2020年10月29日

菅政権終わりの始まり

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仮面(作者不詳)

気分が悪くなるので菅義偉のことを書くのは控えようと思っていたが、やはり書かざるを得ない状況だ。安倍晋三が病気を理由に逃げ出したお陰で、菅義偉が首相の座を得たのは9月16日だった。当初「安倍政治の継承」が謳い文句だったが、その後の人事などを見ると「脱安倍」に舵を切ったようである。就任の一か月後、所信表明前にベトナムとインドネシアを訪問、国会軽視と野党から指摘される。やっと26日に召集された臨時国会で所信表明演説を行ったが、新型コロナウイルス対策を巡り、医療資源を「重症者に重点化します」と言うべきところを「重症者にゲンテン化します」などと読み間違いをした。麻生太郎、安倍晋三に続き、漢字が読めなくとも首相になれることを証明したのである。28日に国会論戦が幕を開けた。衆院代表質問で、野党側は日本学術会議問題を取り上げ、過去の政府答弁との整合性や任命拒否の理由について追及した。

covid-19

就任後の朝日新聞などのインタビューで、学術会議が推薦した会員候補の除外前の名簿を「見ていない」と説明してきた。しかし「過去の答弁は承知しているが、公務員の選定は国民固有の権利だ」「必ず推薦通りに任命しなければならないわけではないという点は、政府の一貫した考えだ」などと説明。会員候補6人の任命を拒否した理由について、枝野幸男が「明確にお答えください」と迫ったが「任命の理由は人事に関することであり、お答えを差し控えます」と突き放す始末。この報道に接し、安倍政権の官房長官時代に「そのような指摘は当たらない」「全く問題ない」と木で鼻をくくったような定型句を、記者会見で乱発したことを思い浮かべた人が多いだろうと思われる。相撲に喩えると「土俵に上がらないから負けない」論法だ。主権者を顧みない態度は、ボディーブローを受け、じわじわ政権基盤が弱体するだろう。終わりの始まりである。

官邸  第203回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説(2020年10月26日)|首相官邸

2020年10月26日

画像編集ソフト Adobe Photoshop Elements 導入の躓き

 Adobe Photoshop Elements
Adobe Photoshop Elements 2021

東芝のノートパソコン Dynabook K1 用に画像編集ソフト Adobe Photoshop の簡易版 Elements 2021 を購入した。パッケージには Windows および Mac 用の DVD が入っている。

2020年10月9日発売

実勢価格は20,000円弱で、機能は異なるとはいえ、2012年にリリースされた Photoshop CS6 が9万円強もしたことを思えば安価ではある。早速インストールを始めたのだが、90%を超えたあたりで「msvcp140.dll がありません」というメッセージが表示されてストップ。慌ててネット検索、マイクロソフトの Visual Studio 2015 の Visual C++ 再頒布ページに辿り着いた。ここで vc_redist.x64.exe とvc_redist.x86.exe を取得した。どちらが対処してくれるのか分からなかったので、両方を実行したところ msvcp140.dll が組み込まれた。再びインストール作業。終了しましたというメッセージと共に、デスクトップにショートカットアイコンが表示された。クリックしたところ、今度は「Adobe Photoshop Elements 2021.exe がありません」というつれない返事。どうやら前回の作業の痕跡が残っていて、再インストールの際に上書きできないようだ。そこで関連ファイルとフォルダを削除、今度はDVDをデスクトップにコピーした。管理者権限でインストールを実行するためだった。なお、起動のたびに鬱陶しいホーム画面が表示されるので PhotoshopElementsEditor.exe を右クリック、ショートカットアイコンをデスクトップに置いて、画像編集画面から起ち上がるようにした。これで無事、作業が終了。なんと丸一日以上の時間を浪費してしまった。やれやれ。

Adbe  Adobe Phoroshop Elements 最新版 (Windows/macOS) 30日間無料体験版のダウンロード

2020年10月23日

ビッグテック GAFA といかに関わっているか

GAFA
Google Apple Facebook Amazon

米司法省とテキサスなど11州が今月20日、米テクノロジー大手の Google がインターネット検索市場やオンライン広告の独占を維持するために、トラスト法(独占禁止法)に違反したとして、連邦地裁に提訴した。ただ11月3日に米大統領選を控える中での提訴をめぐっては、トランプ大統領が2期目当選を果たした場合に、インターネット分野における企業の影響力に立ち向かうつもりだと示すためではないかとの疑問が上がっているという。Google は米国の情報技術産業における巨大企業 GAFA 四社のひとつである。この GAFA について私がどう関わっているか整理してみたい。

Google
検索は Google を使っている。検索したキーワードを元に、関連する広告が現れる。これが資金源なんだと分かるが、他の検索システムは機能が劣るので、つい使ってしまう。このブログは Google のサービス Blogger だし、どうあがいても Google と縁を切ることができない。動画共有サイト YouTube には若干のファイルを投稿しているが、多用はしていない。音楽を聴くときは Spotfy を主に利用している。運営企業がスウェーデンで、米国でないことにほっとする。
Apple
かつて Macintosh を使っていたこともあるし、iPhone のユーザーだったこともあるが、今はアップル製品を使っていない。スティーブ・ジョブズは凄いけど、彼の下では仕事をしたくない、というエピソードが残っている。私はスティーブ・ジョブズを尊敬するけど、アップル製品には手を出さない。iPod は音楽アルバムという概念を破壊した。外出時にタブレットで音楽を聴くときは、シャッフル再生している。ジョブスの悪しきレガシーだ。
Facebook
所謂ソーシャルメディはこの Facebook と Twitter のアカウントを持っている。政治論議はエコーチェンバー現象に惑わされる弊害があるので、その点は注意を払っている。FBフレンドは海外ユーザーの比率が大きく、その意味では世界と繋がっている。フォローしてる海外メディアから、日本のマスメディアが報じない情報が入手できる点は大きい。ページ「アメリカンルーツ音楽」を運営、閲覧者が4,000人弱もいるので、Facebook から逃れることはできない。
Amazon
書店その他がない地域では通販サイトの存在は必須のシステムだ。だからただ通販サイトそのものは否定しない。Amazon は巧みなサイトで、つい頼ってしまう。特に輸入レコードや洋書は、私が住んでる京都市内の店舗より強力である。しかし、例えば丸善のような大型書店に足を運ぶと、目的以外の書物が目に入り、思わぬ拾い物をする。しかし Amazon はダーティな噂もあるし、最近、思い切ってアカウントを削除した。

というわけで Amazon に頼らない生活を始めたわけだが、通販サイトの利用を辞めたわけではない。最近では英国製釣り用バッグを東京のアウトドアショップのサイトから、東芝のノートパソコンをヨドバシカメラのサイトから取り寄せた。私は L.L.Bean の製品が好きだが、実店舗が京都にある。しかし通販のみの商品があり、同社のサイトを利用した。店舗にない商品を米国から取り寄せてくれるのが嬉しい。

PDF  The House Antitrust Report on Big Tech - The New York Times (PDF file 105MB)

2020年10月19日

ダイナブック K1 導入記

東芝ダイナブック K1

ノートパソコンを新たに購入することになった。最初に脳裡に浮かんだのが、アップルの MacBook Air だった。ずいぶん昔に Mac を使ったことがあるが、これといったソフトを持っていないし、流石に諦めた。というわけで元の木阿弥、Windows マシンを選ぶことにした。マイクロソフトの Surface のデザインに食指が動いた。買うなら10.5インチのタッチスクリーンを搭載した一番小さい Go 2 と思ったが、タイプカバーを加えると結構な価格になるのでパスした。結局選んだのが東芝のダイナブック K1 P1K1PPTG だった。実勢価格6万円代と廉価だが、ノートパソコンは余り使わないでこれで十分と判断した。仕様はダイナブックのサイトに詳しいが、最大の特長はやはりキーボードを切り離すとタブレットPCになることだ。タッチスクリーンは10.5インチで、キーボード接続時の大きさは 249.0(幅)×186.7(奥行)×18.7(厚さ)ミリである。

microSD
タッチスクリーンの底部にある microSD カードスロット
トレイ式カードスロット

マイクロソフトの Surface Go 2 の12.9mmと比べると、ぶ厚いことは否めない。しかし私のお気に入り釣り用バッグ Hardy Test Bag にすっぽり入る。内部ストレージ容量は128GBと物足りないので、文書や写真を保存する microCD を装着した。カードスロットはタッチスクリーンの底部にあるが、トレイ方式なのでちょっと戸惑ってしまった。本機はタッチパネル、キーボード、ペン(別売り)そしてマウスと入力インターフェースが整っている。従って2020年度から必修化された、小学校でのプログラミング教育用に適している、というのが謳い文句になっている。とはいえ無論小学生専用ではなく、誰でも使えるノートであることは言うまでもない。USB 給電ができないなど若干の不満はあるが、コストパフォーマンスが高く、良い買物をしたと思う。

PDF  ダイナブック K1 P1K1PPTG 取扱説明書の表示とダウンロード(PDFファイル 4.04MB)

2020年10月16日

歌を作ること

Photo by ©Keiichi Itō, Q-Blick Gallery, Shinjuku-ku, Tōkyō.

懐かしい写真が出てきた。故・伊藤啓一君に撮影して貰ったもので、確か1974年だったと思う。伊藤君は早稲田大学在学中に英国に遊学、写真を学んでロンドンの写真画廊で個展を開催した。帰国後、新宿区早稲田鶴巻町にギャラリー Q-Blick を開設した。ニコンサロンなどのメーカー系ギャラリーを除けば、まだ写真専門のギャラリーが珍しい時代だった。彼は音楽が好きで、ビートルズの曲をよく歌っていたのが思い出される。

ふたり


トゲだらけの言葉に傷ついて
きみは沈黙のお返し
音痴なフィドルを聴かせようか
ぼくの狂った人生を
本とレコードを焼き払い
ギターとアンプを捨てようか
小さな部屋を見つけ出し
そっとふたりで暮らそうか
桜はとっくに散ったのに
空は冷たく泣きくずれ
プラットホームにたたずんで
頬を流れる雨ぬぐう

寒い国にぼくは行くところ
きみはトランクに冬支度
ヒーターのスイッチをひねっても
瞳の奥は冷えたまま

心配しすぎて疲れ果て
もう逢わないときみはいう
距離が作ったすきま風
時間が作った防風林

伊藤君と私は良き写真と音楽仲間だったが、早逝してしまったのが惜しまれる。音楽と言えば、当時、中央線沿いに高田渡、友部正人、シバ(三橋誠)さんなどが住んでいて、彼らの拠点だった吉祥寺の「ぐゎらん堂」に頻繁に通ったことが懐かしい。ずっと後になって、自分でも歌を作ってみようという気になった。

高田渡
高田渡さんと私(読売ホール1977年1月13日)

フィドルの弾き語りで添田啞蟬坊の演歌を人前で披露したことがあった。しかし自分の歌を歌う場があったわけではなかったし、音楽の才能がわけでもなかった。しかし始めてみると、自分の心情を直接、あるいは間接的に昇華する多様性を持った手段だと気づいた。歌詞の内容がフィクションかどうか、書いた本人しか分からない点も、ある種の魅力があって見逃せない。俳句や短歌はオーラル、つまり詠む定型詩だが、歌はそれぞれに旋律が必要になる。私は作曲する能力がないので、高田渡さんに倣ってアメリカ古謡の旋律を借りている。長い年月ギターに触れてきたが、まったく上達しないままだ。楽器演奏は天性がなせるわざと諦めている。

2020年10月14日

エイミー・アーバス「路上1980-1990」を回顧する

The Clash
The Clash ©1981 by Amy Arbus

写真家エイミー・アーバスの作品展「路上1980-1990」がバーモント州ブラトルボロの美術画廊 Mitchell Giddings Fine Arts で開催されている。エイミーはニューヨークを拠点とするアメリカ人写真家で、国際写真センター、アンダーソンランチ、ファインアートワークセンターなどで肖像写真の教鞭を取っている。1954年生まれで現在66歳だが、父親はアラン・アーバス、母親はダイアン・アーバスである。

1980年にヴィレッジ・ヴォイスで働き始めた時は、私は自分をアーティストだとは思っていませんでした。また自分をジャーナリストだとも思っていませんでした。私は「路上」というページのために ポートレート写真を作っていました。「裸の街ニューヨークには800万のファッションがあり エイミー・アーバスが全てを撮影する」というキャッチコピーをつけ、6週間ごとに掲載されたのですが、途方もない仕事のように感じました。10年かけてイメージを作り上げた後、自分が作ったものが、ニューヨークの歴史の中で重要な時間の記録だと気付きました。
On the Street 1980-1990

エイミーは写真編集者のエリザベス・アヴェドンにこのように語っている。写真集「路上1980-1990」はニューヨークのヴィレッジ・ヴォイス紙に掲載されたコラム連載をまとめた一冊で、若き日のマドンナが表紙を飾っている。写真図版70点を収録、2006年に Welcome Books から出版された。上述の通り両親が写真家だったが、初めから写真家を目指したわけではなかった。様々な芸術に挑戦、最終的にはボストンのバークリー音楽大学に入った。神童たちに囲まれたわけだが、2年生の時、フルートやサックスを演奏する才能がないことに気づいたという。音楽家志望から落ちこぼれたわけだが、かえってそれでほっとしたようだ。ヴィレッジ・ヴォイス紙でフリーランスの仕事に就き、スタイルセクションのコラムを担当したわけだが、最初に選んだカメラは Nikon FM2 だった。80年代のニューヨークのダウンタウンは創造的なエネルギーに満ちていた。そのエネルギーをカメラで掬い上げたがエイミーだった。作品を見ると、母親の影響を受けていると感ずるのは私だけだろうか。「誰にでも人生がある。誰にでも感性がある。誰にでも憧れがある。誰もが訴える理由を持っている。そして誰もがカメラを持っている。エイミー・アーバスのような大胆な知性を持った人は、これらの普遍的なありふれたことを、単なる芸術作品ではなく、洞察力のある作品に変えることができる」とリチャード・アヴェドンが讃えている。

aperture Amy Arbus: On the Street | Schoolhouse Gallery, Commercial Street, Provincetown, MA

2020年10月10日

ホワイトハウス☆コロナクラスター

Bio Hazard

米ABCニュース10月8日付け電子版によると「ホワイトハウスのスタッフと関係者34人」が新型コロナウィルス COVID-19 に感染したという。米政府の内部メモによるもので、一般に知られているよりも多くのスタッフに感染が広まっていることを示しているという。ご存知メラニア大統領夫人も感染したが、彼女は10月5日、次のようなツイートしている。

私の家族は、すべての祈りとサポートに感謝しています 私は体調も良く、家で安静にしています。医療スタッフ、管理人の皆様、そして病気の方や家族がウイルスの影響を受けている方のための祈りを続けていきたいと思います。

また同日ニューヨークマガジンのインテリジェンサー電子版は「トランプ大統領周辺の誰が新型コロナウィルス感染症 COVID-19 の陽性反応を示したのか?」という記事を掲載している。感染した主な要人のリストを公開しているが、例えばホワイトハウス報道官のケイリー・マケナニーは頻繁に記者にブリーフィングを行ってきたが、マスクを着用していなかったことが多かったと指摘している。

消毒作業をするホワイトハウスの清掃スタッフ

ホワイトハウス詰めのジャーナリスト3人が感染、記者補佐官4人も陽性反応を示した。誰が感染させたのかは不明だが、他の記者たちは、自分たちの身の安全に対するマッケナニーの軽率な態度を批判したという。また新型コロナウィルス感染症の蔓延は政府要人ややジャーナリストばかりではなく、大統領と接触していない建物のハウスキーピングスタッフの2人が陽性反応を示したが、大騒ぎしないようにと口止めされているという。トランプ大統領はコロナウィルス感染症 COVID-19 を軽視してきた。自ら罹患しながら、入院3日でホワイトハウスに戻り、選挙活動を再開した。ホワイトハウスのクラスターがさらに広がる可能性が大きいだろう。下記リンク先のジョージア州アトランタにある合衆国保健福祉省所管の CDC(米国疾病予防管理センター)のウェブサイトには、マスクの選び方、着け方、洗い方などについて、イラストを使った懇切丁寧な解説が掲載されている。大統領およびその支持者たちはこれを読んでいないのだろう。

health How to Select, Wear, and Clean Your Mask | Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)

2020年10月9日

英ネイチャー誌が菅義偉を批判

日本学術会議

英科学誌ネイチャーが今週号で「科学と政治の切れない関係」と題する社説を掲載した。科学は政治をカバーする必要があるかとよく読者から訊かれるが、科学と政治は常にそれぞれに依存してきたと解説。政治家の決定と行動が研究費と研究政策の優先順位を決定する。新型コロナウイルスの感染拡大や環境問題などで、トランプ米大統領ら世界中の政治家が科学的証拠を無視したり、おとしめたりする負のレガシーを残している。だから従って同誌は政治の取材を増やす計画だという。さらに日本学術会議が推薦した会員候補のうち、6人を菅義偉首相が任命しなかった問題を取り上げ「政治家が学問の自律性や自由を守るという原則に反発している」と主張。もっとも厄介なのは、政治家が学識保護主義へ反発、学術的自治、すなわち学問の自由が脅威に晒されていると批判している。詳細(PDFファイル)を下記リンク先からダウンロードしてお読みください。

PDF  Science and politics are inseparable | The international journal of science (PDF 85.8KB)

2020年10月7日

大統領の病気

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車椅子のルーズベルト(1941年)

ウッドロウ・ウィルソン大統領(1856–1924)はスペイン風邪の後に脳梗塞を発症し、大統領としての執務は事実上不可能となった。イーデス夫人が実質的に大統領職を引き継いだが、そのことは誰も知らなかった。フランクリン・D・ルーズベルト大統領(1882–1945)はポリオを罹患、その後遺症により、下半身がほとんど麻痺し車椅子に乗っていた。しかしその姿をとらえたメディアは殆ど無く、障害のあったことは当時のアメリカ国民はほとんど知らなかった。ジョン・F・ケネディ大統領(1917–1963)は重度の薬物治療を受けており、背中を痛めていたため、しばしば執務室の床に横たわり、装具を装着しなければならなかった。ドナルド・トランプ大統領(1946-)は新型コロナウィルス感染症の最初の検査で陽性反応が出たことを公表しなかった。その後入院したがわずか3日でホワイトハウスに戻った。その容体が正しく公表されているか疑うべきだろう。大統領の病気はトップシークレットゆえに、何らかの情報操作が行われる可能性があるからだ。主治医のショーン・コンリー氏は「最後に陰性と判定されたのはいつか」との質問に対し返答をはぐらかしたが「まだ完全に安心できる状態ではない可能性がある」ことを認めたという。

2020年10月6日

ポリティカルであること

菅義偉

先月16日に発足した新内閣の支持率が7割に達したという記事を読んで目を疑った。打ち出した「不妊治療の保険適用拡大」および「携帯料金の4割程度引き下げ」に期待しての数字らしい。しかしながら例えばソーシャルメディア Facebook の私のニューフィードでは、菅義偉への批判こそあるものの、誉め言葉は見受けられない。所謂エコーチェンバー現象なのだろう。

世の中には様々な人がおり、様々な意見を持った人と触れ合うことが出来る。世界に開かれたグローバルでオープンな場で、「公開討論」のような形で意見を交換し合うことができるコミュニティがある。一方で、同じ意見を持った人達だけがそこに居ることを許される閉鎖的なコミュニティもあり、そのような場所で彼らと違う声を発すると、その声はかき消され、彼らと同じ声を発すると、増幅・強化されて返ってきて、「自分の声」がどこまでも響き続ける。それが「エコーチェンバー」である。(ウィキペディア)

近年はノンポリという言葉が耳に入らなくなった。英語の "non-political"(ノンポリティカル)の略で、政治運動に関心が無いこと、あるいは関心が無い人。そのような集団をノンポリ層とも呼ぶ。記憶では1970年前後に盛んに使われた。私は神戸大学や京都大学などで展開された学生運動に内心応援を送っていた。1972年1月、神戸から東京に転居した。同年2月、あさま山荘事件が勃発、週刊誌のカメラマンだった私は現地に飛んだ。凍り付いた稜線に張ったテントが撮影基地で、望遠レンズを山荘に向けた。後に友人たちから「歴史の現場にいたんだね」と言われたが、まさに学生運動、左翼運動が崩壊した事件だった。以来、政治問題に関心はあるが、学生運動を嫌う人が激増した。その禍根は50年が過ぎた今日も断ち切れていない。

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70年安保闘争のレガシー?

だが政治行動、政治論争が消えているわけではない。後者はインターネットのソーシャルメディアに主戦場が移っている。ここ数日 Twitter にはハッシュタグ「#日本学術会議への人事介入に抗議する」を付けた抗議文が殺到、トレンド入りしている。政府も Twitter の動向を無視できない状況で、菅義偉は対応に苦慮していると想像される。下手すると支持率が大幅に下落する可能性があるからだ。ただ「トレンド入りはボットの影響」という主張もあるので、この点は注意深く観察する必要がある。と同時にエコーチェンバー現象にも注意を払う必要がある。街頭での示唆行動に参加できない人でも、自分の意見を発言できるのがソーシャルメディアの最大の利点である。常に Being political(ポリティカルであること)が大事だからだ。

Twitter  ハッシュタグ「#日本学術会議への人事介入に抗議する」をつけたツイートの表示

2020年10月2日

ペン叔父さんの写真

Pendleton Vandiver
Pendleton Vandiver (right) and unidentified friends

ブルーグラス音楽の始祖ビル・モンロー(1911–1996)が作った名曲に "Uncle Pen" がある。ビル自身の他に、ポーター・ワゴナーやグース・クリーク・シンフォニー、リッキー・スカッグスなどのレコーディングが知られている。ビルは母親のメリッサ・ヴァンダイバー・モンロー(1870-1921)の兄、すなわち叔父のペンデルトン・ヴァンダイバー(1869–1932)をペン叔父さんと呼び親しんでいた。ケンタッキー州バトラー郡のフィドラーで、地元のスクエアダンスや社交イベントで演奏していた。10歳のときに母親のメリッサが、そしてその7年後に父親のジェイムズ・ブキャナン・モンロー(1857-1928)が他界、ビルはケンタッキー州ロジンの丘の上にあった、ヴァンダイバーの小屋で暮らすようになった。そして特訓を受け、マンドリンやギターで叔父のフィドルの伴奏していたという。その思い出を語った歌が "Uncle Pen" だった。

Uncle Pen

Bill Monroe (1911–1996)

Oh the people would come from far away
They'd dance all night till the break of day
When the caller hollered "do-se-do"
You knew Uncle Pen was ready to go
Late in the evening about sundown
High on the hill and above the town
Uncle Pen played the fiddle lord how it would ring
You could hear it talk, you could hear it sing
He played an old piece he called "Soldier's Joy"
And the one called "The Boston Boy"
The greatest of all was "Jenny Lynn"
To me that’s where the fiddle begins

I'll never forget that mournful day
When Uncle Pen was called away
They hung up his fiddle, they hung up his bow
They knew it was time for him to go

なおペンデルトン・ヴァンダイバーを称える記念碑が、1973年9月13日、ロジンの墓地でビルによって除幕された。上掲の写真はケンタッキー州オーエンスボロにある国際ブルーグラス音楽博物館(IBMM)が所蔵するヴァンダイバーのレア写真だ。1枚は妻のアン・ベルおよび娘との写真で、掲載した写真はフィドルを弾くヴァンダイバーとギターを持った音楽仲間。そして犬を抱いたスーツ姿の男が写っている。いずれも本人以外は氏名不詳である。寄贈したのは同地区に生まれ育ったマデリーン・スミス・ライブリーで、モンロー家と親しい仲だったという。2011年に開催されたモンロー生誕百年祭で、ヴァンダイバーのフィドルやさまざまな写真、ドキュメント、ビデオ、録音、そしてビル・モンローの記念品とともに展示された。

whitehouselogo Listen to "Uncle Pen" - Bill Monroe and The Blue Grass Boys at the White House - 1980

2020年10月1日

東京五輪強行開催に大義はない

Olympic Torch

新型コロナウィルス感染症パンデミックが世界レベルで来夏まで終息するかは不明だ。東京五輪について、国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長が、AFP 通信の取材に対し「新型コロナウイルス感染症の有無に関係なく開催される」との見解を表明した。これに対し小池百合子都知事は「当然のことだ」と述べたという。そもそも2年ないし4年後という延期案を蹴って、来夏開催を早々に決めてしまったのは安倍晋三だった。首相である間にという願望から残した「負のレガシー」そのもので、なんらの根拠もなく「ワクチン開発はできる」と断言したのである。むしろワクチンや治療薬の開発が間に合う可能性はきわめて低いと考えるのが常識ではないだろうか。そもそも「五輪を実施するか中止するかという選択と決定権を、首相や政治家が握っている状況は健全とはいえない」のであるが。大会組織委員会の武藤敏郎事務総長の「ワクチンが準備できれば助かる。しかしワクチンなしで開催できないわけではない。必要条件ではない」という発言には唖然とする。何が何でもやる、いやはや、無茶苦茶である。約200か国の選手、計1万1,000人以上の出場が予定されているそうだ。日本は現在水際対策として、外国からの渡航者に対し入国後14日間の待機を実施している。ところがこれを求めず、行動範囲を限定した活動計画書と誓約書の提出を求める案を政府は示した。

Corona Virus

東京都と大会組織委員会は了承し、五輪前に国内で開かれる国際大会から運用を始める方針だという。コロナ禍が経済と国民生活を蝕み続けるなか、なお数千億円の追加費用を投じ五輪を開催する正当性への疑問は膨らむばかりだ。経費削減のため開会式の簡素化案が浮上したが「アメリカのテレビ局が放送時間枠をすでに用意している。オリンピックの最大のスポンサーであるアメリカのテレビ局の意向にIOCは背くことができない」と組織委員会の森喜朗会長が発言し波紋を呼んだが、まさに「占領下のニッポン」である。新型コロナウィルス感染症パンデミック以前に持ち上がった、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長の贈賄容疑は晴れていないし、真夏開催問題も根本的に解決していない。酷暑には打ち水、灼熱の太陽には菅笠、挙句の果てには朝顔を植えるという、どうしようもない愚案を忘れることができない。招致の際に作られた立候補ファイルには「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」と書いてあった。そして極め付きは、福島原発について「アンダーコントロール」と安倍晋三が演説をしたことだった。先延ばしするほど傷は深くなり、取り返しがつかなくなる可能性がある。嘘で塗り固められた東京五輪強行開催に大義はない。早急な中止決定が望まれる。

PDF  第32回オリンピック競技大会開催都市契約の表示とダウンロード(PDFファイル 712KB)