2019年12月7日

ヴァイオリンの f 字孔物語

ヴァイオリンの内部 ©2018 エイドリアン・ボルダ

マン・レイ(1924年)
エドワード・ウェストン(1886–1958)のヌード写真集 "Edward Weston: Nudes" のモデルになったカリス・ウィルソン(1914–2009)は、友人の言葉を引用して「この世には3つの完璧な形がある―艇体、ヴァイオリン、女性の体」と書いている。弦楽器はしばしば女性の体に喩えられるが、これをまさに具現化したのが、マン・レイ(1890–1976)の『アングルのヴァイオリン』だろう。これは彼が敬愛していた画家ドミニク・アングル(1780–1867)の裸婦作品『パンソンの浴女』に触発されたと言われている。f 字孔を付け加えたので、ヴァイオリンを連想させる写真に仕上がっている。上の写真はそのヴァイオリンの中を撮影したルーマニアの写真家エイドリアン・ボルダ(1978-)の作品だ。ボルダが住むルーマニアのレギンは、ヴァイオリンの街と言われている。サウンドホールからの光が f の字を投射しているので、ヴァイオリンやチェロの内部と想像がつく。修理中のチェロを開け、8mmの魚眼レンズを装着した Sony NEX-6 で撮影したのがきっかけだったそうだ。しかしこのカメラをヴァイオリンの f 字孔から入れるのは無理であるが、どのように撮影したのか分からない。ところでヴァイオリン属の弦楽器にはどうして f 字孔があるのだろうか。弦を弓で擦って音を出す、いわゆる擦弦楽器の起源に関しては諸説がある。

小さな円から細長く大きな f 字形に進化したサウンドホール(MIT News 2015

アントニオ・ストラディバリ
アジアの騎馬民族によってヨーロッパにもたらされ、各地方の民族楽器として浸透し、その後地域ごとに多種多様な発展をし多くの楽器群が出現したというのが定説のようだ。現在ではフィドル(fiddle)とヴァイオリン(violin)は楽器としては同じものを指すが、フィドルのほうが歴史的には古く、レベック(rebec)あるいはレバブ(rebab)などを経て、ヴィオール属、ヴァイオリン属の楽器に変遷したといわれている。そのヴァイオリンは改良を重ねて徐々に完成されたのではなく、1550年ごろ、突如として、最初から完全な形でイタリアに誕生した。マサチューセッツ工科大学の音響学者と流体力学者は、ボストンのノース・ベネット・ストリート・スクールのヴァイオリン製作者と一緒に、クレモネーゼ時代の数百のヴァイオリンの測定値を分析した。そしてヴァイオリンの音に影響を与える重要な要素は、空気が逃げる f 字型の開口部の形状と、長さであることを突き止めたのである。すなわち開口部が長くなればなるほど音が大きくなる。これは中世のレベックなど、ヴァイオリンの祖先の丸いサウンドホールよりも、音響効率が高いことがわかったのである。イタリアのアントニオ・ストラディバリ(1644-1737)やジュゼッペ・グァルネリ(1698-1744)などの名工が、サウンドホールを細長くし、裏板を厚くしたのは、あらかじめ設計したのではなく、偶然だった可能性があるという。余談ながら、細長い S に駒(bridge)の位置を示す刻みを入れたので、最終的に f 字形になったのではないかと私は推測している。

study  Power efficiency in the violin by Jennifer Chu | MIT News Office | February 10, 2015

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