皇室典範の改正案が衆議院を通過した。改正案は皇族数の確保に向けて、女性皇族が結婚後も皇室に残ることと、旧皇族の男系男子を養子に迎えられるようにすることの2つが骨子となっている。かつて日本には天皇の安定した皇位継承を目的として、天皇に仕える后妃たちが集められた「後宮」という空間があった。所謂「側室」は血筋を絶やさないためのリスク分散システムだった。医療が発達しておらず、乳幼児の死亡率や大人の早世率が非常に高い時代では、正室(正妻)ひとりで確実に男児を産み、無事に成人させることは容易ではなかったため、複数の側室を迎えて子孫を多く残す必要があった。歴代天皇の母親が正室(皇后)より側室のほうが多かったという史実がある。桓武天皇、宇多天皇、醍醐天皇、後朱雀天皇、後三条天皇、後三条天皇などである。時計の針を逆回しして『源氏物語』紐解いてみよう。フィクション(創作)」であり歴史的事実そのものではない。しかし物語としての面白さだけでなく、当時の貴族社会を知るための貴重な資料としての側面も持っている。平安時代の文献は限られているため、当時の貴族社会や人々の精神性を知るための「資料」として、歴史学の研究においても活用されている。ただ『源氏物語』には、現代の「側室」という言葉で一括りに説明するのは非常に難しい、平安時代の多様な夫婦関係や後宮制度が描かれている。平安時代の一夫多妻制社会における妻たちは、家格や関係性によって「正室」や「妾(妻)」と呼び分けられていたが、物語の中ではそれぞれの事情を抱えて登場する。「側室」に近い存在として描かれる女性たち平安時代の後宮では「正室」にあたる皇后や中宮に対し、それ以外の妃たちは「女御」や「更衣)」と呼ばれていた。これらは天皇の妻として公的に認められた存在だった。
桐壺更衣は光源氏の母で、身分が低いため、高い家格の妃たちからは嫉妬や冷遇を受けたが、帝から非常に深く寵愛された。藤壺中宮は先帝の皇女でありながら桐壺帝に入内し、後に中宮(正室格)となる。物語の中では光源氏の憧れの対象であり、運命を大きく変える存在である。弘徽殿女御は右大臣の娘で、桐壺帝の妃の一人、朱雀帝の母で、桐壺更衣や光源氏を敵視する立場として描かれる。光源氏は多くの女性たちと関係を持った。これらは「正室」としての葵の上と並び、それぞれの事情や距離感を持って登場する。紫の上は光源氏の理想の妻として、事実上の正室(二条院の北の方)のように振る舞うが、身分や婚姻の形式上、複雑な立場にあった。花散里は光源氏が「ほんの時折通う愛人」と説明されることもあり、身分は高くないものの、源氏が信頼を寄せる落ち着いたパートナーとして描かれている。明石の御方は地方の受領階級の娘だったが、光源氏の子(後の明石中宮)を産む。身分の違いから、光源氏との関係や娘の将来に悩みながらも、重要な役割を担う。しかも平安時代の「妻」のあり方当時の結婚形態は「妻問婚」が一般的で、夫が妻の家に通う形が基本だった。そのため、複数の家に通うことも珍しくなく、現代の「本妻・側室」という区別よりも「どのは家格の女性か」「どれだけ深く通っているか」によってその女性の地位や呼び名が変わる、非常に流動的な関係性であった。『源氏物語』における皇位継承は、単なる権力の移行にとどまらず、作中の主要人物たちの運命や、光源氏の政治的立場を左右する重要なドラマの核となっている。特に「桐壺帝→朱雀帝→冷泉帝」という流れには当時の貴族社会の価値観や、光源氏の理想と苦悩が色濃く反映されている。政府は皇族数の確保に向けて皇室典範を改正することにした。しかし一夫一婦制、しかも『源氏物語』の時代と違って「後宮」もかなわぬ現代、天皇制自体が危ぶまれる事態にならないとは限らないと思う今日この頃である。
渋谷栄一(高千穂大学名誉教授・国文学)「源氏物語の世界」定家本「源氏物語」本文の研究と資料



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Francis Trevelyan Miller | Early life | Professional career | Major works and contributions


笠原英彦著『皇室典範―明治の起草の攻防から現代の皇位継承問題まで』中公新書(2025/1/22)