2015年4月17日

セシル・シャープに民衆音楽研究の道を拓かせたモリス・ダンス


アメリカの民衆音楽に興味を持ち始めたころ、ちょっと疑問に思ったことがひとつあった。例えば "Barbry Allen" という歌の横に "Child #84, Sharp #24" という番号が付いているが、恥ずかしながら何の記号か分からなかった。後に前者がアメリカの文献学者フランシス・チャイルド(1825年2月1日-1896年9月11日)、後者がイングランドの民謡蒐集家セシル・シャープ(1859年11月22日-1924年6月23日)に由来するということを知った。シャープについては旧ブログに「映画『ソングキャッチャー』とそのモデル」と題した記事で触れたことがある。南部アパラチアの英国民謡蒐集する学者が登場するが、明らかにシャープをモデルとしたものだが、映画自体は史実と異なったフィクションであった。ところでシャープが民衆音楽研究をするようになったのは「モリス・ダンス」との出会いで、これに関しては同志社女子大学 国際教養学科授の潟山健一教授の論文「民衆音楽への視座~セシル・シャープの立場性」に詳述されている。19世紀末の1899年、オクスフォード近郊の村ヘディントンにある妻の実家で過ごしたが、ここで村人たちのダンスを目にした。これこそ彼の研究によって知られるようになった「モリス・ダンス」で、少なくとも15世紀中頃より伝承されていると言われるイングランドの民衆の踊りであったのである。これをきっかけに民衆音楽への新しい視座へと導かれる。実際にフィールドに出て、歌い手や踊り手たちに接することを通じて生々しい民間伝承のあり方に直に触れ、それを観察したことを潟山教授は高く評価している。なお「モリス・ダンス」のウェブサイトのページ"HISTORY OF MORRIS DANCING" に、ダンサーに囲まれたシャープの写真が掲載されている。貴重な写真だ。

YouTube  Morris Dancing under Bridge of Sighs on May Day in Oxford
PDF  潟山健一「民衆音楽への視座~セシル・シャープの立場性」(PDFファイル 1.94 MB)

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