2011年11月8日

疾風の70年代を共有した伊藤君とQ-BLICKの思い出

Untitled Keiichi Ito 1972

故・伊藤敬一君 1974年9月 Q-BLICK(新宿区早稲田鶴巻町)
やや旧聞気味だが、今月1日、東中野で催された「伊藤敬一さんを送る会」に出かけた。すぐにブログに書こうかと思ったが、何故か気が重く、手がつかなかった。かつて親しく遊んだ友を語るのはちょっと辛いからだ。でも書くことにしよう。伊藤君と会ったのは確か1973年の初頭だった。早稲田大学在学中だったが、英国に遊学、帰国したばかりだという。ダッフルコートを着た颯爽たる姿は、まさしく英国帰りそのものだった。ロンドンの「フォトグラファーズ・ギャラリー」で個展を開いたという。しばらく会わなかったが、その年の暮れ、彼が新宿区早稲田鶴巻町に「ギャラリーQ-BLICK」をオープンさせたことを知った。ビルの2階のフロア全体を占拠したかたちのギャラリーはゆったりとした、贅沢な空間だった。英国での個展、そしてギャラリー開設、そこに何らかの野望を感じないわけではないが、今思えばそれは自然の成り行きだったのだろう。野心という言葉を打ち消す、極めておおらかな性格を彼は持っていたからだ。翌1974年夏、私はQ-BLICKで個展「写真ですよ」を開いた。写真を生業にしてから初めての個展だったが、その後開催した写真展はいずれもこれを超えてないような気がする。内容に関しては、機会を改めて書きたいと思う。その年の秋、2回目の個展ではフォークシンガーの友部正人君のコンサートを計画した。単なるギャラリーではなく、多目的自由空間と化していたといって良いだろう。翌年の1975年にかけて都合3回の個展を開いたのだが、自分の作品を発表する場というより、音楽友だちとの交流の場という色合いが増していったように思う。豊田勇造君のコンサートを開いたが、もしかしたら最初に伊藤君を彼に紹介したのはこの時だったかもしれない。Q-BLICKがいつ閉じられたかは記憶にない。1977年東京・晴海で開催された「ローリング・ココナッツ・レビュー・コンサート」の写真記録のため「フィッシュアイ'77」というグループを結成したが、伊藤君に手伝って貰ったことを憶えている。送る会では豊田君が「いとうくん」という歌を歌った。二人の付き合いはずっと続いたようだが、私とは疾風の70年代を共有しただけだった。でも忘れられない日々、楽しかったよ伊藤君、ありがとう。

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