2019年11月28日

権利幸福嫌いな安倍晋三に自由湯を飲ませたい

永島春暁『川上の新作 當世穴さがし おっぺけぺー歌』1891年(クリックすると画像拡大)

川上音二郎の名は知らなくとも、明治時代に一世風靡した「オッペケペー節」という歌のタイトルを目にしたことがある人が、少なからずいると思う。自由民権運動高揚期に、川上は自らを自由童子と名乗り、自由党壮士として、政府攻撃の演説を行った。1880(明治13)年に、政府は警察の許可無く自由民権運動の集会や、団体の結成を禁止するばかりか、警察が集会を解散させる権限を有する集会条例を制定して、弾圧に乗り出した。そこで大阪の落語家・桂文之助の弟子となり、時局風刺の「おっぺけぺー歌」を作詞、ザンギリ頭に鉢巻、筒袖に陣羽織といった出で立ちで、日の丸の扇子片手に寄席で歌って人気を博した。
権利幸福きらひな人に自由湯をば飲したい
オッペケペ オッペケペッポ-ペッポーポー
堅い上下角とれてマンテルヅボンに人力志や
いきな束髪ボンネット貴女に紳士のいでたちで
外部の飾りりはよいけれど政治の思想が欠乏だ
天地の真理が解らない心に自由の種をまけ
オッペケペ オッペケペッポーポー

米価騰貴の今日に細民困窮省らす
目深に被ふた高帽子金の指輪に金時計
権門貴顕に膝を曲げ藝者たいこに金を蒔き
内には米を倉に積み同胞兄弟見殺しか
幾等慈悲なき慾心も餘り非道な薄情な 
但し冥土の御土産か地獄でゑんまに面會し
わいろ遣ふて極楽へ行けるかえゆけないよ
オッペケペ オッペケペッポーペッポーポー
添田知道著『演歌の明治大正史』(岩波新書)によると、ヤッツケロ節と同巧の、節あってなき朗読調を、いかめしく、生真面目な顔でやることで、おかしみ増すものだったという。川上は寄席で、壮士たちは街頭でこれをやったのである。演歌というと艶歌を連想するが、本来「演説の歌」という意味である。集会条例で街頭演説が禁止されても、歌なら構わないだろうという発想だった。これは讃美歌の旋律を借り、街頭で労働組合運動を展開、フォークソングの礎を築いたジョー・ヒルと酷似している。演歌は民権運動の思想を普及する意図で現れたが、明治から大正にかけて活躍した演歌師としては、添田啞蟬坊が傑出している。「あきらめ節」「虱の旅」などは今日でも通用する内容を持っている。その啞蟬坊の歌を昭和に蘇らせた、高田渡の功績も特筆すべきだろう。それはともかく権利幸福嫌いなファシスト、安倍晋三に自由湯(じゆうとう)を飲ませたい。

YouTube  川上音二郎一座パリ万博公演「オッペケペー節」明治33年(1900)英グラモフォン録音

2019年11月26日

ニール・ヤングが Facebook をブロック


ニール・ヤングの公式サイト Neil Young Archives によると、ソーシャルメディア Facebook を使わないことにしたという。連邦最高裁判所の判事指名に、ブレット・カバノーを後押しした右翼団体のフェデラリスト協会とコミットしたのが理由rたしい。「ソーシャルメディアは、政治の一方または他方に明らかなコミットを行うべきではないと感じています」「報道とメッセージの真実性に関して読者を混乱させている」という主張である。拙ブログのエントリ―「危険なエコーチェンバー現象」で触れたように、もしニュースフィードのアルゴリズムによって表示される記事が、エコーチェンバー現象の要因となるとすれば、その責任は Facebook にある。ソーシャルメディアは、政治的に偏った情報を選択、恣意的に流すことが可能であるからだ。Facebook は10月25日、キュレーションされたニュース記事を表示するタブのテストを米国で開始すると発表した。


フェイク情報の拡散防止に取り組み、より信頼性の高い報道機関の記事を前面に押し出す上で有用な手段となると謳っている。しかしどの報道機関を選ぶかが問題で、極めて危険な胚芽を含んでいる。政権寄りの情報を流す可能性があるからだ。ところでニール・ヤングは米国の市民権申請をしているが、過去のマリファナ使用を理由に、トランプ政権の司法長官が許可を遅らせているようだ。彼はスターバックスもボイコットしている。遺伝子組み換え作物(GMO)の使用を明記する制度を条例化したバーモント州に対して、モンサント社が条例を差し止める訴訟を起こした。この訴訟にスターバックスが加わっているという主張である。これに感化された私はスターバックスに足を踏み入れることをやめた。一方、マーク・ザッカーバーグは、孫正義などと共に、ビル・ゲイツが組織した「画期的エネルギー連合」に名を連ねている。原子炉の研究開発を行っている企業などに資金提供する投資ファンドだ。この点は大いに気になるが、利用しながら Facebook を見守ろうと思っている。それにしても、Microrosoft、Softbank、Facebook、そしてさらに Google、Amazon と、問題の多い米国の IT 関連企業のいずれの網からも逃れられない自分に、忸怩たる思いを禁じ得ない。

2019年11月23日

壮絶な秋に細川ガラシャ夫人を想う

大徳寺高桐院に出かけた。細い敷石道を通り抜け、唐門を右に折れて玄関へ。拝観料を払って庭園に面した縁側に出た。はっと息を飲む。壮絶な秋である。広い庭は一面の苔、そして計算され尽くした楓樹の配置は、なぜか樹木と苔をむしろモノトーンの世界に変質させているようにも見える。目をつぶると、ひらひらと赤い楓、黄色い楓が空を舞っている。やがてそれらは苔の上に舞い降り、絨毯を敷き始める。天空からの光束はあくまで細い。緑の領域は次第に衰微し、赤や黄色が拡散してゆく。この仕掛は誰が考えたものだろうか。時の流れが饒舌と静寂を綾織る世界。そのふたつが混在しているのは、武人にして茶人、細川幽斎の長子忠興の霊がここにまつられているからかも知れない。高桐院は細川家の菩提寺でもあるのだ。本堂西側の縁側に庭を散策するためのスリッパが入った箱があった。庭に降りると一角に細川忠興の墓所があった。

大徳寺高桐院(京都市北区紫野大徳寺町)

忠興とガラシャの墓塔
春日灯篭の墓石は忠興とガラシャのものでもある。ガラシャの最期を三浦綾子は『細川ガラシャ夫人』で次のように描写している。「奥方さま、では、お覚悟を。直ちにわれらこれより御供申しあげまする。しかしながら、このお傍に果てるのは余りにも恐れ多きこと故、われらは玄関にて御供させて頂きまする」「自害は許しませぬ。天主のみもとに行くのは、わたくし一人にとどめますように。では、早う、少斎どの。頼みまする」「奥方ごめん!」 真紅の血がさっと飛び散り、玉子の上体がぐらりと前に傾いたかと思うと、そのまま玉子は床に打ち伏した家臣に首を切らせたという異説もある。ガラシャが自らの意志で散ったのは1600(慶長5年)7月だった。遺骨は大阪の崇禅寺の境内に埋葬されたという。10月、夫である忠興はオルガンチノ神父と相談して盛大なキリスト教式葬儀を行った。忠興が高桐院を建立したのがその翌年になる。この塔頭建立とガラシャとの関係はどうなっているのだろうか。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の武将の時代は、キリシタンの時代でもあった。キリシタン大名高山右近追放、ガラシャ受洗、キリスト教禁教令、三木パウロ殉教、秀吉の全国統一、家康江戸入城、そして長崎における二十六聖人の殉教と続く。1596(慶長元)年、千利休は秀吉によって自刃に追いやられている。利休の遺志によって灯篭「天下一」は忠興の手に渡った。5年後に建立したこの寺の庭に置いたのは間違いないだろう。この灯篭をもってすぐにガラシャの墓石にしたかどうかは歴史書は寡黙だ。夫人の死後、忠興は83歳で死ぬまで、45年も生きながらえた。亡き夫人を偲んで、生涯再婚はしなかったという。その間に、自らと、そしてガラシャの墓石にこの石灯篭を転嫁させたのだろうか。

小林清親『古今誠画 浮世画類考之内 慶長五年之頃 細川忠興室』(ガラシャ)1885年

茶室「松向軒」(しょうこうけん)
再び私は南庭の苔の前の縁側に立った。明智光秀の謀反によって玉子は一転「逆賊の娘」になってしまった。楓と混在した竹の階調に目をこらした私は、その玉子がなぜガラシャになったか、得も知れぬ興味が湧いてきたのに思わず身震いした。戦国時代を駆け抜けたキリシタンとはいったい何だったのだろうか。再び私は夢を見始めたようだ。あの灯篭はほんとにガラシャの墓石なのだろうか。この禅林は細川家の菩提寺だ。デウスに帰依したガラシャの痕跡はここにあるだろうか。細川家の紋は残っている。しかしここには十字架はない。ただあるのは利休好み、三斎好みの灯篭があるだけだ。宗教はひとつの方向性を持っている。信心がない人間には理解できない。キリシタンの殉教とはなんだったのだろうか。「教会側から言えばすばらしいこの聖女は、俗界側からみると、あまりにも薄幸な女でもあった」と遠藤周作は『切支丹時代』に書いた。信仰は他者に伝え得ないものなのだろうか。玉子の受洗は神の計画だったのだろうか。その自害ともいうべき死も神の計画だったのだろうか。私はそうは思わない。発端は夫である忠興の友人がキリシタン大名高山右近だったからと私は思う。書院の奥に茶室「松向軒」があった。三斎と号したように忠興は利休七哲に数えられる茶人でもあった。茶室の天井から小さな裸電球がぶら下がっている。その明かりを頼りに天井に目を注ぐ。実に質素なたたずまいだ。竹格子の残影が畳に落ちている。忠興はここでひとり静かに玉子を偲んだのだろうか。

2019年11月22日

汚れた手でもてあそぶ改憲論

戦争が死語になる日が待ち遠し

自民党は憲法改定に関する国民投票法改正案の成立について、今国会でも見送る方針を固めた。改憲は安倍晋三の悲願ということで、与党側は今の国会の最重要法案と位置付けているが、会期末まで3週間を切るなかで成立は厳しい情勢となった。安倍晋三は残りの任期が2年を切り、この法案が1年以上も足踏みし、憲法本体の議論に入れていないことに業を煮やしているようだ。2014年には歴史的な憲法解釈の変更を行い、第2次世界大戦以来、初めて自衛隊が海外で戦えるようになった。しかし安倍晋三は憲法9条を改悪し、自らのレガシーを仕上げることまではできないでいるのである。公表された自民党の憲法改正草案には「第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と恐ろしいことが書いてある。自民党憲法改正推進本部は昨年3月、党本部で地方議員向けの講演会を開き、各党に示すたたき台素案として改憲項目の条文案を公表した。9条改定案も最終的な条文案が示され、戦力不保持を定めた9条2項を維持したうえで、新設しようとしている「9条の2」に
前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
と実力組織として自衛隊を明記した。現憲法下では自衛隊の存在は違憲である。この主張をすると「丸腰でいいのか」という答えが返ってくる。自衛は必要悪だが、国防費を最小限に抑える必要がある。そのためには、現9条を理想と捉え、目標として守るべき道なのである。軍靴の響きは止めなければならない。

PDF
自由民主党日本国憲法改正草案(2012年4月27日)の表示とダウンロード(PDFファイル 768KB)