2015年12月30日

人はどうして食事内容までソーシャルメディアで公開するのだろうか

JEUGIA四条店(京都市下京区四条通東洞院西入る)SONY Xperia Z3

ソ-シャルメディアFacebookに対するべからず集をネットでよく見かける。例えば「人をイライラさせるだけのFacebook投稿を知っておこう」という記事によると「朝食はベーグルでした」というのはどうやら嫌われるらしい。つまり他人に食事内容のような平凡なことや、スケジュールの細部まで伝えるのは疑問だというのである。ところがFacebookには食事に関する投稿が結構多い。写真はスマートフォンで撮影し「これを買って帰ります」というコメントを付けて私が投稿したもの。これは「朝食はベーグルでした」と同じで、私が何処で何を買おうが大多数の人にとっては関心がない筈である。ソーシャルメディアは現実生活の延長と言う人がいるが、そうではないと思う。というのは外でお昼に何を食べたかというのは、余程珍しいものでない限りおそらく家族にも話さないと思われるからだ。にも関わらずこのような投稿を続けるのは何故だろうか? 人によってはこれを孤独感からと言うかもしれない。半ば言い当てているような気がしないでもないが、そうとも言い切れないような気がする。Facebookにはアクティビティログという機能がある。何をしたか、その記録が残るのだが、確かに日記代わりになる。大袈裟に言えば「自分史」なのだが、そのために投稿しているとは考え難い。ソーシャルメディアと現実生活の不思議な関係を掘り下げ、うまく纏めれば一冊の本になると思う。しかし思考能力の範囲を超えているので私には無理である。どなたか挑戦しませんか?

2 件のコメント:

  1. それはニュース価値とか、ストーリー性とか、ジャーナリズムやエディターの視点ではないですか。

    わたしはfacebookはソビエトのポチョムキン村みたいな、ほんとうはつまらなくて貧しいのに、人生のいいところだけ見せびらかしている人がおおいと思います。つまらないものの写真なんだけど、背景に高い酒のボトルが写っているとか。そんなものじゃなくて、魂のみえる投稿が増えないかと思うのは同じところです。

    自分史に関しては、タイムラインの投稿毎に、facebookには自分以外には見えないように設定できるので、それを使えばすむと思います。

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    1. Facebookでも触れたんですが、ソーシャルメディアを現実の延長と考えてる人が多いようですね。だから食事内容とか、そういうことをポストするんじゃないでしょうか。私は延長ではなく、現実生活の拡大だと思ってます。だから会ったこともないRyujiさんとこうして長い間ネットでお付き合いしているわけでして。

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