2023年11月16日

ケンタッキーの我が家は誰の家だろうか

スティーブン・フォスター(1826–1864)作曲の "My Old Kentucky Home"(懐かしきケンタッキーの我が家)は、作者自身の家じゃないか思う人がいるかもしれない。ペンシルベニア州ルイヴィル生まれのフォスターは、1846年にオハイオ州シンシナティに転居、1853年にニューヨークに移り住んだ。翌年ルイヴィルの隣町であるピッツバーグに戻った。1860年に再びニューヨークに出たが1864年、マンハッタンのノース・アメリカン・ホテルで亡くなった。というわけで、ケンタッキー州に住んだ痕跡はない。州北部の町バーズタウンに "My Old Kentucky Home State Park" と名付けられた州立公園がある。私も一度訪ねたことがあるが、敷地にはフォスターの従兄弟で、法律家のジョン・ローアン(1773–1843)が建てた邸宅が保存されている。この邸宅が「我が家」のモデルという説がある。しかし歌とはイメージがかけ離れている。この邸宅にフォスターが訪れたという記録はないようだし、関連性を疑問視せざるを得ない。歌詞を見てみよう。

Oh, the sun shines bright in the old Kentucky home
'Tis summer, the darkies* are gay
The corn top's ripe and the meadows in the bloom
While the birds make music all the day

懐かしきケンタッキーの我が家に太陽が輝く
この夏は、黒人達も楽しそうだ
トウモロコシも実り、草地も茂る
鳥たちは一日中歌を口ずさんでいる

The young folks roll on the little cabin floor
All merry, all happy and bright:
By'n the Hard Times come a knocking at the door
Then my old Kentucky home, goodnight!

若者たちは小さな小屋にやって来て
みんな陽気で明るく楽しそうにしている中
苦難の時が戸を叩く
懐かしき我がケンタッキーの家よ、おやすみ
Weep no more, my lady
Oh, weep no more today!
We will sing one song for the old Kentucky home
For the old Kentucky home, far away

もう泣かないで、お嬢さん
おお、今日はもう泣かないで
我々は歌う ケンタッキーの我が家のために
ケンタッキーの我が家よ、はるかに
They hunt no more for the possum and the coon
On the meadow, the hill and the shore
They sing no more by the glimmer of the moon
On the bench by the old cabin door

彼らはもうオポッサムもアライグマも狩らない
草原や丘、岸辺でも
彼らはもう歌わない 月明かりの下でも
小屋の戸のそばのベンチの上でも

The day goes by like a shadow o'er the heart
With sorrow, where all was delight:
The time has come when the darkies* have to part
Then my old Kentucky home, good night!

喜びに満ちた日々は去り、
心に悲しみの影が落ちる
黒人達の別れの時がきたのだ
懐かしきケンタッキーの我が家よ、おやすみ

The head must bow and the back will have to bend
Wherever the darkey may go:
A few more days, and the trouble all will end
In the field where the sugarcanes grow

黒人達はどこへ行くにも
頭を下げ腰をかがめなければならない
しばらくすれば、苦難の日々も終わる
サトウキビが育つ畑で

A few more days for to tote the weary load
No matter, 'twill never be light
A few more days till we totter on the road
Then my old Kentucky home good night!

どんなにしても軽くならない重荷を
よろめきながら運んでゆく
そんな うんざりする日々も もうすぐ終わる
懐かしきケンタッキーの我が家よ、おやすみ

Stephen Foster

米語 darkies* はアフリカ系アメリカ人に対する差別用語なので、1853年に people に書き換えらた。ところで歌の原題が "Poor Uncle Tom, Good Night!"(可哀想なトムおじさん、おやすみなさい)だったことは案外知られていないかもしれない。1851年に反奴隷制度運動の機関誌 National Era に連載された後、1852年に単行本として刊行された、ハリエット・ビーチャー・ストウ(1811–1896)のベストセラー小説『アンクル・トムの小屋』に触発されて作詞したことを窺わせる。奴隷制度にまっこうから反対した小説だったが、フォスターは強い衝撃と、賛同の気持ちを抱いたに違いない。小説はケンタッキーを舞台にした奴隷生活を描いている。それゆえ、フォスターは歌の舞台もケンタッキーにしたのでないだろうか。上掲のイラストは音楽の絵本で知られるオーリリアス・バタグリア(1910–1984)が描いた作品だが、この歌が白人を対象にしたものではなく、黒人奴隷のために作られたことを、直感的に理解できる表現になっている。蛇足ながら現代のスタイルに近いバンジョーが描かれている。白人が顔を黒く塗って演じた、都会のミンストレルショーで使われていたものの、南部の農園で暮らしていた奴隷たちは、まだは瓢箪に絃を張ったバンジョーを手作りしていたと想像される。この辺りの時代考証については、個人的に興味が尽きない。

YouTube  Listen to "My Old Kentucky Home" sung by the Edison Male Quartette 1902 on YouTube

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