2011年6月19日

軟焦点回折格子光画額紫陽花三態

ガクアジサイ(額紫陽花) 京都府立植物園(京都市左京区下鴨半木町) Nikon D80 + Zoneplate

雪国に住んでいないゆえに積雪を喜ぶ心理に似てるだろうか、豪雨の被害が少ない京都市内にいると、梅雨は梅雨らしく雨が降ったほうが良いと思うから勝手なものである。梅雨の花と言えばアジサイ(紫陽花)。伏見区の藤森神社か宇治市の三室戸寺に足を伸ばしたいところだが、肝心の足の骨折が完全に治っていないので、バスと地下鉄を乗り継いで府立植物園に出かけた。生憎期待通りの降雨はなく、途中から雲が切れて日が差す陽気になった。ウィキペディアによると、球状のアジサイはセイヨウアジサイで、日本原産のガクアジサイ(額紫陽花)を改良した品種だそうである。これは意外で、私は丸いのが原種で、額がついたのは改良種だと思っていた。カタチからいえばやはりガクアジサイのほうが面白いので、もっぱらこれにレンズ、いやゾーンプレートを向けてみた。

2 件のコメント:

  1. モナミメイト2011年6月20日 21:31

    5月の写美のピクトリアリズム写真展で感じた事は、写真から離れたような描写は、意外と想像力が見る側に涌かないけれども、技術的な興味が湧くということ、それに対して、精緻な描写とその逆のソフトな描写には、見る側の想像力が意外と湧き出る楽しさがあると解った点でした。

    ピンホールの写真が、その目新しさから面白いと思うのではなく、純粋に面白いと感じるのは、その写されている物を包み込む霧のような物の本質を、脳は自然と読み取ろうとするからでしょう。

    まるで、美しい裸体に極薄のシルクのベールが、より裸体を美しく感じさせてくれるようなものですね。あ?それじゃ?単純すぎる理屈か?・・・

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  2. モナミメイトさん、いつもコメントありがとう。今日は新たに鮮明な紫陽花の写真を添えて新しい記事を投稿しました。実は先週の月曜が私の誕生日でした。かつてボブ・ディランが「双子座の人間は(彼も双子座)時計の振子のように振幅が激しい」と言ってましたが、その通り、私も鮮明と不鮮明な写真を行ったり来たりしています。不鮮明な写真に惹かれるのはやはり「ディテイルへの拒否」だと思ってはいるのですが、事物を明解に表す鮮明な写真からも逃れられない自分を発見します。

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