Bob Dylan at The Oracle Arena, Oakland, Calif. Feb 11, 1974 ©Tsutomu Otsuka
湾岸沿いに走るBART(Bay Area Rapid Transit)にサンフランシスコから乗り、対岸のオークランドに降り立った。会場のオラクル・アリーナ前にはすでに人だかりがしていた。若いカップルが寄ってきて何と「チケットいらない?」と言うではないか。どうやらプロのダフ屋ではなく、1枚余っているという。予約チケットなしで飛行機に乗ってしまった私にとっては渡りに船、飛びついたのは言うまでもない。1974年2月11日、私の眼前にザ・バンドを従えたボブ・ディランが現れた。1966年のバイク事故でディランは隠遁生活に入ったが、これは本格的復帰活動の始動でもあった。演奏が始まった。隣に座った先ほどの若者がこれを吸えという。
ディランの声が、ミゾを壊したレコードみたいに、耳の中で空転する。アブラムシみたいになったくしゃくしゃのマリファナに酔った男が「お前さんディランのコトバわかるかい?」と耳元で囁く。「いやぼくはわからないよ」「おいらも、さっぱりさ」――。ロビー・ロバートソンの指が大きく広がって、そのすき間に露出した無精ひげディランが、ぼーっとかすんで、ぼくの視界からゆっくり消えてゆく。最後から二番目の曲の時だったろうか、客席を監視していた屈強そうなガードマンの列が切れた。私は席を離れ、舞台下に突進した。モノクロフィルムが入ったライカM5、カラーが入ったニコンF2、夢中でシャッターを落とす。宴は終わった。翌日、ロサンジェルスに移動した。新聞を広げると、ディランよりむしろザ・バンドの演奏を絶賛している。カリフォルニア大学のキャンパスに出かけたら、木の枝にぶら下がった「ディランのチケット」という紙が風に揺れていた。ディランの歌詞集を書店で買い、「アリスのレストラン」で食事を済ませ、ホテルに戻ると電話が鳴った。「ロス公演のチケット、入手できますよ」「いや、もう結構です」…。
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