2021年10月1日

写真家集団マグナム・フォトの巨匠たち

Henri Cartier-Bresson
Henri Cartier-Bresson(1908–2004)Scrambles in front of a bank to buy gold, China, 1948

世界最高峰の写真家集団マグナム・フォトは、第二次世界大戦が終わって2年後の1947年に、アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908–2004)ロバート・キャパ(1913–1954)ジョージ・ロジャー(1908–1995)デヴィッド・シーモア(1911–1956)によって設立された。写真の作家性を守り、戦後の現実を記録することを目的としていた。シーモアはヨーロッパ、カルティエ・ブレッソンはインドと極東、ロジャーはアフリカ、キャパは大西洋と、設立メンバーは世界各地に分かれて活動した。キャパは作家のジョン・スタインベック(1902–1968)とともにソ連の鉄のカーテンの向こう側を撮影する許可を得て、カルティエ=ブレッソンはガンジー暗殺時のインドを象徴的に撮影したことで知られている。

RobertCapa
Robert Capa (1913–1954) About 73,000 U.S. troops took part in D-Day. Dorset, England, 1944

マグナム・フォトのメンバーには、イヴ・アーノルド(1912–2012)バート・グリン(1925–2008)ヴェルナー・ビショフ(1916–1954)インゲ・モラス(1923–2002)ルネ・ブリ(1933–2014)スーザン・マイゼラス(1948-)スチュアート・フランクリン(1956-)など、世界中の政治的出来事の目撃者となった写真家が名を連ねている。アーノルドは、マルコムXやマリリン・モンローのポートレート、ネーション・オブ・イスラムのパワフルな記録で名を馳せた。キャパは第一次インドシナ戦争の取材中に地雷を踏んでしまい、ビショフはペルーでの取材中にアンデス山脈の崖から車で転落するという悲劇に見舞われた。

George Rodger
George Rodger (1908–1995) Wachimbiri Forest People, Uganda/Congo Border, 1948

マグナム・フォトは、メンバーである写真家が共同で所有・運営している。メンバーは国際的に活動しているが、常設のオフィスはニューヨーク、ロンドン、パリ、東京に置かれている。入会を希望する写真家は、4年間にわたる厳しい選考を通過しなければならず、マグナムはこれを「写真家のキャリアの中で最高の栄誉」と呼んでいる。年に一度のミーティングは、6月の最終週末にニューヨーク、パリ、ロンドンで開催され、アイデアやストーリーを共有する。マグナムのシャイン家は、1930年代から世界の主要な出来事や人々を記録し、ストーリー性、記録性、芸術性を融合させることで高い評価を得てきた。

David Seymour
David Seymour (1911–1956) Two injured civilians—bloody, Port Said, Egypt, 1956

政治的にも歴史的にも重要な瞬間を捉えることで、彼らの勇気ある行動が評価されている。カルティエ=ブレッソンは「マグナムは思考の共同体であり、人間としての資質を共有し、世界で起こっていることへの好奇心、起こっていることへの敬意、そしてそれを視覚的に記録したいという願望である」と書いている。数多くの出版物、記事、ポスターを制作し、継続的なグローバルイベントやワークショップを開催しているようだ。そして自らを「私たちの考え方、記憶の仕方、見方を形成するイメージの本拠地」と表現している。

Magnum business, Paris, 1950
Robert Capa and David Seymour, Paris, 1950

ロバート・キャパは1954年、写真雑誌『カメラ毎日』の創刊記念で来日、東京で『ライフ』から第一次インドシナ戦争の取材依頼を受けた。フランス軍の示威作戦へ同行取材中、5月25日、北ベトナムのアイタンから約1キロの地点にある小川の堤防に上った際に地雷を踏み、爆発に巻き込まれて40歳の若さで命を落とした。デヴィッド・シーモアも1956年、スエズ戦争の取材でエジプトで従軍した。11月9日、イスマイリア地方の運河に近い、エル・クアンタラで負傷兵を撮影した。しかしその翌日の11月10日、フランス人写真家ジャン・ロイとともに車で移動中、エジプト軍の機関銃掃射を受けて死亡した。44歳だった。

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