2017年7月13日

ソーシャルメディア Google+ を活用する

目立たない Google+ だけど

インターネットマーケティング会社 DreamGrow の統計ページによると、2017年7月1日現在のソーシャルメディア(SNS)の世界ランキングは (1)Facebook (2)YouTube (3)Instagram (4)Twitter (5)Reddit だったそうである。Google+(以下 G+ と略)は11位だったが、国内では LINE が跋扈しているだろうし、もっと下位と想像される。当ブログは連動していて、ここに投稿すると、自動的に G+ に反映しする仕組みになっている。G+ のフォロワーは現在 1,219 人だが、最近調べたところ、積極的に活用しているユーザーは少ないようだ。Google のアカウントを所持してるだけの人が多いのかもしれない。ところがフォロワーに限定されないコミュニティ、例えば私が参加している Blogspot は 243,150人のメンバーを有している。Facebook で私が関わっている最大グループ Old Time Photos が 49,143人だから、世界レベルでは G+ はそれなりに健闘しているようだ。健闘しているだけではない、実は G+ が SEO 対策にも多大な影響があることを最近知ったのである。SEO 対策というのは、Yahoo や Bing ではなく、基本的には Google 検索に対するものと言って良いだろう。例えば1,000人のフォロワーがいたとして、その1,000人が Google 検索を使うと、その分だけ自分のコンテンツを上位に押し上げるらしい。さらに G+ への投稿がウェブページ扱いとなり、検索エンジンにインデックスされるという。これは個人ブロガーにとってはかなり大きなメリットなのかもしれない。ブログはアフィリエイト広告による収益を目的にしない限り、読者をいたずらに増やしても如何とは思う。しかし読者が増えることはブログ更新の励みにもなる。たいした手間ではないので、G+ にも投稿することをお勧めしたい。

2017年7月8日

祇園祭函谷鉾の前掛けに描かれた旧約聖書の説話

松田元著『祇園祭細見(山鉾篇)』より(クリックすると拡大表示されます)

今月1日八坂神社で長刀鉾の稚児らの「お千度の儀」があり、一か月にわたって繰り広げられる祇園祭の幕が開いた。生身の稚児が乗るのは、祭のハイライト、7月17日の山鉾巡行の際に先頭を行く長刀鉾だけで、今年は京都市立御所南小学校4年の林賢人君が選ばれた。ずいぶん前のことになるが、ボランティアを確保できず、函谷鉾を曳く大勢の外国人を見て驚いたことがあるが、今でもそうだろうか。今年は久し振りに見物しようと思っている。函谷鉾といえば上掲のイラストがその前掛けのタペストリー(綴れ織り)で、旧約聖書創世記第24章の説話に取材したものだ。画面上部はアブラハム家の老僕エリエゼルが処女リベカに水を求めている光景だ。聖書によると、アブラハムの息子イサクは40歳となったが、嫁を生まれ故郷のハランから迎えたいと言い、エリエゼルに探してくるようにと頼む。ハランの町外れの井戸へたどり着いたエリエゼルは「水を飲ませてください」と頼んだときに「どうぞお飲みください。駱駝にも飲ませてあげましょう」と答えた娘がイサクの嫁になるよう祈る。そこにリベカがやって来て、祈った通りになったので、婚姻話が進む。画面下部はふたりの結婚式の様子で、駱駝に乗っているのはイサクである。蛇足ながら、このふたりが愛し合い抱擁する場面を描いたのがレンブラントの代表作「イサクとリベカ」である。函谷鉾の前掛けがどのようにして日本に来たか不明だそうだが「寺井氏菊居随筆に云。前まくは天竺織といふ。西域の人物甚見事なり。当町沼津宇右衛門旧家にてむかし繁昌たりし時唐物黒船物いろいろ渡る時分買置たりしといふ云々」と増補に記されているそうだ。祭の期間中は重要文化財の指定を受けた前掛けは二階に飾り、復元新調された前掛けが巡行時に鉾に掲げ披露される。

2017年7月4日

セオドア・ルーズベルト大統領はムースに乗っていなかった

Myths debunked: Theodore Roosevelt Never Rode A Moose ©Courtesy of the Houghton Library

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これは「ムース(ヘラジカ)に跨って川を渡るセオドア・ルーズベルト大統領 1908年」と題し、インターネット上で大量に拡散されているようである。確かに面白い写真で、ソーシャルメディア Facebook のページフィードに流れたときは、危うくそのままシェアするところだった。往々にしてよくあることだが、転載の必須条件とも言えるソースが書いてない。出処不詳ならそれはそれでいいのだが、そのことを記述すべきである。その点を調べるためネットを徘徊したところ、ハーヴァード大学ホートン図書館が2013年9月20日付のブログに「神話が暴かれた:悲しいことに、セオドア・ルーズベルト大統領はムースに乗ったことがなかった」という記事を書いているのを見つけた。共和党の議員が、当時のウィリアム・タフト大統領の保守化を懸念して、サードパーティ「進歩党(通称ブル・ムース党)」を結成、1912年の大統領選挙にはセオドア・ルーズベルト前大統領を擁立した。しかし結果的には民主党のウッドロウ・ウィルソンに勝利を許すこととなった。大統領選中、アンダーウッド写真商会が「ホワイトハウスのレース」と題し、動物に乗った候補者の風刺戯画を制作した。現職大統領ウィリアム・タフトは象、セオドア・ルーズベルトはムース、そしてウッドロウ・ウィルソンはロバで、9月8日付けのニューヨーク・トリビューン紙に掲載された。肝心のムースの写真だが、ホートン図書館のブログは、ルーズベルトの太ももの部分を拡大している。これを見ると、2枚の写真を貼り合わせた痕跡があり、アンダーウッドが写真を合成したと断言できそうだ。

2017年7月1日

航空写真を芸術の高みに誘ったアルフレッド・バッカム

Aerial view of Edinburgh ca.1920 National Galleries of Scotland

Alfred G. Buckham
上空に雲と複葉機、城を前景にロイヤル・マイル沿いに広がる古い街並み。1920年ごろ撮影された「エディンバラの空からの眺め」はスコットランドの航空写真家アルフレッド・バッカム(1879–1956)の代表作となっている。ロンドン生まれのバッカムは画家志望だった。ところが美術館で観たロマン主義の画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775–1851)の作品に打ちのめされ、画家になることを諦めた。代わりに写真に転向、1917年に英国海軍航空隊に偵察飛行士として入隊した。当初エディンバラの西に位置するターンハウスに配属になったが、後にフォース湾に面したロサイスを基地にした大艦隊に転任した。初期の偵察飛行は危険を伴った。バッカムは9回も危ない目に遭っている。ところで彼は二台のカメラを使用、一台は海軍の仕事、もう一台は彼個人が使用するための私用カメラだった。スコットランドの上空を飛び、雲の形態、丘陵や街の眺望、そしてしばしば天候の急変が演出する、光と影のドラマを好んでモチーフにしたのである。航空写真は地上で撮る写真とは異なる。しかしともすると、空から俯瞰することによって、地上の状況を記録あるいは説明するだけに終わる可能性がある。バッカムの偉大さは卓越した技術力を駆使、航空写真を芸術の高みに誘ったことではないだろうか。蛇足ながら、ウェブ検索したのだが、彼に関する日本語の資料を見つけることができなかった。どうやら日本では知られざる鳥人写真家なのかもしれない。