2026年6月7日

華麗なるプリントのレジェンド写真家アルバート・ワトソン

Mick Jagge
Mick Jagger in Car with Leopard, Los Angeles, 1992
Albert Watson

アルバート・ワトソンは1942年、スコットランドのエディンバラで体育教師の息子として生まれた。ミッドロージアンのペニキュイクで育ち、エディンバラのルドルフ・シュタイナー学校とラスウェード高校に通った。ダンディーのダンカン・オブ・ジョーダンストーン美術デザイン大学でグラフィックデザインを、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで映画とテレビ技術を学んだ。生まれつき片目が不自由だったにもかかわらず、ワトソンはカリキュラムの一環として写真も学んだ。1970年、ワトソンは妻のエリザベスと共に米国に移住した。エリザベスはロサンゼルスで小学校教師の職に就き、ワトソンはそこで主に趣味として写真を撮り始めた。同年後半、ワトソンはマックスファクターのアートディレクターを紹介され、最初のテスト撮影の機会を与えられ、同社はその撮影から2枚の写真を買い取った。ワトソンの独特なスタイルは『マドモアゼル』『ハーパーズ』『ハーパースバザー』などの米国やヨーロッパのファッション誌の注目を集め、ロサンゼルスとニューヨークを行き来するようになった。そして彼は1973年に初めて有名人を撮影した。それは、首にリボンを巻いた死んだガチョウを抱えたアルフレッド・ヒッチコックのポートレートで、その年の『ハーパーズバザー』誌のクリスマス号に掲載された。

Andy Warhol
Andy Warhol with Beachball, New York City, 1980

この写真は映画スター、ロックスター、ラッパー、スーパーモデル、さらにはビル・クリントン大統領やエリザベス女王など、数百人もの著名人の写真を含むワトソの最も有名なポートレートの1つとなった。1975年、ワトソンはメイソン・プロフィットのアルバム「カム・アンド・ゴーン」のジャケット写真でグラミー賞を受賞して1976年には『ヴォーグ』誌での最初の仕事を得た。同年ニューヨークに移住したことで、彼のキャリアは飛躍的に伸びた。雑誌の写真に加えて、ワトソンはリーバイス、レブロン、シャネルなどの大手企業の数百もの成功した広告キャンペーンのイメージを作成し、100以上のテレビコマーシャルを監督、キル・ビル、さゆり、ダ・ヴィンチ・コードなどのハリウッドの大作映画のポスターを数十枚撮影した。

Cecilia Chancellor
Cecilia Chancellor, New York City, 1984

その間、マラケシュからラスベガス、オークニー諸島まで、旅行や興味から写真を撮り、個人的なプロジェクトに多くの時間を費やしてきた。彼の有名なポートレートやファッション写真とともに、これらの作品の多くは世界中の美術館やギャラリーの展覧会で展示され、ワトソンの限定版プリントはコレクターの間で非常に人気がある。ケイト・モスの写真のワトソンの大判プリントが、ロンドンのクリスティーズで10万8,000ドルで落札され、事前の最低予想価格の5倍となった。美術評論家のフランシス・ホジソンは、ロンドンのフィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたワトソンのギャラリーレビューで、これらのプリントを「驚くべきもの」と評した。

David Bowie
David Bowie, New York City, 1996

ワトソンはプリントの巨匠とみなされており、ニューヨークのフォトプラス国際博覧会、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー、フランスのアルルで開催されるル・ルコントル・ド・ラ・フォトグラフィー芸術祭など、数多くの場所でこのテーマについて講演を行っている。ワトソンは、イタリアのミラノ近代美術館、オーストリアのウィーンのクンストハウスウィーン、エディンバラのシティアートセンター、ベルギーのアントワープの写真美術館、ドイツのデュッセルドルフの NRW フォーラム、スウェーデンのストックホルムの写真美術館、ドイツのハンブルクのダイヒトーアハレン、ロシアのモスクワのマルチメディアアートミュージアムなど、世界中の美術館で数多くの個展を開催している。

ack Nicholson
Jack Nicholson, New York City, 1998

2017年12月に中華人民共和国連州市の写真美術館で展示された最初の西洋人写真家である。彼の作品はロンドンのナショナルポートレートギャラリー、ニューヨークのメトロポリタン美術館とブルックリン美術館、モスクワのプーシキン美術館、ニューヨークの国際写真センター、ドイツのハンブルクのダイヒトーアハレンなど、多くの美術館でのグループ展でも展示されている。彼の写真は、ナショナルポートレートギャラリー、スミソニアン博物館、メトロポリタン美術館の永久コレクションに収蔵されている。ワトソンは1995年にダンディー大学から名誉学位を授与され、2006年にはスコティッシュ・ファッション・アワードの殿堂入りを果たした。下記リンク先はアルバート・ワトソンの公式ウェブサイトです。

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写真術における偉大なる達人たち

Mick Jagge
Albert Watson (Born 1942) Mick Jagger in Car with Leopard, Los Angeles, 1992

2021年の秋以来、思いつくまま世界の写真界20~21世紀の達人たちの紹介記事を拙ブログに綴ってきましたが、2026年6月7日現在のリストです。右端の()内はそれぞれ写真家の生年・没年です。左端の年月日をクリックするとそれぞれの掲載ページが開きます。

21/10/06多くの人々に感動を与えたアフリカ系アメリカ人写真家ゴードン・パークスの足跡(1912–2006)
21/10/08グループ f/64 のメンバーだった写真家イモージン・カニンガムは化学を専攻した(1883–1976)
21/10/10圧倒的な才能を持ち現代アメリカの芸術写真を牽引したポール・ストランド(1890–1976)
21/10/11何気ない虚ろなアメリカを旅したスイス生まれの写真家ロバート・フランク(1924–2019)
21/10/13作為を排した新客観主義に触発されたストリート写真の達人ロベール・ドアノー(1912–1994)
21/10/16大恐慌時に農村や小さな町の生活窮状をドキュメントした写真家ラッセル・リー(1903–1986)
21/10/17日記に最後の晩餐という言葉を残して自死した写真家ダイアン・アーバスの黙示録(1923–1971)
21/10/19フォトジャーナリズムの手法を芸術の域に高めた写真家ユージン・スミスの視線(1918–1978)
21/10/24時代の風潮に左右されず独自の芸術観を持ち続けたプラハの詩人ヨゼフ・スデック(1896-1976)
21/10/27西欧美術を米国に紹介した写真家アルフレッド・スティーグリッツの功績(1864–1946)
21/11/01美しいパリを撮影していたウジェーヌ・アジェを「発見」したベレニス・アボット(1898–1991)
21/11/08近代ストレート写真を先導した 20 世紀の写真界の巨匠エドワード・ウェストン(1886–1958)
21/11/10芸術を通じて社会や政治に影響を与えることを目指した写真家アンセル・アダムス(1902–1984)
21/11/13大恐慌を記録したウォーカー・エヴァンスの被写体はその土地固有の様式だった(1903–1975)
21/11/16写真少年ジャック=アンリ・ラルティーグは個展を開いた 69 歳まで無名だった(1894–1986)
21/11/20ハンガリー出身の世界で最も偉大な戦争写真家ロバート・キャパの短い人生(1913–1954)
21/11/25児童労働の惨状を訴えるため現実を正確に捉えた写真家ルイス・ハインの偉業(1874–1940)
21/12/01マグナム・フォトを設立した写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの決定的瞬間(1908–2004)
21/12/06犬を人間のいくつかの性質を持っているとして愛撮したエリオット・アーウィット(1928-2023)
21/12/08リチャード・アヴェドンの洗練され権威ある感覚をもたらしたポートレート写真(1923–2004)
21/12/12デザインと産業の統合に集中したバウハウスの写真家ラースロー・モホリ=ナジ(1923–1928)
21/12/17ダダイズムとシュルレアリスムに跨る写真を制作したマン・レイは革新者だった(1890–1976)
21/12/29フォトジャーナリズムに傾倒したアラ・ギュレルの失われたイスタンブル写真素描(1928–2018)
22/01/10ペルーのスタジオをヒントに自然光に拘ったアーヴィング・ペンの鮮明な写真(1917-2009)
22/02/25非現実的なほど歪曲し抽象的な遠近感を生み出した写真家ビル・ブラントのカメラ(1904–1983)
22/03/09男性ヌードや花を白黒で撮影した異端の写真家ロバート・メイプルソープへの賛歌(1946–1989)
22/03/18ニューヨーク近代美術館で写真展「人間家族」を企画したエドワード・スタイケン(1879–1973)
22/03/24公民権運動の影響を記録したキュメンタリー写真家ブルース・デヴッドソンの慧眼(born 1933)
22/04/21社会的弱者に寄り添いエモーショナルに撮影した写真家メアリー・エレン・マーク(1940-2015)
22/05/20早逝した写真家リンダ・マッカートニーはザ・ビートルズのポールの伴侶だった(1941–1998)
22/06/01大都市に変貌する香港を活写して重要な作品群を作り上げたファン・ホーの視線(1931–2016)
22/06/12肖像写真で社会の断面を浮き彫りにしたドキュメント写真家アウグスト・ザンダー(1876–1964)
22/08/01スペイン内戦取材で26歳という若さに散った女性戦争写真家ゲルダ・タローの生涯 (1910–1937)
22/09/16カラー写真を芸術として追及したジョエル・マイヤーウィッツの手腕(born 1938)
22/09/25死と衰退を意味する作品を手がけた女性写真家サリー・マンの感性(born 1951)
22/10/17北海道の風景に恋したイギリス人写真家マイケル・ケンナのモノクロ写真(born 1951)
22/11/06アメリカ先住民を「失われる前に」記録したエドワード・カーティス(1868–1952)
22/11/16大恐慌の写真 9,000 点以上を制作したマリオン・ポスト・ウォルコット(1910–1990)
22/11/18人間の精神の深さを写真に写しとったアルゼンチン出身のペドロ・ルイス・ラオタ (1934-1986)
22/12/10アメリカの生活と社会的問題を描写した写真家ゲイリー・ウィノグランド(1928–1984)
22/12/16没後に脚光を浴びたヴィヴィアン・マイヤーのストリート写真(1926–2009)
22/12/23写真家集団マグナムに参画した初めての女性報道写真家イヴ・アーノルド(1912-2012)
23/03/25写真家フランク・ラインハートのアメリカ先住民のドラマチックで美しい肖像写真(1861-1928)
23/04/13複雑なタブローを構築するシュールレアリスム写真家サンディ・スコグランド(born 1946)
23/04/21キャラクターから自らを切り離したシンディー・シャーマンの自画像(born 1954)
23/05/01震災前のサンフランシスコを記録した写真家アーノルド・ジェンス(1869–1942)
23/05/03メキシコにおけるフォトジャーナリズムの先駆者マヌエル・ラモス(1874-1945)
23/05/05文学と芸術に没頭し超現実主義絵画に着想を得た台湾を代表する写真家張照堂(1943-2024)
23/05/07家族の緊密なポートレイトで注目を集めた写真家エメット・ゴウィン(born 1941)
23/05/22欲望やジェンダーの境界を無視したクロード・カアンのセルフポートレイト(1894–1954)
23/05/2520世紀初頭のアメリカの都市改革に大きく貢献したジェイコブ・リース(1849-1914)
23/06/05都市の社会風景という視覚的言語を発展させた写真家リー・フリードランダー(born 1934)
23/06/13写真芸術の境界を広げた暗室の錬金術師ジェリー・ユルズマンの神技(1934–2022)
23/06/15強制的に収容所に入れられた日系アメリカ人を撮影したドロシア・ラング(1895–1965)
23/06/20劇的な国際的シンボルとなった「プラハの春」を撮影したヨゼフ・コウデルカ(born 1958)
23/06/24警察無線を傍受できる唯一のニューヨークの写真家だったウィージー(1899–1968)
23/07/03フォトジャーナリズムの父アルフレッド・アイゼンシュタットの視線(1898–1995)
23/07/06ハンガリーの芸術家たちとの交流が反映されたアンドレ・ケルテスの作品(1894-1985)
23/07/08家族が所有する島で野鳥の写真を撮り始めたエリオット・ポーター(1901–1990)
23/07/08戦争と苦しみを衝撃的な力でとらえた報道写真家ドン・マッカラン(born 1935)
23/07/17夜のパリに漂うムードに魅了されていたハンガリー出身の写真家ブラッサイ(1899–1984)
23/07/2020世紀の著名人を撮影した肖像写真家の巨星ユーサフ・カーシュ(1908–2002)
23/07/22メキシコの革命運動に身を捧げた写真家ティナ・モドッティのマルチな才能(1896–1942)
23/07/24ロングアイランド出身のマルクス主義者を自称する写真家ラリー・フィンク(born 1941)
23/08/01アフリカ系アメリカ人の芸術的な肖像写真を制作したコンスエロ・カナガ(1894–1978)
23/08/04ヒトラーの地下壕の写真を世界に初めて公開したウィリアム・ヴァンディバート(1912-1990)
23/08/06タイプライターとカメラを同じように扱った写真家カール・マイダンス(1907–2004)
23/08/08ファッションモデルから戦場フォトャーナリストに転じたリー・ミラーの生涯(1907-1977)
23/08/14ニコンのレンズを世界に知らしめたデイヴィッド・ダグラス・ダンカンの功績(1907-2007)
23/08/18超現実的なインスタレーションアートを創り上げたサンディ・スコグランド(born 1946)
23/08/20シカゴの街角やアメリカ史における重要な瞬間を再現した写真家アート・シェイ(1922–2018)
23/08/22大恐慌時代の FSA プロジェクト 最初の写真家アーサー・ロススタイン(1915-1986)
23/08/25カメラの焦点を自分たちの生活に向けるべきと主張したハリー・キャラハン(1912-1999)
23/09/08イギリスにおけるフォトジャーナリズムの先駆者クルト・ハットン(1893–1960)
23/10/06ロシアにおけるデザインと構成主義創設者だったアレクサンドル・ロトチェンコ(1891–1956)
23/10/18物事の本質に近づくための絶え間ない努力を続けた写真家ウィン・バロック(1902–1975)
23/10/27先見かつ斬新な作品により写真史に大きな影響を与えたウィリアム・クライン(1926–2022)
23/11/09アパートの窓から四季の移り変わりの美しさなどを撮影したルース・オーキン(1921-1985)
23/11/15死や死体の陰翳が纏わりついた写真家ジョエル=ピーター・ウィトキンの作品(born 1939)
23/12/01近代化により消滅する前のパリの建築物や街並みを記録したウジェーヌ・アジェ(1857-1927)
23/12/15同時代で最も有名で最も知られていないストリート写真家のヘレン・レヴィット(1913–2009)
23/12/20哲学者であることも写真家であることも認めなかったジャン・ボードリヤール(1929-2007)
24/01/08音楽や映画など多岐にわたる分野で能力を発揮した写真家ジャック・デラーノ(1914–1997)
24/02/25シチリア出身のイタリア人マグナム写真家フェルディナンド・スキアンナの視座(born 1943)
24/03/21パリで花開いたロシア人ファッション写真家ジョージ・ホイニンゲン=ヒューン(1900–1968)
24/04/04報道写真家として自活することに成功した最初の女性の一人エスター・バブリー(1921-1998)
24/04/20長時間露光により時間の多層性を浮かび上がらせたアレクセイ・ティタレンコ(born 1962)
24/04/2820世紀後半のイタリアで最も重要な写真家ジャンニ・ベレンゴ・ガルディン(born 1930)
24/04/30トルコの古い伝統の記憶を守り続ける女性写真家 F・ディレク・ウヤル(born 1976)
24/05/01ファッション写真に大きな影響を与えたデヴィッド・ザイドナーの短い生涯(1957-1999)
24/05/08社会の鼓動を捉えたいという思いで写真家になったリチャード・サンドラー(born 1946)
24/05/10直接的で妥協がないストリート写真の巨匠レオン・レヴィンシュタイン(1910–1988)
24/05/12自らの作品を視覚的な物語と定義している写真家スティーヴ・マッカリー(born 1950)
24/05/14多様な芸術の影響を受け写真家の視点を形作ったアンドレアス・ファイニンガー(1906-1999)
24/05/16芸術的表現により繊細な目を持つ女性写真家となったマルティーヌ・フランク(1938-2012)
24/05/18ドキュメンタリー写真をモノクロからカラーに舵を切ったマーティン・パー(born 1952)
24/05/21先駆的なグラフ誌『ピクチャー・ポスト』を主導した写真家バート・ハーディ(1913-1995)
24/05/24グラフ誌『ライフ』に30年間投稿し続けたロシア生まれの写真家リナ・リーン(1914-1995)
24/05/27旅する写真家として20世紀後半の歴史に残る象徴的な作品を制作したルネ・ブリ(1933-2014)
24/05/29高速ストロボスコープ写真を開発したハロルド・ユージン・エジャートン(1903-1990)
24/06/03一般市民とそのささやかな瞬間を撮影したオランダの写真家ヘンク・ヨンケル(1912-2002)
24/06/10ラージフォーマット写真のデジタル処理で成功したアンドレアス・グルスキー(born 1955)
24/06/26レンズを通して親密な講釈と被写体の声を伝えてきた韓国出身のユンギ・キム(born 1962)
24/07/05演出されたものではなく現実的なファッション写真を開発したトニ・フリッセル(1907-1988)
24/07/07スウィンギング60年代のイメージ形成に貢献した写真家デイヴィッド・ベイリー(born 1938)
24/07/13著名人からから小さな町の人々まで撮影してきた写真家マイケル・オブライエン(born 1950)
24/07/14人々のドラマが宿る都市のカラー写真を制作したコンスタンティン・マノス(born 1934)
24/08/04写真家集団「マグナム・フォト」所属するただ一人の日本人メンバー久保田博二(born 1939)
24/08/08ロバート・F・ケネディの死を悼む人々を葬儀列車から捉えたポール・フスコ(1930–2020)
24/08/13クリスティーナ・ガルシア・ロデロが話したいのは時間も終わりもない出来事だ(born 1949)
24/08/30ドキュメンタリーと芸術の境界を歩んだカラー写真の先駆者エルンスト・ハース(1921–1986)
24/09/01国際的写真家集団マグナム・フォトの女性写真家スーザン・メイゼラスの視線(born 1948)
24/09/09アパルトヘイトの悪と日常的な社会への影響を記録したアーネスト・コール(1940–1990)
24/09/14宗教的または民俗的な儀式に写真撮影の情熱を注ぎ込んだラモン・マサッツ(1931-2024)
24/09/23アメリカで最も有名な無名の写真家と呼ばれたエヴリン・ホーファー(1922–2009)
24/09/25自身を「大義を求める反逆者」と表現した写真家マージョリー・コリンズ(1912-1985)
24/09/27北海道の小さな町にあった営業写真館を継がず写真芸術の道を歩んだ深瀬昌久(1934-2012)
24/10/01現代アメリカの風変わりで平凡なイメージに焦点を当てた写真家アレック・ソス(born 1969)
24/10/04微妙なテクスチャーの言語を備えた異次元の写真を追及したアーサー・トレス(born 1940)
24/10/06オーストリア系イギリス人のエディス・チューダー=ハートはソ連のスパイだった(1908-1973)
24/10/08映画の撮影監督でもあったドキュメンタリー写真家ヴォルフガング・スシツキー(1912–2016)
24/10/15芸術のレズビアン・サブカルチャーに深く関わった写真家ルース・ベルンハルト(1905–2006)
24/10/19ランド・アートを通じて作品を地球と共同制作するアンディ・ゴールドワージー (born 1956)
24/10/29公民権運動の活動に感銘し刑務所制度の悲惨を描写した写真家ダニー・ライアン (born 1942)
24/11/01人間の状態と現在の出来事を記録するストリート写真家ピータ―・ターンリー (born 1955)
24/11/04写真を通じて現代の社会的状況を改善することに専念したアーロン・シスキンド(1903-1991)
24/11/07自然と植物の成長にインスピレーションを受けた写真家カール・ブロスフェルト(1865-1932)
24/11/09ストリート写真で知られているリゼット・モデルは教える才能を持っていた(1901-1983)
24/11/11カラー写真が芸術として認知されるようになった功労者ウィリアム・エグルストン(born 1939)
24/11/13革命後のメキシコ復興の重要人物だった写真家ローラ・アルバレス・ブラボー(1903-1993)
24/11/15チリの歴史上最も重要な写真家であると考えられているセルヒオ・ララインの視座(1931-2012)
24/11/19イギリスのアンリ・カルティエ=ブレッソンと評されたジェーン・ボウン(1925-2014)
24/11/25カラー写真の先駆者ソール・ライターは戦後写真界の傑出した人物のひとりだった(1923–2013)
24/11/25サム・フォークがニューヨーク・タイムズに寄せた写真は鮮烈な感覚をもたらした(1901-1991)
24/11/29ゲイ解放運動の活動家だったトランスジェンダーの写真家ピーター・ヒュージャー(1934–1987)
24/12/01複数の芸術的才能に恵まれていた華麗なるファッション写真家セシル・ビートン(1904–1980)
24/12/05ライフ誌と空軍で活躍した女性初の戦場写真家マーガレット・バーク=ホワイト(1904–1971)
24/12/07愛と美を鮮明に捉えたロマン派写真家エドゥアール・ブーバの平和への眼差し(1923–1999)
24/12/10保守的な政治体制と対立しながら自由のために写真を手段にしたエヴァ・ペスニョ(1910–2003)
24/12/15自然環境における人間の姿を研究することに関心を寄せた写真家マイケル・ぺト(1908-1970)
24/12/20ベトナム戦争中にナパーム弾攻撃から逃げる子供たちを撮影したニック・ウット(born 1951)
25/01/06記録映画の先駆者であり前衛映画製作者でもあった写真家ラルフ・スタイナー(1899–1986)
25/01/10アメリカ西部を占める文化の多様性を反映した写真家ローラ・ウィルソンの足跡(born 1939)
25/01/15フランスの人文主義写真運動で活躍したスイス系フランス人ザビーネ・ヴァイス(1924–2021)
25/02/03サルバドール・ダリとの共作でシュールな写真を創出したフィリップ・ハルスマン(1906–1979)
25/02/06ベトナム戦争に対する懸念を形にした写真家フィリップ・ジョーンズ・グリフィス(1936-2008)
25/02/18芸術に複数の糸を持っていたシュルレアリスムの写真家エミール・サヴィトリー(1903-1967)
25/03/19シュルレアリスムの先駆的な写真家でピカソのモデルで恋人だったドラ・マール(1907-1997)
25/03/25ホロコースト前の東欧のユダヤ人社会を記録した写真家ローマン・ヴィスニアック(1897-1990)
25/04/01ソーシャルワーカーからライフ誌の専属写真家に転じたウォレス・カークランド(1891–1979)
25/04/04写真家ビル・エプリッジは20世紀で最も優れたフォトジャーナリストの一人だった(1938-2013)
25/04/25ロバート・キャパの弟で総合施設国際写真センターを設立したコーネル・キャパ(1918-2008)
25/05/01激動1960年代の音楽家たちをキャプチャーした写真家エリオット・ランディの慧眼(born 1942)
25/05/23生まれ故郷ブラジルの熱帯雨林アマゾン川流域へのセバスチャン・サルガドの視座(1944-2025)
25/06/22風景への畏敬の念と激動の気象現象への驚異が伝わるミッチ・ドブラウナーの写真(born 1956)
25/07/26ティンタイプ写真でアパラチアの伝承音楽家に焦点を当てたリサ・エルマーレ(born 1984)
25/08/03色彩の卓越した表現を通して写真というジャンルを超越したデビッド・ラシャペル(born 1963)
25/08/20ヨーロッパ解放やコンゴ紛争などでの勇敢な取材で知られるドミトリ・ケッセル(1902–1995)
25/08/25長大吊り橋を撮影したピーター・スタックポールはライフ誌創刊の写真家になった(1913-1997)
25/09/08アパラチアや南東部の農村地帯の人々の肖像写真で知られているドリス・ウルマン(1882-1934)
25/08/25長大吊り橋を撮影したピーター・スタックポールはライフ誌創刊の写真家になった(1913-1997)
25/09/15指導者であり預言者であり歴史家であり学者だった写真家ジョン・ローエンガード(1934-2020)
25/09/17女性を客体ではなく主体として描写した写真家エレン・フォン・アンワースの視線(born 1954)
25/09/22精巧に演出された赤ちゃんたちの愛らしい写真で世界的に評価されるアン・ゲデス(born 1956)
25/09/26エロティックで都会的なスタイルの頂点を極めた写真家ヘルムート・ニュートン(1920-2004)
25/10/06モデルからファッション写真家に転じたスリランカ系英国人ナイジェル・バーカー(born 1972)
25/10/15ヴィクトリア朝イギリスで最も有名な写真家ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-1879)
25/10/17革新的手法を用いたドイツ系ユダヤ人写真家エーリッヒ・ザロモンの悲劇的な運命(1886-1944)
25/10/20地球の環境破壊と気候変動の壊滅的な影響を明瞭に伝える写真家ニック・ブラント(born 1964)
25/10/23政治家や作家など世界の重要人物の精緻な肖像写真を撮影したユーサフ・カーシュ(1908-2002)
25/10/26直面する不正義と対峙するパレスチナ系オランダ人写真家サキル・カデルの眼差し(born 1990)
25/11/12目に見えない鳥の飛行経路を可視化した作品で知られる写真家シャビ・ボウの秘技(born 1979)
25/11/18自身の文化的環境を探求したメキシコを代表する写真家グラシエラ・イトゥルビデ(born 1942)
25/11/25フォトルポルタージュの新たな時代を築いたスペインの写真家ラモン・マサッツ(1931-2024)
25/12/10畏敬の対象となる自然風景および聖なる場所を崇拝した風景写真家リンダ・コナー(born 1944)
25/12/23インド初の女性報道写真家で独立国家への変遷を記録したホマイ・ヴィヤラワラ(1913-2012)
26/01/04モデルから転身した写真家サラ・ムーンの雰囲気により際立った印象派的な作品(born 1941)
26/01/07音楽に合わせた写真「ドリーム・ピクチャーズ」で知られるブランソン・デク―(1892-1941)
26/01/22技術者の客観性と技術的志向を写真撮影に反映させたエミール・ハイルボルン(1900-2003)
26/01/26芸術的側面と社会的な側面の二つの特質を最適に供えた女性写真家アタ・カンドー(1913-2017)
26/03/05戦争や貧困など社会の底辺を記録して世界的な評価を得た写真家ドン・マッカラン(born 1935)
26/03/22カメラで芸術的インスピレーションを追求した写真家リオ・ディジローラモの軌跡(1934–2019)
26/05/05写真界では神童のような存在と見なされた巨匠ハロルド・ファインスタイン (1931-2015)
26/05/22形式と感情の巨匠:ドイツ人写真家トニ・シュナイダース不朽の遺産(1920-2006)
26/06/07スコットランド出身の華麗なるプリントのレジェンド写真家アルバート・ワトソン(born 1942)

子供の頃「明治は遠くなりにけり」という言葉を耳にした記憶がありますが、今まさに「20世紀は遠くなりにけり」の感があります。掲載した作品の大半がモノクロ写真で、カラー写真がわずかのなのは偶然ではないような気がします。20世紀のアートの世界ではモノクロ写真が主流だったからです。しかしデジタルカメラが主流になった21世紀、カラー写真の台頭に目覚ましいものがあります。ジョエル・マイヤーウィッツとサンディ・スコグランド、ジャン・ボードリヤール、 F・ディレク・ウヤル、マーティン・パー、コンスタンティン・マノス、久保田博二、ポール・フスコ、エルンスト・ハース、エヴリン・ホーファー、アレック・ソス、アンディ・ゴールドワージー、ウィリアム・エグルストン、ソール・ライタ、などのカラー作品を取り上げました。

photographer  Famous Photographers: Great photographs can elicit thoughts, feelings, and emotions.

2026年6月6日

世界史遠望(10)サンフランシスコ平和条約と北方領土

ジョルジュ・ビゴー(1860-1927)「ロシアとの戦争を日本にけしかける英米両国」1904年ごろ

安倍晋三元首相(1954-2022)はウクライナを侵略したロシアのウラジーミル・プーチン大統領(1952-)について「非常に合理主義者で基本的には力の信奉者だ」と指摘。「言ってみれば戦国時代の武将みたいなもの。たとえば織田信長に人権を守れと言っても全然通用しないのと同じ」と語り、ウクライナについて「プーチン大統領が長い間、独裁政権を確立するなかで情報分析が的確に行われず、大きな間違った判断をした結果だと思う」と分析したという。2019年9日5日、安倍晋三はロシア極東のウラジオストクでプーチン大統領と会談し「ゴールまでウラジーミル、ふたりの力で駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」と述べた。まるで三文役者の台詞のようで、ここに書くのも恥ずかしい。共に夢を持った仲であったはずが、わずか数年後の変身、変わり身の早さに唖然とする。二枚舌を使うのは日常茶飯事、息を吐くように嘘をつく、稀代のペテン師である。しかもどうやら本人は嘘を嘘と思っていないらしいから尚のことタチが悪い。プーチン大統領と27回も会談したにも関わらず、北方領土問題を放り投げ、知らん顔をしていたのである。

千島列島を巡る紛争の歴史  loupe 拡大表示

フランクリン・D・ルーズベルト米大統領(1882-1945)は、1945年2月のヤルタ会談で、ソ連のヨシフ・スターリン首相に対日参戦を求め、千島列島をソ連領とすると提言した。そしてソ連は同年8月18日、千島列島に進攻を開始する。イラストはジョルジュ・ビゴー1860-1927)が描いた、日露戦争をけしかけた英米の風刺漫画だが、米国は「第二次日露戦争」をそそのかしたのである。この史実はどうやら広く一般に浸透していないようだ。日本政府はポツダム宣言を受諾し、連合国に無条件降伏し同年9月2日降伏文書に調印した。これによって千島列島はソ連の占領下になった。そして1951年、サンフランシスコ平和条約を批准、日本は千島列島の放棄を約束してしまった。米国代表は「千島列島には歯舞群島は含まないというのが合衆国の見解」と発言したが、ソ連代表のアンドレイ・グロムイコ第一外務次官(1909-1989)は「千島列島に対するソ連の領有権は議論の余地がない」と主張した。吉田茂主席全権(1878-1967)は条約受諾演説で「千島列島及び樺太南部は、日本降伏直後の1945年9月20日、一方的にソ連領に収容されたのであります」「日本の本土たる北海道の一部を構成する色丹島及び歯舞諸島も終戦当時たまたま日本兵営が存在したためにソ連軍に占領されたままであります」と述べている。これが日本政府が不法占拠だと主張してきた所以だろう。ところが2019年の北方領土の日の2月7日、北方領土返還要求全国大会が採択したアピール文から、これまで使ってきた「日本固有の領土」との文言が消えてしまった。交渉に行き詰まった安倍政権が、ロシアを刺激しないようにする狙いがあったのである。ところが、ところがである、外務省は2022年の外交青書をまとめ、北方領土について「ロシアに不法占拠されている」と明記し、今月22日の閣議で報告された。これに対しロシアのロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官(1967-)は「四つの島は全てロシアの不可分の領土だ」と反発した。プーチン大統領はクリミア自治共和国併合もそうだが、北方領土問題の法的な解釈を熟知しているはずである。名門レニングラード大学法学部を卒業しているので、法律を遵守する政治家と信じたい。しかしKGB(ソ連国家保安委員会)の諜報員であったという経歴が、不安材料として払拭できずに残っているが、そこにプーチン大統領の二面性を嗅ぎ取ることができる。一方、安倍晋三はかつて「平和条約の問題をじっくり話し合った」と語ったが、領土交渉は1ミリたりとも動かすことができなかった。ウクライナ侵略に伴う経済制裁に対しプーチン大統領は強く反発している。北方領土返還の可能性は限りなくゼロに近づいてしまったようだ。

University  サンフランシスコ平和会議における首席全権吉田茂総理大臣の受諾演説 | 東京大学東洋文化研究所

2026年6月5日

世界史遠望(9)ソ連が対日参戦する密約を協議したヤルタ会談

Yalta Conference
Yalta Conference (L-R) Winston Churchill, Franklin D. Roosevelt and Joseph Stalin on Feb in 1945

ヤルタ会談は第二次世界大戦中の1945年2月4日から11日にかけて、クリミア近郊のロシア皇帝ニコライ2世の離宮として建造されたリヴァディア宮殿で開催された。ここで米国のフランクリン・D・ルーズベルト大統領、英国のウィンストン・チャーチル首相 、ソ連のヨシフ・スターリン首相が、戦争の今後の展開と戦後の世界について重要な決定を下した。連合国首脳は欧州における連合国の勝利はほぼ確実であると認識していたものの、太平洋戦争の終結が近いとは確信していなかった。日本に対する勝利には長期戦が必要になる可能性があると認識していた米国と英国は、太平洋戦線におけるソ連の参戦に大きな戦略的利点があると見ていた。ヤルタでルーズベルトとチャーチルはスターリンと、ソ連が対日戦争に参戦する条件について協議し、太平洋戦線におけるソ連の極めて重要な参戦と引き換えに、日本の降伏後、ソ連に満州における勢力圏を与えることで三者は合意した。これには、樺太南部、旅順港(現在の旅順口)の租借、満州鉄道の運営への参戦、そして千島列島が含まれていた。この合意はヤルタ会談における主要な具体的な成果であった。 連合国首脳はドイツ、東欧、そして国連の将来についても協議した。ルーズベルト、チャーチル、スターリンは、戦後のドイツ統治にフランスを含めることだけでなく、ドイツが戦後の賠償責任の一部を負うことにも合意した。

Postmarked February 12, 1945
Postmarked February 12, 1945, the day after the conference concluded

米国とは、ソ連と国境を接する東欧諸国の将来の政府はソ連政権に「友好的」であるべきだという点で概ね合意し、ソ連はナチス・ドイツから解放された全ての領土で自由選挙を認めることを約束した。交渉担当者らはポーランドに関する宣言も発表し、戦後の国家政府に共産党を含めることを規定した。国連の将来に関する協議では、全ての締約国が、フランスの加盟により常任理事国が5カ国に拡大された安全保障理事会における投票手続きに関する米国の案に合意した。これらの常任理事国はそれぞれ安全保障理事会での決定に対して拒否権を持つことになった。ヤルタ協定に対する当初の反応は祝賀ムードだった。ルーズベルトをはじめとする多くの米国人は、この協定を、米ソ間の戦時協力の精神が戦後も引き継がれることの証と捉えた。しかしこの感情は長くは続かなかった。1945年4月12日にフランクリン・D・ルーズベルトが死去すると、ハリー・S・トルーマンが第33代米国合衆国大統領に就任した。4月末までに、新政権は東欧におけるソ連の影響力と国連をめぐってソ連と対立した。ソ連側の協力姿勢の欠如に危機感を抱いた多くの米国人は、ヤルタ交渉におけるルーズベルトの手腕を批判し始めた。今日に至るまで、ルーズベルトの最も激しい批判者の多くは、ソ連が多くの実質的な譲歩を行ったにもかかわらず、ヤルタで東欧と北東アジアをソ連に「引き渡した」と非難している。下記リンク先アは米国国務省歴史局の「1945年のヤルタ会談」です。

歴史   Yalta Conference took place in a Russian resort in the Crimea on February 4–11 in 1945