キャプテン・クック(1728-1779)がハワイ諸島を「発見」した200周年記念行事があったのは1978年だったが、そのころ雑誌の取材でホノルルに比較的長い間滞在した。名前は忘れたがある日、大きなステーキハウスに入った。席についたが誰も注文を取りに来ない。厨房のカウンターで注文を取るシステムだった。肉の種類と焼き方を告げると、確か番号札を渡されたように記憶している。アナウンスがあり、再びカウンターに行って料理を受け取ったが、安かったという印象が残った。ホノルルで「ウェイターを介さず、自分でステーキを焼くスタイル」を楽しめるレストランは、かつて非常に人気があったが、現在は選択肢が限られているという。セルフサービス(料理を自分で運んだり焼いたりするスタイル)の増加は人口減少や深刻な人手不足と密接に関係しているようだ。特にハワイのような観光地や、日本国内の飲食業界においてこの傾向は顕著。少子高齢化や人口減少により、サービスを支える若年労働者が物理的に減少していること。そしてウェイターが各テーブルを回る「フルサービス」は、人件費が非常に高くつくこと。アメリカでは人手不足を背景に最低賃金が上昇し続けている。料理を客が運ぶスタイルにすることで、フロアスタッフの人数を最小限に抑え、料理の価格上昇を緩やかにしたり、利益を確保したりしている。といった点が理由になっているようだ。ウェイターといえばパリのカフェやレストランの(ャルソンは世襲制だと聴いたことがある。ではなぜ世襲制という「都市伝説」が生まれたのか。パリの老舗カフェのウェイターは単なる「アルバイト」ではなくギャルソン・ド・カフェという立派な専門職として認識されている。狭いテーブルの間をすり抜ける身のこなし、注文をすべて暗記する記憶力、独特の計算方法などは、長年の経験が必要な職人技である。終身雇用的な側面: かつては一つの店で何十年も勤め上げるのが一般的でした。そのため客側も「いつ行ってもあの人がいる」という印象を持ち、それが「家系で継いでいるのではないか」という錯覚を生んだ可能性がある。
昔ながらのフランス料理業界では、親から子へというよりは師匠から弟子へ技術を伝える徒弟制度が強く根付いていた。若い見習いがベテランの背中を見て育つ文化が、外から見ると伝統的な家系制度のように見えたのかもしれない。ギャルソンはもともと「男の子」を意味する言葉。かつて年配の給仕をボウヤ(ギャルソン)と呼んでいた名残があるが、これが家族経営的なニュアンスを与えた可能性も否定できない。 ところでユニクロのセルフレジシステムは、ユーザーから見れば「爆速で終わる魔法のレジ」だが、その裏側にある「人手不足」との関係はなかなか興味深いものがある。なぜセルフレジでも「人手不足」を感じるのか。会計が自動化されてスタッフが不要に見えるが、実際には「人の手」が依然として必要である。私のような現金派で、操作が苦手な客への個別対応に追われている。しかしユニクロはこのシステムで「レジ打ちという単純作業」を極限まで減らすことができた。近所にマクドナルドが改装後、セルフオーダーパネル(セルフオーダーレジ)が導入された。裏表6台、つまり6人が注文を受付けてくれるわけだから、行列に並ばず、自分のペースでカスタマイズを選べるのが最大のメリットだろう。ただ使ってみると、階層が深いのが難点である。マクドナルドがセルフオーダーを積極的に導入している背景には単なる「人件費の削減」だけでなく、顧客体験の向上と売上アップを両立させる緻密な戦略があるようだ。人間よりも「おすすめ(提案)」が得意。注文の最後に「ご一緒にポテトはいかがですか?」や「デザートもおすすめですよ」と画像付きで提案される。 店員を前にすると焦ってしまう人も、画面越しならゆっくり検討でき、結果としてトッピングの追加やセットへのアップグレードが増える傾向にあり、実際、有人レジよりもセルフオーダーの方が平均客単価が高くなるというデータも出ているという。下記リンク先はオランダ・アムステルダムを本拠とする国際的な出版社、エルゼビアの公式サイトに掲載されている研究論文「セルフサービスキオスクの革新的なフレームワーク:顧客価値知識の統合」です。
Innovative framework for the self-service kiosks: Integrating customer value knowledge

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