2023年9月9日

福島の放射能汚染水放出は同様の行為の前例となりうる

抗議デモ
首相官邸前で福島第一原発の処理水海洋放出に抗議する人たち ©2023 東京新聞
Pinar Demircan

トルコの反原発活動家で、研究者のピナール・デミルカン博士が、原発に関する情報、リソース、分析、議論のためのワンストップ・リソース・ポータル DiaNuke.org に「福島の放射能汚染水放出は同様の行為の前例となりうる」と題した論文を寄稿した。世界の市民社会からの反対意見を無視し、海を核廃棄物置き場に変えてしまうことの根底には、その危機から生じる資本主義的慣行に触発されたより大きな目標がある、という見解がその主旨である。日本政府は「浄化」について真実を語っていないと主張。すなわち福島の放射能汚染水排出の例は、効率性と収益性を名目に、利益と業界の利益を優先する企業経営の考え方を採用した政治権力の姿を私たちに提示している。IAEA(国際原子力機関)は、原子力発電が安全かつ確立されたガイドラインの範囲内で行われることを保証する上で重要な役割を果たしている。しかし、IAEA から流出した文書は、東京電力と日本政府を支持すると宣言した同機関が、原子力発電所を否定的に描くような発言や、報道機関や世論に影響を与えるような情報発信を控えるよう助言していたことを明らかにしている。今回のスキャンダルで、IAEA と日本政府、そして東京電力との深いつながりが明るみに出るなか、本来高く評価されるべき国際機関としての IAEA の役割を考えることは重要である。曰く「福島原発の3つの炉心が完全にメルトダウンしたことによる廃水の排出プロセスは2011年に開始され、チョルノブイリ原発事故の危険レベルに匹敵する」「これはまた、福島の排水が通常の原子力発電所の排出過程といかに異なるかを浮き彫りにし、原子力発電所がもたらす危険性の大きさを示している」云々。

ALPS

さらに「日本の環境省のウェブサイトによれば、蓄積された排水で処理された放射性同位元素は全体の半分に過ぎない」というが「今後10年間で、福島から放出された放射能汚染水は、トルコを囲むマルマラ海、地中海、エーゲ海、黒海を含む世界中の複数の海に拡散すると予想されている。最近の科学的研究は、これらの海での蒸発が生態系における工業放射能レベルをエスカレートさせることを示唆している。このような背景を踏まえると東京電力、日本政府、IAEA はなぜ、ガンや DNA 損傷、流産の増加、ホルモンバランスの乱れ、不健康な将来世代の増加など、世界中で起こりうる排出の悪影響を無視し続けるのか?世界の市民社会が提起した異議申し立てを無視し、海を核廃棄物の捨て場に変えてしまう根底には、その危機から生じる資本主義的慣行に触発された、より大きな目標がある」と指摘。そして「現段階では、プロセスを追う NGO が強調する問題点を明確にして対策を講じることが不可欠であり、韓国、中国、台湾、太平洋諸島など近隣諸国のコンソーシアムが関与して初めて現実的な解決策が生まれることを確認すべきである。この点で、1997年に爆発したチョルノブイリ原子力発電所の4号炉を外部の気象条件から守るために集まった40カ国が資金を提供し、2016年に完成した鋼鉄製ドームシェルター建設のプロセス管理を例に挙げることができる」と主張している。下記リンク先は論文の原文です。

Nucler Power Plant  The Discharge of Fukushima's Radioactive Water could be a Precedent for Similar Actions

2023年9月8日

イギリスにおけるフォトジャーナリズムの先駆者クルト・ハットン

Quadruplets
Quadruplets standing on their heads, Bristol, England, 1954
Kurt Hutton

写真家カート・ハットンは1893年、ドイツ(現フランス)アルザス地方のストラスブールに生まれた。父はストラスブール大学の比較言語学教授、母は洋服職人だった。ハットンが母親がユダヤ人であることを知ったのは、大人になってからである。オックスフォードで2年過ごした後、ハットンは法律は自分には向かないと考え、学位を取得することなくストラスブールに戻った。第一次世界大戦中、ハットンは騎兵将校として従軍し、前線に派遣兵を運んだ際の勇敢さが認められ、鉄十字勲章(二等)を授与された。1918年初め、ハットンは塹壕で結核にかかり、除隊した。その後2年間、両親の費用でスイスのサンモリッツの療養所で療養した。この間、ハットンは幼い頃からの写真への情熱を再発見し、後に妻となるウィーンのドレスデザイナー、マルガレータ・マルヴィナ・ロジーナ・アンナ・ラシツキーと出会った。ハットンとラシツキーは1921年に結婚し、ベルリンに移り住んで自身の肖像写真スタジオを設立した。前衛写真家のジェルメーヌ・クルルと2年間スタジオを共同経営した。1926年、ハットンは妻の友人であるガートルード・エングルハルトとパートナーシップを結び、ともにベルリン郊外のダーレムにアトリエ・エングルハルト・ウント・ヒューブシュマンを設立し、芸術家、彫刻家、デザイナー、写真家たちが作業スペースを借りることができるようになった。この頃、ライカやコンタックスなどの軽量で近代的なカメラを試用し始めた。

Commissionaire's Dog
A hotel commissionaire talking to a small dachshund dog in Piccadilly Circus, 1938

有名な写真報道エージェンシー "Deutscher Photodienst"(ドイツ写真サービス)の代表であるシモン・グットマンと出会い、プロとしての道を歩み始める。グットマンの後押しで、ハットンはデフォー、ヴェルトランツシャウ、モーリシャスなどのエージェンシーでフォトジャーナリストとして働き始めた。また、ムンシュナー・イラストリアーテ・プレスという新聞の著名なハンガリー人編集者、ステファン・ロラントのもとでフリーランスの仕事も請け負った。1933年、アドルフ・ヒトラーが首相になると、ロラントはハットンにドイツを離れるよう進言した。アメリカへの移住を考えたが、オックスフォードでの思い出から最終的にイギリスを選んだ。

rollercoaster
Young women on a rollercoaster, Southend Fair, 1938

1934年、夫妻はロンドンに居を構え、翌年には息子のピーターとグレトルの母アデルが加わった。ロランも1934年にイギリスに移住し、ロンドンに到着後すぐに雑誌 "Weekly Illustrated" 週刊イラストレイテッド)を創刊した。1934年から1938年にかけて、ハットンによる80以上のフォトストーリーが "Weekly Illustrated" に掲載された。また、ロランが1937年と1938年にそれぞれ創刊した先駆的なフォトジャーナリズムのイラスト雑誌 "Lilliput"(リリパット)と "Picture Post"(ピクチャーポスト)にもフォトストーリーを提供した。

Backstage
Backstage, Models and Waiter, 1950s

"Picture Post" の創刊から関わったハットンはその最初のフォト・エッセイを担当した。同時代の多くの写真家と同様、ハットンもイギリスで匿名で写真を発表した。それにもかかわらず、彼は1940年6月に「敵性外国人」としてマン島に抑留され、1年後にようやく釈放された。ロンドンに戻ったハットンは、ロランの元副編集長トム・ホプキンソンの編集下にあった"Picture Post" のスタッフフォトグラファーになった。1947年、ハットンとグレトルはイギリス国籍を取得した。ハットンは1951年まで "Picture Post" の仕事を続けた。

Morning prayers
Morning prayers at the village school of Westerleigh, 1953

心臓発作を起こした直後、夫妻はハムステッド・ガーデン・サバーブからサフォークのアルデバーグに引っ越した。。作曲家ベンジャミン・ブリテンによって創設されたアルデバーグ音楽芸術祭を1948年から "Picture Post" のために記録していたため、この海岸沿いの町にはすでになじみがあった。アルデバーグの住民となったハットンは、個人的な楽しみのために毎年開催されるフェスティバルの写真を撮り続けた。1960年、ハットンはオルドバーグの自宅で亡くなった。彼の作品は、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーやテートなど、イギリスのパブリック・コレクションに収蔵されている。

aperture_bk  Kurt Hutton (1893–1960) | Biography | Public collections | Related web links | Ben Uri

2023年9月5日

福島原発汚染廃水の海洋投棄計画を決めた二年前の記事を読み返す

GEOMAR
ライプニッツ海洋科学研究所(GEOMAR)は有害な汚染水が約2年後にハワイ諸島に到達すると予測した

2021年4月13日、当時の首相、菅義偉は東京電力福島第一原発にたまった汚染水について、関係閣僚会議で「廃炉を進めるにあたって、避けては通れない課題だ。基準をはるかに上回る安全性を確保し、政府をあげて風評対策の徹底をすることを前提に、海洋放出が現実的と判断した」と述べた。原発敷地内のタンクにたまっている処理済み汚染水は ALPS(多核種除去設備)で再び処理し、海水で薄める。放射性物質の濃度を法令の基準より十分低くした処理水にしたうえで、海に流す。政府は東電に約2年後をめどに放出を始められるように、設備の設置などを求めるとした。これを受けて翌日 news.com.au に掲載されたアレックス・ブレア記者の「日本は福島から100万トン以上の放射能汚染水を太平洋に放出へ」という記事を読み返してみた。

抗議デモ
首相官邸前で政府の放射性廃水投棄計画に抗議するデモ参加者(2021年4月13日)

記事によると内外の反応は今回と同じような状況であったことが窺える。違うのは韓国政府の反応で、文在寅前大統領が反日路線を貫いていためか、計画を「絶対に受け入れられない」と非難し、汚染水がどのように処理されるかについて日本にさらなる情報を要求した。その一方、中国のメディアや当局者は日本の決定を激しく非難し、投棄は東シナ海と黄河流域の海洋生物や植物に深刻な悪影響をもたらすと主張した。広東海洋大学の元副学長、朱坚振氏は、海洋が微細な放射性粒子を自浄できるという主張は「支持できない」と述べ、海流によって潜在的に有害な物質が最終的には周囲の海洋全体に拡散すると主張した。「この問題を数千年のスパンで見ない限り、海洋投棄の悪影響は短期間、あるいは数百年で消えることはないでしょう」と朱氏は語った。

NoNukes

IAEA(国際原子力機関)のラファエル・マリアーノ・グロッシ事務局長は、安全性と環境への影響評価を行った上で、海洋への制御された排水の放出は世界中の原子力発電所の運転において日常的に行われていると主張、日本の解決策は「技術的に実行可能であり、国際的な慣行に沿ったものだ」と述べたという。しかし汚染水が燃料デブリに触れたかどうかが問題なのである。いわば「お墨付き」だが、巨額の拠出金を負担している日本への配慮と思われ IAEA の中立性に疑問が残る発言である。この発言は今年も繰り返された。いずれにせよ廃炉への出口はまったく見えないのが現状であり、中国の日本産海産物の輸入禁止を批判するのも虚しい。それこそ「科学と政治」のボーダーが混沌とした議論になっているからだ。ただちに原発の汚染廃水の海洋放出を中止し、新たな方策を探るべきだろう。スリーマイル島原発は、環境保全を訴える住民の反対により、河川への放出予定から大気への水蒸気放出に切り替えた。日本も当然この方法を模索した筈だが、見送られた。国内外から投げかけられている疑問に答えるため、今からでも遅くない、再検討すべきだと思う。なお、下記リンク先は当該記事「日本は福島から100万トン以上の放射能汚染水を太平洋に放出へ(英文)」の全文である。

news.com.au  Japan to release more one million tonnes of radioactive water from Fukushima into Ocean

2023年9月3日

福島第一原子力発電所の廃炉を拒む深い闇

Storage tanks for treated water
福島第一原子力発電所敷地内に立ち並ぶ処理水保管タンク

東京電力は8月24日、福島第一原発にたまり続ける汚染水をALPS(多核種除去設備)で処理した廃水の海洋放出を始めた。風評被害を懸念する漁業関係者らが反対する中「政府が一定の理解を得られたと判断した」として放出に踏み切ったのである。2023年度には4回に分けて計3万1,200トンを放出する計画。一方で汚染水は毎日発生して処理水も増え続けるため、年度内に減らせる処理水の貯蔵量は約1万1,200トンと、総量の約0.8%にとどまる見通しという。野村哲郎農林水産大臣が8月31日、記者団に対し、福島第一原発にたまる廃水を汚染水と発言したが、その通りだし、慌てて撤回する必要はなかったと思う。東京電力および政府が主張する処理水とは、原子炉内の燃料デブリを冷却作業で発生する汚染水を ALPS で処理した廃液であるが、トリチウムが除去できずに残る。また汚染水は燃料デブリに接しているのでヨウ素129やセシウム135などが残存している。東電は海洋放出する場合、二次処理すると説明している。しかし二次処理後はどの程度の量になるのか。二次処理した上でその総量を示すべきだと思うのだが、それすら明言していないのである。IAEA(国際原子力機関)は人間や環境に与える影響は無視できる程度だとしている。日本が約74億5,000万円)以上を拠出している IAEA の中立性に疑問が残る。東電の隠避体質もさることながら、安全というその「お墨付き」は信用できない。

ALPS
汚染水発生のメカニズムと ALPS 処理汚染水

2011年の地震とそれによって起きた津波で、原発は破壊された。冷却システムが壊れ、炉心がオーバーヒートし、施設内の水は高濃度の放射性物質で汚染された。廃水の海洋放出に対し、国内外の批判を浴びているが、もし日本が廃水を海に流す前に放射性物質をすべて除去できていれば、これほど物議を醸すことはなかっただろう。放出作業は少なくとも30年かかるという。問題なのは、現在、わずか1gの燃料デブリも取り出せていないという現実である。東工大ゼロカーボンエネルギー研究所の澤田哲生博士によると「全量取り出しはほぼ不可能に近い」という。10年、20年で終わらないのはもう明らかだ。どれくらい時間がかかるのか、100年単位でかかるのではないかという見積もりも出ているという。処理水は安全だという主張は、そうあって欲しいという虚しい願望の裏返しである。下記リンク先は「福島第一原発の廃炉は海洋放棄よりもはるかに困難だ」と題したAP通信の記事である。蛇足ながら処理水ではなく "Radioactive wastewater"(放射性廃水)と呼んでいる。

Associated Press  Fukushima decommissioning the nuclear plant is far more challenging than water release