2014年4月21日

ジョッシュ大塚君と43年ぶりの邂逅

ラグパパス・ジャグバンド  左から2人目がジョッシュ大塚君(京都・拾得)

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昨20日の夕、ライブハウス「拾得」で開催された藤村直樹君を偲ぶコンサート「君こそは友」に出かけた。サブタイトルが「邂逅」となっていたが、私にとってもまさに邂逅の一夜であった。神戸の「ラグパパス・ジャグバンド」のジョッシュ大塚君となんと43年目の再会をしたからだ。私が仕事の関係で神戸に移住したのは1970年の春だったが、何よりも嬉しかったのはコーヒーハウス「ロスト・シティー」に入り浸りできることだった。1963年だったと記憶しているが、東京で立命館大学のブルーグラスバンド「サニー・マウンテン・ボーイズ」の演奏を聴いた。そのバンドのバンジョー奏者だった野崎謙二氏が経営していた店である。

そしてこの店を拠点に活躍していたバンド「ブルーグラス45」を率いていたのがジョッシュ大塚君だったのである。翌1971年に彼らのLPレコード「Bluegrass45」が米国のレーベルからリリースされたが、ジャケット写真は私が担当した。ロスト・シティーの店内で撮影したが、カウンターの中にいるのが野崎謙二氏である。メンバーはジョッシュ大塚(ギター)大塚章(マンドリン)渡辺敏雄(ベース)渡辺三郎(バンジョー)寥学誠(フィドル)。画像をクリックすると拡大写真が展開するので是非ご覧下を。服装その他、1970年代初頭の風俗が記録されている。それはともかく、さらに翌1972年初頭に私は東京に移住した。ジョッシュ大塚君とは以後会ってなかった。まさに邂逅である。

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