2018年3月26日

米国フォーク音楽のアンソロジー決定盤

Anthology of American Folk Music Edited by Harry Smith

Handbook by Harry Smith
(画像をクリックすると拡大)
ハリー・スミス(1923-1991)編纂の "Anthology of American Folk Music" が届いた。オリジナルは Folkways Records から1952年にリリースされた LP レコード集だが、入手したのは1997年に復刻された6枚組 CD ボックスセットである。ハリー・スミスは、画家、詩人、音楽評論家、音楽プロデューサーとしてアメリカで活動した。音楽学者であったが、レコードの蒐集は趣味であり、学問との境目が判然としない側面がある。学者であり、多彩な趣味人だったようだ。このアンソロジーは、1927年から1932年にかけて録音された、商業レコード黎明期の音源を集めたものだが、ボブ・ディランやジョーン・バエズ、ジェリー・ガルシアなどをはじめ、数知れぬミュージシャンをインスパイア、フォークリバイバルのきっかけとなったことで知られている。実は私はこの時代の音楽に傾倒していて、断片的に LP や CD を買い集めてきた。アメリカの音楽が世界に多大なる影響を与え続けているが、そのルーツであるヨーロッパからの移民、あるいはアフリカからの奴隷の子孫たちの音楽が、はからずも商業レコードに競って記録されたことが興味深いからである。ところで複数の CD をパッケージする場合、CD の大きさに合わせたボックスにするのが普通だが、これは30センチ LP レコードの大きさの紙箱に入っている。CD サイズだとライナーノーツの判型が小さく、勢い文字が小さくなったりする。ところが LP サイズだと大きいので読みやすい。この豪華な CD パッケージには、オリジナルのハンドブックのコピーと、ハリー・スミスのライナーノーツ、グリール・マーカスなどのエッセーを掲載した、新装の分厚い67ぺージの冊子が同梱されている。蛇足ながらハンドブックは Folkways FP-251 252 253 の2枚組3セット、計6枚の LP レコードとは別売りだったようだ。なお収録曲目および解説を下記リンク先の別ブログ "American Roots Music" に掲載した。

Blogger
Notes of the CD album "Anthology of American Folk Music" (Smithsonian Folkways SFW-40090)

2018年3月24日

レコードプレーヤー用針圧計導入記

Digital Turntable Stylus Force Scale

通販サイト Amazon の巧妙は、購入や検索履歴を元に関連商品が表示されることである。いらぬものを衝動買いしてしまうリスクもあるが、情報源として重宝することも多々ある。レコードプレーヤー用針圧計の存在は知っていたが、例えばオルトフォン DS-3 は1万円以上するし、縁がないと思っていた。ところが中国製のデジタル針圧計 Hoomya LP の画像が目にとまり、値段を見たらそのわずか 1/10 という安さ。カスタマーレビューを読むと、結構評判が良いようなので、購入ボタンを押してしまった。届いた商品の梱包を解いてみると、何となく作りが安っぽい。説明書には日本語はなく、中国語と英語のみ。物凄く小さな文字で、ルーペで拡大して英文を読んでみた。キャリブレーションを経ての計測手順は次の通りである。
  1. 電源を入れ「0.00」と初期表示が現れたら、電源キーを「0」の表示になるまで、長押しする。
  2. 画面に「5.00」という数字が現れ点滅したら、針を乗せるテーブルに、5g の校正分銅を置く。
  3. 点滅が停止したらキャリブレーション終了。レコードプレーヤーのカートリッジの針圧を計る。
念のため計測精度はどうかと思い、試しに1円玉を乗せてみたところ、「1.00」と表示された。もう一枚追加したら、今度は「2.01」だった。この数字は正直言って予想外、かなり正確でちょっと驚くものがある。私にとっては ±0.01g の精度は必要なく、大雑把に ±0.1g で十分と思っている。レコードプレーヤーの調節で一番大事なのは針圧である。トーンアームを水平に、つまり加重圧 0g の状態にし、バランス用のウェイトを回転させで指定針圧にする。その際、プレーヤーに計測器がついているわけではないので、正しい針圧かどうかは不明である。早速計測してみたところ、指定が 1.5g にも関わらず、2.5g と 1g も重かった。というわけで製品の耐用年数に関して不安が残るが、現時点では良い買物をしたと感じている。

2018年3月23日

眺めるだけで楽しい鳥類図鑑

Kingfishers and Rollers: A Field Guide to the Birds of South East Asia

ずいぶん昔の話になるが、山階鳥類研究所を訪れて驚いたのは、膨大な量の剥製や骨格標本ではなく、19世紀から20世紀の初めにかけてヨーロッパで発行されたジョン・グールドなどの、豪華な石版および銅版手彩色の鳥類図譜群であった。一辺が1メートルを超えていたものもあったと記憶している。同研究所に関係した鳥類学者は、山科芳麿、松平頼孝、鷹司信輔、蜂須賀正氏、黒田長禮など、旧大名や公家の流れを汲む、華族階級出身者が多数含まれていた。現在の総裁は秋篠宮文仁親王で、理事長が島津久永氏である。紀宮清子内親王も嫁ぐ前はここに席を置き『ジョン・グールド鳥類図譜総覧』を編纂出版している。これらの伝統はおそらく英王室に倣ったものだと想像するが、鳥類学には貴族的な博物趣味が横溢していると言えるだろう。石版銅版手彩色の豪華本には縁遠い私が最初に手にした鳥類図鑑は日本鳥類保護連盟の『野外観察用鳥類図鑑』だった。ポケットサイズで、野鳥を見つけてはその記録を書きこんだ憶えがある。海外の野鳥に関しては J.G.Williams(著)Norman Arlott(絵)"A Field Guide to the Birds of East Africa" (右)が最初の一冊だったと思う。記憶がいささか曖昧だが、1981年、ケニアに旅行した際に確かナイロビのホテルで購入したものだ。1995年に改訂版が出版されたが、現在は絶版になっているようだ。その後コリンズ社の同系列の図鑑を何冊か購入した。Ben King(著)Edward C. Dickinson(著)Martin Woodcock(絵)の東南アジア版(上)は、実現しなかったが、香港にバードウォッチングに行こうと思い買ったものである。野鳥は文字通り野生の鳥、フィールド観察にその真髄があるのはいうまでもない。

私が所持している高野伸二(著)『フィールドガイド日本の野鳥』(日本野鳥の会)は1982年に出版されたものである。現在入手できるのは2015年に発刊された増補改訂版である。フィールドガイドという言葉はコリンズ社の影響と想像されるが、本の体裁が良く似ている。山階鳥類研究所で見た豪華本と比べるとコンパクトで文字通りフィールドガイドそのもので、日本の野鳥観察に欠かせない定番の一冊と言えるだろう。ところで私の場合、実際にはこの図鑑を携行することは稀である。もっとコンパクトなガイドブックがあるからだ。日本野鳥の会発行の谷口高司(著)新・野鳥観察ハンディ図鑑『新・山野の鳥』『新・水辺の鳥』改訂版である。二分冊の本書は新書サイズでいずれも64ページ、厚さは何と6ミリである。私のバッグの主役はあくまでカメラであり、バードウォッチング用の双眼鏡や図鑑はわき役に過ぎない。そういう意味でこのコンパクトさはたいへん有難い。それに例えば山野の鳥編では「身近な鳥」「森・林とその周辺の鳥」「草地の鳥」「渓流の鳥」「高山の鳥」「飛んでいる鳥」という具合に棲息環境別に分類しているのが親切である。蛇足ながら私は写真を使った鳥類図鑑を持っていない。いろいろ議論の余地があるだろうが、イラストのほうが鳥の特徴を掴み易いような気がするからだ。ところでアームチェアアングラー、すなわち肘掛椅子釣り師という言葉がある。書斎で書籍を片手に釣りを夢想する釣り師のことだが、野鳥観察の場合はアームチェアバードウォッチャーでも言うのだろうか、鳥類図鑑は部屋に籠って眺めているだけでも楽しめる。

2018年3月17日

オレオレ詐欺もどきの光コラボ勧誘

光コラボ業者は500社以上あるという

先月中旬の日曜日「フレッツ光の件でご連絡です。インターネット料金の改定があり、お安くなります」という意味の電話がかかってきた。てっきり NTT からかと思い応答すると、今パソコンは使えるか、と言う。スイッチが入っていることを伝えると、接続先 URL を指示された。画面を見ると NTT 西日本のそれで、電話で言われるまま操作すると、最後に「転用承認番号」なるものが表示された。そして「これは NTT と @Nifty の共同サービスです。転用承認番号は何番ですか?」と訊いてきた。大昔、パソコン通信時代に NIFTY-Serve の会員だったのでこの会社の名前は知っていた。この点も騙される要因になった。促されるままに、番号を教えてしまったのである。最後に「後ほど別の者が電話します」と言って電話は切れた。ふと我に返ると、ちょっとおかしいなと気づいた。要するに転用とは NTT および私が契約しているプロバイダ Yahoo! BB と契約解除、光コラボ事業者 @Nifty と新たな契約になるということである。その時は光コラボという言葉すら知らなかったのだが、光コラボ―レーションの略で、NTT の回線を他の事業者が間に入って「別のブランド」で提供することなのだそうだ。これは困る。次にかかかってきた電話で、即キャンセルを伝えた。ところが厄介なことに、転用承認番号を知っていれば、コラボ業者は書面による契約書なしに、移行を進めることができることが分かった。そもそも転用承認番号は自分で NTT に申し込み、取得するものだそうだ。それを電話で巧みに訊き出すのは詐欺まがいの行為といえそうだ。翌日、新たに自分で転用承認番号を取得、教えた番号を使えないようにした。さらに念のため @Nifty のカスタマーサービスデスクに電話、下請けの契約代行業者に私のデータを使わせないように要請した。不動産や保険の勧誘電話が時々かかってくるが、一切無視している。それでもうっかり応じてしまったのは、手口が余りにも巧妙だったからである。オレオレ詐欺にどうして引っ掛かるのだろうかと不思議に思っていたが、何のことはない、似たような手口に私も半ば乗せらてしまったのである。

PDF  総務省からのお知らせ:光コラボレーションモデル不適切な電話勧誘にご注意ください!

2018年3月16日

辺野古・大浦和シンポジウム:沖縄の財産、世界の宝を未来に

画像をクリックすると拡大表示されます

日 時:2018年3月24日(土)13:00~17:30(開場12:30)
会 場:国立劇場おきなわ(浦添市勢理客4-14-1)098-871-3311
主 催:沖縄県
共 催:公益財団法人日本自然保護協会

PDF  フライヤーの表示とダウンロード(PDFファイル 3.03MB)

2018年3月6日

スカートの下の劇場

アンプの実体配線図(誠文堂新光社『MJ無線と実験』2014年9月号より)

アキハバラ少年だった。アキバ少年ではない。10年前の夏に路上無差別殺傷事件が起きたが、あの現場を「アキバのホコ天」というそうだ。秋葉原の歩行者天国という意味だが、いつからアキバと呼ぶようになったのだろうか。そういえば子どものころアキバハラなのかアキハバラなのかちょっとした論争を友人としたように記憶している。前者のほうが読みとしては正しいと思う。しかし、駅の名前も後者だし、この読み方が正しいと聞かされた。もっとも駅名は間違えてつけたという説もある。思い立って地名を調べてみたら「台東区秋葉原」はやっぱり後者の読み方らしい。たぶん現代っ子にはアキバがピンとくるだろうけど、どうしても馴染めない。だから秋葉原は断固アキハバラと呼ぶことにしている。だいぶ様変わりしたと思うが、今でもガード下の電子部品屋街は健在だろうか。中学生のころ私は総武線の沿線に住んでいたが、電車に乗って50分余り、この街に行くのが何よりの楽しみだった。しかしどうして秋葉原に通うようになったか記憶が曖昧である。当時の少年たちが誰でも経験しただろう鉱石ラジオ作りがきっかけだったかもしれない。家には「5球スーパー」と呼ばれたスーパーヘテロダイン式受信機があったが、オーディオ装置、いわゆるデンチク(電気蓄音機)はなかった。雑誌に掲載されていた配線図を眺めては夢を膨らませていたが、もっぱら興味はパワーアンプに向いていた。今でも健在で驚く雑誌『MJ無線と実験』は、アマチュア無線機器よりもすでにアンプの回路図がウリだったように記憶している。世はまさにオーディオブームの魁(さきがけ)に突入していたと言える。

河出文庫(1992年)
当時、出力用トランスのメーカーであったラックスマン(Luxman)がちょうどアンプを作り始めたころだった。製品としては、はっきり脳裡に残ってるのは米国のマッキントッシュ (McIntosh) で、これは文字通り高根の花だった。アップル社のマッキントッシュ(Macintosh)のことではない、念のため。だから自作が一番の早道で安上がりだったし、それに作る楽しみがあった。ところで突然、上野千鶴子著『スカートの下の劇場』(河出文庫)という本を思い出した。下着の歴史を通じてセクシュアリティの本質を解明しようと試みた、日本におけるフェミニズムの端緒を開いた本である。下着にこだわること、見えざるものへのお洒落は、アンプの配線に通ずる。シャーシの裏側、すなわちスカートの中は、普通は本人しか知らない。にも拘わらずそこに凝る。回路にはそれぞれの役割がある。その役割ごとに配線の被覆ビニールの色を変え視覚化する。あるいは、配線を美しく見せるためにシャーシの裏を塗料で変身させるとか。子どもながら私が目指したアンプ作りがそうだった。スピーカーを単体で買ってきて、自作したボックスに入れたり、レコードプレーヤーも部品を入手して組み立てた。これらはみな「世界で1台」のものだった。それから、もうひとつの遊びが写真だった。夜な夜な押入れ暗室で自家プリントをしたものだ。と、ここまで書いてフト思うこと。どうやらネクラな少年だったかもしれない。タイムスリップして現代に生きていれば私は「アキバ系」になっていたかなと。

2018年3月3日

古いアナログ LP ジャケット写真を復刻する

URC URL-1036 1973年10月

ブログなどに音楽レコードの紹介したい場合、ジャケット写真画像が欲しくなる。CDの場合だと家庭用プリンターのスキャナ機能を使えば簡単に作れる。厄介なのは古いアナログ LP レコードである。照明ランプとカメラを支える複写台があれば、デジタルカメラで撮れば良い。これがない場合はスキャナを使うのだが、ジャケットの大きさがおおむね31センチ四方もある。一般に家庭用は A4 サイズで、とてもカバーできない。そこでコンビニにある複合コピー機ならどうかということになる。ところがたとえ A3 サイズでも 297×420mm で、1センチ余りはみ出してしまう。そこで二枚に分けてスキャンしたのが下の写真である。


この二枚を一枚に合成、汚れを落とせば上掲のような写真になる。合成、清浄という作業をするには、アドビ社のフォトショップのような画像処理ソフトが必要だ。持っていない? フォトショップはクラウド上でも使えるが、それなりにお金が掛かるので、写真を趣味にしない限り導入する人はいないと思う。合成できる他の市販ソフトは残念ながら不案内なので、これ以上の助言は控えたい。部屋のどこかに置き、スマートフォンで撮った写真でも紹介記事に使えるし、レタッチしないほうがかえって趣があるかもしれないからだ。

2018年3月2日

谷崎潤一郎『鍵』の中のポラロイドカメラ

谷崎潤一郎『鍵』 (中公文庫 1973/12/10)

この小説は今でいえばポルノ小説と言ってよいだろう。いくつかのレビューも読んだが、某書籍通販サイトにはこんな解説が書いてあった。「封建的な家庭に育った貞操観念の強い妻と、初老を迎えた大学教授の夫。肉体的な下降期にある夫は、妻の旺盛な性欲を満たすことができない。美しい妻の肉体に日々妄想を募らせ、ついには若い男を妻に近づけることで、自らの衰える性欲を掻き立てようとする…」。老人は妻の裸体を撮りたい欲望に駆られる。妻は日記に「木村(若い男)は夫にポーラロイドという写真機のあることを教えた」と記す。なぜその木村が、老人が裸体を撮りたがっているか、その当人も不思議がる。妻の日記は続く。「夫がやがてポーラロイドで満足できず、ツワイス・イコンを使うようになり、それを現像する役目が木村に廻って来るようになるのを、…。かくして老人と若い男はお互いに嫉妬しあいながら共犯関係に陥る。妻の裸体写真は、当時としては卑猥なものと扱われ、撮ったフィルムはカメラ屋に持ち込みむのは憚れただろう。だからポラロイドだが、それでは満足しない。若い男に現像させることによって、嫉妬し、自らの性欲を奮い立たせる。いずれにしても。カメラが重要な役割を果たしている。小説『鍵』の第1回は、1956年(昭和31)1月の『中央公論』誌上に掲載された。前後の年表は次の通りである。
  • 1948年(昭和23)エドウィン・ランド博士発明のポラロイドランド95型発売
  • 1953年(昭和28)NHKがテレビ放送を開始
  • 1956年(昭和31)米アンペックス社がVTRを開発
  • 1957年(昭和32)NHKが大相撲でスローモーションフイルム録画機を使用
  • 1958年(昭和33)大阪テレビがアンペックス社製VTRを輸入
谷崎潤一郎の墓(法然院)
これによると、NHKがビデオテープレコーダーを導入したのは、1958年以降となる。フイルム録画機はそれこそ現像に時間がかかるから、相撲の取り組み直後にプレイバックできなかったと想像される。おそらく夜のニュースで使ったのだろう。小説に出てくるポラロイドはおそらくモニター画面をキャプチャーしたのだと思われる。ネット上ではこれといった資料が見付からなかったので、直接NHKコールセンターに訊いてみた。回答資料の中に「勝負終了後瞬時に再現した」という記述があるが、ポラロイドは1分近い現像時間が必要である。いささか大袈裟なのだが、当時としてはやはり画期的、かつ驚異的なカメラであったことを彷彿とさせる表現ではある。回答全文は次の通りである。

NHKの番組やニュースをご覧いただき、ありがとうございます。このたびは大相撲放送についてお問い合わせいただき、ありがとうございます。この件につきましてご説明いたします。資料としては下記のようなものがあります。「20世紀放送史・上」(平成13年3月22日発行)の392ページに、明確ではありませんが「56年の大相撲初場所からNHKは勝負の瞬間を数十秒後に再現するという新技術を取り入れ関心を呼んだ。…」という記述があります。また、「NHK年鑑1957(昭和31年11月1日発行)の239ページから240ページにかけては「相撲放送では、30年春場所からポラロイド写真を利用し、勝負の一瞬を捉えた写真を"ただ今の勝負"として勝負終了後瞬時に再現した…」と、ポラロイド写真を実際に使ったことがはっきり書かれています。さらに「日本放送史・下」日本放送協会編(昭和40年3月22日発行・非売品)の604ページにも「大相撲中継放送は…、昭和三十一年初場所の中継には、ポラロイド写真を利用して…」との記述があります。以上、導入時期の細かな点については、試行的な導入なのか、本格導入なのか、不明確な点もありますし、機種名など技術的なことも定かではありませんが、テレビの草創期に、早々とポラロイドを活用した瞬間画像を取り入れていたことは間違いないようです。

2018年3月1日

三月の風と四月のにわか雨が五月の花を咲かす


春三月。イラストは英国の風刺画家ジョージ・クルックシャンク(1792-1878)がロンドンの "Comic Almanack" に寄せた暦の一枚「三月の風」である。これは英国の天気俚諺 "March winds and April showers bring forth May flowers"(三月の風と四月のにわか雨が五月の花を咲かす)に由来する。日本にも三寒四温という言葉があるが、ロンドンも気候が不安定で、時折冷たい風が吹くようだ。しかし今は厳しい季節だけど、待てば海路の日和あり、五月になれば花が咲くというわけである。
March winds and April showers
Make way for sweet May flowers
And then from june, a moon and you

March winds and April showers
Romance will soon be ours
And I'll go paradise for two
ところで三月の風といえば、アメリカンルーツ音楽が好きな私はカーターファミリーの "March Winds Gonna Blow My Blues All Away"(三月の風が憂いを吹き飛ばす)を思い出すが、上記の歌詞はアメリカの女優ルース・エッティング(1897–1978) が1935年に吹き込んだ、その名もずばり "March Winds and April Showers" である。下記リンク先のYouTubeで、哀愁に満ちた歌声をぜひお聴きください。

YouTube  Ruth Etting: March Winds and April Showers 1935