2018年7月20日

カーボン狂想曲異端調

フィドルの弓の反りが捻じれてしまい、使えなくなってしまった。修理を依頼しようと思ったが、安もの、素材そのものが良くないので、新しいのを買うことにした。前からカーボン弓が気になっていて、試してみたいと思っていた。ネットで知り合ったヴァイオリニストが、ブログでカーボン弓導入について書いていたことが決定打となった。プロの演奏家が良いというのだからきっと良いのだろ、というわけで購入することにした。カーボンといえば、カメラの三脚を思い出すが、前から所有しているものが使えるので、導入に至っていない。そういえばカーボンの釣り竿を所持していたことがある。フライフィッシング用釣り竿というと、英国ハーディ社のバンブーロッドに憧れる日本人が多いようだが、私がアイルランドで会った英国人アングラーは、日本製のカーボンを褒めていた。いずれにしてもカーボン、正しくは強化材にカーボンファイバーを用いた、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)のことで、軽量で、強度、弾性率が高い素材のことだ。

当然かもしれないが、値段がピンからキリまである。あるサイトに載っていた記事によると、低価格帯のカーボン弓ならお奨めだという。というのは安い弓は素材の木材そのものの質が悪いので、弓の強度が落ちる。その点でカーボンは期待できるし、破損し難いというメリットもあるそうだ。いわば工業製品だから、仕上がりにムラがないのも良いという。ところが中級以上なら、カーボン弓はちょっと疑問だというのだ。木製の弓は本来リペア(補修)が可能で、使い方によれば何百年も持つ。たしかにヴァイオリンは本体も一部の部品の除いて木でできている。接着材も膠なのでバラして修復が可能になっている。だから18世紀に作られたストラディバリウスが現在でも使えるのだろう。そういう意味では、ヴァイオリンは手工芸品であり、工業製品の弓はその歴史の異端児かもしれない。ところで「フィドルとヴァイオリンはどこが違うか?」というテーマに対し、前者が歴史的には下賤な楽器として蔑みを受けてきたと書いた記憶がある。

フィドル教室:アイルランドのクレア郡キルフェノラ村

画家ジョージア・オキーフの父親フランシスは、カトリック教徒のアイルランド人で、読み書きがやっとできる程度しか教育を受けなかった農夫だった。ベニー・アイスラー著、野中邦子訳の伝記『オキーフ/スティーグリッツ』(朝日新聞社)によると、フィドルでアイルランド民謡を奏でて遊びほうける父親の姿が印象に残っていたという。英国の支配によって苦しめられたアイルランド農民にとって、ダンスが最大の愉しみであった。製作技術の向上により、安価で手に入るようになったフィドルが、その伴奏楽器として普及したことが窺える。今日、ヴァイオリンというと高価な楽器という印象は拭えないが、少なくともアイルランドでは大衆的な楽器だったようだ。上記、中級カーボン弓は10万円以上する。弓がこの値段なら、本体はいくらだろうか。私のフィドルはカリフォルニア州ロングビーチの中古楽器店で買ったものだが、ぼろぼろのケースの形状などから推測すると、おそらく19世紀に米国に持ち込まれたものだろう。70ドル、1万円に満たない。いくらカーボン製が安いとはいえ、本体より高い弓を買うハメになったのは言うまでもない。

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