2017年8月28日

フィドルとヴァイオリンはどこが違うのか?

Father and daughter play fiddles, Benburb Co. Tyrone, Northern Ireland, 1987.

こんな質問を時々受ける。現在は楽器としては同じです、と答えた後、実はその続きが長くなってしまうことがしばしばだ。「あのですね、本来フィドルのほうが歴史が古く、ヨーロッパにおいてはレベック(rebec)あるいはレバブ(rebab)どを経て、ヴィオール属、ヴァイオリン属の楽器に変遷したといわれています」なんていうと、相手はきょとんとしてしまう。さらに続けて「16世紀にほぼ完成されたスタイルで突如出現したイタリアのヴィオリーノ(小さなヴィオラ)がヴァイオリンです。似たような楽器でしたが、フィンガーボード面が丸みを帯びるようになり、弓で単音を弾けるようになったことなどから、ヴァイオリンがフィドルにとって代わります」と付け加えるといよいよ分からなくなるようだ。つまり本来はフィドルは古い楽器だった。ところがヴァイオリンの出現により、これをまた新たにフィドルと呼ぶようになったというわけなのだが。そしてフィドルという言葉自体は、同じ楽器のクラシック音楽のヴァイオリンと区別する形で民族音楽系の総称になった。ヨーロッパではケルト系のアイルランドやスコットランドの、そして東欧系のロマ族、すなわちジプシーのふたつの奏法に大きく分けることができるようだ。アイルランドやスコットランドからの移植者が、アメリカのアパラチア山系に持ち込んだフィドルは、カントリーやブルーグラス音楽の花形楽器になったのである。

G. B. Grayson, Henry Whitter and the Greer Sisters of Boone, North Carolina, ca. 1927.

では古来のフィドルはいつ頃生まれたのだろうか? スコットランド出身のフィドラ―、ロビン・ウィリアムス著 "English, Welsh, Scottish and Irish Fiddle Tunes" によると、フィディル(fidil)という言葉がアイルランドの詩 "Fair of Carnan" に現れたのは8世紀ごろだという。そして次に十字軍の時代に現れたのが冒頭に上げたレベックである。別の資料として北アイルランドの放送ジャーナリストのフィオヌアラ・ウィルソンが、アルスター・スコッチ協会のウェブサイトにちょっと注目すべき論文を寄せている。彼女は1989年、アルスター大学で音楽を勉強する間にアントリムで、レコードを含めたフィドルに関するフィールドワークをしている。論文の中で彼女は、現在とは形や大きさが違うだろうが、この地域にフィドルあるいはフィドラ(fidula)が11世紀に入ったと書いている。アイルランド音楽ではいろいろな楽器が使われているが、昔から使われてきた楽器はイリアンパイプとハープなどであった。フィドルあるいはフィドラがすぐに引っ張りだこになった理由として、ダンスからの希求であったという説明は説得力がある。それまでのパイプよりフィドルのほうが息切れせずに長い間演奏できたからだというのだ。つまり朝まで弾き続けることができたのである。


Yo-Yo Ma - Fiddle Medley ft. Stuart Duncan, Edgar Meyer, Chris Thile, 2012.

これはフィドルのスチュアート・ダンカン、ベースのエドガー・メイヤー、フラットマンドリンのクリス・シーリとチェロのヨーヨー・マによるフィドル混成曲である。ブルーグラス音楽の名手たちと、クラシック音楽の巨星のコラボとして興味深い。茂木健著『フィドルの本』にはこんな記述がある。「ヴァイオリンとフィドルはまったく同じ楽器でありながら、一方ではヨーロッパの芸術音楽の花型楽器として揺るぎない地位と敬意を得ているのに、一方では民衆の卑俗な音楽を演奏する下賤な楽器として同じく揺るぎない蔑みを受けてきた」というのである。民衆音楽における変遷で重要なのは、曲作りがペンおよび紙の上ではなく、楽器自体で行われたことである。楽器を使った作曲は楽器そのものが持つ特性が直接影響を及ぼす。従ってパイプで作られた曲とフィドルで作られた曲はそれそれが特徴を備えているといえる。クラッシックのヴァイオリン演奏家は左指をハイポジションに移動する必要があり、従って楽器を顎で支える。ところがアイルランドのフィドラーはほぼ第一ポジションにとどまる演奏をしたため、極端な場合、楽器を腕まで下げて演奏した。がっちり確保する必要のない自由さは、アイルランド特有のフィドルチューンを醸造したといえなくもない。この演奏法はアメリカのフィドルチューンに引き継がれたのである。高度な技巧を凝らすクラシックのヴァイオリン演奏を聴くのも好きだが、やはり惹かれるのはフィドルである。いわば土の香りといったものがその魅力を支えている。

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