神社仏閣を訪れる観光客、とりわけ外国人にとって印象が残るのは、お御籤(みくじ)と絵馬らしい。確かに引いた夥しい数の御籤が、木の枝や専用のロープなどに結ばれた光景は壮観である。また願い事を書いた絵馬にも目を奪われるようだ。日本人は何と信心深いのだろうと誤解を与えそうだが、信仰というより、むしろ現世利益を願う現代人の象徴かもしれない。絵馬は神霊を和らげて奉るために生きた馬を神社に奉納したのが始まりだという。生きた馬がやがて木馬になり、さらに板に描いた馬になった。そして馬だけではなく、様々な絵が描かれるようになり現代に至ったようだ。五角形の名所説明立札を駒札と呼ぶが、将棋の駒に由来するようだ。駒は仔馬、若馬を意味するし、絵馬の形も将棋の駒の形を模したものではないかと考えたことがあるが、ちょっと無理なようだ。五角形でない絵馬もある。
片岡社は上賀茂神社楼門の前に鎮座する第一摂社で、傍らの説明板によると『延喜式』には片山御子神社とあるそうだ。玉依日売命(たまよりひめのみこと)を祀った社で、絵馬には「ほととぎす声待つほどは片岡のもりのしづくに立ちやぬれまし」と書かれている。これは紫式部が詠んだもので、ホトトギスの声を待っている間は片岡の森の梢の下に立って、朝露の雫に濡れていようかという意味である。新古今和歌集巻第三夏歌の詞書には「賀茂にまうでて侍りけるに、人の、ほとゝぎす鳴かなむと申しけるあけぼの、片岡の梢おかしく見え侍りければ」とあり、詠った情景が理解できる。ホトトギスとは未来の結婚相手の声のことだそうだ。絵馬はハート型に見えるが、葵の葉をかたどったものである。
矢田寺は京都の繁華街、三条通商店街から寺町通を北へ上ったところにある。正面の梵鐘は、精霊を冥土に迷わず送るために撞く「送り鐘」で、これは東山区にある六道珍皇寺の「迎え鐘」と一対になった呼び方という。本尊の地蔵菩薩は苦しみを代わりに受けてくれるという「代受苦(だいじゅく)地蔵」として知られるが、その手前にある赤い炎を彫った衝立が印象的である。地獄の火焔であるが、これをデザインしたのが「救い絵馬」である。寺に伝わる重要文化財の「矢田地蔵縁起絵巻」に描かれた一場面で、火焔に包まれた釜であえぐ罪人に僧侶が手を差し伸べている。地蔵菩薩の化身である。一見恐ろしげな図柄だが、なにしろ地獄から救ってくれるわけだから、有難い絵馬として人気があるようだ。
絵馬の歴史:合格、恋愛、安産…小さな板に願いを託す | 絵馬が持つ知られざる歴史を知る者は少ない
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