2026年10月25日

大徳寺高桐院の灯篭は細川ガラシャの墓石なのだろうか

小林清親『古今誠画 浮世画類考之内 慶長五年之頃 細川忠興室』1885(明治18)年

細川幽斎の長子忠興が建立した大徳寺塔頭高桐院は紅葉の名所で知られる。書院の奥に茶室松向軒(しょうこうけん)がある。忠興は江戸時代初期の武人として有名だが、三斎と号したように利休七哲に数えられる茶人でもあった。茶室の天井から小さな裸電球がぶら下がっている。その明かりを頼りに天井に目を注ぐ。実に質素なたたずまいだ。こういうのを利休風建築というのだろう。利休好みという言葉がある。ワビとかサビというのは、唐変木の私にとって理解できない気風だ。古寺にしても、風雪が変貌させた土や草の色はあまり好きではない。むしろ、金ピカだったり派手な朱色だたりしていたほうが嬉しい。伽藍が暗示する浄土はそんな世界ではないだろうか。備前焼きより清水焼きのほうが好きな私だ。高桐院は細川家の菩提寺でもある。西庭の一角に三斎の墓所がある。その墓石はガラシャ夫人のものだという。南庭の春日灯篭は、その墓石を模したものだという。

「奥方さま、では、お覚悟を。直ちにわれらこれより御供申しあげまする。しかしながら、このお傍に果てるのは余りにも恐れ多きこと故、われらは玄関にて御供させて頂きまする」「自害は許しませぬ。天主のみもとに行くは、わたくし一人にとどめますように。では、早う、少斎どの。頼みまする」「奥方ごめん!」閃くと見た少斎(小笠原秀清)の長刀が、一瞬のうちに玉子の胸を刺しつらぬいた。真紅の血がさっと飛び散り、玉子の上体がぐらりと前に傾いたかと思うと、そのまま玉子は床に打ち伏した。(三浦綾子『ガラシャ夫人』主婦の友社 1975年)
笠の後ろが三分の一欠けた春日灯篭
高桐院(京都市北区紫野大徳寺町)

家臣に首を切らせたという異説もある。ガラシャが自らの意志で散ったのは1600年8月25日(慶長5年7月17日)、辞世の句は「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」だった。遺骨は大阪の崇禅寺の境内に埋葬されたという。10月、夫である忠興はオルガンチノ神父と相談して盛大なキリスト教式葬儀を行った。忠興が高桐院を建立したのがその翌年になる。この塔頭建立とガラシャとの関係はどうなっているのだろうか。暗雲からわずかにこぼれた光の束は、鬱蒼とした樹木のフィルターでさらにその力を弱めている。小さな門をくぐると、そこは廟になっていた。正面に石灯篭が見える。観光で訪れたのだろう、ふたりの女性の声が弾んでいる。これが忠興とガラシャの墓石なのだそうだ。千利休が秘蔵していた灯篭で「天下一」の称があったという。秀吉と忠興のふたりに請われて困った利休は、わざと笠の三分の一を欠き、キズ物と称してその懇請を断ったという。

キリシタン大名高山右近追放、ガラシャ受洗、キリスト教禁教令、三木パウロ殉教、秀吉の全国統一、家康江戸入城、そして長崎における二十六聖人の殉教と続く。1596年(慶長元)、千利休は秀吉によって自殺に追いやられている。利休の遺志によって灯篭「天下一」は細川忠興の手に渡った。5年後に建立したこの寺の庭に置いたのは間違いないだろう。しかし、この灯篭をもってすぐにガラシャの墓石にしたかどうかは歴史書は寡黙だ。夫人の死後、忠興は83歳で死ぬまで、45年も生きながらえた。かれは亡き夫人を偲んで、生涯再婚はしなかったという。その間に、自らと、そしてガラシャの墓石にこの石灯篭を転嫁させたのだろうか。明智光秀の謀反によってその玉子は一転「逆賊の娘」になってしまった。その玉子がなぜガラシャになったか、得も知れぬ興味が湧いてきたのに思わず身震いした。戦国時代を駆け抜けたキリシタンとはいったい何だったのだろうか。私は夢を見始めたようだ。あの灯篭はほんとにガラシャの墓石なのだろうか。この禅林は細川家の菩提寺だ。デウスに帰依したガラシャの痕跡はここにあるだろうか。細川家の紋は残っている。しかしここには十字架はない。ただあるのは利休好み、三斎好みの灯篭があるだけだ。キリスト教式の葬儀を行ったにも関わらず、その痕跡をこの庭に残さなかったのは何故だろうか。それがキリシタン史を紐解くひとつの鍵ではないだろうか。今日、宗教が現実世界に投下してる影響力は数知れなくある。宗教はひとつの方向性を持っているのが常だが、信心がない人間には理解できない。

christian  小倉城ものがたり第2話 | 小倉藩初代藩主細川忠興の誇り高き才媛の妻・細川ガラシャの悲しい生涯

2026年10月24日

鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ

Moby Dick

これまで私が触れた何冊かの本、例えばジェイムズ・ジョイス『ダブリン市民』、ギルバート・ホワイト『セルボーンの博物誌』、W・H・ハドスン『はるかな国とおい国』などに共通していること、それは正直言って読み疲れるということである。少し読んでは放り出し、また忘れたころに読み進める。ヘンリー・D・ソロー『森の生活』もそうだが、ハーマン・メルヴィル『白鯨』(モビィ・ディック)がその極めつきではないだろうか。とにかく通読するだけでも厄介で、私は何度も挫折、数カ月を費やしてやっとのことで読み終えたのだった。物語のクライマックス、エイハブ船長と白鯨モビィ・ディックの闘いにたどり着くまでの道程が長いのである。著者メルヴィル(1819-1891)は実際に捕鯨を体験している。したがって見方を変えれば、ここに書かれている当時の鯨学、捕鯨業の実態、あるいは船員の生活など、貴重な記録文学と言える。18世紀~19世紀半の欧米諸国による捕鯨は鯨油を採ることが主目的だった。そして浦賀へ来航したペリーの艦隊の黒船が、江戸幕府に開港を迫ったのは、アメリカの捕鯨船団が燃料や食料補給のために寄港したかったからだという。

C・W・ニコル『勇魚(上・下)』(文春文庫)1992年

作家の C・W・ニコルさんが2020年4月3日、直腸がんのため長野市の病院で死去した。著書『勇魚(いさな)』を思い出し、読み返してみたが、これは一気に読破することができた。舞台は和歌山県太地、今でも捕鯨の町である。幕末。おりしも井伊直弼、吉田松陰、坂本龍馬などが世界に目を転じ始めたころだった。エイハブ船長は白鯨によって片足を失ったが、この小説の主人公、甚助は鯨に片腕を奪われている。失意のどん底にあった彼に声を掛けたのが紀州藩士、松平定頼だった。定頼は黒船の出現を知り、海防の必要性を幕府に説き、甚助を密偵に仕立てる。紆余曲折の末、ジョン万次郎に出会った甚助はジム・スカイの名で海外に雄飛する。波乱に飛んだ歴史物語だが、作者のニコルさんはよくここまで調べたものだと感心する。ウェールズ出身で、1995年に日本に帰化したが、一年間太地に暮らした経験があるという。その体験ゆえに書けたのだろうが、訳者あとがきにもあるが、私も鯨を勇魚(いさな)と呼ぶことは知らなかった。勇ましい魚という意味である。鯨は魚類ではなく哺乳類だが、中国語では鯨魚と表記する。万葉集に「鯨魚取海哉死為流山哉死為流死許曽海者潮干而山者枯為礼」(第16巻第3852番)という歌がある。鯨魚(いさな)取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ。つまり「海は死ぬだろうか、山は死ぬだろうか。死ぬからこそ海は潮が干し上がるし、山は草木が枯れる」という摂理を詠んでいるのである。

太地を初めて訪れた松平定頼は獲れた鯨の解体作業に立ち会う。太地角右衛門(網捕り式捕鯨の考案者)は漁師たちが鯨の霊に祈ったことに対し「わたしどもとて死の悲しみは感じますが、しかしその悲しみの一方に、海からあのような恵みを受けるよろこびもあり、わたしどもはなにひとつむだにいたしませぬ。肉、油、骨、髭、すべてを使います」と定頼に答える。さらに臓物も食べると答えながら「正直申して、わたしは肉のほうが、わけても尾に近い脂ののった肉が好きです」と説明する。これは鯨の尾の身、すなわち尾の背側の部分の脂が霜降りになった部位を指す。一昨年の暮れ大阪道頓堀の『たこ梅』でサエズリ(ヒゲクジラの舌)の煮込みを食べた話を書いた。これも絶品だが、尾の身の刺身はさらに素晴らしい。私はアメリカの海洋哺乳類保護団体のメンバーと会ったことがある。鯨の肉は物凄く美味しいよと話したら、彼らが目を丸くしていたのを思い出した。国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明したことで、2019年、1988年以来、30年ぶりに商業捕鯨を再開した。南極海での捕鯨を停止することは歓迎するが、鯨肉の供給に問題が出そうである。しかし鯨肉はもはや食道楽のための高級食材であり、もはや日本人の蛋白源ではないことを改めて再認識すべきだろう。表題は万葉集万葉集・巻16-3852「鯨魚取海哉死為流山哉死為流死許曽海者潮干而山者枯為礼」(いさなとりうみやしにするやまやしにするしぬれこそうみはしほひてやまはかれすれ)で「鯨魚(いさな)取り海は死ぬだろうか、山は死ぬだろうか。死ぬからこそ海は干上がり、山は枯れる」という意味である。

PDF  大崎晃「ニューイングランドにおける19世紀後半期アメリカ式捕鯨の衰退と産業革命」東京地学協会

2026年10月21日

ソーシャルメディアの弊害(36)精神的および感情的な健康に多くの悪影響を及ぼす可能性

Darkside of Socialmedia
Dark Side of the Social Media

ソーシャルメディアは、私たちが繋がり、コミュニケーションを取り、情報を消費する方法を間違いなく変革した。現代生活の一般的な側面であり、世界の総利用者数が約56億人〜57億人規模に達している。人口の約65%(約3人に2人)以上が何らかのソーシャルメディアを利用している計算になる。ソーシャルメディアには多くの利点がある一方で、際限なくスクロールし続けることは、私たちの精神的および感情的な健康に多くの悪影響を及ぼす可能性がある。最も顕著な悪影響の一つは、非現実的な期待や他人との比較を助長することである。ソーシャルメディアプラットフォームは、他人の完璧に見える生活を紹介する、厳選されたハイライト集のような役割を果たしている。このような情報に常に触れていると、不十分さ、羨望、自尊心の低下といった感情につながる可能性がある。研究によると、ソーシャルメディアの利用と身体イメージへの不満の増加には強い相関関係があり、特に若者の間で顕著です。ソーシャルメディアの利用が増えると、身体イメージへの懸念や摂食障害の症状が悪化するという研究結果もあります。さらに、ソーシャルメディアへのアクセスが増えたことで、過去10年間だけでも青少年のうつ病が急増している。完璧なオンライン上のペルソナを維持しようとするプレッシャーは圧倒的で、不安やうつ病、そして多くの場合、不十分さという感情につながる。さらに、ソーシャルメディアの中毒性は、絶え間ない注意散漫と集中力の低下という悪循環を生み出す。絶え間なく届く通知や更新情報はドーパミンの放出を促し、スマートフォンをチェックせずにはいられなくなる。マイクロソフトの調査によると、人間の平均的な集中力は金魚よりも短い8秒にまで低下しており、ソーシャルメディアはその一因となっている。これは、作業に集中する能力を阻害し、生産性や学業成績の低下につながる。その結果、集中力が散漫になり、深く有意義な作業に取り組むことが難しくなるのである。

Smart Phone
Smartphones Are to Blame

サイバーいじめやオンラインハラスメントも深刻な問題である。インターネットの匿名性は、個人が有害な行為に走ることを助長し、被害者に精神的苦痛や自殺願望さえ引き起こす可能性があある。10代の若者の40%以上がサイバーいじめを経験していると報告もある。絶え間ない否定的な情報やオンライン上の悪意ある言葉への曝露は、敵対的な環境を作り出し、精神的な健康と幸福に悪影響を及ぼす。かつては1日に数時間に限られていたものが、今では24時間体制で存在しているのである。誤情報やフェイクニュースの拡散は、もう一つの大きな課題である。ソーシャルメディアのアルゴリズムによって生み出されるエコーチェンバーは、既存の偏見や信念を強化し、真実と虚偽を見分けることを困難にする。米 MIT の研究によると、ソーシャルメディア上では、偽ニュースは真実のニュースよりもはるかに速く、広範囲に拡散することが分かった。これは政治的分極化、社会不安、そして信頼できる情報源への信頼の全般的な低下につながる可能性がある。こうした誤情報の結果として、社会不安や、情報に基づいた市民的議論の崩壊が生じる可能性がある。言い換えれば、ネガティブな情報はより早く吸収され、より強い影響力を持つということなのである。完璧なオンラインイメージを維持しなければならないという絶え間ないプレッシャーや、取り残されることへの恐怖(FOMO)は、不安や抑うつの感情を引き起こす可能性がある。画面から発せられるブルーライトは睡眠パターンを乱し、不眠症や睡眠の質の低下につながる可能性がある。ソーシャルメディアの過剰な使用は、現実の人間関係に悪影響を及ぼし、孤立感や孤独感につながる可能性がある。自尊心の低下:絶え間ない社会的比較や、厳選されたコンテンツへの接触は、自尊心や身体イメージに悪影響を与える可能性がある。しかし、ソーシャルメディアは必ずしもネガティブな情報源である必要はない。その有害な影響を軽減するために、より健全な習慣を身につけることができるのである。下記リンク先はハンブルグの『ディー・ツァイト』紙の記事「ソーシャルネットワークに関する欧州連合全域共通の規則が間もなく制定されるのだろうか? 13歳まではソーシャルメディアの利用を禁止し、15歳までは利用を制限する――これが欧州連合のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が求めていることだ」です。

European Union  Von der Leyen plant Social-Media-Verbot für unter 13-Jährige | Der Die Zeit in Hamburg

2026年10月19日

映画『パーフェクトワールド』とハロウィン

Halloween
箒に跨った満月の魔女
A Perfect World (1993) loupe

ハロウィンは古代ケルト人の祭が起源で、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的行事だったという。本来キリスト教とは関係ないが、11月1日に行われるキリスト教の万聖節「All Hallows」の前夜祭として紐付いたようである。日本でもカボチャのカービングや仮装行列が行われるようになったが、クリスマスと同様、宗教行事とは程遠い。ハロウィンというと私はずいぶん昔に観たクリント・イーストウッド監督作品の映画『パーフェクトワールド』(1993年)を思い出す。ケビン・コスナー演ずる脱獄囚ブッチ・ヘインズが、逃走途中に民家へ押し入り、8歳の少年フィリップ・ペリーを人質にアラスカに向けて逃亡する物語である。途中、フィリップは雑貨店でハロウィンの仮装用お面などに目を輝かす。エホバの証人の信者である彼の家庭では、母親が宗教に厳しく、キリスト教の友だちが開くパーティにも参加できず、ハロウィンの仮装も許されなかった。米国では近くの家々を訪れ「Trick or treat(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)」と唱えてお菓子をもらったりするそうだ。それがフィリップにとって羨ましくてしょうがなかったのである。クリント・イーストウッド演ずる刑事レッド・ガーネットはブッチを追い詰め、人質を解放するように求める。それに対しブッチは「母親がフィリップをハロウィンに行かせろ」という降伏条件を出す。この下りで思わず涙腺が緩んだことを憶えている。そし現場に到着したフィリップの母親がその要求を受け入れ、ブッチはフィリップを解放したのだった。

YouTube  A Perfect World - Theatrical Trailer 1993(映画『パーフェクトワールド』劇場公開用トレーラ)