2026年8月3日

峠三吉『原爆詩集』あの閃光が忘れえようか

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原爆が至近距離で炸裂したため大破全焼した広島県産業奨励館(原爆ドーム)
峰 三吉

詩人の峠三吉(1917-1953)は父の勤務地だった大阪府豊能郡(現在の豊中市)に生まれ、生後まもなく家族とともに父の故郷広島市に転居した。幼い頃から気管支の病気に苦しめられしばしば喀血、広島商業学校(現在の広島県立広島商業高校)在学時から詩作にいそしんだが卒業後は長期の療養生活を余儀なくされ、この病気は三吉を生涯苦しめることとなった。さらに1945年(昭和20年)8月6日、爆心地より3kmの広島市翠町(現在の南区翠)で被爆。敗戦後は広島を拠点とする地域文化運動で中心的な役割を果たし、広島青年文化連盟委員長に就任した。広島県庁での勤務や雑誌『ひろしま』の編集、1949年(昭和24年)にはサークル「われらの詩の会」を発足、詩誌『われらの詩』を創刊した。1950年(昭和21年)6月に朝鮮戦争が開戦されると「われらの詩の会」は被爆地広島における反戦反核運動の拠点ともなった。1951年(昭和26年)に「にんげんをかえせ」で始まる『原爆詩集』を自費出版、原爆被害を告発しその体験を広めた。この『原爆詩集』は岩波書店が2016年(平成28年)に文庫本化、現在も出版されており、全国の書店やオンラインストアで手に入る。

八月六日

あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧しつぶされた暗闇の底で
五万の悲鳴は絶え

渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは裂さけ、橋は崩れ
満員電車はそのまま焦げ
涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に
くずれた脳漿を踏み
焼け焦こげた布を腰にまとって
泣きながら群れ歩いた裸体の行列

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた筏へ這いより折り重った河岸の群も
灼やけつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
夕空をつく火光の中に
下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり

兵器廠の床の糞尿のうえに
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰れとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく
異臭のよどんだなかで
金ダライにとぶ蠅の羽音だけ

三十万の全市をしめた
あの静寂が忘れえようか
そのしずけさの中で
帰らなかった妻や子のしろい眼窩が
俺たちの心魂をたち割って
込めたねがいを
忘れえようか!

広島在住で詩人、翻訳家のアーサー・ビナードが同書の巻末で「日本語で書かれた『戦後文学』の中から、もし最優秀詩集を一冊のみ選出するとなったら、ぼくは『原爆詩集』をノミネートしたいと思う」と書いている。アメリカ人が日本人を諭しているのである。ぜひ手に取って欲しい。下記リンク先は核兵器をはじめとする大量破壊兵器や気候変動問題など、人間社会への脅威となる科学技術上の問題を扱うアメリカ合衆国原子科学者会報に寄稿された、スティーブンス工科大学アレックス・ウェラースタイン教授の「広島と長崎の死者を数える」です。

核兵器  Counting dead at Hiroshima & Nagasaki by Alex Wellerstein, Bulletin of Atomic Scientists

2026年8月2日

ピクトリアリスムからストレートフォトに移行する日本の写真界を牽引した野島康三

裸婦
野島康三『裸婦』1930年(国立京都近代美術館蔵
野島康三

野島康三(のじまやすぞう)は1889年(明治22年)2月12日、埼玉県浦和宿(現在のさいたま市浦和区)に生まれた。父親の泰次郎は、東京中井銀行の創業者であり、浦和支店で頭取を務めた資産家だった。慶應義塾大学在学中に写真に興味を抱き、東京写真f研究会などで作品の発表を始め、頭角をあらわした。そして戦前の1929年(昭和4年)に国画会に「裸婦」などを出品する。岸田劉生、梅原龍三郎、万鉄五郎、富本健吉らのき後援者だった。また、美術コレクターでもあり、1919年に東京神田神保町に「兜屋画廊」を開廊し、各種展覧会(旧フュウザン会、日本創作版画協会の作家など)を開催(同画廊閉廊後は自邸にて)するとともに、美術家たちへの資金的な援助も行った。彼は1919~20年に彼自身が経営していた画廊「兜屋畫堂」でこうした画家たちの作品を展示した、また彼の自宅においても、岸田劉生、梅原龍三郎、萬鉄五郎、中川一政など美術史上重要な個展を開催した。野島と日本固有の表現の確立を志したこうした画家たちは、ジャンルを超えて一つの時代精神を共有したと言うことが出来る。優れた写真家であった野島康三は、同時に、1910年代後半から30年代に草土社、二科会、春陽会などの画家たち、雑誌「白樺」系の作家たちと親交を結び、彼らに深い共感を寄せるとともにその活動を資金的に援助した芸術の擁護者でもあった。

にごれる海
にごれる海(1910年)

1932年に中山岩太、木村伊兵衛とともに雑誌『光画』創刊。1939年には国画会に福原信三とともに写真部創設などの活動を行う。日本近代写真の確立期に卓越した作品を残した写真家であった。彼が制作した対象の本質を見据えたような肖像、静物、裸婦などの写真作品は高い緊張感と深い精神性に溢れ、戦前の日本の写真が獲得した最高の到達点を示すものであった。

題名不詳
静物(1930年)

ともすれば情緒的で絵画的効果を目指した大正初期の「芸術写真」の動向の中で、重厚な存在感を漂わせるピグメント印画による野島の写真作品は、写真独自の芸術性を体現するものとして高い評価を受けた。その後も野島は、プロムオイル印画による裸婦の連作や、より近代的技法であるゼラチン・シルバー印画による肖像写真において、当時勃興していたモダニズムの時代の空気を伝える清新な写真作品を制作した。

モデル F
モデルF(1931年)

また野島は、1932~33年に日本近代写真史における記念碑的出版物である写真雑誌「光画」を発行し、日本のモダニズム写真運動であった「新興写真」の活動に大きな影響を与えた。京都国立近代美術館は1991年9月10日~10月13日、野島康三の写真作品104点と、彼が親密に交流した画家たちの油彩画40点を同時に展示した「野島康三とその周辺」を開催した。この展覧会は、日本の写真史や近代美術史を再構築しその業績を批判的に継承しようとする近年の研究に、少なからぬ刺激を与えるものだった。

佐藤田鶴江像
佐藤田鶴江像(1939年)

京都国立近代美術館で1991年に開催された「野島康三とその周辺—日本近代写真と絵画の一断面—」に出品された作品104点は、展覧会終了後、ニューヨーク大学付属美術館グレー・アート・ギャラリーでも「写真家野島康三」展として開催きれ、アメリカの写真研究者の間で大きな話題となった。野島康三は1964年(昭和39年)8月14日、神奈川県葉山町一色の自宅で死去、75歳だった。下記リンク先は2009年7月28日(火)〜8月23日(日)に作品展を開催した京都国立近代美術館による解説「生誕120年 野島康三 ある写真家が見た日本近代」です。

museum  野島康三(1889-1964)ある写真家が見た日本近代 | 京都市左京区岡崎公園の京都国立近代美術館

写真術における偉大なる達人たち

Parade of Zapatistas
Manuel Ramos (1874-1945) Parade of Zapatistas, National Palace, Mexico City, 1914

2021年の秋以来、思いつくまま世界の写真界20~21世紀の達人たちの紹介記事を拙ブログに綴ってきましたが、2026年8月1日現在のリストです。右端の()内はそれぞれ写真家の生年・没年です。左端の年月日をクリックするとそれぞれの掲載ページが開きます。

21/10/06多くの人々に感動を与えたアフリカ系アメリカ人写真家ゴードン・パークスの足跡(1912–2006)
21/10/08グループ f/64 のメンバーだった写真家イモージン・カニンガムは化学を専攻した(1883–1976)
21/10/10圧倒的な才能を持ち現代アメリカの芸術写真を牽引したポール・ストランド(1890–1976)
21/10/11何気ない虚ろなアメリカを旅したスイス生まれの写真家ロバート・フランク(1924–2019)
21/10/13作為を排した新客観主義に触発されたストリート写真の達人ロベール・ドアノー(1912–1994)
21/10/16大恐慌時に農村や小さな町の生活窮状をドキュメントした写真家ラッセル・リー(1903–1986)
21/10/17日記に最後の晩餐という言葉を残して自死した写真家ダイアン・アーバスの黙示録(1923–1971)
21/10/19フォトジャーナリズムの手法を芸術の域に高めた写真家ユージン・スミスの視線(1918–1978)
21/10/24時代の風潮に左右されず独自の芸術観を持ち続けたプラハの詩人ヨゼフ・スデック(1896-1976)
21/10/27西欧美術を米国に紹介した写真家アルフレッド・スティーグリッツの功績(1864–1946)
21/11/01美しいパリを撮影していたウジェーヌ・アジェを「発見」したベレニス・アボット(1898–1991)
21/11/08近代ストレート写真を先導した 20 世紀の写真界の巨匠エドワード・ウェストン(1886–1958)
21/11/10芸術を通じて社会や政治に影響を与えることを目指した写真家アンセル・アダムス(1902–1984)
21/11/13大恐慌を記録したウォーカー・エヴァンスの被写体はその土地固有の様式だった(1903–1975)
21/11/16写真少年ジャック=アンリ・ラルティーグは個展を開いた 69 歳まで無名だった(1894–1986)
21/11/20ハンガリー出身の世界で最も偉大な戦争写真家ロバート・キャパの短い人生(1913–1954)
21/11/25児童労働の惨状を訴えるため現実を正確に捉えた写真家ルイス・ハインの偉業(1874–1940)
21/12/01マグナム・フォトを設立した写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの決定的瞬間(1908–2004)
21/12/06犬を人間のいくつかの性質を持っているとして愛撮したエリオット・アーウィット(1928-2023)
21/12/08リチャード・アヴェドンの洗練され権威ある感覚をもたらしたポートレート写真(1923–2004)
21/12/12デザインと産業の統合に集中したバウハウスの写真家ラースロー・モホリ=ナジ(1923–1928)
21/12/17ダダイズムとシュルレアリスムに跨る写真を制作したマン・レイは革新者だった(1890–1976)
21/12/29フォトジャーナリズムに傾倒したアラ・ギュレルの失われたイスタンブル写真素描(1928–2018)
22/01/10ペルーのスタジオをヒントに自然光に拘ったアーヴィング・ペンの鮮明な写真(1917-2009)
22/02/25非現実的なほど歪曲し抽象的な遠近感を生み出した写真家ビル・ブラントのカメラ(1904–1983)
22/03/09男性ヌードや花を白黒で撮影した異端の写真家ロバート・メイプルソープへの賛歌(1946–1989)
22/03/18ニューヨーク近代美術館で写真展「人間家族」を企画したエドワード・スタイケン(1879–1973)
22/03/24公民権運動の影響を記録したキュメンタリー写真家ブルース・デヴッドソンの慧眼(born 1933)
22/04/21社会的弱者に寄り添いエモーショナルに撮影した写真家メアリー・エレン・マーク(1940-2015)
22/05/20早逝した写真家リンダ・マッカートニーはザ・ビートルズのポールの伴侶だった(1941–1998)
22/06/01大都市に変貌する香港を活写して重要な作品群を作り上げたファン・ホーの視線(1931–2016)
22/06/12肖像写真で社会の断面を浮き彫りにしたドキュメント写真家アウグスト・ザンダー(1876–1964)
22/08/01スペイン内戦取材で26歳という若さに散った女性戦争写真家ゲルダ・タローの生涯 (1910–1937)
22/09/16カラー写真を芸術として追及したジョエル・マイヤーウィッツの手腕(born 1938)
22/09/25死と衰退を意味する作品を手がけた女性写真家サリー・マンの感性(born 1951)
22/10/17北海道の風景に恋したイギリス人写真家マイケル・ケンナのモノクロ写真(born 1951)
22/11/06アメリカ先住民を「失われる前に」記録したエドワード・カーティス(1868–1952)
22/11/16大恐慌の写真 9,000 点以上を制作したマリオン・ポスト・ウォルコット(1910–1990)
22/11/18人間の精神の深さを写真に写しとったアルゼンチン出身のペドロ・ルイス・ラオタ (1934-1986)
22/12/10アメリカの生活と社会的問題を描写した写真家ゲイリー・ウィノグランド(1928–1984)
22/12/16没後に脚光を浴びたヴィヴィアン・マイヤーのストリート写真(1926–2009)
22/12/23写真家集団マグナムに参画した初めての女性報道写真家イヴ・アーノルド(1912-2012)
23/03/25写真家フランク・ラインハートのアメリカ先住民のドラマチックで美しい肖像写真(1861-1928)
23/04/13複雑なタブローを構築するシュールレアリスム写真家サンディ・スコグランド(born 1946)
23/04/21キャラクターから自らを切り離したシンディー・シャーマンの自画像(born 1954)
23/05/01震災前のサンフランシスコを記録した写真家アーノルド・ジェンス(1869–1942)
23/05/03メキシコにおけるフォトジャーナリズムの先駆者マヌエル・ラモス(1874-1945)
23/05/05文学と芸術に没頭し超現実主義絵画に着想を得た台湾を代表する写真家張照堂(1943-2024)
23/05/07家族の緊密なポートレイトで注目を集めた写真家エメット・ゴウィン(born 1941)
23/05/22欲望やジェンダーの境界を無視したクロード・カアンのセルフポートレイト(1894–1954)
23/05/2520世紀初頭のアメリカの都市改革に大きく貢献したジェイコブ・リース(1849-1914)
23/06/05都市の社会風景という視覚的言語を発展させた写真家リー・フリードランダー(born 1934)
23/06/13写真芸術の境界を広げた暗室の錬金術師ジェリー・ユルズマンの神技(1934–2022)
23/06/15強制的に収容所に入れられた日系アメリカ人を撮影したドロシア・ラング(1895–1965)
23/06/20劇的な国際的シンボルとなった「プラハの春」を撮影したヨゼフ・コウデルカ(born 1958)
23/06/24警察無線を傍受できる唯一のニューヨークの写真家だったウィージー(1899–1968)
23/07/03フォトジャーナリズムの父アルフレッド・アイゼンシュタットの視線(1898–1995)
23/07/06ハンガリーの芸術家たちとの交流が反映されたアンドレ・ケルテスの作品(1894-1985)
23/07/08家族が所有する島で野鳥の写真を撮り始めたエリオット・ポーター(1901–1990)
23/07/08戦争と苦しみを衝撃的な力でとらえた報道写真家ドン・マッカラン(born 1935)
23/07/17夜のパリに漂うムードに魅了されていたハンガリー出身の写真家ブラッサイ(1899–1984)
23/07/2020世紀の著名人を撮影した肖像写真家の巨星ユーサフ・カーシュ(1908–2002)
23/07/22メキシコの革命運動に身を捧げた写真家ティナ・モドッティのマルチな才能(1896–1942)
23/07/24ロングアイランド出身のマルクス主義者を自称する写真家ラリー・フィンク(born 1941)
23/08/01アフリカ系アメリカ人の芸術的な肖像写真を制作したコンスエロ・カナガ(1894–1978)
23/08/04ヒトラーの地下壕の写真を世界に初めて公開したウィリアム・ヴァンディバート(1912-1990)
23/08/06タイプライターとカメラを同じように扱った写真家カール・マイダンス(1907–2004)
23/08/08ファッションモデルから戦場フォトャーナリストに転じたリー・ミラーの生涯(1907-1977)
23/08/14ニコンのレンズを世界に知らしめたデイヴィッド・ダグラス・ダンカンの功績(1907-2007)
23/08/18超現実的なインスタレーションアートを創り上げたサンディ・スコグランド(born 1946)
23/08/20シカゴの街角やアメリカ史における重要な瞬間を再現した写真家アート・シェイ(1922–2018)
23/08/22大恐慌時代の FSA プロジェクト 最初の写真家アーサー・ロススタイン(1915-1986)
23/08/25カメラの焦点を自分たちの生活に向けるべきと主張したハリー・キャラハン(1912-1999)
23/09/08イギリスにおけるフォトジャーナリズムの先駆者クルト・ハットン(1893–1960)
23/10/06ロシアにおけるデザインと構成主義創設者だったアレクサンドル・ロトチェンコ(1891–1956)
23/10/18物事の本質に近づくための絶え間ない努力を続けた写真家ウィン・バロック(1902–1975)
23/10/27先見かつ斬新な作品により写真史に大きな影響を与えたウィリアム・クライン(1926–2022)
23/11/09アパートの窓から四季の移り変わりの美しさなどを撮影したルース・オーキン(1921-1985)
23/11/15死や死体の陰翳が纏わりついた写真家ジョエル=ピーター・ウィトキンの作品(born 1939)
23/12/01近代化により消滅する前のパリの建築物や街並みを記録したウジェーヌ・アジェ(1857-1927)
23/12/15同時代で最も有名で最も知られていないストリート写真家のヘレン・レヴィット(1913–2009)
23/12/20哲学者であることも写真家であることも認めなかったジャン・ボードリヤール(1929-2007)
24/01/08音楽や映画など多岐にわたる分野で能力を発揮した写真家ジャック・デラーノ(1914–1997)
24/02/25シチリア出身のイタリア人マグナム写真家フェルディナンド・スキアンナの視座(born 1943)
24/03/21パリで花開いたロシア人ファッション写真家ジョージ・ホイニンゲン=ヒューン(1900–1968)
24/04/04報道写真家として自活することに成功した最初の女性の一人エスター・バブリー(1921-1998)
24/04/20長時間露光により時間の多層性を浮かび上がらせたアレクセイ・ティタレンコ(born 1962)
24/04/2820世紀後半のイタリアで最も重要な写真家ジャンニ・ベレンゴ・ガルディン(born 1930)
24/04/30トルコの古い伝統の記憶を守り続ける女性写真家 F・ディレク・ウヤル(born 1976)
24/05/01ファッション写真に大きな影響を与えたデヴィッド・ザイドナーの短い生涯(1957-1999)
24/05/08社会の鼓動を捉えたいという思いで写真家になったリチャード・サンドラー(born 1946)
24/05/10直接的で妥協がないストリート写真の巨匠レオン・レヴィンシュタイン(1910–1988)
24/05/12自らの作品を視覚的な物語と定義している写真家スティーヴ・マッカリー(born 1950)
24/05/14多様な芸術の影響を受け写真家の視点を形作ったアンドレアス・ファイニンガー(1906-1999)
24/05/16芸術的表現により繊細な目を持つ女性写真家となったマルティーヌ・フランク(1938-2012)
24/05/18ドキュメンタリー写真をモノクロからカラーに舵を切ったマーティン・パー(born 1952)
24/05/21先駆的なグラフ誌『ピクチャー・ポスト』を主導した写真家バート・ハーディ(1913-1995)
24/05/24グラフ誌『ライフ』に30年間投稿し続けたロシア生まれの写真家リナ・リーン(1914-1995)
24/05/27旅する写真家として20世紀後半の歴史に残る象徴的な作品を制作したルネ・ブリ(1933-2014)
24/05/29高速ストロボスコープ写真を開発したハロルド・ユージン・エジャートン(1903-1990)
24/06/03一般市民とそのささやかな瞬間を撮影したオランダの写真家ヘンク・ヨンケル(1912-2002)
24/06/10ラージフォーマット写真のデジタル処理で成功したアンドレアス・グルスキー(born 1955)
24/06/26レンズを通して親密な講釈と被写体の声を伝えてきた韓国出身のユンギ・キム(born 1962)
24/07/05演出されたものではなく現実的なファッション写真を開発したトニ・フリッセル(1907-1988)
24/07/07スウィンギング60年代のイメージ形成に貢献した写真家デイヴィッド・ベイリー(born 1938)
24/07/13著名人からから小さな町の人々まで撮影してきた写真家マイケル・オブライエン(born 1950)
24/07/14人々のドラマが宿る都市のカラー写真を制作したコンスタンティン・マノス(born 1934)
24/08/04写真家集団「マグナム・フォト」所属するただ一人の日本人メンバー久保田博二(born 1939)
24/08/08ロバート・F・ケネディの死を悼む人々を葬儀列車から捉えたポール・フスコ(1930–2020)
24/08/13クリスティーナ・ガルシア・ロデロが話したいのは時間も終わりもない出来事だ(born 1949)
24/08/30ドキュメンタリーと芸術の境界を歩んだカラー写真の先駆者エルンスト・ハース(1921–1986)
24/09/01国際的写真家集団マグナム・フォトの女性写真家スーザン・メイゼラスの視線(born 1948)
24/09/09アパルトヘイトの悪と日常的な社会への影響を記録したアーネスト・コール(1940–1990)
24/09/14宗教的または民俗的な儀式に写真撮影の情熱を注ぎ込んだラモン・マサッツ(1931-2024)
24/09/23アメリカで最も有名な無名の写真家と呼ばれたエヴリン・ホーファー(1922–2009)
24/09/25自身を「大義を求める反逆者」と表現した写真家マージョリー・コリンズ(1912-1985)
24/09/27北海道の小さな町にあった営業写真館を継がず写真芸術の道を歩んだ深瀬昌久(1934-2012)
24/10/01現代アメリカの風変わりで平凡なイメージに焦点を当てた写真家アレック・ソス(born 1969)
24/10/04微妙なテクスチャーの言語を備えた異次元の写真を追及したアーサー・トレス(born 1940)
24/10/06オーストリア系イギリス人のエディス・チューダー=ハートはソ連のスパイだった(1908-1973)
24/10/08映画の撮影監督でもあったドキュメンタリー写真家ヴォルフガング・スシツキー(1912–2016)
24/10/15芸術のレズビアン・サブカルチャーに深く関わった写真家ルース・ベルンハルト(1905–2006)
24/10/19ランド・アートを通じて作品を地球と共同制作するアンディ・ゴールドワージー (born 1956)
24/10/29公民権運動の活動に感銘し刑務所制度の悲惨を描写した写真家ダニー・ライアン (born 1942)
24/11/01人間の状態と現在の出来事を記録するストリート写真家ピータ―・ターンリー (born 1955)
24/11/04写真を通じて現代の社会的状況を改善することに専念したアーロン・シスキンド(1903-1991)
24/11/07自然と植物の成長にインスピレーションを受けた写真家カール・ブロスフェルト(1865-1932)
24/11/09ストリート写真で知られているリゼット・モデルは教える才能を持っていた(1901-1983)
24/11/11カラー写真が芸術として認知されるようになった功労者ウィリアム・エグルストン(born 1939)
24/11/13革命後のメキシコ復興の重要人物だった写真家ローラ・アルバレス・ブラボー(1903-1993)
24/11/15チリの歴史上最も重要な写真家であると考えられているセルヒオ・ララインの視座(1931-2012)
24/11/19イギリスのアンリ・カルティエ=ブレッソンと評されたジェーン・ボウン(1925-2014)
24/11/25カラー写真の先駆者ソール・ライターは戦後写真界の傑出した人物のひとりだった(1923–2013)
24/11/25サム・フォークがニューヨーク・タイムズに寄せた写真は鮮烈な感覚をもたらした(1901-1991)
24/11/29ゲイ解放運動の活動家だったトランスジェンダーの写真家ピーター・ヒュージャー(1934–1987)
24/12/01複数の芸術的才能に恵まれていた華麗なるファッション写真家セシル・ビートン(1904–1980)
24/12/05ライフ誌と空軍で活躍した女性初の戦場写真家マーガレット・バーク=ホワイト(1904–1971)
24/12/07愛と美を鮮明に捉えたロマン派写真家エドゥアール・ブーバの平和への眼差し(1923–1999)
24/12/10保守的な政治体制と対立しながら自由のために写真を手段にしたエヴァ・ペスニョ(1910–2003)
24/12/15自然環境における人間の姿を研究することに関心を寄せた写真家マイケル・ぺト(1908-1970)
24/12/20ベトナム戦争中にナパーム弾攻撃から逃げる子供たちを撮影したニック・ウット(born 1951)
25/01/06記録映画の先駆者であり前衛映画製作者でもあった写真家ラルフ・スタイナー(1899–1986)
25/01/10アメリカ西部を占める文化の多様性を反映した写真家ローラ・ウィルソンの足跡(born 1939)
25/01/15フランスの人文主義写真運動で活躍したスイス系フランス人ザビーネ・ヴァイス(1924–2021)
25/02/03サルバドール・ダリとの共作でシュールな写真を創出したフィリップ・ハルスマン(1906–1979)
25/02/06ベトナム戦争に対する懸念を形にした写真家フィリップ・ジョーンズ・グリフィス(1936-2008)
25/02/18芸術に複数の糸を持っていたシュルレアリスムの写真家エミール・サヴィトリー(1903-1967)
25/03/19シュルレアリスムの先駆的な写真家でピカソのモデルで恋人だったドラ・マール(1907-1997)
25/03/25ホロコースト前の東欧のユダヤ人社会を記録した写真家ローマン・ヴィスニアック(1897-1990)
25/04/01ソーシャルワーカーからライフ誌の専属写真家に転じたウォレス・カークランド(1891–1979)
25/04/04写真家ビル・エプリッジは20世紀で最も優れたフォトジャーナリストの一人だった(1938-2013)
25/04/25ロバート・キャパの弟で総合施設国際写真センターを設立したコーネル・キャパ(1918-2008)
25/05/01激動1960年代の音楽家たちをキャプチャーした写真家エリオット・ランディの慧眼(born 1942)
25/05/23生まれ故郷ブラジルの熱帯雨林アマゾン川流域へのセバスチャン・サルガドの視座(1944-2025)
25/06/22風景への畏敬の念と激動の気象現象への驚異が伝わるミッチ・ドブラウナーの写真(born 1956)
25/07/26ティンタイプ写真でアパラチアの伝承音楽家に焦点を当てたリサ・エルマーレ(born 1984)
25/08/03色彩の卓越した表現を通して写真というジャンルを超越したデビッド・ラシャペル(born 1963)
25/08/20ヨーロッパ解放やコンゴ紛争などでの勇敢な取材で知られるドミトリ・ケッセル(1902–1995)
25/08/25長大吊り橋を撮影したピーター・スタックポールはライフ誌創刊の写真家になった(1913-1997)
25/09/08アパラチアや南東部の農村地帯の人々の肖像写真で知られているドリス・ウルマン(1882-1934)
25/08/25長大吊り橋を撮影したピーター・スタックポールはライフ誌創刊の写真家になった(1913-1997)
25/09/15指導者であり預言者であり歴史家であり学者だった写真家ジョン・ローエンガード(1934-2020)
25/09/17女性を客体ではなく主体として描写した写真家エレン・フォン・アンワースの視線(born 1954)
25/09/22精巧に演出された赤ちゃんたちの愛らしい写真で世界的に評価されるアン・ゲデス(born 1956)
25/09/26エロティックで都会的なスタイルの頂点を極めた写真家ヘルムート・ニュートン(1920-2004)
25/10/06モデルからファッション写真家に転じたスリランカ系英国人ナイジェル・バーカー(born 1972)
25/10/15ヴィクトリア朝イギリスで最も有名な写真家ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-1879)
25/10/17革新的手法を用いたドイツ系ユダヤ人写真家エーリッヒ・ザロモンの悲劇的な運命(1886-1944)
25/10/20地球の環境破壊と気候変動の壊滅的な影響を明瞭に伝える写真家ニック・ブラント(born 1964)
25/10/23政治家や作家など世界の重要人物の精緻な肖像写真を撮影したユーサフ・カーシュ(1908-2002)
25/10/26直面する不正義と対峙するパレスチナ系オランダ人写真家サキル・カデルの眼差し(born 1990)
25/11/12目に見えない鳥の飛行経路を可視化した作品で知られる写真家シャビ・ボウの秘技(born 1979)
25/11/18自身の文化的環境を探求したメキシコを代表する写真家グラシエラ・イトゥルビデ(born 1942)
25/11/25フォトルポルタージュの新たな時代を築いたスペインの写真家ラモン・マサッツ(1931-2024)
25/12/10畏敬の対象となる自然風景および聖なる場所を崇拝した風景写真家リンダ・コナー(born 1944)
25/12/23インド初の女性報道写真家で独立国家への変遷を記録したホマイ・ヴィヤラワラ(1913-2012)
26/01/04モデルから転身した写真家サラ・ムーンの雰囲気により際立った印象派的な作品(born 1941)
26/01/07音楽に合わせた写真「ドリーム・ピクチャーズ」で知られるブランソン・デク―(1892-1941)
26/01/22技術者の客観性と技術的志向を写真撮影に反映させたエミール・ハイルボルン(1900-2003)
26/01/26芸術的側面と社会的な側面の二つの特質を最適に供えた女性写真家アタ・カンドー(1913-2017)
26/03/05戦争や貧困など社会の底辺を記録して世界的な評価を得た写真家ドン・マッカラン(born 1935)
26/03/22カメラで芸術的インスピレーションを追求した写真家リオ・ディジローラモの軌跡(1934–2019)
26/05/05写真界では神童のような存在と見なされた巨匠ハロルド・ファインスタイン (1931-2015)
26/05/22形式と感情の巨匠:ドイツ人写真家トニ・シュナイダース不朽の遺産(1920-2006)
26/06/07スコットランド出身の華麗なるプリントのレジェンド写真家アルバート・ワトソン(born 1942)
26/06/11目撃者であることだけで十分かと自らを問いつめた夭折の報道写真家ジル・カロン(1939-1970)
26/06/23困難な状況下での撮影のための新しいツールを開発した写真家 J・R・アイヤーマン(1906-1985)
26/06/25イメージを通じて抽象的な科学的概念を幅広い層に伝えた写真家フリッツ・ゴロ(1901-1986)
26/07/05フランスにおけるピクトリアリズム運動の主な提唱者だったコンスタン・ピュヨー(born 1979)
26/07/16忘れ去られたものの転生としてのヌード作品を制作する写真家ルスラン・ロバノフ(born 1979)
26/07/21スノードン卿が「イギリスのカルティエ=ブレッソン」称えたジェーン・バウン(1921-2014)
26/08/01ピクトリアリスムからストレート写真に移行する日本の写真界を牽引した野島康三(1889-1964)

子供の頃「明治は遠くなりにけり」という言葉を耳にした記憶がありますが、今まさに「20世紀は遠くなりにけり」の感があります。掲載した作品の大半がモノクロ写真で、カラー写真がわずかのなのは偶然ではないような気がします。20世紀のアートの世界ではモノクロ写真が主流だったからです。しかしデジタルカメラが主流になった21世紀、カラー写真の台頭に目覚ましいものがあります。ジョエル・マイヤーウィッツとサンディ・スコグランド、ジャン・ボードリヤール、 F・ディレク・ウヤル、マーティン・パー、コンスタンティン・マノス、久保田博二、ポール・フスコ、エルンスト・ハース、エヴリン・ホーファー、アレック・ソス、アンディ・ゴールドワージー、ウィリアム・エグルストン、ソール・ライタ、フリッツ・ゴロなどのカラー作品を取り上げました。

photographer  Famous Photographers: Great photographs can elicit thoughts, feelings, and emotions.

2026年7月31日

世界史遠望(23)ウィリアム・マッキンリー大統領暗殺事件

ハンカチに包んだ銃で狙撃されるウィリアム・マッキンリー大統領(米国議会図書館蔵
マッキンリー大統領

ウィリアム・マッキンリーは1843年1月29日、オハイオ州ナイルズで生まれた。アレゲニー大学に短期間在籍した後、南北戦争勃発時には田舎の学校で教師をしていた。北軍に一兵卒として入隊し、終戦時には志願兵少佐の名誉階級で除隊した。その後、法律を学び、オハイオ州カントンに事務所を開設し、地元の銀行家の娘であるアイダ・サクストンと結婚した。マッキンリーは34歳で連邦議会議員に当選した。彼の魅力的な人柄、模範的な人格、そして鋭い知性によって、彼は急速に昇進した。彼は有力な歳入歳出委員会に任命された。彼と共に委員を務めたロバート・M・ラ・フォレット・シニアは、マッキンリーは「重大な新問題については概して公共の利益を支持し、私益に反対していた」と回想している。下院議員として14年間務める間、彼は共和党における関税政策の第一人者となり、1890年に制定された関税法案に彼の名が冠された。翌年、彼はオハイオ州知事に選出され、2期務めた。マッキンリーが大統領に就任した頃には、1893年の不況はほぼ終息しており、銀貨をめぐる激しい動揺も収束していた。彼は通貨問題への対応を先送りし、議会を特別会期に招集して、史上最高額の関税を制定した。マッキンリー政権の友好的な雰囲気の中で、産業連合は前例のない速さで発展した。、マッキンリーは実業家・上院議員のマーク・ハンナに支配されていたわけではなく、トラストを「公共の利益に対する危険な陰謀」として非難した。マッキンリー政権を支配したのは、繁栄ではなく外交政策だった。キューバにおけるスペイン軍と革命軍の膠着状態を報じる新聞は、人口の4分の1が死亡し、残りの人々が深刻な苦境に陥っていると大々的に伝えた。国民の憤りは、大統領に戦争を求める圧力をかけた。議会と国民の圧力を抑えることができなかったマッキンリーは、1898年4月に中立介入のメッセージを発信した。これを受けて議会は、キューバの解放と独立を求める宣戦布告に等しい3つの決議を可決した。100日間の戦争において、アメリカ合衆国はキューバのサンティアゴ港沖でスペイン艦隊を壊滅させ、フィリピンのマニラを占領し、プエルトリコを占領した。

 Inaugural Address
就任演説をするマッキンリー大統領(1897年3月4日)米国議会図書館蔵

後に下院議長となる「ジョーおじさん」のジョセフ・ガーニー・キャノンはかつて、マッキンリーは耳を地面に近づけすぎてバッタでいっぱいだったと語ったことがある。マッキンリーはキューバ以外のスペイン領をどうするか決めかねていた時、国内を視察し、帝国主義的な風潮を感じ取った。こうしてアメリカ合衆国はフィリピン、グアム、プエルトリコを併合したのである。1900年、マッキンリーは再びブライアンに対抗して選挙運動を行った。ブライアンが帝国主義を激しく非難する一方で、マッキンリーは静かに「満腹の食事」を擁護した。順調に始まった彼の2期目の任期は、1901年9月に悲劇的な結末を迎えた。1901年9月6日、大統領がニューヨーク州バッファローで開催されたパンアメリカ博覧会で握手を交わしていたところ、28歳のアナキスト、レオン・チョルゴシュが近づき、彼の胸に2発の銃弾を撃ち込んだ。大統領はつま先立ちで少し体を起こした後、前に倒れ込んだ。ポーランド移民のチョルゴシュはデトロイトで育ち、幼い頃は製鉄所で児童労働者として働いていた。青年期には社会主義と無政府主義の思想に傾倒し、マッキンリー大統領を殺害した理由として、彼が腐敗した政府の首長だと考えていたことを挙げた。チョルゴシュは有罪判決を受け、1901年10月29日に電気椅子で処刑された。悔い改めない殺人犯の最期の言葉は「大統領を殺したのは、彼が善良な人々、つまり労働者の敵だったからだ」だった。彼の電気椅子による処刑は、トーマス・エジソンによって撮影されたとされている。悲嘆に暮れたマーク・ハンナ上院議員は「大統領閣下、私の声が聞こえますか?ウィリアム! 私が分かりますか?」と言った。マッキンリー大統領は、感染症と壊疽に侵され、1901年9月14日に息を引き取った。9月16日、ワシントンD.C.で葬儀が執り行われた後、マッキンリーの棺は列車で故郷のオハイオ州カントンに運ばれ、埋葬された。

Charlie Poole & the North Carolina Ramblers
White House Blues

McKinley hollered, McKinley squalled
Doc said to McKinley, "I can't find that ball"
From Buffalo to Washington

Roosevelt in the White House, he's doing his best
McKinley in the graveyard, he's taking his rest
He is gone, long old time

Hush up, little children, now don't you fret
You'll draw a pension at your papa's death
From Buffalo to Washington

Roosevelt in the White House drinking out of a silver cup
McKinley in the graveyard, he'll never wakes up
He is gone, long old time

Ain't but one thing that grieves my mind
That is to die and leave my poor wife behind
I'm gone, long old time

Lookit here, little children, don't waste your breath
You'll draw a pension at your papa's death
From Buffalo to Washington

Standing at the station just looking at the time
See if I could run it by half past nine
From Buffalo to Washington

Came the train, she's just on time
She run a thousand miles from eight o'clock till nine
From Buffalo to Washington

Yonder come the train, she's coming down the line
Throwin' every station, Mr. McKinley's a-dying
It's hard times, it's hard times

Lookit here, you rascal, you see what you've done
You've shot my husband with that Iver Johnston gun
Carry me back to Washington

Doc's on the horse, he th'ow down his rein
Said to that horse, "You've got to outrun this train"
From Buffalo to Washington

Doc came a-running, takes off his specs
Said, "Mr McKinley, it's, better pass in your checks
You bound to die, bound to die"

この歌はチャーリー・プール(1892–1931)とノースカロライナ・ランブラーズが1926年に録音した『ホワイトハウスこ・ブルース』である。おそらく事件から余り日が経ってうちに作曲したにも関わらず、政治的配慮からすぐに発表できなかったのではなかろうか。ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ、ビル・モンロー、アール・テーラー、サム・ブッシュなど、主としてブルーグラス音楽系のミュージシャンに歌い継がれ、現在でも頻繁に演奏されている。米国のカントリーソングには『オールド 97 の大破』『タイタニック』など、事件事故をテーマにしたトピカルソングが少なからずある。人々は歌によって歴史の記憶が蘇るのである。私がマッキンリー暗殺事件を知ったのはこの『ホワイトハウス・ブルース』を聴いたからだった。下記リンク先の音楽共有ウェブサイト SounndCloud でオリジナルレコーディングを聴くことができる。

SoundCloud White House Blues: Charlie Poole & North Carolina Ramblers, 1926 (Columbia 15099-D)