2017年9月1日

大正時代の売れっ子芸妓にため息

ヴァイオリンを抱えた下谷の芸妓さかえ

カメラが撮らえた
幕末・明治・大正の美女
大著『青い目が見た「大琉球」』の著者ラブ・オーシュリ氏は、沖縄に住むアメリカ人の古写真の蒐集研究家で、写真共有サイト Frickr に夥しい数の画像をストレージしている。これはその一枚で "Miss SAKAE-SAN -- GEISHA WITH VIOLIN" とタイトルがついているが、芸妓「さかえ」のポートレートである。かなり有名な芸妓だったらしく、津田紀代監修『カメラが撮らえた幕末・明治・大正の美女』(ビジュアル選書)の表紙にもなっている。目が大きく、二重瞼で、鼻筋が通った、現代に通ずる美女だ。その可憐にして妖艶な艶姿にため息が出る。同書によると大正期に絵葉書のモデルとして売り出されてから一世を風靡し、当時の写真集『東都の名妓』や『現代美人帖』にも取り上げられた売れっ子だったようだ。出自など詳しいことは伝わっていないとのことだが、どうやら1922(大正11)年に18歳でデビュー、東京・下谷の置屋「三州家」に所属していたらしい。毎日新聞社『1億人の昭和史』に歌舞伎役者の二代目市川左団次夫人になったという記述があるそうだ。入手困難な雑誌だし、図書館に出向いて全15冊を調べる根気もない。嫁いだのは「栄」という名の芸妓で、本名は浅利登美子という説もあるようだ。左団次についてネットで調べてみたのだが「さかえ」の名は出てこない。興味深い話だが、真偽のほどは不明である。ヴァイオリンを抱えているが、よく見ると顎当てがない。彼女自身が演奏できたかどうかは不明だが、おそら写真師が用意した小道具だろう。ところで江戸時代に歌舞伎役者や相撲力士の浮世絵が人気を博したが、明治時代になると写真がそれに代わり、同時にその絵葉書も大量生産されるようになった。所謂プロマイドだが、現代のグラドル(グラビアアイドル)に通ずるものがある。風景や名所旧跡などのほか、芸妓・舞妓の絵葉書は、外国人の土産としても人気が高かったようである。いずれにせよ、このような古写真が文献歴史学上、貴重な資料であることは間違いない。

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