2017年11月12日

安倍政権とジャーナリズムの危機

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日 時:2017年12月2日(土)18:30~
会 場:クレオ西ホール(大阪市此花区西九条6-1-20)
講 演:望月衣塑子(東京新聞記者)
演 奏:長野たかし(元「五つの赤い風船」)&森川あやこ
報 告:木村真(森友問題を考える会)
主 催:とめよう改憲!おおさかネットワーク

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2017年11月6日

ジョー・ヒル:天国のパイ

群衆に囲まれて墓地に向かうジョー・ヒルの棺(シカゴ1915年11月25日)

アメリカの大恐慌は人々の生活を苦しめたばかりではなく、結果的にドイツやイタリア、日本などのファシズムを生み、第2次世界大戦への引き金となった。アメリカはつくずく記録魔の国だと思う。魔と書いたが、良い意味である。手元に絶版となったソングブックが一冊ある。"Hard Hitting Songs For Hard-Hit People" と題されたこの書籍は、1967年にニューヨークのオーク・パブリケーションズから出版されたもので、編纂は民謡蒐集研究家のアラン・ロマックス、フォークシンガーのウディ・ガスリーとピート・シーガーで、小説『怒りの葡萄』の作者ジョン・スタインベックが序文を寄せている。私が所有しているのはハードカバーだが、2012年にペーパーバックス復刻版が出たので、現在は入手可能である。それはともかくこのソングブックには大恐慌が産み落とした歌の数々が収録されていて、庶民の視点による貴重な記録になっている。この中から一曲紹介しよう。これはジョー・ヒル(1879–1915)が作った "Pie in the Sky"(天国のパイ)という歌である。
悼んではならない 団結せよ!
長髪の説教師どもが毎晩やってくる
何が悪いか何が良いかやつらは語る
でも何か食べるものはと訊いてごらん
やつらは甘い声でこう答えるだろう

そのうちに食べられるようになるさ
天の上の栄光ある国で
働き祈りなさい干し草で暮らしなさい
死んだら天国でパイが手に入るだろう
ジョー・ヒルの生涯に関しては、1971年にアメリカとスウェーデン合作の伝記映画が公開されている。またジョー・グレイザー、フィル・オークスやジョーン・バエズなどがジョー・ヒルのことを歌っている。1879年スウェーデン生まれだが、1902年に移民としてアメリカにやってきた。無賃乗車で列車の旅をした人々をホーボーと呼ぶが、彼もその集団に加わったひとりであった。1905年にシカゴにおいて結成された Industrial Workers of the World(世界産業労働者組合)の運動に加わったが、最後はフレームアップで処刑されてしまう。集会条例によって街頭の演説が禁じられたいたため、賛美歌のメロディを使った替え歌で運動を展開したことで彼は知られている。奇しくもこれは、演説がだめなら歌で、ということで生まれた明治大正時代の添田唖蝉坊らの「演歌」と酷似しているのが興味深い。演歌はやがて風化して「艶歌」に化けてしまったが、アメリカではフォークソングとして育ち、ウディ・ガスリーやピート・シーガー、そしてボブ・ディランへと歌い継がれていったのである。このソングブックにはFSA(農業安定局)プロジェクトが記録した、大恐慌時代の写真が多数掲載されていることを特筆しておきたい。ドロシア・ラングやウォーカー・エバンスなどが撮影したもので、現代ドキュメンタリー写真の礎(いしずえ)になった。大恐慌と写真というテーマで機会があれば書いてみたい。

YouTube  Pie in the Sky - Pete Seeger 1965 /   The Ballad of Joe Hill - Phil Ochs

2017年11月4日

東寺五重塔にどうして大日如来像がないのだろう?

阿弥陀如来坐像

五重塔はストゥーパ、すなわち釈迦の遺骨を安置する舎利塔である。東寺(京都市南区九条町)の五重塔は弘法大師が天長3(826)年に創建着手したが、しばしば災火を受けて焼失、現在の塔は寛永2(1644)年に徳川家光に寄進によって竣工したものだそうだ。東側から初層の内陣に入ると、心柱を背にした須弥壇に安置された阿閦(あしゅく)如来像が目に飛び込んで来る。そして反時計廻りに不空成就(ふくうじょうじゅ)、阿弥陀(あみだ)、宝生(ほうしょう)如来と続く。いずれも金色だが、中心に置くべき真言密教の主導、大日如来の姿がない。東寺塔頭宝菩提院住職だった三浦俊良著『東寺の謎―巨大伽藍に秘められた空海の意図』によると、空海は心柱そのものを大日如来と位置付けたそうである。大日如来は宇宙の真理を表わす仏である。この仏を心柱とみなし、その上で金剛界の密教世界を作り上げていったという。

2017年11月3日

ピンホール現象に関する「アリストテレスの難題」を解いてみよう

Annular Eclipse Shadows on May 20 in 2012 by ©Justin Soffer

木漏れ日の針孔現象
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ピンホールカメラの原理について訊かれると、私は「光の直進性を利用したもの」と答えることにしている。これで何となく納得してしまうらしく、例えば「どうして光は直進するのか」という突っ込みを受けたことがない。中国の経書によれば、紀元前5世紀に光の直進性が知られていた。墨子や荘子らは影について語っている。衝立にピンホールを開けて倒立した像を作ることを最初に記述したのは墨子である。墨子は物体が光をあらゆる方向に反射することも、物体の頂点がから発せられた光線が針孔を通過すると像を作りだすことを知っていたし、針孔を通過した光だけが像を結ぶことに気づいていた。ピンホール現象が人の手によらず発生するのを最初に観察したのは紀元前4世紀、古代ギリシアの哲学者アリストテレスだと言われている。日蝕のとき木陰になった地面に三日月形の像が浮き上がってるのを見て、葉と葉の小さな隙間がそれを作りだしていることに気づいた。像が倒立することに対しては、アリストテレスは頭を悩ますことはなかったようだ。太陽からくる円錐状の光を想定して単純に説明した。すなわち円錐の頂点が孔の位置にあり、それが反対側にもうひとつの円錐を作りだし、これが太陽の像を結ぶと考えた。彼が関心を抱いたのは、孔の形がなんであれ、太陽の像が日蝕時には必ず三日月形になることだ。これは「アリストテレスの難題」として残り、16世紀まで解決されることがなかったという。

光の直進性を証明する実験装置
10世紀、アラビアのアルハゼン(イブン・アル・ハイサム)がカメラオブスクラを作って視覚の研究をした。3本の蝋燭を一列に並べ、壁との中間に孔を開けた衝立を置いた。彼は右側にある蝋燭の光が壁の左側に像を結び左側の蝋燭の像は右に出ることに気が付いた。このことからアルハゼンは光の直進性を導き出したが、像を結ぶのが小さな孔だけであることに注目した。形のまちまちな孔が、同じ太陽の円形の像、あるいは日蝕時に三日月形の像を結ぶのはなぜか? この「アリストテレスの難題」を16世紀になって解いたのが、ギリシャのフランチェスコ・マウロリコだったという。マウロリコはヨハネス・ケプラーの先駆者とも言える数学者であった。眼球が作る像とレンズのない小さな隙間が作る像、その両方に関する理論に没頭した、と歴史書は説明している。前置きが長過ぎたようだ。ここまで読んでいただいたあなたは、マウロリコがどのように「アリストテレスの難題」を説明したか知りたくなりませんか? 実は私がそうなのである。ところが、彼が解いたということが分かったものの、どのように説明したかは見つからないのである。私はピンホール、あるいはカメラオブスクラ関係の書籍をそれなりに持っている。しかしその中からは答えが出ずじまいだ。もしやと思い、インターネットで検索してみたが、やはり見つからなかった。仕方ない、それではということで、自分で考えることにした。あなただったらどう説明しますか?