2022年4月5日

アゾフ大隊のネオナチの過去がロシアの攻撃材料に

AzovBattalion
首都キーウで旗を振るアゾフ大隊の兵士たち © 2014 Genya Savilov /AFP
アゾフ大隊の旗

ロシア軍はウクライナのキーウ(キエフ)から撤退した。ところがキーウ北西の都市ブチャに、ロイター通信などの記者が入ったところ、多くの市民が路上で死亡しているのが見つかった。ブチャの市長は「手を縛られ、頭を撃たれた人もいる」と話しているという。ジェノサイドである。プーチン政権はウクライナの自作自演、フェイクニュースと主張しているようだ。どちらの言っていることが正しいかは明白で、国際社会ではロシアへの怒りと、ウクライナとの連帯の動きがますます広がっている。ロシアは国境に隣接する東部と、黒海沿岸の南部に戦闘の軸足を移したようだ。ところで存在感を示しているのがネオナチをルーツとする、民族主義連隊「アゾフ大隊」である。分離したドネツク人民共和国に近い 工業港湾都市であるマリウポリは、戦前の人口が約40万人だった。ロシアがウクライナに侵攻して以来、定期的な砲撃によって都市は荒廃している。正規軍と極右民兵であるアゾフ大隊(現国家警護隊特命分遣隊アゾフ連隊)のメンバーを含むウクライナ軍の激しい抵抗は、武器を捨てろというモスクワのクレムリンの要求を拒否し、数週間にわたって抵抗した。市当局によると、この戦闘で約5,000人の市民が死亡し、数千人が自家用車やバスで、親ロシア派の分離主義者が支配する東ウクライナや、北や西のウクライナ人が支配する地域に避難せざるを得なくなっている。しかしこのような戦いでアゾフ大隊の存在が脚光を浴びることになった。アゾフの軍事部門と政治部門は2016年、極右組織「国民軍団党」の設立に伴い正式に分離した。この時には既にアゾフ大隊はウクライナ国家親衛隊に統合されていた。

Map of eastern Ukraine
紫と赤はロシアの制圧地/ピンクはロシアの前方作戦地域(4月5日)loupe 拡大

効果的な戦闘部隊として現在の紛争に深く関与するアゾフ大隊だが、ネオナチ的な傾向を有していた過去があり、その傾向はウクライナ軍への統合後も完全には消えていない。プーチン大統領は2月24日の侵攻開始直前に行った演説で、ウクライナの「非軍事化と非ナチス化を目指す」と表明した。民間人の避難先となり、建物の両側の地面に「子ども」と書かれていたマリウポリの劇場が爆撃された後には、ロシア国防省が「国家主義的なアゾフ大隊の戦闘員」による攻撃だと非難した。以上述べてきたように、アゾフ大隊は、ウクライナに拠点を置く極右のナショナリスト準軍事組織である。2014年に設立されたこのグループは、その国家民兵準軍事組織と国家軍団の政治部門を通じて、ウクライナのナショナリズムとネオナチズムを推進している。ウクライナのアキレス腱とも言えそうだ。2022年、このグループは、キエフ、ハリコフ、マリウポリでロシア軍と戦ったことで再び有名になった。ロシアの情報工作において、アゾフ運動は事実と偽情報の境界が消える格好の標的となっている。アゾフ大隊の過去は、西側のプロパガンダにとって都合が悪いのが弱点である。「武力侵攻したロシアはもちろん悪い。しかし…」という論理展開は「しかし、ウクライナに原因がある」という主眼の逆転に陥る可能性があるからだ。それこそ独裁者プーチンが説く戦争の目的や意義に絡めとられる危険がある。

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