2025年5月7日

アパラチア山系:歌追い人からヒルビリー哀歌へ

Songcatcher
Songcatcher: Lionsgate Films 2000
Olive Dame Campbell

今からかれこれ6年以上前になるだろうか「南部アパラチアで英国古謡を蒐集した民謡研究家」という一文を当ブログにポストした。マサチューセッツ州ウェストメドフォード生まれのオリーブ・アーノルド・デイム(1882-1954)は1907年にジョン・C・キャンベルと結婚、アパラチアの山の中に入り夫と民謡蒐集する。夫の死後、その遺志を継いで1925年、ノースカロライナ州ブラスタウンに学校を共同設立、生涯にわたって教育活動を続けた。マギー・グリーンウォルド監督映画 "Songcatcher"(歌追い人)の主人公、ジャネット・マクティア演ずる音楽学者のリリー・ペンレリック博士は、明らかにオリーブ・デイム・キャンベルとオーバーラップする。ペンレリックはこの山岳地帯で教師をしている妹を訪ねたのだが、少女が歌った「バーバラ・アレン」を聞いて驚愕する。これはスコットランドに伝わる古謡で、オリジナルを彷彿とさせる旋律で歌われたからだ。どこで習ったの、という問いに、少女は代々伝わってきたものだという意味の答えをする。いわばこれは伝承音楽史上の大発見であった。アメリカのフロンティアは「開拓」によって、西へ、西へと進んだが、この山岳地帯は取り残されて陸の孤島と化した。そしてイングランドやアイルランドからの移民たちが、本国の文化習慣をこの地帯に温存させたのであった。学校が放火に遭い焼失、蒐集した楽譜やシリンダー式録音機に記録した音源を失う。そして恋仲となった男と、山の音楽を商業化するために都会に出る。そしてこの発見を立証するためにやってきた英国の民謡蒐集家とすれ違うところで映画は終わる。この蒐集家は明らかに英国の民謡研究家セシル・シャープ(1859-1924)をモデルとしたものだ。史実ではキャンベルとシャープは蒐集した歌を "English Folk Songs From The Southern Appalachians"(南部アパラチアの英国民謡)という著書として結実させ、オックスフォード大学から出版された。このアパラチア山系で移民たちが醸成したのがカントリー音楽のベースとなったヒルビリー音楽である。

Hillbilly Elegy
Hillbilly Elegy by J. D. Vance

アメリカ英語である "hillbilly"(ヒルビリー)は主にアパラチア山系地方の白人農村住民や、そういった地域出身の人物を指す言葉である。元々は蔑称として使われていたが、次第に音楽や文化の文脈で使われるようになった。そしてこの言葉から連想するのが J・D・ヴァンス(第2次トランプ政権副大統領)が2016年に発表した回想録『ヒルビリー・エレジー』である。この地域社会の地理的背景は、物語の核となる貧困、家族の崩壊、そしてアメリカンドリームからの乖離を理解する上で非常に重要である。物語の舞台となるのはアパラチア山系周辺地域と、かつて栄華を誇った工業地帯である「ラストベルト」(錆びついた工業地帯)と呼ばれる地域である。アパラチアはアメリカ東部を南北に走る山脈で、ヴァンスの祖父母が移住してきた地域である。長らく経済的に恵まれず、貧困が根強く残る地域として知られていた。ラストベルトは一時期、アメリカ製造業の中心地として栄えた五大湖周辺の地域だが、海外への生産拠点の移転などにより衰退が進み、失業率が高まるなど社会問題を抱える地域となってしまった。ヴァンスの家族は、アパラチア山系のケンタッキー州ジャクソンからラストベルトのオハイオ州ミドルタウンのへと移住した。この地理的移動は、家族の置かれた状況の悪化を象徴的に表しており、物語の重要な転換点っている。名門イェール大学ロースクールに通う主人公が、家族の問題で故郷のアパラチアに戻ることから始まる。そこで彼は薬物依存症に苦しむ母親や、かつての自分自身と向き合わざるを得なくなってしまう。幼い頃の辛い記憶、そして祖母との温かい思い出を振り返りながら、主人公は自身のルーツと家族の絆について深く考えさせられる。この作品が注目される理由は、アメリカ社会における経済格差や地域間の不平等という問題を浮き彫りにしたことである。特にアパラチア山系地方のような経済的に恵まれない地域で暮らす人々の生活が、いかに困難であるかを描き出し、大きな議論を呼び起こしたことである。この回顧録を大統領選で巧みに利用したのがドナルド・トランプである。当初は反トランプであったヴァンスがなぜそのトランプに媚び、擦り寄るようになったのか。優れた文学作品を残したが、昨今の言動に接して痛感するのは、政治家としては極めて危険であることだ。その大きな乖離の幅に理解しがたいものがある。

Movie Film  Songcatcher (2000) Directed by Maggie Greenwald | Location: Appalachian Mountains

2025年5月5日

京都は国際電線都市

蜘蛛の巣(京都市東山区祇園町北側)

四条通から北の祇園白川に抜ける、通称「切通し」の光景である。空中に張りめぐされた電線、蜘蛛の巣とはこのことである。京町家から下がったせっかくの簾も艶消しだ。実はこの光景、京都ではごく当たり前なのである。だからグーグルのストリートビューで散策してみて欲しい。電線がないすっきりした街並みを探すのに苦労するはずである。思いつくままご案内しよう。京都御所、岡崎公園、府立植物園、あとは? そう、これに神社仏閣が加わる。これらを見ると、皇室関係、宗教関係、そしてわずかの公有地。民間の建物がある地域で思いつくのは、祇園の花見小路、上七軒通、産寧坂、そして烏丸通などである。新京極通や寺町通の商店街には電柱がないが、実は電線がアーケードの屋根の上を通っている。要するに隠してあるだけで、地中化されてるわけではない。街並みの写真を撮る人が嫌がるものに電柱と電線がある。私も写真を撮りながら、何とかならないかと思ったことが何度もある。京都はトルコのイスタンブル、ハンガリーのブタペストと並んで、世界三大古都と密かに思っている。京都は国際観光都市である。ところが実は国際電線都市なのである。

イニシュモア島(クリックで拡大)

知人の建築家は「電線は人体でいえば血管、そして電線に人間の生活の息吹を感ずる」と言う。だから電線は目障りではないという。アイルランドの西海岸の沖合に浮かぶアラン諸島。脱脂しない毛糸で編んだアランニットで知られるが、そうのちのひとつ、イニシュモア島で撮ったのが左の写真である。広漠たる風景の中、細々と空中を這う電線は、確かに生命線に見えた。この電線の向こうにどんな人が住んでいるのだろう、と想像を巡らしながらシャッターを押した。サンフランシスコの郊外、オークランドの長距離トラックのたまり場で見上げた高圧線にも、人間の生活を支えるエネルギーを感じた。アムステルダムでは、猥雑なものがまるでなく、逆にある種の物足りなさを感じたものである。だから電線は一筋縄ではない。いや、一筋縄ではないという言い方はおかしく、電線は厄介な存在なのである。ある種の混沌さが、欧米にないアジア的景観だと思う。あの大阪道頓堀のネオンも嫌いではない。しかし蜘蛛の巣を見ると、何故かやはり悲しくなる。

PDF  無電柱化事業における合意形成の進め方ガイド(案)国土技術政策総合研究所(PDF File 1.02MB)

2025年5月3日

ロバート・F・ケネディ・ジュニアの自閉症への取り組みが研究者の怒りを買っている

Booster

近年、アメリカ自閉症の診断率が着実に増加してるようだ。CDC(疾病管理予防センター)の最新データがこの傾向を裏付けていることを受け、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官は、自閉症は「予防可能な病気」であり、国民に警鐘を鳴らすべき「伝染病」であると公に主張した。しかし、彼の発言は、多くの研究者の立場や、彼の立場を非難する自閉症擁護者の実体験とは正反対である。CDC による自閉症に関する最新の報告書によると、8歳児の自閉症発症率は2020年の36人に1人から2022年には31人に1人に増加しており、長期的な増加傾向が続いている。この発症率は CDC が自閉症に関するデータ収集を開始した2000年と比べて約5倍に上昇している。この新たなデータは CDC の自閉症・発達障害モニタリング・ネットワークによって収集されたもので、全米16か所の27万4,000人以上の子供の健康記録と教育記録が利用された。CDC は自閉症の有病率上昇の一部は、自閉症に対する認知度の向上とスクリーニングの普及によるものであり「必ずしも自閉症自体が一般的になったからではない」とニューヨーク・タイムズ紙は報じている。研究者らは、医療サービスへのアクセスの向上、高齢での親の出現、そして自閉症の定義の拡大など、他の潜在的な要因も特定している。CDC の最新報告書発表直後の記者会見で、ケネディは最新の研究結果に対し、自閉症の研究者や支援者らの怒りを買うような数々の発言を繰り返した。診断件数の増加は環境要因の可能性によるものだと非難し、メディアと一般大衆は自閉症に関して「流行否定の神話」に陥っていると述べた。自閉症の遺伝的要因の可能性に焦点を当てた研究は「行き詰まり」だとケネディは述べて「遺伝子が流行を引き起こすわけではない」と付け加え「必要なのは環境毒素だ」と付け加えた。ケネディはまた、自身のリーダーシップの下、カビ、食品添加物、親の肥満といった物質が自閉症率の上昇の潜在的な原因となっているかどうかについて NIH(国立衛生研究所)が調査を監督すると約束した。自閉症は「家族を崩壊させる」ものであり、多くの自閉症児は「税金を払うことも、仕事に就くことも、野球をすることも、詩を書くことも、デートに行くことも決してできない」と彼は述べた。NIH の発表によると、自閉症に関する包括的な研究のために、NIH は膨大な個人医療記録を収集する予定だ。

/autism

データは連邦政府機関、薬局チェーン、フィットネストラッカー、民間保険会社から収集される。ロサンゼルスタイムズ紙は、ケネディが最近、自閉症について行った主張から「避けられない結論」は、彼のリーダーシップの下、保健福祉省が「偽情報と虚偽情報が蔓延する疑似科学革命の渦中にある」ということだと指摘した。彼の公の発言は「彼が自閉症を本当に理解しているのか、それとも単にそれを足掛かりに利用しているだけなのか」という疑問を提起し、環境毒素が「慢性疾患の根源」であるという自身の信念を広めようとしている。ケネディの発言は、議論をスティグマに満ちた時代へと逆戻りさせるものだ。自閉症コミュニティは、このスティグマを変えるために闘ってきた、と自閉症セルフ・アドボカシー・ネットワークのゾーイ・グロスは CNN に語った。ケネディの発言は「人間であること、そして価値ある人生を送るとはどういうことかを示すリトマス試験紙のようなものだ」と、自閉症のグロスは述べた。「私たちがこれまで行ってきた活動のせいで、そのような言い方をすることはもはや許されない」。ケネディができないと主張することを多くの自閉症の人ができるとしても、追加の支援を必要とする人々は依然として尊重されるべきだ。障害のためにできないからといって、「良い人生を送れないわけではない」とグロス氏は付け加えた。「彼らは修辞的な道具として扱われるよりも、もっと良い扱いを受けるに値する」と。ケネディの発言は「自閉症を異常と捉え、多くの自閉症の人は『教育不可能』で助けようがないという、古くからの認識を反映している」と、自閉症の息子を持つガーディアン紙のコラムニスト、ジョン・ハリスは述べた。この考え方は「人間の違いに関する現代的な考え方に対するポピュリストの嫌悪感と間違いなく重なる」とハリスは付け加えた。「多様性に宣戦布告した以上、神経多様性という概念への攻撃もそう遠くないだろう」。ケネディ氏の自閉症に関する主張は、「新右翼の最も有害な要素の一つ」すなわち「すべてのものは見た目よりもはるかに単純であるという一貫した主張」と一致する。下記リンク先は ABC ニュースの「ロバート・F・ケネディ・ジュニア、麻疹感染者数が900人に迫る中、誤解を招く麻疹ワクチンの主張を復活させる」である。

abc red RFK Jr. revives misleading measles vaccine claims as US nears 900 infection cases | ABC

2025年5月1日

激動1960年代の音楽家たちをキャプチャーした写真家エリオット・ランディの慧眼

Bob Dylan & Son
Bob Dylan with his son Jesse, Byrdcliff home, Woodstock, NY, 1968
Elliott Landy,

エリオット・ランディ(1942年生まれ)は、アメリカの写真家兼ライター。1960年代のクラシックロック時代の象徴的な写真で最もよく知られるエリオット・ランディはアーティストとして認められた最初の「音楽写真家」の一人である。ブロンクス科学高校とニューヨーク市立大学バルーク校を卒業した彼は、1960年代後半にアメリカ全土で高まる反戦感情の波を支持する独自の「視覚的な声」を表現するために地下新聞で活動し、写真家としてのキャリアをスタートした。記者証とカメラは、彼に政治舞台へのアクセスをもたらしただけでなく、新たなロックミュージックのカウンターカルチャーへの個人的な参入ももたらしたのである。ボブ・ディラン、ジャニス・ジョプリン、ピーター・ポール&マリー、リッチー・ヘイヴンズ、ザ・バンドなど、フォークやロックミュージック界で最も人気があり成功した多くのアーティストのキャリアをマネージメントしてきたアルバート・グロスマンは、ランディが撮影したジャニス・ジョプリンの写真を見て、ザ・バンドの撮影を依頼した。それらの写真はアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』に使用された。

The Band
The Band, Music From Big Pink album photograph, Bearsville, Woodstock NY, 1968

この時期に、彼はボブ・ディランと出会い、彼の写真がサタデー・イブニング・ポストの1968年9月号の表紙を飾った。その後数年間で彼が手がけた有名な写真には、ボブ・ディラン (ナッシュビル・スカイライン)、ザ・バンド(ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク)、ジャニス・ジョプリン(ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー: チープ・スリル)、ヴァン・モリソン(ムーンダンス)、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、ジョーン・バエズ、エリック・クラプトン、ジェファーソン・エアプレイン、サンタナ、フランク・ザッパ、ジョン・リー・フッカーなどのポートレートが含まれる。ディランとザ・バンドがニューヨーク州ウッドストックという小さな芸術コロニーに住み、レコーディングを行っていた時代を捉えた彼の象徴的な写真、そして1969年のウッドストック・フェスティバルの取材は、精神的、芸術的な自由を求める新世代の注目を集めた。

Janis Joplin
Janis Joplin On the Road & On Stage, New York City, 1968

彼の写真は、ウッドストックという街、1969年の有名な音楽フェスティバル、そしてウッドストック世代のユートピア精神と同義となっている。1967年以来、エリオットの作品は世界中のギャラリーや美術館で展示され『ニューヨーク・タイムズ』『ライフ』『ローリング・ストーン』『サタデー・イブニング・ポスト』などアメリカおよび海外の主要雑誌や新聞の表紙に掲載されてきた。マグナム・フォト、ゲッティ、その他いくつかの地元の写真代理店によって世界中で代理されている。8冊の本の著者であり、その中には Kickstarter 史上最高額の資金を集めた写真集となった最新のモノグラフ "The Band Photographs 1968–1969"(ザ・バンド 1968–1969)も含まれている。1990年、ランディは子供と大人の両方にアピールする受賞ビデオ "Table Manners For Everyday Use"(日常のテーブルマナー)を監督・制作した。

Pete Seeger
Pete Seeger, Newport Folk Festival, Rhode Island, 1968

1997年頃、彼はシンジケートコラムとウェブサイトを立ち上げ、人生を肯定する前向きな映画や、強く愛情深く、成功に満ちた女性を主人公にした映画を推薦しました。ウェブサイトは現在も存続しているが、1998年以降は休止している。彼はインタラクティブな音楽と動画を組み合わせた新しいアプリ「LandyVision」を開発した。このアプリでは、静止画や動画を音楽と融合させ、新しい音楽と映像の体験を生み出すことができる。2018年後半にリリースされた。ランディは長年の形而上学的観察を経て "Sharing Stillness"(静寂の共有)瞑想を開発して提供している。この瞑想では、深い瞑想状態に素早く到達できるよう、精神的なエネルギーを伝達する。彼の最新作には以下のものがある。フラワーパワー:印象派の巨匠たちの作品を彷彿とさせるが、模倣ではない印象派の写真。 カレイドスコープ:万華鏡のようなレンズを通して撮影されたニューヨーク市の写真。

Jimmy Hendrix
Jimmy Hendrix, Iconic performance, Bearsville, Woodstock NY, 1969

写真を撮る人々:写真を撮るときに人々が経験する喜びを探す。60歳の愛:人生の自発性とあらゆる年齢における愛の素晴らしさを捉えたフォト・ベリテ・ブック。エリオットとリンダ・ランディによる写真による愛の詩:ランディは生涯を通して、カウンターカルチャー音楽、自然、家族、子供たちなど、自らの人生の中で美しいと感じたものを写真に収めてきました。そして、純粋さ、無垢さ、そして「通常の現実への執着を捨て去る」姿を映し出す写真を作り続けている。彼の作品は、人生への希望と機会のビジョンである。ランディは妻のリンダとともに ニューヨーク州ウッドストックに住んでいる。下記リンク先はマグナム・フォトのインタビュー記事「スクエアプリントの裏側:エリオット・ランディの音楽写真」である。

Magnum Photos  Elliott Landy (born 1942) American | Music Photography : Story Behind the Square Print