2022年11月19日

イーロン・マスクは自分自身を解雇すべきだ

The end of Twitter

ソーシャルメディア Twitter の CEO(最高経営責任者)イーロン・マスクが、長時間労働を受け入れるか退職するかの選択を社員に迫っていたが、米紙ニューヨーク・タイムズ電子版によると従業員の少なくとも1,200人がその日に退職したという。当初、社員7,500人のうちの半数、3,750人を解雇していたが、これでおよそ5,000人が Twitter から離れたことになる。投稿の安全対策のトップらも辞めており、サービスの安全性への懸念が強まっている。マスクが標榜する「言論の自由」は美しい言葉だが、フェイク情報の温床に成りかねないというリスクがあるからだ。ワントンD.C.のオンラインニュース新聞フォーリン・ポリシーは今月18日「イーロン・マスクは自分自身を解雇すべきだ」という辛辣な記事を掲載した。

救うためには、選択肢は明白で、マスクは緊急に自分自身を解雇する必要があります。彼の前座があまりに無秩序だったからではなく、より深い構造的な理由からである。Twitter の使命が、マスク自身の言葉を借りれば「世界に関する最も正確な情報源」となることだとすれば、マスクの複数の利益相反と Twitter の国際事業が相俟って、その使命が失われることになるからだ。ひとつには Twitter のグローバルな事業展開がすでに不安定であることが挙げられる。第二に、マスク自身の国際的な絡みが問題をより深刻にしている。第三に、Twitter のプラットフォームに対するビジネスの圧力は、マスク氏の下で Twitter の棺桶に最後の釘を打つことになるでしょう。

ロイター通信が確認した電子メールによると、マスクは金曜日、ソフトウェアコードを書く Twitter の残りの従業員に対し、午後早い時間までにサンフランシスコのオフィスの10階に出頭するよう求めたという。このメールは、数百人の社員が、木曜日にマスクから「長時間・高強度」での勤務を命じられ、苦境にあるソーシャルメディア企業を去ることを決めたと見られる翌日に送られてきたものだ。同通信によると金曜日の正午の時点で、同社はマスクの申し出を拒否した従業員の会社のシステムへのアクセスをまだ遮断していなかったという。 ホワイトハウスの関係者も Twitter がどのようにデータを保護しているかをアメリカ人に伝えるべきだと発言している、と CNN の記者がツイートしている。迷走する Twitter だが、何処に漂着するのだろうか。

Twitter  Bhaskar Chakravorti | To Save Twitter, Elon Musk Should Fire Himself | Foreign Policy

2022年11月18日

人間の精神の深さを写真に写しとったアルゼンチン出身のペドロ・ルイス・ラオタ

© Pedro Luis Raota
Pedro Luis Raota (1934-1986) "Lost Childhood" Argentina, Date unknown

アルゼンチン出身のペドロ・ルイス・ラオタ (1934-1986) は、20世紀を代表する写真家のひとりである。幼い頃、自転車を売ってカメラを買い、写真術を学ぶことを決意する。アルゼンチン北部のラナ川とサラド川の合流地点近くに位置する、サンタフェ・デ・ラ・ベラ・クルスでポートレート写真を始め、その後ビラグリに移り住み、心血を注いだ自分のスタジオを構えた。1958年に初めて認められて以来、人道的なジャンルでの優れた作品により、150以上の国際的な賞や栄誉を獲得した。彼の写真は、ニューヨーク近代美術館で展示されたほか、世界中の公的機関や個人のコレクションに含まれている。

© Pedro Luis Raota

人間の精神の深さを写真に写し取るラオタのユニークで忘れがたい才能は、他の伝説的な写真家たちと比較されるようになった。ドロシア・ラングやユージン・スミスのように、このアルゼンチンの巨匠は、打ちひしがれた人間の心にしみる肖像を表現している。アンリ・カルティエ=ブレッソンやロベール・ドアノーに似た、喜びやコミカルな対立、自然発生的な「決定的瞬間」に満ちた写真もある。ラオタのポートレートには、ポール・ストランドの作品と比較されるような、希有な精神の集中が見られる。しかし最終的には、これらの並外れた写真は他の写真家と比較されることなく、強力な傑作として、ユニークで独特な感動を与えてくれるのである。

aperture_bk Pedro Luis Raota | Original Photographs From "Faces of Life" | Photography West Gallery

2022年11月16日

大恐慌の写真 9,000 点以上を制作したマリオン・ポスト・ウォルコット

Colored Entranc
Colored Entrance of Movie House, Belzoni, Mississippi, 1939
Marion Post Wolcott (1940)

マリオン・ポスト・ウォルコットは、1938年から1942年にかけて FSA(農業安定局)のために制作した、9,000点を超える写真でよく知られている。1910年6月7日、ニュージャージー州モントクレアで、ウォルター・ポストとマリオン・ホイトの間に生まれた。父親はホメオパシーの医師で保守的だったが、母親は進歩的な運動を熱心に行う人であった。13歳の時に両親が離婚し、寄宿学校に送られ、学校以外の時間はグリニッジ・ビレッジの自宅で母親と過ごした。教師としての訓練を受け、マサチューセッツ州の小さな町で働くことになった。ここで彼女は、大恐慌の現実と貧困層の問題を目の当たりにした。学校が閉鎖されると、彼女は姉のヘレンと一緒にヨーロッパに留学した。ヘレンはウィーンの写真家、トゥルーデ・フライシュマンに師事していた。マリオン・ポストはフライシュマンに自分の写真を見せたところ「写真に徹するように」と言われたそうである。彼女は大恐慌と農作物の荒廃で最も大きな打撃を受けた人々に対する、連邦政府の支援の必要性を記録して公表するためにカメラを持って米国内を何千マイルも走破した。1930年代に、マリオン・ポストはフォトリーグの講義に出席し、ポール・ストランドやラルフ・スタイナーと知り合い、スタイナーのアパートに集まって非公式に議論する若い写真家たちのグループに招かれた。

Children from Wadesboro
African American Children from Wadesboro, North Carolina, 1938

フリーランスの写真家となったマリオン・ポストだが、仕事を見つけるのは困難だった。しかし雑誌からの依頼を受けることはできた。ウォルコットはすぐに飽きてしまい、ラルフ・スタイナーに頼んで、彼女のポートフォリオを FSA の写真部門の責任者であるロイ・ストライカーに見せた。彼はその場で彼女を雇い、FSA の女性初の写真家に任命した。ドロシア・ラングも1935年からスタッフとして働いたが、パートタイムで、制作した写真の枚数もはるかに少なかった。 1941年、マリオンは、二人の小さな子供を持つ男やもめのリー・ウォルコットと結婚した 。これによってポストをミドルネームに、そしてウォルコットをラストネームにした。夫の子どもを育てながら自分のキャリアも続けようとしたが、戦争で食料、車、タイヤ、ガソリンが配給制になり、女性は従来の低賃金の家政婦から高給の戦争労働へと移行したため、特に彼女がアメリカ西部地域の撮影を担当している今、その計画は不可能であることが判明した。

General Store and Post Offic
Haircutting at General Store and Post Office, Mileston, Mississippi, 1939

マリオン・ポスト・ウォルコットは二度とプロとして写真を撮ることはなかったが、写真制作をやめたわけではない。彼女は隣人のポートレートやバージニア州の田舎での農業の写真をプレゼントしていた。1954年から1959年まで、ウォルコット夫妻はコロラド州とニューメキシコ州で暮らした。夫のリーが1959年から1968年まで国務省に勤務していた間、一家はイラン、アフガニスタン、パキスタン、インド、エジプトで暮らした。1967年の七日間戦争でエジプトから強制退去させられる直前、マリオン・ポスト・ウォルコットは残された個人資料をほぼ全て破壊したため、捕縛から免れれることができたのである。

Hotel
Pahokee "Hotel", Pahokee, Palm Beach County, Florida, 1941

その後、一家はカリフォルニアに移住し、ウォルコットはカウンターカルチャーを記録した。サンタバーバラ美術館で写真の解説員をしていた彼女は、スタッフに作品を見せ、展示するようになりました。オークランド美術館のドロシア・ラング賞、写真教育者協会の生涯功労賞、全米報道写真家協会の生涯功労賞など、晩年の10年間に多くの賞を受賞しています。1986年にシラキュース大学で開催された「写真における女性」では基調講演を行い、彼女の写真が展示された。1990年4月にニューヨークの国際写真センターで開催された写真展には、体調不良で出席できなかった。1990年11月24日、肺がんのためカリフォルニア州サンタバーバラで死去した。

The Library of Congress  Marion Post Wolcott (1910–1990) | A Biographical Essay | The Library of Congress

2022年11月13日

イーロン・マスクの Twitter 青バッジに赤信号

Fake Nintendo
任天堂の偽アカウントが投稿した画像

映画やアニメなどでおなじみの中指を突き立てるポーズは、アメリカを中心とした欧米では、相手への最大級の、極めて侮辱的、攻撃的で卑猥ななサインとして知られている。もともとは男性器を現した形に由来するものだと言われている。従って欧米人ならこのマリオの画像に違和感を持つに違いない。しかも何故任天堂がこんな画像を掲載するのかと不思議がるだろう。画面上部のアカウントの部分を見て欲しい。よく見ると Nintendo of Amerika の右の ID が @nlntendoofus となっている。@nintendoofus とは紛らわしい一字違い。

nlntendoofus

任天堂米国法人の正式 ID は @NintendoAmerica だが 、青い認証バッチをつけているので、偽アカウントによる仕業と気付く人は少ないかもしれない。バッジは著名人や公的機関、団体などの Twitter 上での著名なアカウントが「本物」または「公式」であり、アカウントの信憑性を保証するシステムである。本物の著名なアカウントと、なりすましアカウントを区別するために使用されてきたが、一般ユーザーには「あこがれ」のバッジでもあったようだ。ところが Twitter を買収したイーロン・マスクは赤字回避のため、従業員の半数を解雇すると共に、青色バッジを課金月額8ドル(約1,180円)で売ることにした。問題はこれまでの青色の認証バッジが灰色になって消え、本物となりすましの区別がつかなくなってしまったのである。青バッジを買えるのは今のところ米英豪カナダ・ニュージーランドの iOS アプリケーションだけのようである。アプリケーションのプロフィールから Twitter Blue をタップすると、一番上に「Blue サブスクライバーのみなさまには認証済みアカウントと青バッジが付与されます」と表示され、一番下の Subscribe ボタンを押すとチェックがつくしくみで、あっけないほど簡単だそうだ。ただこの青バッジ、本人認証は一切ないようだ。

Blue Mark
売り出された青バッジ

一般に本人確認は身分証明書の提示など、二重三重の手続きが必要なので、新しいバッジは認証バッジとは言い難く、単なる「有料会員証」に過ぎないと言える。この点が偽アカウントを生む要因になっている。以上の点の他に、マスクは米国の共和党支持を鮮明に打ち出し、剥奪されたドナルド・トランプ前大統領のアカウント復活を示唆している。民主党の議員や支持者はどう対応するのだろうか。日本の政治家も他人事ではないだろう。ソーシャルメディアは、今やその言葉通り社会性を持った言論プラットホームの色彩が強くなっている。前エントリ―「マーク・ザッカーバーグのメタバースへの苦闘」で「儲からなければあっさり手を離すかもしれない」と書いた。マスクは倒産の可能性もほのめかしているが、すでに多額の株を売却したという報道もあるし、その可能性は十分ある。万が一そうなったら、言論ツールとして利用している政治家など、広報ツールとして利用している芸能人や企業、あるいは交流ツールとして使っている一般ユーザーなどはさぞかし困るに違いない。

Twitter  任天堂と Valve の偽 Twitter アカウントが既に出回っています、皆さんもご注意を。(英文)