Envelat Plaça del Diamant 1955 de Francesc Català-Roca
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岩波文庫(2019年8月) |
ピアニストの原沢未来さんが Facebook にポストしてくれた情報を読んで、8月21日、田澤耕訳『ダイヤモンド広場』(岩波文庫)が出版されることを知った。うっかり見逃すところだったが、発売と同時にネット通販で購入した。バルセロナ生まれのスペイン人小説家、マルセー・ルドゥレダ(1908–1983)が1960年に亡命先のジュネーヴで書いた作品で、世界 39 以上の言語に翻訳されている、カタルーニャ文学の代表作である。スペイン内戦前から戦後のバルセロナを舞台に、ひとりの女性の愛のゆくえを描いている。1970年代に日本でも翻訳出版されているが、いずれもフランス語訳からの重訳で、初めてカタルーニャ語から直接訳されたことになるという。
「私の意見では、内戦後にスペインで出版された最も美しい小説である」「初めてこの小説をスペイン語訳で読んだとき、私は目がくらむような衝撃を受けた。そしてそれから何度読み直したことか。そのうち何回かはカタルーニャ語で読んだのである」「たぶん、ルドゥレダは、私が知り合でもないのに訪ねて行った唯一の作家だと思う」
これは訳者あとがきに引用されている、ノーベル賞作家のガブリエル・ガルシア=マルケス(1927–2014)の言葉である。ガルシアは南米コロンビアに生まれ育ったが、ルドゥレダを訪ねたのは、彼がバルセロナのサリア地区に住んでいた頃だろう。ダイヤモンド広場はバルセロナのグラシア地区にあるが、主人公のナタリアは祭のダンス会場で、婚約者がいるにも関わらず、家具職人のキメットに口説かれた。かくして物語は始まる。
私はほとんど無意識に、私、踊れないから、と言いながら振り向いた。顔がぶつかりそうなくらい近くにあったんで、どんな顔だかわからなかったけど、ともかく男の子顔だった。かまやしないさ、と彼は言った。俺はうまいんだ、教えてやるよ、って。
キメットはナタリアをクルメタ(小鳩)と呼んだ。むっとして「私の名前はナタリアよ。私の名前はナタリア」と叫ぶと「君の名前はクルメタ、小鳩ちゃん、それしかあり得ない」と笑い飛ばす。この鳩はひじょうに重要で、ルドゥレダはこの『ダイヤモンド広場』を、1959年に「クルメタ」という題名で書き始めたという。キメットがアパートの屋上に小屋をって飼い始めるが、やがて部屋の中に侵入して棲むようにようになってナタリアを悩ませる。冒頭に触れたように、通奏低音としてスペイン内戦の影が常に流れている。彼女は夢と人生が戦争によって打ち砕かれた女性だったのである。スペイン内戦を舞台にした小説としては、アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)の長編小説『誰がために鐘は鳴る』が脳裡を走る。代表作であり傑作だが、アメリカ人の目線で描いた作品であることは否めない。当のスペイン作家の作品は極めて少ない。スペイン内戦でマヌエル・アサーニャ(1880-1940)率いる、左派の人民戦線政府を打倒し、カウディーリョ(総統)として以後30年以上にわたって、フランシスコ・フランコ(1892-1975)が独裁政権を敷いたという、政治的な事情もあったからだろう。グラナダ生まれの作家、フランシスコ・アヤラ(1906-2009)著、松本健二/丸田千花子訳『仔羊の頭』現代企画室(2011年)は珍しい例かも知れない。スペイン内戦を内側からえがいた短編集で、内戦の残酷さと悲惨さを、市井の視線で浮き彫りにしている。左の
『マルセー・ルドゥレダとその時代』(2005年2月)は、詩人で文芸評論家のマルタ・ペサロドナによる伝記だが、日本でも Amazon で入手可能である。スペイン語教室に通ったことがあるが、結果は三日坊主。ましてやカタルーニャ語は遠い世界、購入しても私には手におえない無用の長物になるだろう。邦訳の出版を期待したいけど、叶わぬ夢に終わりそうだ。
キメットが家にいるあいだは遠慮していたのだ。そして、何週間もしないうちに、戦争は負けるよ、って言った。敵が合流して一つになったら、こっちは負けたのも同然、あっちは勝ったも同然だよ、連中はあとは押しに押せばいいんだから。
人民戦線軍に加わり消息が不明になっていたキメットが、食料調達のため帰ってきた。ナタリアが「鳩たちはみんないなくなった」と言うと「戦争さえなけりゃ、今ごろ、上まで産卵所になっている小さな家を建てるだけどな」とキメットは答える。そして「今にすべてがうまく行くさ、こっちへ戻ってくる道すがら、たくさんの農家があったんだけど、みんな山ほど食べ物をくれるんだ」と付け加える。三日間家にいたがアラゴン戦線に戻った。そこでキメットは戦死するのだが、フィクションと分かっていても、この下りを読むのは辛かった。小説のネタバレはご法度、特に結末が意外な展開する場合は。だから、これ以上、あらすじを追うのは控えたほうが賢明なようだ。尻切れトンボ気味だけど、そろそろパソコンのキーボードから指を離そう。ぜひ手に取ってその深遠に触れて欲しい一冊だ。上に掲げた写真は、カタルーニャのヴァルスで生まれた、20世紀スペインを代表する写真家、フランセスク・カタラー=ロカ(1922-1998)が写したダイヤモンド広場である。ルドゥレダが執筆を始める4年前の1955年に撮影された作品で、ダンス会場の賑わいが活写されている。
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