ウィルスは場所を選ばないし、人も選ばない。しかし著名人が感染、不幸にして他界してしまった場合、それなりに衝撃が広がる。1918年11月、スペイン風邪に罹患、急性肺炎を併発して、文芸評論家の島村抱月が急逝した。そして翌正月早々、新劇の女王的存在になっていた松井須磨子があとを追って自殺した。演歌師・添田啞蟬坊は『新馬鹿の歌』で次のように当時の世相を皮肉った。
添田啞蟬坊(1872-1944) |
九段坂から見下ろせば 人が車を曳いてゐる
馬も車を曳いてゐる 馬やら人やらわからない
議員議会で欠伸する 軍人金持と握手する
インフルエンザはマスクする 臭いものには蓋をする
労働問題種にして 本屋学者は繁昌する
活字拾ひの職工は 青くなって痩せている
政治屋地主をかつぎあげ 地主議員をかつぎあげ
せがれ親父をかつぎあげ 小作貧乏で鍬かつぐ
スペイン風邪(1918~20年)は20世紀最悪のパンデミックだった。死者は世界全体で2千万~4千万人、国内でも40万人前後が亡くなったが、当時の内務省衛生局が感染防止を呼びかけたポスターには「汽車電車人の中ではマスクせよ」と書かれていた。現在の新型コロナウィルス感染症 COVID-19 に対する呼びかけとまったく同じである。さらに内務省衛生局編集『流行性感冒』(1922年)には「鼻口を覆え」とあるが、これも現代に通ずる警告である。マスクをしていても、鼻孔を露わにした人が少なからずいるからだ。
内務省衛生局編集『流行性感冒』より(1922年3月) |
日本でのマスクの歴史は、明治初期に始まったが、炭鉱などで働く人たちの粉塵除けがおもな用途だった。ところがスペイン風邪の大流行により、予防品として注目を集めるようになった。以後、インフルエンザが流行るたびにマスクの需要が高まり、現在に至っている。欧米諸国を中心にマスク不要論が大勢を占めていた。米国のトランプ大統領がそのひとりで、今でも集会でマスクをつけない支持者が多いようだ。しかし新型コロナウィルス感染症パンデミックによって見直され、世界に普及し始めたのはご存知の通りだ。2020年はマスクの年だったが、越年しても状況は同じだろう。良いお年をとは何となく言い難い大晦日だ。
住友スリーエムジャパン:呼吸用保護具に関するソリューション(マスクの知識)