2019年2月20日

梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり

梅宮大社(京都市右京区梅津フケノ川町)

今日2月25日に上七軒の舞妓芸妓が野点をする「梅花祭」が北野天満宮で開催される。しかし何事もイベント待ちの今日このごろ、人ゴミを想像するとうんざりなので、どうしようか迷っている。市バスを乗り継いで梅宮大社に出かけた。社名が示すように、ここも梅の名所である。寒空の下、早咲きの品種が紅白に色づき、春めいた香りを漂わせていた。今年は例年よりも開花が早く、白梅の「香篆(こうてん)」や「寒紅梅(かんこうばい)」が満開である。さて標題だが万葉集(巻5-0820雑歌)から筑後葛井大夫の歌を引用した。
烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之尓斯弖奈 伊麻佐可利奈理
万葉仮名ではこのように書くようだが、私には読み下せない。梅の花が今満開ですよ、親しき人々よ梅の枝を髪かざりにしよう。今が盛りですよ、という意味だそうだ。待ち遠しかった早春の足音が聴こえてきた。

2019年2月19日

明治時代に一世風靡したグラフォスコープ

グラフォスコープで写真を拡大して見る芸妓(1900~1905年ごろ)

江戸時代に流行った覗き眼鏡
ロウセルのグラフォスコープ
江戸時代に流行った覗き眼鏡は、浮世絵師が極端な遠近法で描いた絵を、レンズを通して覗く装置で、立体的に像が見えるというものだ。いわばカラクリの一種だが、実際にはそれほどの立体感はなく、いわば覗くという行為がその感覚を助長したのだろう。この装置が発展したのがグラフォスコープである。上掲の写真はラブ・オーシュリ氏の膨大なコレクションの1枚で、芸妓がグラフォスコープを使って写真を拡大、覗いているいるシーンである。写真共有サイト Flickr にアップロードされているが、非営利のブログなどへの転載可という但し書きがついてるので、ここに掲載することにしたオーシュリ氏は1970年代初頭、ベトナム戦争で来日、沖縄に滞在してそのまま住みついた人である。明治時代、貴重なステレオ写真を残した写真師、江南信國(1859–1929)の作品コレクターとして名高い。グラフォスコープは英国のチャールズ・ジョン・ロウセル(1802-1882)が1864年に特許をとった、折りたたみ式の拡大鏡である。特許取得後も改良が加えられ、これは長さ約58センチ。クルミ材を使い、透かし彫りの装飾があるのが特長である。レンズは直径15センチで、絵葉書などを拡大して覗く。その下にステレオ写真用の眼鏡がついている。約10センチ四方2枚一対の写真をついたてに置き、立体写真を楽しんだ。

江南信國「松の下の芸妓」(京都・嵐山で撮影したステレオ写真)
グラフォスコープは幕末から日本に輸入され、明治に入ってステレオ写真が一世風靡した。写真そのものが小型で比較的安価だったこと、そして何より国内および異国の風景を鑑賞出来たことが爆発的ブームになった理由であったと想像される。この型番はベストセラーになったようで、海外のオークションサイトに出品されているのをよく見かける。私は京都市中京区河原町通の三条を上がった古書店「キクオ書店」の店頭ショーウィンドウに飾られているのを拝見したことがある。アンティークカメラの図鑑などにも掲載されているが、このグラフォスコープを実際に使っている上掲、芸妓の写真は、歴史的にも貴重な資料といえるだろう。

2019年2月18日

トランプ大統領ノーベル賞推薦の茶番

ノーベル賞のメダル

米国のドナルド・トランプ大統領は2019年2月15日(現地時間)、安倍晋三首相からノーベル平和賞に推薦されたと明かした。この仰天ニュース、少しニュアンスが変わって、推薦したのは韓国の文在寅大統領じゃないかという憶測が流れた。しかしどうやらトランプ大統領が安倍首相に推薦依頼らしいということが判明した。この件に関し、2月18日、衆議院予算委員会集中審議で、ノーベル平和賞候補にトランプ氏を推薦したかとの質問に対して、安倍首相は「ノーベル賞委員会は推薦者と被推薦者を50年間は明らかにしないこととしていることを踏まえ、私からはコメントは差し控える」と答えた。推薦者の名前を公表しているから、これはナンセンスな答弁だ。同時に「事実ではないとは言ってない」とも述べた。つまりこれは推薦したことを認めたに等しい。トランプ大統領自身は、北朝鮮やシリア情勢への対応はノーベル平和賞の受賞に値すると考えているようだ。韓国青瓦台の金宜謙報道官も18日「文在寅大統領はトランプ大統領がノベール平和賞を受ける資格が十分だと考えている」と述べたという。いずれにせよ首相が書簡に「日本を代表し、敬意を込めてあなたを推薦した。あなたにノーベル平和賞を授与してほしいとお願いしている」と記したのは間違いようだ。平和賞は他の賞と違って、政治的な思惑が潜在すると言われている。首相の大叔父にあたる佐藤栄作元首相が受賞しているが、非核三原則制定が受賞理由だった。ところが核密約文書が自宅から見付かってるので、実に怪しいものだった。それはともかく、トランプ大統領の飼い犬もどきのとんだ茶番、米国ファーストはいい加減にして欲しい。

2019年2月17日

白衣に袴 緋色に染めて ああ美しい 日本の巫女は

下鴨神社(京都市左京区下鴨泉川町)

社寺に塗られている朱色が好きである。朱色は赤系の色の中でももっとも代表的な色だが、わずかに黄色がかり、鮮烈である。神社の本殿、拝殿に次ぐ重要な場所に塗られるのは、朱合漆という透漆の1種類に水銀朱を練り込んで作る本朱漆が使われるそうだ。塀などを含め、全般に使われるのが弁柄(べんがら)漆で、社寺の塗装には欠かせない基本色になっている。弁柄は紅殻とも表記されるが、これはインドの地名ベンガルに由来するそうだ。京都の町家の代名詞として紅殻格子があるが、最近は黒漆が多い。これは花街の風情の影響があるかもしれない。赤系の色として朱と紅の二種類をあげたが、その色は違う。ウェブ色見本辞典によると、前者の16進数コードは #EB6101 、後者は #D7003A だそうである。赤色からあがた森魚の「赤色エレジー」を連想する人は、かなり古い音楽ファンだと思う。赤色から宮崎駿の「紅の豚」を連想する人も、かなり古いアニメファンだと思う。赤色から日本共産党を連想する人は、かなり政治的志向が強いと想像する。

日の丸は国旗及び国歌に関する法律(1999年8月13日法律第127号)によると、地は白色、日章は紅色となっているだけである。色に関する指定は曖昧だが、旗の縦は横の三分の二、日章の直径は縦の五分の三と定められている。子どもの頃、白地に赤く日の丸染めてああ美しい日本の旗は、と歌わされた記憶がある。戦前から戦中にかけて、この旗は軍国主義の象徴であったことは紛れもない史実である。だからといって、切り刻んで良いとは言わないが、私にとっては忌まわしい戦争のシンボルである。しかし、デザイン自体ははシンプルで、優れてると認めざるを得ないし、確かに白と赤はマッチすると思う。神社の本殿にぶら下がっている鈴を鳴らす帯、鈴緒は紅白である。あれはたぶん、正確には紅色ではなく、緋色かもしれない。京都市中京区の斎藤專商店のウェブサイト「有職.com」の有職巫女袴着装図によると、袴は緋色である。緋色のコードは #D3381C となっているようだ。この世で一番優れた服のデザインは制服、特に軍服だとよくいわれる。誰でも似合うからだ。軍服に喩えたら余りにも可哀そうだが、巫女の衣裳は誰でも似合うのではないだろうか。

2019年2月16日

ソローの森の生活とターシャの田舎暮らし

"Walden; or, Life in the Woods" by Henry David Thoreau 1854

真崎義博訳(宝島社)
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-1862)の『ウォールデン;森の生活』を初めて手にしたのは、神吉三郎訳の岩波文庫版で、1970年代末に遡る。これは絶版となり現在は飯田実訳が出ている。同じころギルバート・ホワイトの『セルボーンの博物誌』やW・H・ハドソンの『ラ・プラタの博物学者』(いずれも岩波文庫)など、自然史に関する本を読み漁ったことを憶えている。1979年に出版された稲本正著『緑の生活』(角川書店)に写真を寄せたが、そのときこの書籍に関連づけて言われたのが 『森の生活』 だったという。10年以上前、その飛騨高山オークヴィレッジを再訪したが、斜面に小さな丸太小屋があった。ソローが建てて住んだ小屋を模したものだという。一種のバーチャル空間とはいえ、こんな所に住んだのかと驚いたものである。ソローの "Walden; or, Life in the Woods" は、1854年、すなわち安政元年に刊行された。アメリカのペリーが浦賀に再び来航、横浜村で日米和親条約が調印され、日本が開国した年である。マサチューセッツ州コンコード近くのウォールデン湖畔に自ら建てた小屋に、2年余り暮らした経験を元に書かれたものである。世間と交際を絶つ隠遁生活を目指したのだが、実際には完全な世捨て人になったのではなかったようだ。

Corgiville Fair by Tasha Tudor
それはともかく、今日の環境保全運動の礎を築いた書となったことは、万人が認めるところである。上掲、真崎義博訳のキャプションは2005年刊となっているが、新装版のことで、掲載写真は1981年に刊行され、その後絶版になった本の表紙をコピーしたものである。あとがきによると、訳者は1970年代、ボブ・ディランに心酔し「ボロ・ディラン」のニックネームで知られたシンガー&ソングライターだった。オークヴィレッジと同様、ある時代の雰囲気をそこに感ぜざるを得ない。翻訳にあたって、神吉三郎訳の岩波文庫を参考にしたという。ターシャ・テューダー(1915-2008)について強い興味を抱き始めたきっかけは、NHKが衛星放送で2005年に放映した「喜びは創りだすものターシャ・テューダー四季の庭」だった。絵本作家そして造園家の彼女について、多少の知識はあったものの、その思想のルーツを最初に知ったのはこの放送を通してだった。絵本作家として成功したテューダーは57歳にして、カナダ国境のバーモント州南部の小さな町はずれマールボロに広大な敷地を手に入れた。そこに古風な家を建てて移り住み、19世紀風の田舎暮らしを始める。
I have learned, that if one advances confidently in the direction of his dreams, and endeavors to live the life he has imagined, he will meet with a success unexpected in common hours.
自分の夢に向かって確信を持って歩み、 自分が思い描く人生を送ろうと努めるならば、 きっと思いがけない成功にめぐり合うだろう。
Private World of Tasha Tudor
ソローの "Walden; or, Life in the Woods" の最後の章に現れる上記の一節は、彼女のはいわば座右の銘であり、これは放送の中でも語られていた。夢を持ち、それを追う生活をすれば、思いがけ ない成功にめぐり会えるという。まさにこの言葉通り夢を求め、それを獲得した人生を彼女は送ったと言えるだろう。ところでソローは凍結した湖面の氷の切り出し作業を目撃する。天然氷を冬場に採取し保冷しておき、夏場に南方の都市部で販売するという事業だったが、これを仕切る豪農の名をソローは知る。フレデリック・テューダー(1783-1864)という名前で、ターシャの曽祖父にあたる人物であった。ふたりはこのように氷面下、いや水面下の糸で結ばれていたのである。彼女が俗界から逃れたのは、ソローの強い影響によるものと想像できる。造園については、多くの日本人がよく知っているようだ。ブログ等に余りにも記述が多いので饒舌を控えたい。単に草花が美しいという以上のもの、つまり哲学が、彼女の造園に隠されていると強調することに留めておこう。紹介した図書はいずれも原書英語版だが、特に語学を必要としない幼児用絵本や写真集であるし、英文のほうがフォントが美しいという、私の勝手な好みによるものだ。"Private World of Tasha Tudor" はテューダーの農場生活を、写真家のリチャード・ブラウンが1年間追った記録で、彼女自身の言葉と、100点以上の美しい写真が掲載されている。絵本は『コーギビルの村まつり』、そして写真集は『ターシャ・テューダーの世界――ニューイングランドの四季』という標題で邦訳出版されている。