某経済学者の「ウクライナの国際法違反行為」と題したブログエントリーを読んだ。ロシアが軍事行動に踏み切ったことは非難されねばならないとしながら、ロシアの主張を彷彿とさせる主張である。
2019年に大統領に就任したゼレンスキー氏は東部の紛争解決を公約に掲げた。東部問題を解決することはミンスク合意の履行と同義である。ゼレンスキー大統領がミンスク合意を誠実に履行していれば戦乱を招くことはなかった。ロシアが紛争の解決のために武力を行使したことは批難されねばならない。しかし、問題発生の根本原因にゼレンスキー大統領の行動があったことを見落とすことはできない。ウクライナ戦乱が勃発した直接の原因は、ウクライナのゼレンスキー大統領が2021年に入って「ミンスクⅡを履行しない」方針を明示したことにある。
2014年9月5日、ウクライナ、ロシア連邦、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国がミンスク議定書に調印した。ドンバス地域における戦の停止について合意した文書だが、休戦は失敗した。そして2015年2月11日、ベラルーシの首都ミンスクの独立宮殿で、ドイツとフランスの仲介により「ミンスク議定書Ⅱ」が調印された。ミンスクでの会談に列席した首脳たちは以下の通りである。
写真左から- ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領
- ロシアのウラジミール・プーチン大統領
- ドイツのアンジェラ・メルケル首相
- フランスのフランソワ・オランド大統領
- ウクライナペトロ・ポロシェンコ大統領
しかし2021年10月末のウクライナ軍のトルコ製攻撃ドローンによるドンバス地域への攻撃を端に、ロシア大統領府はプーチン大統領が2022年2月21日、ウクライナ東部ルガンスク、ドネツク両州の一部を実効支配する親露派武装集団が一方的に独立を宣言している二つの「人民共和国」を「独立国家」として承認する大統領令に署名したと発表した。そしてロシアと両地域との相互支援を確認する協定にも署名した。
翌2月22日の会見で、ミンスク合意は長期間履行されず、もはや合意そのものが存在していない、として破棄された。クリミア併合で味をしめたプーチン大統領の脳裏には、ミンスク議定書Ⅱを破棄、軍事力でウクライナの首都キエフ(キーウ)を陥落させ、傀儡政権を樹立し「ロシア帝国」の地図拡大を目論んだと考えられる。それには二つの親ロシアの「独立国家」の集団的自衛権という名目を標榜する必要があったのだろう。かくしてロシアによるウクライナへの侵攻が始まったのである。ウクライナ側は、ドローン攻撃は親ロシア派地域からの砲撃への反撃だったと主張している。この点を否定した報道も見当たらない。ウクライナ戦乱が勃発した直接の原因が、ゼレンスキー大統領による「ミンスク議定書Ⅱ」を履行しない方針の明示だったという見解はやはり苦しい。いずれにしても、プーチン軍の民間人殺戮は狂気の沙汰で、許しがたい。
東野篤子「ミンスクⅡ合意をめぐるEUと加盟諸国の外交」日本国際問題研究所(PDF 364KB)