2014年2月18日

一時閉鎖していたフィドル音楽のサイトを復活

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今月初めに「懲りずにウェブページの再建工事を始めた」という記事を書いたばかりだが、その時に「Fiddle Music」(フィドル音楽)というページもサーバから削除した。これまた古いサイトで、10年前に原型を作ったものだ。フィドルというのは英語圏でのヴァイオリンの世俗的な呼び方で、楽器自体は同じだが、奏法はクラシックとは異なり「庶民的」である。主としてアイルランドやアメリカのそれを解説紹介したサイトだが、ルーツ音楽と言えばお分かりになるだろうか。一旦閉鎖したのは写真のサイズが長辺600ピクセルと小さく、見映えが悪く、ちょっと嫌気が差していたからだ。ただ少し工夫すればなんとかなるかと思い直し、突貫工事で手直ししてみた。改修の要点は以下の通りである。
  • 横幅を600から900pxに広げ写真の一部を大きくした
  • メインフォントの大きさを12から14ピクセルにした
  • 各ページのタイトル文字をテキストから画像に変更した
  • 将来のHTML5導入に備えてヘッダ部分を書き換えた
根本的にはすべての写真を大きくしないと見劣り感は拭えない。すべてフィルムで撮ったものなので、スキャナで取り込み直すのは結構タイヘンな作業になりそうだ。将来の課題とし、取り敢えず部分修理で再開した次第である。この10年間を振り返ってみると、ウェブサイト、ブログ、そしてソーシャルメディアと興味が移ってきたといえる。つまり手がかからないことに移行してきたわけである。特にソーシャルメディアの普及によって、個人のサイトやブログへの一般的な関心が薄まったような気がする。ブログの更新をやめてしまった友人も結構多いようだ。しかし、だからこそとは言わないが、自分の中で何かを「整理」しておこうという衝動があるのかもしれないのである。

2014年2月13日

ウェブ記述言語 HTML5 のお勉強

HTML5  クリックすると拡大表示されます

前述した通り「懲りずにウェブページの再建工事を始めた」のだが、一番肝心な写真ページはひとつだけ作ったものの、更新を一旦ストップしている。というのは「記述はなるべくHTML5の仕様に沿うようにしたい」と書いた以上、やはりHTML5の勉強をしなければと痛感しているからだ。まさに「少年易老學難成(少年老いやすく…)」の心境である。
<!DOCTYPE html>
<html lang="en">
<head>
<meta charset="UTF-8">
<link rel="stylesheet" href="style/basic.css">
<link rel="icon" href="image/icon/favicon.ico">
<title>Pinhole Photography</title>
</head>
これは再建中のページの書き出しの部分だが、簡素化された記述なのでHTML5に準拠しているように見えるが、新設されたタグをまだ援用していない。従ってどんどん更新してしまうと、後で手直しするのが面倒である。一冊教科書を購入したので、勉強してからゆっくり書き進めようと思っている。上掲画像は新しいタグの壁紙、クリックすると拡大する。

2014年2月7日

懲りずにウェブページの再建工事を始めた

クリックすると再建中のウェブサイトに移動します

ウェブページ作りは1995年に遡る。まだ教科書がないころで、海外のサイトを参考に見よう見まね、手探りで作った。そしてちょうど10年前の2004年11月にブログをExciteに作ったのだが、同時期にYahooBBとプロバイダ契約、無料のYahoo!ジオシティーズを利用して新たにウェブページ作り直した。ブログをグーグルのBloggerに移したのが2011年暮れで、そのころからウェブは放置、更新をしなくなってしまった。ところが最近、Facebookで知り合ったニューヨーク在住の写真家、ルイス・コナーさんのサイを見て刺激され再建を決意したのである。とにかく大きな写真を見せたい、そしてデザインはシンプルにしたい。掲載作品はピンホール写真に限ることにした。

過去に作った経験があるといっても、HTMLに精通しているわけではないし、JavaScriptなどの知識はゼロである。デザインはWordPressに惹かれるものがあったが、Yahoo!のサーバーでは使えないことが分かった。そこで無料のテンプレートを探したが、気に入ったものが見つからなかった。仕方なく素人は素人なりにと居直り、自分の知識だけを頼りに作成ソフトなどを使わずに、テキストエディタだけで再建工事を始めたのである。モニターが1,024ピクセルのパソコンを意識して横幅は1,000ピクセル、写真の最大横幅は900ピクセルにした。記述はなるべくHTML5の仕様に沿うようにしたい。肝心の作品を掲載してないし、まだ中身はないのだが、一旦ここで公表しようと思ったのは自分を励ます意味もある。

2014年2月5日

壇浦兜軍記「阿古屋琴責」Kindle版を読む

平清盛(左)と阿古屋の宝塔  六波羅蜜寺(京都市東山区松原通大和大路東入る)

文楽新春公演(画像クリックで拡大)
国立文楽劇場(大阪市中央区)の初春公演が1月26日に千秋楽を迎えたが、行きそびれてしまい、いささか後悔している。J-CASTニュースによると文楽の年間入場者数は10万1,204人となり前年から2.5%減少、大阪市が協会に提示した補助金満額支給(3,900万円)の条件である10万5,000人に僅かに届かず、約730万円減額される見通しとなったからだ。橋下徹市長は出直し選挙をするそうだが、市長選の費用は少なく見積もっても6億円かかるという。なんと文楽への補助金のおよそ19年分を数週間で使ってしまうのである。憤懣やるかたない無謀な決定だが、文楽救済の一助としてやはり行くべきだった。そしてなによりも残念なのは今回の演目のひとつである「壇浦兜軍記」の「阿古屋琴責の段」を見損なってしまったからだ。私がこれを観たのは国立文楽劇場ができる前、道頓堀の朝日座だったからずいぶん昔の話になる。浄瑠璃「壇浦兜軍記」は近松門左衛門の「出世景清」の改作で、文耕堂・長谷川千四合作、享保17年(1732)に大坂竹本座で初演された。

三段目口の堀川問注所の場、すなわち「阿古屋琴責の段」は、平家の残党悪七兵衛景清の行方を探す鎌倉方の畠山重忠が、五条坂に住む愛人の傾城阿古屋を捕えて景清の所在を問いただす。阿古屋が知らぬと申し開きしたので、琴、三味線、胡弓を弾かせて詮議する。その音色が乱れていないことから、ウソをついていないことを知り釈放するという話。文楽では三曲を三人の奏者が演奏するが、歌舞伎では身代わりができないので、一人の役者が三つの楽器を弾きこなす必要がある。坂東玉三郎が有名だが、まだ観たことがない。しかしその玉三郎と確執があったと噂される六代目中村歌右衛門の阿古屋を撮影したことがある。確か京都の南座だったと記憶しているが、舞台下だったので、その迫力ある演技は今でも脳裡に残っている。ところで六波羅蜜寺の本堂の南側に阿古屋の供養塔がある。鎌倉時代中期に造られた花崗岩の石造宝塔で、台座は古墳の家型石棺の蓋が代用されているが、隣の平清盛の宝塔よりどっしりしているのが面白い。なお「壇浦兜軍記三段目阿古屋琴責」のKindle版は99円で購入できる。私はアマゾン電子書籍リーダーを持っていないので、アプリを使ってグーグルのタブレットNexus7で読んでみた。視認性は劣るかもしれないが、様々な用途に使えるので、今はKindleに食指を伸ばさないことにしている。

Amazon  壇浦兜軍記 三段目 堀川問注所の場 ─ 阿古屋琴責 ─ (日本古典文学電子叢書) [Kindle版]