2013年1月18日

嘉田由紀子「小沢一郎さんとの“成田離婚”すべて話します」を読む


発売中の『週刊朝日』1月25日号の記事“嘉田由紀子(滋賀県知事)小沢一郎さんとの「成田離婚」すべて話します”を読んだ。先の選挙での日本未来の党についてはこれまでも何回か書いてきたし、もう終わった過去の話なので触れまいと思っていた。しかしインタビューなので記者会見など、これまでの報道より詳しいのでちょっと取りあげてみたい。結党した際、私は嘉田新党ではなく小沢新党なの、私が管理しているFacebookグループ「脱原発への道」に危惧の念をポストした。要するに琵琶湖の環境保全に取り組んできた嘉田知事のクリーンイメージを利用、影が薄かった小沢一郎氏率いる生活が第一の選挙戦術に過ぎないという憂いからだった。しかし少なくとも私のFacebookのニュースフィードには、日本未来の党へ投票しようというメッセージが大きな流れであった。確かに同党のメインスローガンが脱原発だったので、微かな期待を抱いて比例で一票を投じた。結果は惨敗であった。そこまでは良い、というか仕方なかった。ところが選挙結果を受けて小沢グループが同党を「生活の党」と改名、嘉田知事と安部途知子議員を追い出したのだが、これには流石に呆れてしまった。嘉田知事の甘さ、小沢一郎の狡猾さ、どっちもどっちで、投票した人々を愚弄したものだった。「選挙に7、8億円かかった。年内に分党問題を決着できななければ、そちらが負債を引き継ぐことになる」と小沢氏側にすごまれ、未来の党は結局、生活系に乗っ取られる形となったのだ、と週刊朝日は書いている。
週刊朝日1月25日号
「未来の党は衆院選で得票率2%以上を取っていたので、議員が安部さん1人になっても、1月1日までに未来の党を維持すれば、国政政党の資格を確保できました。しかし、『嘉田代表の名前で1月1日に政党交付金の申請書を総務省に出すのは絶対に嫌だ』と生活側の議員に拒否され、昨年末に分党手続きをとらざるを得なかった。平和主義者の私はけんかが苦手なので、仕方ないかなと……。この結果は、相手がどうこうというより、私の判断が甘かったために招いたと反省しています」
と嘉田知事は言っている。確か結成当初嘉田知事は昨年11月30日、千代田区の日本記者クラブで行われた「党首討論会」で「なぜ、みなさん、そう小沢さんを怖がるのか、これまで小沢さんを嫌がるのか。小沢さんの力を、ご自分のために利用してきた方々が、怖がっていらっしゃるのかなあ、と思います。私は、国民が求める政治を実現するために、小沢さんの力を使わせていただきたいと思っています。小沢さんを使いこなせずに、官僚を使いこなすことはできません」と発言した筈である。これが「平和主義者の私はけんかが苦手なので、仕方ないかなと……」となってしまったのである。なんと無責任な言いわけかと呆れる。百戦錬磨の小沢氏に赤子のように扱われたのだが、その小沢グループも今回の一件で国民の信頼を完全に失ってしまった。もはや再起は無理だろう。記事は知事の職務に専念するという言葉で終わっている。昨年12月21日、私は当ブログに「嘉田滋賀県知事は未来の党を去って琵琶湖を守って欲しい」と書いた。今後は近畿の命の水源である琵琶湖を守ることに専念することを切に願っている。この夏に予定されている参院選では自公およびその補完勢力である維新の会が衆院選に続いて圧勝すると思う。私もサポーターになっている「緑の党」も、国政に影響を持てるような勢力を持つに至るとは考え難い。国民の声を直接国政に反映させるシステム、真の意味での民主主義がこの国には育っていない。日本のリベラルが死に体である。

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