2023年5月5日

文学と芸術に没頭し超現実主義絵画に着想を得た台湾を代表する写真家張照堂

台北の陽明山擎天崗
陽明山擎天崗 - 台北(1985年)
張照堂(2018年)

張照堂(Chang Chao-Tang)は1943年生まれの、台湾を代表する最も重要な写真家である。1959年から1961年、成功高等学校在学中、写真クラブに入部し当時の台湾の最も著名な写真家のひとり、鄭桑渓の指導を受けた。若き日の張照堂は、写真のアレンジの仕方や様々なアングルからのイメージの捉え方などをみるみる吸収していった。学校へ続く道、農村、川や海岸、また、子供から動物、通行人あるいは農民、労働者たち。高校時代の作品から、庶民の生活に魅せられ、作品の主題とする事が始まっていた。この時期、張照堂は兄から借りた二眼レフカメラ Aires Automat 120 を使用している。そのため、立って写真を撮る時はファインダーは腰の高さにあり、しゃがんで写真を撮る時はファインダーはより地面に近づいた。結果として、写真の多くは、下から上を見上げるようなアングルになっている。それに加え、彼は特にシャイな若者で、人々に面と向かってカメラを向けることを避けるために、遊んでいる無防備な子供たちや、遠巻きから大人を撮る構図を好んだ。時には率直で純粋、また時には少し孤独なこれらのイメージに、早熟ではあるがまだあどけない青年の世界観を見ることができる。

澎湖馬公屠宰場
馬公屠宰場 - 澎湖県肉品市場(1983年)

作家の阮慶岳曰く「これらの貴重な初期の作品に、すでに張照堂独自の写真の創造性の輪郭があらわれているのである。熱中しつつも鋭い観察力を持ち、静謐で、よそよそしくはないが馴れ馴れしくもない。不確かさと疑わしさの背後に、そこに存在するもの全てへの愛がある、彼が持って生まれた世界観を垣間見ることができる。未熟で臆病、世界に期待しつつも当惑している、若くてしかも感受性の強い、自然が産み落とした魂のような作品である」云々。1961年、国立台湾大学土木工学科で学ぶ。

張世倫四十九天
張世倫四十九天 - 台北(1975年)

学業に専念する代わりに文学と芸術に没頭し、アジアと西洋のシュールレアリスムとモダニズムに夢中になった。コンセプチュアルでモダニズムな写真に取り組み始める。台湾の保守的な社会環境の下で、当時学生だった彼は、現代文学と超現実主義絵画に着想を得た滑稽かつ荒涼とした悲劇的な写真を発表した。「ピンボケ」「顔に白粉」「首のないフィギュア」「身体の揺さぶり」といった自身の心の内にある苦しみや抑圧感を吐き出した写真は、従来のサロン写真とは異なる独自のスタイルによって、写真界と台湾社会に衝撃を与えた。

原発事故後
原子力発電所事故後 - 馬鞍山(2001年)

1968年 台北の中国電視台(CTV)報道部にフォトジャーナリストとして勤務。 「ニュース・ダイジェスト」の制作チームに加わり、台湾の風土、民俗、西洋音楽を組み合わせた新しいスタイルのニュース特集を制作した。

継続し、先駆する張照堂は高校の時から写真を撮り続けている。50年に及ぶ芸術家人生の中で、彼は写真、映画、ドキュメンタリーに至るまで多岐に渡る作品を撮り続けてきた。 人間の実存主義と、空間的、時間的な在り方を鑑みれば、彼の写真は普遍的であり崇高、独立しつつ暖かく、不合理にして滑稽で、写真家自信の慧眼、深い理解と同情、そして深遠な憐憫と共感を例示している。

以来、張照堂は台湾国内での写真展だけでなくアメリカ、アジア各国など国際的な活躍をしている。1999年に台湾の「国家文芸賞」、2011年に「行政院文化賞」を受賞し、さらに2013年、台北市立美術館で開催された大規模の回顧展「歳月 照堂 1959-2013 影像展」(上掲引用文はカタログの一部)は、雑誌『藝術家』の2013年展覧会10選のトップに選ばれた。『歲月風景歲月風景 Moments in time』(2010年)『歲月印樣 The Invisible Contact 1959-1961』(2010年)などの写真集を出版している。

aperture_bk Chang Chao-Tang (b.1943) | Biography, Exhibition, Publications, Presas | Chi-Wen Gallery

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