「アカウント @realDonaldTrump による最近のツイートおよびそれらの文脈や背景を精査した結果、さらなる暴力を煽ることになるおそれが高いと判断されたため、同アカウントを永久停止した」と判断したのである。事態は緊急を要していたし、批判が起こり得ることを覚悟の、苦渋の選択だったと思われる。朝日新聞電子版によると、トランプ大統領は12日午前、私の予想に反し記者会見に応じ「歴史上最も大がかりな魔女狩りの続きだ」と強く反発した。「この弾劾はすさまじい怒りを引き起こし我が国にとってすさまじい危険をもたらすだろう」と語ったという。強気の発言だが、選挙結果を覆す手段は絶たれている。またロイター通信は、テクノロジー企業大手が「大変な過ち」を犯し、米国を二極化させているとトランプ大統領が非難したという。Twitter から永久追放され、さらに支持者が集まった新興保守系ソーシャルメディア Parler を Amazon、Google、Apple が潰しにかかったからだろう。

Cartoon
Trump banned from Twitter ©2021 Vasco Gargalo

トランプ政権は Amazon や Google、Apple などのビッグテックに対して、独占禁止法調査と訴訟を開始していた。ソーシャルメディアに対する執行命令に署名したが、連邦通信委員会、連邦取引委員会、行政府によってことごとく無視されてしまった。この点に関しての恨みつらみがあるようだ。トランプ大統領は彼を非難したプラットフォームに対抗するために、独自のソーシャルメディアネットワークを立ち上げることに興味を持っていることを示唆しているようだ。ネットワークがオフラインにならないようにするためには、インターネットスタックのすべての部分を所有しなければならない。それには膨大な額の資金、時間、リソースが必要になるだろう。ケーブル会社、独自のウェブサーバー、独自の DNS プロバイダーを所有しなければならないからだ。ところで Twitter は公的機関ではなく、一民間企業に過ぎない。そのサービス利用規約には「当社は Twitter ユーザー契約に違反しているコンテンツ(著作権もしくは商標の侵害その他の知的財産の不正利用、なりすまし、不法行為または嫌がらせ等)を削除する権利を留保します」とあり、さらに「選挙やその他の市民活動の操作や妨害を目的として Twitter のサービスを利用することを禁じます」という付帯事項がある。

Twitter  ソーシャルメディア Twitter サービス利用規約の表示とダウンロード(PDFファイル 450KB)

2021年1月11日

ソーシャルメディア Parler が存亡の機に立たされている

cartoon

米国東部時間1月20日に予定されているジョー・バイデン次期大統領の就任式に、マイク・ペンス副大統領は出席するが、ドナルド・トランプ大統領は欠席するという。ソーシャルメディア Twitter から追放され Facebook のアカウントも凍結状態なので、その言動が伝わってこない。発言したければ記者会見するという手があるにはあるが、どうやら無理筋のようだ。というのはトランプ信奉者による連邦議会議事堂を扇動した責任を厳しく問われるだろうし、従来の発言を繰り返せば、テレビ局が中継を打ち切ると思われるからだ。保守系ソーシャルメディア Parler が今や残された発言媒体なのだろう。その Parler で検索したところ、かつて Twitter で使っていた @realDonaldTrump に酷似した @RealDonaldTrumpJ というアカウントが見つかった。

Screen Shot

曰く「もう一回だけ言おう。ドナルド・トランプではないというコメントばかりなので、私の名前を呼ぶ前に私の他の投稿を見てくれ。私は自分以外の何者でもないフリをしているわけではないし、インフルエンサーとして、他の人に大統領のことを伝えているわけでもない。くだらないことを言うのはやめてくれ」云々。ニセモノじゃないかというコメントが続いたのである。そして昨日は次のような投稿をしている。

Everything our president has done for this country the past 4 years will be ripped apart within the next year, and the economy will be at its all time lowest. Good Luck.
大統領が過去4年間この国のためにしてきたことは全て来年中にバラバラにされだろう、経済は過去最低の状態になる。幸運を祈る。

自らを三人称で語っているが、これは Twitter でも使っていた彼一流の「文学表現」である。認証マークがついているが、ホンモノのトランプ大統領と断定は無論不可能である。今後の投稿をみれば、いずれ分かるだろう。なお Parler は大統領選以降、トランプのツイートが駆除されるという現象に、信奉者が雪崩込んだ保守系ソーシャルメディアである。レベッカ・マーサーとジョン・メッツによって2018年8月に創設されたが「言論の自由、個人のプライバシーを大切にする」ことを謳っている。しかし自由の名のもとにトランプ大統領の陰謀論をいまだに拡散、連邦議会議事堂乱入を正当化しようとする書き込みがに溢れている極右無法地帯である。ただ Google と Apple ルが Parler 用アプリをそれぞれのアプリストアから削除、さらにアマゾンが AWS(クラウドサービス)の提供を停止すると通告した。まさに四面楚歌、Parler 自体が存亡の機に立たされている。この一文を書いていたら新たなニュースが飛び込んできた。CNN テレビによると、民主党が憲法の修正25条第4項を発動して罷免を求める動きがあるが、これに反対していたペンス副大統領が罷免に同意する可能性があるという。もしそうなれば政治生命は水泡と化し、4年後の再立候補どころではなくなるに違いない。

追伸:日本時間午後5時ごろ Parler にアクセスできなくなった。AWS のサービスが停止になったようだ。システム再構築には1週間ほどかかりそうで、発言できなくなったユーザーの焦りが目に見えるようだ。

parler  AWS がソーシャルメディア Parler に対し別のホストが見つからないと停止が有効になると通告

2021年1月9日

トランプ劇場の終演

Donald
作者不詳

1月20日はジョー・バイデン前副大統領が第46代米国大統領に就任する日だが、同時にロナルド・トランプ大統領が一企業経営者に戻る日でもある。そのトランプ大統領が米東部時間1月8日午前10時半過ぎ、バイデンの就任式を欠席するとツイートした。以下はそのツイートのスクリーンショットによる「魚拓」だが、相変わらず往生際の悪い男だと嘆息した。ところがこの後に問題発言があったのだろうか、今朝になって Twitter 社がトランプ大統領のアカントを永久停止したというニュースが飛び込んできた。

Screen Shot
大統領就任式は欠席とツイート

トランプ支持者集団による連邦議会議事堂乱入事件を受け、発言を容認してきたソーシャルメディアに対する批判が高まっていた。Twitter は「アカウント @realDonaldTrump による最近のツイートおよびそれらの文脈や背景を精査した結果、さらなる暴力を煽ることになるおそれが高いと判断されたため、同アカウントを永久停止した」とツイートした。これは Facebook が1月7日「当社プラットフォームの利用継続を認めるリスクは高すぎる」とし、アカウント凍結を無制限に延長した措置に続いたものである。ソーシャルメディアは、トランプ大統領にとって、自分の主張をマスメディアに注目させる重要な手段だったし、支持者向けに数々の陰謀論をばら撒くツールでもあった。いわば手足を失ったようなもので、彼にとっては大きな打撃になる。4年後に再立候補するという噂もあるが、影響力が弱まることは否めない。その前に米民主党がトランプ大統領の弾劾決議案を準備、週明けに提出するそうだ。弾劾によって失脚すれば、共和党の次期大統領候補に選ばれる可能性はゼロになる。さらに支持者の議事堂乱入を「扇動」した件で逮捕される可能性も否定できない。トランプ劇場の幕は下りた、これぞまさに「驕れる者久しからずただ春の夜の夢の如し」である。

PDF  Four Years of the Trump Administraion Putting Polluter Profits over People(PDF 7.30MB)

2021年1月8日

米国議会議事堂で命を落としたトランプ信奉者

AP Photo
議事堂西壁をよじ登るトランプ大統領の支持者たち ©2021 AP Photo/Jose Luis Magana
Ashli Babbitt (35)

首都ワシントンの連邦議会議事堂内に現地時間1月6日(日本時間7日)、ドナルド・トランプ大統領(74)の支持者らが侵入し占拠した。デモ隊が制御不能となる中で堂内にいた女性1人が撃たれて死亡し、ジョー・バイデン米次期大統領(78)の勝利を認定する選挙人投票の集計は中断となった。撃たれた女性はアシュリ・バビットさん(35)で、カリフォルニア州サンディエゴ出身の空軍退役軍人だった。アシュリ・エリザベス・マッケンティーという名前で勤務していた彼女は、現役中に上級航空兵 E-4 の階級を達成した治安部隊の航空兵であった。アフガニスタンとイラクで2回の遠征を経験した後、クウェートとカタールに州兵と共に派遣されたという。アーロン・バビット氏と再婚したためバビット姓になった。亡くなる前日、バブットさんは首都でのトランプ支持者の集会について「私たちを止めるものは何もない」とソーシャルメディアに書き込んだという。彼女はソーシャルメディア Twitter では CommonAshSense というハンドルで、自身をリバタリアン(自由主義者)であり、愛国者であると表現していた。ドナルド・トランプ大統領について頻繁に投稿し、熱烈な支持を表明しの根拠のない陰謀論を拡散していたようだ。昨年9月サンディエゴで開催されたトランプ大統領のためのボートパレードの写真を投稿したが「QAnon」と書かれたシャツを着ていたという。

救急手当を受けるアシュリ・バビットさん

Qアノンは米国の極右が提唱している陰謀論およびインターネットミームで、テロ脅威として FBI から指定されている。BBC ニュース電子版によれば、オンラインに投稿されたビデオには、バビットさんと思われる女性が、議事堂内の暴徒の群衆の中で、肩に「Make America Great Again」と染められたトランプ旗をかけて、鍵のかかったドアを通り抜けようとしている姿が映っていて、議会警察のメンバーが銃を持ってグループに向かっているのがテープに映っているという。ただ肝心のそのビデオが何処に掲載されているか、残念ながら見つけることができなかった。なお狙撃の瞬間を記録した別のビデオが保守系メディア Parler に投稿されている。撮影者など、オリジナルファイルのソースは不明だが、余りにも生々しいので閲覧は要注意である。

CNN  What we know about the 5 deaths in the pro-Trump mob that stormed the Capitol | CNN

2021年1月7日

ジョージア州上院議員選で民主党が制圧

WashingPostMap

米メディアによるとEST東部時間1月5日、ジョージア州の上院2議席をめぐる決選投票が行われた。翌6日に開票が行われ、共和党の現職ケリー・レフラーに対し民主党のラファエル・ウォーノックが、共和党の現職デービッド・パーデューに対し民主党のジョン・オソフが勝利した。これにより上院での民主共和両党の獲得議席はいずれも50議席となり、副大統領に就任する民主党のカマラ・ハリス氏が決定票を握る。これにより上院の支配権は民主党の手へと渡ることになり、ねじれ議会が解消される。同日、大統領選の結果を確定させる連邦議会両院の合同会議がワシントンの議事堂では当開かれていたが、トランプ大統領に煽られた支持者らが内部に侵入し一時占拠した。少なくとも女性1人が議事堂で銃撃され亡くなるという最悪の日となった。なお議事堂では会議が再開され、民主党のジョー・バイデンを次期大統領に正式に認定した。上下両院合同会議で上院議長を兼務するマイク・ペンス副大統領が、それぞれの獲得選挙人をジョー・バイデン306人、ドナルド・トランプ232人と発表、ジョー・バイデンとカマラ・ハリスが1月20日に正副大統領に就任すると宣言した。

2021年1月6日

ダニーボーイの故郷を訪ねて

Derry
夕闇迫るデリー(尖塔は聖ユージーン大聖堂)

英国北アイルランドのデリーは屈指の歴史を誇る城塞都市である。私が初めて訪ねた時は、英国で発行された地図には「ロンドンデリー」と記されていた。ところが南のアイルランド共和国で発行された地図には、単に「デリー」となっていた。古くはゲール語で "Doire" と呼ばれ、これはオークの森という意味だそうだ。だから元々はデリーであったが、1623年にロンドン市領となった際に改名されたのである。地名に関する訴訟が起きたが、2007年に英国の高等裁判所は、ロンドンデリーが正式名称であるという判決を下した。この街で会った古老に「デリーですね」と話しかけたら「そうだよ、ここはロンドンじゃないよ」という答えが返ってきた。ロンドンという綴りを省いた地名に、英国の圧政に苦しんだアイルランド人の怨念を感ぜざるを得ない。前書きが長くなってしまったようだ。いま私は「ダニーボーイ」の原曲について書き出そうと思っているのだが、果たしてそれを「ロンドンデリーの歌」としていいのか迷っている。しかし曲名はともかく、地名はデリーと書くことにする。1851年、ダブリンに創設されたばかりの「アイルランドメロディ保存出版協会」のジョージ・ペトリ(1789-1866)の元に楽譜が送られてきた。送り主はデリーの東約25キロにある町、リマヴァディに住むジェーン・ロス(1810-1879)だった。ペトリはこの曲を含め、1855年に「アイルランド古謡ペトリ・コレクション」と題する本を出版した。その57ページには、この美しいメロディが、膨大な曲の蒐集をしているリマヴァディのジェーン・ロスから送られてきたものだと紹介している。譜面を見ると紛れもなく「ダニーボーイ」のメロディであるが、大事なのは、曲名がついてないことだった。

The Petrie Collection of the Ancient Music of Ireland (First edition 1855)
Cork Univ Press (2002)

雑誌の取材で、このリマヴァディにあるジェーン・ロスの生家を訪ねたのは、1987年のことだった。濃い青紫色に塗られた2階建ての1階右側は商店になっていたが、左側の壁に丸いプレートがあった。それには「民謡ロンドンデリーエアを記録したジェーン・ロスがここに住んでいた」と書かれている。中に入ると、気品ある老婦人が迎えてくれた。クローディ・マクルーニさんは当時すでに76歳だったが、48年前にこの家を買ったと話してくれた。計算してみると、1938年ということになる。ジェーンの遺品はなかったが、近くの墓地でその墓と対面することができた。彼女は生涯独身を通したようだが、いったいどんな女性だったのだろうか。その軌跡を求めて、国境を超えたダブリンの国立図書館を訪ねたのである。天井が高い閲覧室を抜け、奥の古文書保管室に案内された。最初に見せてくれたのは、ジョージ・ペトリ自筆の楽譜集だった。その中にジェーン・ロスから送られてきたとういう但し書きがついた曲があった。しかし残念ながらあのメロディではなかった。次に1855年に出版された「アイルランド古謡ペトリ・コレクション」の初版本を館員が抱えてきた。その57ページに、昔のアイルランド音楽と題し Name unknown つまり曲名不詳と書いた楽譜が印刷されていた。譜面を見ると紛れもなく「ダニーボーイ」のメロディである。この曲を送ってきたロス嬢によれば「かなり古い」という簡単な注意書きのみで、彼女は曲名を確認できなかったようだという意味のことをペトリは書いている。この本は2002年、アイルランドのコーク大学から復刻版が出版されたので、現在は入手可能である。

ジェーン・ロスの生家

世界中に広まったこの美しいメロディを採譜したのは、旅のフィドル弾きからだというのが定説になっているようだ。あるいはイレアンパイパーではないかという説もある。楽器の携行性を考えると、フィドルのほうに説得力がある。ジェーンがこの曲を耳にしたのは、彼女が40歳のころだったと推測を加えることもできる。しかしながら、これらはあくまで文字通り推測であって、確かな記録はない。だから文献歴史学の立場に立てば、ペトリが書き残した以外のさまざまなダニーボーイ物語は、すべてフィクションということになる可能性が高い。いわば文学の世界である。しかし人間というのは面白いもので、史実より、時にフィクションを好むようだ。そのほうがロマンに満ちてるからかもしれない。もっとも魅力あふれる逸話は、ジェーンが盲目のフィドル弾き、ジミー・マカリー(1830-1910)から教わったというものである。もうひとつは、実はジェーンが作曲したものではないかというものである。これらは果たして史実に切迫したものなのだろうか。これは先に紹介した「アイルランド古謡ペトリ・コレクション」の復刻版である。ペトリの原本、メロディー、および彼の序論のすべてを含んでいるが、いわゆる完全復刻版ではなく、新たに版を組んでいるからだ。古いアイルランドのスペルが、現代のそれに置き換えられている。日本でもよく行われてる、旧かなづかいを現代かなづかいに直す作業と同じである。一番残念なのは譜面が省略化されてることだ。例えば前回掲載した楽譜は、ペトリの娘が編曲したピアノスコアがついていたのだが、これが省かれ、主旋律のみとなっている。なぜこのようにしたか不明であるが、だから正確には復刻というより新版と呼ぶべきかもしれない。

ロス家の墓

前述した通り、ジェーンが旅回りの盲目のフィドル弾き、ジミー・マカリーから教わったという逸話が、リマヴァディにあるサイト「ダニーボーイの起源」に詳述されている。それによると、ある日バーンズ&レアード運送会社の事務所の外でジミーが美しいメロディを奏でているの聴いた。そして彼に何度も弾いて貰った。そのお礼にとコインを貰ったジミーが、それを擦ってみると、ペニー銅貨だと思っていたのが実は2シリングのフロリン銀貨であった。高価なので間違いじゃないかと追って質すと、ジェーンは感謝の気持ちであるからと、そのまま持って行くようにと返却に応じなかったという。非常にドラマチックな物語であるが、これは著名な民謡蒐集家サム・ヘンリー(1870-1952)が「民衆の歌」に書いているという。ジミーの子孫であるウォレス・マカリーから1996年に聞いたもので、信憑性が高いと主張している。魅惑的な逸話である。しかし出来過ぎた話はともするとフィクションが含まれている。文献歴史学の立場からすれば、ジェーンに関する記録は、ペトリのそれだけであって、その資料は余りにも乏しい。アイルランドの音楽関係者の話では、わずかに残ってるのは、当時の中流家庭に育ち、音楽好きであったことぐらいである。せめて彼女が送った楽譜が残っていればと思う。彼女自身が実は作曲者ではなかっただろうか、というのはさらに魅力ある想像だが、これは考え難い。私はリマヴァディのクライスト教会あるロス一家の墓地を訪ねた。墓碑には一番上に父親ジョンの名が刻まれ、次に4人の娘の名がある。いずれも結婚をしなかったようだ。彼女がペトリに送ったメロディに「ダニーボーイ」の詞をつけた作詞者は、弁護士でもあったソングライター、フレデリック・エドワード・ウェザリ(1848-1929)と言われている。この歌は世界中に広まり、今でも多くのミュージッシャンが歌い、無数のレコーディングがある。無名のまま68歳でこの世を去ったジェーンがそれを知るよしはない。

YouTube  Deanna Durbin sings 'Danny Boy' for Charles Laughton from film 'Because of Him' 1945

2021年1月4日

淀みに浮ぶ泡沫かつ消えかつ結びて久しく止まる事なし

cassette-tape
復活の兆しが窺えるカセットテープ

学生時代に初めて触れたコンピュータ、いや当時は電子計算機と呼んでいたが、その記録装置は紙の穿孔テープだった。ちょっと記憶は曖昧だけど、マシン自体はかなり大きなものだった。仕事を始めてからは、電子計算機世界とは縁遠くなった。ところが70年代末、仕事で日本電気の PC-8001 を撮影する機会があった。玩具のようなパソコンにはオーディオ用のカセットテープレコーダーが繋がっていた。オペレーティングシステムは N-BASIC だったが、興味を持った私は「カラオケ」のプログラムを書いたことを今でも覚えている。その次に出てきたのはお馴染み、フロッピーとハードディスクだった。私は1983年春に PC-9801 を購入したが、同時に買ったハードディスクの容量はわずか 20MB だった。それでもフロッピーだけよりマシだった。

microSD_Exress
microSD Express Memory Cards

やがてそのフロッピーは5から3.5インチにダウンサイズ、これが比較的長く続き、ディスクが山のように貯まったことを覚えている。同じころ、画像が奇麗だろうということで LD(レーザーディスク)デッキを購入した。30センチのディスクで、映画のタイトルを何枚か購入した。結構高価だったように記憶している。ところが肝心のデッキが壊れ、修理しないまま時が流れ、結局いつの間にか LD そのものが世の中から消えてしまった。パソコンに CDドライブが搭載されるようになり、撮った写真をコダックのフォト CD に収納するようになった。最初はリードオンリーだった CD も書き込みができるようになり、ディスクも値下がりして、自分で取り込むようになった。前後するかもしれないが MDドライブが搭載されたアンプを購入した。いつの間にかテープを使ったウオークマンがこの世から消えていたのである。据え置き型のカセットデッキもあったが、壊れたにも拘わらず、これまた修理をせずに葬ってしまった。残った大量のカセットも処分せざるを得なくなってしまった。録音するなら今やリニア PCM レコーダで、最近では microSD カードに記録および再生できるようになった。MD も衰亡の運命を辿り、アップルから首飾りのような iPod が出た。

XFMEXPRESS SSD
KIOXIA's new XFMEXPRESS SSD

デジタルカメラが最初に使ったのは名刺サイズのカードだったけど、コンパクトフラッシュでに変わり、現在は SD カードが主流で、携帯電話カメラ用は microSD カードである。小型軽量そして安価なモバイル PC は、5インチディスク駆動装置を外す傾向にある。私はタブレットに 64GB の microSD カードを挿しているが、音楽ファイルが占有しているのは約20%である。収録曲は2,540曲で、まだまだ詰め込む余裕がある。新しい規格の SD カード「SD Express」の記憶容量が 128TB まで拡張されたが、さらに半導体メーカーのキオクシアが新しいリムーバブル PCIe/NVMe メモリデバイス「XFMEXPRESS」を開発した。かつて使用したフロッピーやハードディスクは、地上から消えてしまった恐竜に似ているような気がする。ただ音楽分野では、アナログレコードやカセットテープが見直されているのが興味深い。

technology 新しいリムーバブル NVMe™ メモリデバイスの開発について | キオクシア(旧東芝メモリ)