2022年3月17日

写真展「人間家族」を企画開催したエドワード・スタイケン

The Pond--Moonlight
The Pond - Moonlight, Mamaroneck, New York, 1904
Edward Steichen

エドワード・スタイケンは、ジャン・ピエールとマリー・ケンプの息子として、1879年3月27日にルクセンブルクで生まれた。1889年、10歳になったとき、一家はウィスコンシン州ミルウォーキーに移り住んだ。1894年、スタイケンはミルウォーキーのアメリカン・ファイン・アート・カンパニーで4年間、リトグラフの見習いをすることになった。彼はスケッチやデッサンをし、独学で絵学んだ。仕事場へ向かう道にはカメラ店があり、彼はよくそこを訪れていた。1895年のある日、彼はついにコダックのボックスカメラを購入することを決意する。そして、同じく写真と絵に夢中になっていた仲間たちとお金を出し合って、ビルの一室を借り「ミルウォーキー美術学生連盟」というグループを結成する。講義の補助として、ロバート・シェイド(1861–1912)とリチャード・ロレンツ(1858- 915)に師事した。1900年、スタイケンはアメリカに帰化する。1903年、クララ・スミスと結婚、キャサリンとメアリーという2人の娘をもうけた。1923年、スミスと離婚した後、ダナ・デズボロ・グローバーと結婚。しかし彼女は1957年に白血病のため死去した。私生活が紆余曲折している間に、実は仕事も進んでいた。

Rodin - De Denker
Rodin - De Denker, 1902

1900年、エドワード・スタイケンは、ミルウォーキーからパリに向かう途中、ニューヨークで写真家で美術商のアルフレッド・スティグリッツ(1864–1946)に出くわした。スティーグリッツはすぐにスタイケンの作品を賞賛し、彼の写真プリントを3点購入した。1902年、スティーグリッツは、創刊予定の写真雑誌『カメラワーク』のロゴデザインをスタイケンに依頼した。その後、スタイケンはこの雑誌に頻繁に寄稿している。その2年後、スタイケンはカラー写真を導入し、その可能性を試した。フランスのリュミエール兄弟によって発明されたオートクロームのプロセスを、アメリカでは初めて使用した。その1年後、エドワード・スタイケンとアルフレッド・スティーグリッツは、フォト・セセッションを改称した「291画廊」を設立した。

Gloria Swanson
Gloria Swanson, 1924

この画廊はパブロ・ピカソ(1881–1973)ポール・セザンヌ(1839–1906)オーギュスト・ロダン(1840–1917)コンスタンティン・ブランクーシ(1876–1957)アンリ・マティス(1869–1954)など、ヨーロッパmの芸術家の展覧会を開催したアメリカ初の画廊であった。1911年、フランス語版『リヴォーグ』などを創刊したリュシアン・ヴォーゲル(1886-1954)は、スタイケンの写真を採用し、ファッション写真をファインアートとして支持するよう指示した。ポール・ポワレのガウンを撮影し雑誌 "Art Décoration"(芸術と装飾)に掲載された。第一次世界大戦後は、着実にファッション写真に移行していった。

n George Baher's yacht
On George Baher's yacht, 1928

第二次世界大戦中、海軍航空写真部隊でディレクターを務めた。1945年のアカデミー賞で『戦う女』が最優秀ドキュメンタリー賞に選出される。戦後も1962年までニューヨーク近代美術館(MoMA)の写真部門ディレクターを務めた。愛と死と生命をテーマにした68カ国500点の写真で構成された "The Family of Man"(人間家族)は、彼の代表作である。1955年1月24日から5月8日までニューヨーク近代美術館で展示され、その後8年間にわたり世界各地を巡回し、記録的な数の観客を動員した。タイトルは、カール・サンドバーグ(1878–1967)の詩の一節から取られたのだが、ルクセンブルクのクレルヴォーに永久保存された。1963年、当時のアメリカ大統領リンドン・ベインズ・ジョンソン(1908–1973)から大統領自由勲章が贈られた。

Marlene Dietrich
Marlene Dietrich, 1934

その10年後、亡くなるのだが、その3年前の1970年にマルタン・ボシェが「アルルの祭典」でスタイケンの写真を展示している。2006年、スタイケンが1904年に撮影した写真 "The Pond - Moonlight"(池と月光) のプリントが、当時のオークションで写真としては最高額の290万ドルで落札された。エドワード・スタイケンがニューヨークのママロネックで、友人宅の近くで撮影した写真である。池と森、そして木々の間から池を照らす月明かりが描かれている。そしてその1年後、ルクセンブルクのジャン大公近代美術館にスタイケンのカラー写真が飾られた。1960年、80歳になったスタイケンは27歳のジョアンナ・タウブ(1960-2010)と結婚し、94歳の誕生日を迎える2日前の1973年3月25日に他界するまで結婚生活を続けた。

The Family of Man Exhibition
The Family of Man Exhibition at Clervaux-Castle in Northern Luxembourg

ルクセンブルク北部のシャトー・クレルヴォーに常設されている "The Family of Man"(人間家族)は、オリジナルの鑑賞体験を再現するために、ニューヨーク近代美術館での初回展のレイアウトに準じているが、必然的に、復元された城の2フロアという独特の空間に適合するようになっている。2013年の修復後は、図書館が組み込まれて、歴史的な資料と解説によって「人間家族」の文脈を表現している。

MoMA  Edward Steichen (1879–1973) Works, Exhibitions, Publications and Wikipedia entry

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