ドナルド・トランプ大統領は、1940年代から1950年代にかけてアメリカの製造業がかつて持っていた地位を復活させるという公約を掲げ、経済政策全体を組み立てようとしているようだ。そのシンボルが "Make America Great Again"(アメリカを再び偉大な国にする)と書かれた赤い帽子である。しかし皮肉なことにこれらの帽子はヴェトナムなどの外国で製造されたものである。関税政策は製造業をアメリカに取り戻すためだとトランプは主張する。ラストベルトの錆を落とそうというわけであるが、果たしてその通りになるだろうか。否。多くの学者の意見を総合すると、そうは問屋が卸さないと断言できる。トランプ大統領は主要貿易相手国に対する広範な関税を発動し、株価を急落させた貿易戦争の激化によって、企業が外国製品の購入を控え、製造業をアメリカ内に回帰させるだろうと主張している。しかし、データは、アメリカ経済が製造業への全面的なシフトに対応できる準備が整っておらず、生産能力の増強には何年もかかることを示唆している。労働統計局のデータによると、アメリカでは数十前と比べて農場や工場で働く人の数が減少しており、現在では大半がソフトウェア、金融、医療といったサービス業に従事している。専門家は、国内生産に注力することは消費者に負担をかけ、知識経済におけるアメリカの優位性を損なう可能性があると指摘している。1970年代には、アメリカの労働者の5人に1人が製造業に従事していた。しかし今日では、その割合は12人に1人に近づいている。たとえ無制限の資金と政治的意志があっても、労働力の再教育とインフラの再構築には何年もかかる。労働統計局によると、 正式な職業訓練は通常4年かかるという。インテルは半導体製造工場の建設には3~4年かかると見積もっている。政策の不確実性も大きな障壁のひとつである。貿易政策が数か月以内に変更される可能性がある場合、企業は長期投資を躊躇してしまう。コロラド大学ボルダー校の経済学者リチャード・マンスフィールドは「企業は恒久的な関税が課されると確信するまで、雇用や研修に取り組もうとさえしないだろう」と述べたという。
国内生産を増やすのではなく企業は価格を引き上げるか、ヴェトナムなどといった代替供給元を探すか、あるいはその両方を行う可能性が高いとマンスフィールドは指摘する。それはトランプ大統領の最初の任期中に実際に起こり、関税の脅威の下、 企業は生産拠点を中国からメキシコに移したのである。アリゾナ州立大学の経済学者デニス・ホフマンは、関税の影響についてもっと率直に「結局、アメリカ全体の消費者に損害を与えることになる」と述べた。一方、商品の生産に重点を置くと、別の現実が見落とされる。アメリカは、 ビジネス、旅行、知的財産によって推進されるサービスの輸出において、世界的な優位性を保持しているのだ。アメリカの252億ドルのサービス黒字は、1567億ドルの財貨赤字に隠れてしまうことが多い。関税はこうした経済的現実を無視しており、消費者にとって生活必需品の価格が上昇し、経済が優れている分野での支出が減ることになる。「商品が安ければ、貯蓄や投資、他の用途に充てるお金が増える。国際貿易へのアクセスのおかげで、我々ははるかに恵まれた生活を送ることができる」とホフマンは述べた。赤字は必ずしもマイナスではない。「貿易赤字を抱えているからといって、損をするわけではない」「貿易赤字を抱えているのは、消費しているからだ。消費意欲が生産能力を上回っているのだ」「国が発展し豊かになるにつれて、製造業が経済に占める割合は減少する傾向がある」とホフマンは主張する。世界中の低所得国の製造業の生産量は2004 年から2020年にかけて増加したのに対し、高所得国ではその逆の傾向が見られた。最先端のソフトウェア開発から革新的な金融商品まで、知識経済の仕事は、従来の製造業よりも良い賃金と労働条件を提供することが多い。ミシガン州で育ち、1970年代の製造業の全盛期を目の当たりにしたホフマンは、工場での仕事は当時は良かったものの、汚く、危険で、肉体的にきついものだったと語った。トランプ関税がアメリカのラストベルトの錆を落とすことはないに違いない。下記リンク先は ABC ニュースの記事「トランプ関税は企業のアメリカ製造業進出を促さないと経済学者が警告」である。すなわちトランプ関税はその思惑とは逆に、外国企業のアメリカ進出を妨げるというのである。

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