2017年8月15日

五山送り火を支える無名寺院の信徒たち

護摩木(京都市北区金閣寺町)

京都五山送り火の北山左大文字護摩木志納のため金閣寺に出かけた。後述水上勉氏の随筆にあるように、左大文字の護摩木は法音寺という小さな寺院の信徒たちが山に上って焚く。同寺は狭いし世間に場所も知られていない。従って観光客が多い金閣寺参道で志納受付をするのだろう。ここで水上勉氏の随筆を引用しよう。如意ヶ嶽の大文字を守っている浄土院でいただいたパンフレットに復刻されていたもので、単に雑誌「PHP」11月号とあるだけだが、古都税紛争一時和解、御巣鷹山日航機墜落事件に触れているので、1985年と推測できる。
「五山の送り火」水上 勉(作家)

ことしは久しぶりに京五山の送り火を拝んだ。周知のように五山とは、如意ヶ嶽の大文字、松ヶ崎東、西山の妙法、船山の舟、大北山の左大文字、鳥居本の曼荼羅山の鳥居である。十三日の盆に、祖先の精霊を迎えた京の家では、仏壇に供物をならべて念仏申しあげ、家内安全息災を祈願するとともに、精霊を弔うのだが、十六日にはその精霊が、ふたたび彼岸へ帰ってゆくのを送らねばならない。火はつまり、その仏徒たちの昔から行ってきた精霊送りだ。調べてみると、これらの火は、五山の保存会のメンバーによって焼かれ、一般の人は仲間に入らない。昔から寺の信徒にその役があり、しかも、若衆と呼ばれた青年たちによって、焼かれるところもある。不思議なことに、それらの寺は有名寺院ではない。有名寺院といえば、京都ではみな観光寺院になってしまうが、火を焼く寺は、殆ど観光とは無縁といっていいだろう。

まず銀閣寺前にある浄土寺が如意ヶ嶽の大文字を焼き、松ヶ崎は湧泉寺、船山は西方寺、大北山は法恩寺、鳥居本には寺はない。古くからの保存会員の持ち山で、町衆が焼くそうだ。焼かれる護摩木は寺でつくられ、寺に詣でた善男善女が、新仏の法名や、俗名を書いて護摩料を払うのである。新仏が出なかった家は、先祖代々の霊だとか、一家の安全息災を祈ることばを書く場合もある。いずれにしても、これらの木をあつめて、背負って山へのぼり、汗だくになって焼く人々はむな、無名の信者たちである。この行事が何百年とつづいて、今日も燃えつづけた。なかった年は、敗戦の年とその翌々年までの三年だけで、昭和二十三年から休んだことがない。つまり、仏を送る信心に休みがないということであって、本心は、敗戦の年まわりこそ、大勢の死者が広島や長崎にあふれ、爆災都市にも、たくさん焼死体がころがっていたのだから、京の町衆は送り火だけは焼きたかっただろう。ところが占領下であったために、遠慮しなければならなかった、とつたえられる。それにしても、この行事が、古くからの信者たちによって、手弁当で行われてきたことに私は心を打たれる。今は京の観光の目玉ともなり、どのホテルも満員の外来を迎えてほくほくだが、じつはその送り火そのものは、観光と無関係に、信心の証として、保存会の家々がうけついできている。

絵:水上 勉

そこで、思うのだが、私たちは、大文字といえば銀閣寺を頭にうかべ、左大文字といえば金閣寺を頭にうかべ、有名な相国寺派別格地の両寺が焼くように思いがちだ。そうではない。護摩木は観光客に売りはするけれど、山へぼって焼くのは、ほかの寺の信徒がやっていたのである。しつこいようだが、このことにこだわるのは、凡庸な俗界にあって、信心の火を観光寺院に見ることが出来なくなった、ということを、五山の火は教えたからである。伝によれば、如意ヶ嶽の大文字は、銀閣慈照寺を創建した足利義政がはじめたともいう。とすれば銀閣寺はやはり、火の元だったわけだが、いまは門前の浄土寺が、汗だくになって護摩木を背負いはこび、当夜は、弘法大師像を安置するカナオの堂前で、誦経をし、住職の合図で火がつけられる。

ことしの送り火はいろいろのことを考えさせられた。銀閣寺も金閣寺も古都税問題で、(つまりゼニのことで)門を閉めて人を入れなかったりした。ところが、どういう相談ができたか、急に市当局と握手して、門がひらかれた。門をひらくことは賛成だが、なぜ門をしめたのか、庶民にはよくわからなかった。法灯を守るというのが理由のようだった。だが十六日の法の火は、観光とない信心の徒をあつめる無名寺院が汗だくで焼いていたのである。送り火は死者を送るのだから、生者のよろこびだ。生者といっても、いつ朝霧の如き命を落とさねばならぬかわかったものではない。安全と信じた大型飛行機が、とつぜん五百名以上の乗客もろとも、山にぶっつかって燃えあがるこの頃である。

われわれはコンピューター文明の世を生き、平和だといっている。一億総中流だともいっている。寿命ものび、老後に年金も入り、ゲートボールも楽しめ、しあわせな国に生きている思いが国民の大半を占めている、ともいう。本当にそのように平穏だろうか。五山の送り火は、何百年と同じ火を燃やしてながら、新しい何かを私にささやいた。何をささやかれたかを語るには枚数が足りない。火を拝んで、私は今日つかのまを生きておれたことを感謝したとだけいっておく。
文中の浄土寺は浄土院(左京区銀閣寺町)法恩寺は法音寺(北区衣笠街道町)。これを読むと京都の五山送り火は、無名寺院の信徒、町衆の信仰によって守られてきた宗教行事であることがしみじみと理解できる。送り火を見物に大勢の観光客が京都にやってくるが、夏の夜空を彩る観光イベントではない。お盆にこの世に戻った精霊を再び冥府に還すため、静かに手を合わせる、あくまで宗教行事であることを忘れてはならない。

2017年8月13日

写真表現を広げたドローン

A woman harvests water lilies in a pond in the Mekong Delta in Vietnam by ©helios1412

DJI Phantom 3 Professional
どうも今更ドローン(遠隔操縦無人機)による写真について書くのは気が引けるのだが、ベトナムの写真家 helios1412 氏の作品『睡蓮』(クリックすると拡大)に出会って感動したので、ちょっと触れてみたい。これは第4回2017年国際ドローン写真コンテストの人物の部2位受賞作品で、英文の説明にある通り、ベトナムのメコンデルタで睡蓮を収穫する女性を捉えたものである。美しい色彩、計算された構図、そして何よりも女性が収穫した睡蓮を水面に浮かべたタイミングが素晴らしい。これは偶然では撮れない写真で、ベトナム在住の作者が女性と相談して撮影したものだと思われる。真上から垂直に俯瞰した写真は、有人ヘリコプターの場合、撮影できる穴や窓が床にある必要がある。騒音その他の理由で、このように低空から撮るのは困難である。それに第一、チャーター料が莫大である。その点ドローンは費用としては一般的撮影機材並だし、遠隔操作しながら狙い通りの写真が撮れる。それが従来の航空機を使った空撮写真を凌駕した理由ではないだろうか。21世紀に花咲いた写真表現である。なお使用したドローンは DJI社の Phantom 3 Professional だそうで、日本でも入手可能のようです。

2017年8月12日

ここは質問に答える場所ではない

手を挙げる記者を指す菅官房長官

菅義偉官房長官お得意の「問題ない」は質問を遮断する言葉である。それが崩れ始めたのは、東京新聞の望月衣塑子記者の鋭い突っ込みがあったからだ。返答に窮して狼狽したことが広く国民に知れ渡ってしまった。週刊文春の「私が菅官房長官に《大きな声》で質問する理由」で彼女はこんなことを語っている。
どなたかがツイッターで「壊れたラジオ」とおっしゃっていましたけど、同じ言葉を繰り返しているのも、ある種の決壊状態です。「問題ない」「私の担当ではない」と言い続けるしかないし、本当は答えられるようなことも「何か言ってはマズい」と防御反応が働くから同じ答弁を繰り返すしかないのかもしれません。この前、TBS『あさチャン!』で菅さんが「国会で総理が説明した通り」「国会でお答えした通り」と同じ内容の答えを同じ日の記者会見で計10回も繰り返していたと放送していました。
毎度お馴染みの「問題ない」にうんざりしていたが、ひとつ風穴を開けてもらった感じである。ところがさらにエスカレート、官邸での記者会見で「ここは質問に答える場所ではない」などと言って、説明を拒む場面が続くようになったという。一連の応答は安倍首相を庇ってのことなのだろうけど、これには流石に唖然とする。記者に「質問に答える場ではないと言ったら、会見自体が崩壊するのではないか」と問われると「全く違う」と反論したそうだ。何が違うのか不明。どうやら記者の背後に国民の目があることに気付いてないようだ。民主主義の終焉を彷彿とさせるが、そうなっては困る。壊れた菅官房長官は退陣すべきである。

2017年8月9日

大麻栽培復興の芽を摘んだ首相夫人

麻小路(京都市中京区御池通堀川西入る)

「週刊SPA!」2015年12月15日号(クリックすると拡大表示)
御池通の専門店で麻のロープを眺めていたら、安倍昭恵首相夫人のことを思い出した。なにかとお騒がせの夫人だが、こと大麻に関しては興味深い見解を披露している。扶桑社の『週刊SPA!』2015年12月15日号で「何千年もの間、日本人の衣食住と精神性に大きくかかわってきた大麻の文化を取り戻したい。私自身も大麻栽培の免許を取ろうかと考えたほどです」と公言しているのである。これにはどうやら首相も困惑したようだ。というのは一般的には大麻は法律で取締り対象になっている、麻を乾燥あるいは樹脂化した、所謂マリファナを連想すると思われるからだ。麻の繊維は、日本では古くから注連縄や祓い具など、神事に使われてきた。相撲の横綱も麻糸でできている。そういうわけで、昭恵夫人には何か霊的なものを感じたそうである。しかし勢い余って鳥取県智頭町の「大麻で町おこし」を応援したものの、その代表者が大麻不法所持で逮捕されてしまった。この顛末は産業用大麻の復興生産に水を差してしまったようだ。今でも夫人が同じ考えを持っているかは不明だが、智頭町の町おこしは、彼女が関わったゆえに話題になったのは確かである。大麻所持事件が発覚したとたん、鳥取県は県内での大麻栽培の免許を一切交付しない方針を表明した。また北海道は「道産業用大麻可能性検討会」を設置し、道の環境が大麻栽培に適するかを調べる試験栽培を公的研究機関で行っているが、煽りを食らって後退気味だという。森友、加計学園問題で露呈したように、首相夫人の肩書の影響力は絶大である。麻薬という誤った通念も加わり、逆風にさらされてしまった大麻栽培だが、その芽を摘む遠因を作ったことを当人は自覚していないようだ。

2017年8月7日

シンディ・シャーマンの仰天セルフィー

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Cindy Sherman (born 1954)
シンディ・シャーマンは写真家と紹介されることがあるが、正しくは写真を使ったアーティスト、写真芸術家と呼ぶべきだろう。彼女の作品を観たのは1996年夏、滋賀県立近代美術館での回顧展だった。巨大なカラー写真に圧倒されたことを憶えている。70年代後半、良く知られた映画のワンシーンを自ら演じた「アンタイトルド・フィルム・スティル」でデビュー、現代美術を語る上では欠かせない作家となった。92年以降は性の問題を手掛けた「セックス・ピクチャー」シリーズを展開し、常に時代の最前線で活躍している。その彼女がインスタグラムのアカウントを公表、ネット上に作品を展示しているというニュースが入ったので、早速アクセスしてみた。本人であることを示す水色のチェックマークが付いていないが、公式アカウントであることはほぼ間違いないようだ。夥しい数の作品が流れてきたが、上掲のコマが私には印象的である。酸素ボンベからの管が写っているが、彼女は呼吸器障害を患っているのだろうか。この点に関しては資料が見当たらず不明だが、病室のベッドを写したコマもあるので、何らかの体験による「変装」なのかもしれない。インスタグラムをはじめたのは5月中旬とのことだが、初期の作品に「セルフィー! ノーフィルター、ははは」というキャプションが付いているという。これは彼女一流のジョークだろう。セルフィー(自写像)はスマートフォンの落とし子だが、それを芸術の高みまで押し上げたセンスに脱帽する。是非フォローすることを勧めたい。

2017年8月6日

フランクリン・D・ルーズベルトのリトル・ホワイト・ハウス演奏会

Franklin D. Roosevelt (center) and daughter Anne (standing) at Warm Springs, Georgia, 'Little White House' in 1933 with Bun Wright's Fiddle Band.

Liner Note for "Songs from the Depression" by New Lost City Ramblers
左は1959年にフォークウェイズ・レコードからリリースされたニュー・ロスト・シティ・ランブラーズのLPアルバム「大恐慌からの歌」(FH5264)のライナーノーツの一部である。写真には「ルーズベルト大統領と隣人たち、ジョージア州ワームスプリングスにて」とキャプションがついているだけで、詳細は不明だった。このレコードを入手したのは1970年代だったと記憶しているが、フランクリン・D・ルーズベルト大統領はストリングバンドが好きだったのだろうか、このローカルバンドの名は、といった疑問を持ったことが思い出される。しかし資料入手が難しくて調べようがなく、月日が流れてしまった。私は「アメリカンルーツ音楽」というブログもを持っていて、様々な資料を掲載している。そこでふと思いつき、この写真をインターネットで探してみることにした。ふたつのサイトで見つかったものの、詳しい説明がない。そこで検索キ―に "WarmSprings" を加えたところ「ブルーグラス・スペシャル」というサイトに辿り着き、今まで見たことがなかった意外な写真に出くわしたのである。


Franklin D. Roosevelt hosts Bun Wright's Fiddle Band
ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズのライナーノーツに掲載されていたものと同時に撮られたと思われるが、背景が広く写り、後ろの女性の顔も切れずに写っている。同じ撮影者による写真のコマ違いなのか、それとも別の撮影者のものなのかは不明である。女性はルーズベルトの娘アンで、次期大統領に選ばれたルーズベルトが、1933年1月26日に地元のバン・ライト・フィドル・バンドを招待した際のものである。なおルーズベルトの向かって左に座っているプレーヤーが演奏している楽器はギブソンのハープギターである。ここまで分かれば後はまさに芋づる式に写真の詳細が解明できる。ルーズベルトは1921年にポリオに罹患、治療のため1924年にジョージア州ワームスプリングスを訪ねた。31℃の温泉プールによる療養が功を奏したため土地を購入、大統領に選ばれた1932年、別荘が完成した。しばしば通ったため、後に「リトル・ホワイト・ハウス」と呼ばれるようになり、1945年にここで死去した。アメリカ史に詳しい人にとっては先刻ご存知のこととは思うが、私にとっては新しい発見であった。ついでに YouTube で検索したところ、大統領を挟んで演奏するバン・ライツ・フィドル・バンドのビデオが見つかった。右隣のバンジョー奏者が「知事」と呼び掛けているので、別のサイトに1936年撮影とあるのが間違いであることを証明している。なお下記リンク先の英文ブログに、ジョージア州「ルーズベルトのリトル・ホワイト・ハウス歴史サイト」の解説を転載したので、興味あるかたは併せてお読みいただければと思う。

Blogger  Bun Wright's Fiddle Band at Franklin D. Roosevelt's Little White House

2017年8月5日

古写真動画で体現する時間旅行


ニューヨーク1931年

この "The Old New World" と題された3D動画は、ロシアのアニメ作家 seccovan 氏が制作したもので、歴史写真サイト Shorpy に掲載されている、1931年のニューヨークの街路の写真を素材にしている。6月下旬、当ブログに「モノクロ写真のカラー化で歴史が生き生きと蘇る」という記事を投稿したが、カラー化によって過去の時間との境界が突然なくなり、今ある世界と錯覚してしまう、という主旨だった。ところがこの動画はちょうどこれと逆で、時間が逆戻りしたような錯覚に陥る。過去の世界を舞台にした動画は星の数ほどあるが、そのような錯覚を普通は覚えない。それはあくまで「時代劇」であり、現代から過去を眺めるに過ぎなく、時間の垣根が存在する。それに対し "The Old New World" はタイムマシンによって時計が逆回りし、時間旅行に誘ってくれる。過去は異質なものという概念が、モノクロームの古写真に潜在しているような気がする。それが立体画像になり、しかも動くという仕掛けに私たちはまんまと騙されてしまうのである。

Movie Film  " The Old New World" (Photo-based animation project) from seccovan on Vimeo.

2017年8月4日

京都五条坂陶器まつり

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日 時:2017年8月7日(月)~10日(木)9:00~22:00
会 場:京都市東山区五条通川端~五条通東大路
主 催:五条坂陶器祭運営協議会 http://www.toukimaturi.gr.jp/