皇族数の確保に向けた皇室典範改正案が7月10日、衆議院本会議で採決が行われ、自民・維新両党と中道改革連合、国民民主党、参政党などの賛成多数で可決され、参議院に送られた。改正案は参議院でも賛成が過半数に達する見通しで、今の国会で成立する公算が大きくなった。改正案は皇族数の確保に向けたもので、女性皇族が結婚後も皇室に残ることと、旧皇族の男系男子を養子に迎えられるようにすることの2つが柱となっている。しかし波乱含みであることは否めない。皇位継承を男系男子に限る1条と、女性皇族が結婚により皇室を離れるとする12条の規定を指す。1条については「これだけでは将来、皇室が絶える危険性が高い」としたうえで、12条については「皇族数が減り、皇室活動に支障をきたす」と指摘があるからだ。旧皇室典範は、大日本帝国憲法と並ぶ最高法規として1889年(明治22年)に制定された皇室の家憲です。皇位継承は「男系男子」に限られ、女性皇族の臣籍降嫁や議会の関与などを定めていました。GHQの指令下、現行の皇室典範が公布された1947年(昭和22年)5月2日に廃止されている。第1条は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と謳っているが、新皇室典範も全く同じである。高市首相が「日本初の女性総理大臣」になったこととあいまって、もしかしたら「愛子天皇」実現への道を開いてくれるのではないかという期待となった。彼女が以前『文藝春秋』2022年1月号で、自分は女性天皇に反対しているわけではないと述べたこともあちこちで引用され強調されたからである。 しかし例によって嘘嘘八百。自民党の中でも保守的な考えの持ち主で、 天皇は男系男子に限るという現在の皇室典範が定めている立場を堅持している。
そうした中で「愛子天皇」待望論の人たちにとってショックだったのは、高市首相が2月27日の衆院予算委員会で「男系男子に限ることが適切とされている」などと答弁したと報じられたことだ。さらに大きいのが、麻生太郎副総裁の存在だ。週刊誌の報道によれば現職閣僚が「皇室典範の議論については、事実上『麻生一任』というのが暗黙の了解です。その麻生さんが、養子案を強力に推し進めている。この流れに逆らえる議員などいません」と内情を打ち明けたそうである。このへんがとてもややこしいのだが、そもそも2月27日の皇室典範改正をめぐる高市首相の発言自身が、党内右派の意見に引っ張られたもので、内容に齟齬がある。あるいは間違いだという指摘もあるという。高市首相は「皇位が女系で継承されたことは一度もないんですね。ですから有識者会議の報告でもそうなっておりますけれども、皇統に属する男系男子に該当するものに限ることが適切とされています。政府としても私としても、この報告を尊重いたしております」衆院選後の特別国会で初めてとなる2月27日の衆院予算委員会でこう述べている。その一方で高市首相は「過去には男系の女性天皇がいらしたことは歴史的な事実です。過去の女性天皇を否定してしまうということは不敬にあたる」と主張。いささか行き当たりばったりの発言だが、歴史は認めるそうである。確かに日本の歴史において、即位した女性天皇は8人・10代存在する。2人が重祚(一度退位した後に再び即位すること)したため、人数は8人だが、即位の回数としては10代となる。
- 33代 推古(すいこ)天皇(592–628年)日本初の女帝とされる
- 35代 皇極(こうぎょく)天皇(642–645年)後の斉明天皇(重祚)
- 37代 斉明(さいめい)天皇(655–661年)皇極天皇が重祚
- 41代 持統(じとう)天皇(690–697年)
- 43代 元明(げんめい)天皇(707–715年)
- 44代 元正(げんしょう)天皇(715–724年)
- 46代 孝謙(こうけん)天皇(749–758年)後の称徳天皇(重祚)
- 48代 称徳(しょうとく)天皇 (764–770年)孝謙天皇が重祚
- 109代 明正(めいしょう)天皇(1629–1643年)
- 117代 後桜町(ごさくらまち)天皇(1762–1770年 現在のところ最後の女性天皇)
過去の重祚(ちょうそ/じゅうそ:一度退位した君主(日本では天皇)が再び即位すること)の事例。1. 皇極天皇(こうぎょくてんのう)⇒ 斉明天皇(さいめいてんのう)概要: 35代皇極天皇が退位したのち、弟である孝徳天皇が即位。しかし孝徳天皇の崩御後、655年に37代斉明天皇として再び即位しました。背景: 息子の「中大兄皇子(のちの天智天皇)」が政治の実権を握っていたが、当時の緊迫した朝鮮半島情勢に対応するため、威信のある天皇を立てる必要があったとされている。2. 孝謙天皇(こうけんてんのう)⇒ 称徳天皇(しょうとくてんのう)概要: 46代孝謙天皇として在位したのち、一度退位して上皇となった、淳仁天皇と不和になり、764年の「藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)」を機に48代称徳天皇として再び即位した。背景: 皇室の権力を掌握し直すためのクーデター的な要素を含んだ即位だった。
笠原英彦著『皇室典範―明治の起草の攻防から現代の皇位継承問題まで』中公新書(2025/1/22)




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