2023年12月18日

ヘンリー・デイヴィッド・ソローの森の生活とターシャ・テューダーの田舎暮らし

"Walden; or, Life in the Woods" by Henry David Thoreau 1854
真崎義博訳(宝島社)

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-1862)の『ウォールデン;森の生活』を初めて手にしたのは、神吉三郎訳の岩波文庫版で、1970年代末に遡る。これは絶版となり現在は飯田実訳が出ている。同じころギルバート・ホワイトの『セルボーンの博物誌』やW・H・ハドソンの『ラ・プラタの博物学者』(いずれも岩波文庫)など、自然史に関する本を読み漁ったことを憶えている。1979年に出版された稲本正著『緑の生活』(角川書店)に写真を寄稿したが、そのときこの書籍に関連づけて言われていたのが 『ウォールデン;森の生活』 だった。ずいぶん昔、その飛騨高山オークヴィレッジを再訪したが、斜面に小さな丸太小屋があった。ソローが建てて住んだ小屋を模したものだという。一種のバーチャル空間とはいえ、こんな所に住んだのかと驚いたものである。ソローの "Walden; or, Life in the Woods" は、1854年、すなわち安政元年に刊行された。アメリカのペリーが浦賀に再び来航、横浜村で日米和親条約が調印され、日本が開国した年である。マサチューセッツ州コンコード近くのウォールデン湖畔に自ら建てた小屋に、2年余り暮らした経験を元に書かれたものである。世間と交際を絶つ隠遁生活を目指したのだが、実際には完全な世捨て人になったのではなかったようだ。

Corgiville Fair by Tasha Tudor

それはともかく、今日の環境保全運動の礎を築いた書となったことは、万人が認めるところである。上掲、真崎義博訳のキャプションは2005年刊となっているが、新装版のことで、掲載写真は1981年に刊行され、その後絶版になった本の表紙をコピーしたものである。あとがきによると、訳者は1970年代、ボブ・ディランに心酔し「ボロ・ディラン」のニックネームで知られたシンガー&ソングライターだった。オークヴィレッジと同様、ある時代の雰囲気をそこに感ぜざるを得ない。翻訳にあたって、神吉三郎訳の岩波文庫を参考にしたという。ターシャ・テューダー(1915-2008)について強い興味を抱き始めたきっかけは、NHKが衛星放送で2005年に放映した「喜びは創りだすものターシャ・テューダー四季の庭」だった。絵本作家そして造園家の彼女について、多少の知識はあったものの、その思想のルーツを最初に知ったのはこの放送を通してだった。絵本作家として成功したテューダーは57歳にして、カナダ国境のバーモント州南部の小さな町はずれマールボロに広大な敷地を手に入れた。そこに古風な家を建てて移り住み、19世紀風の田舎暮らしを始める。

I have learned, that if one advances confidently in the direction of his dreams, and endeavors to live the life he has imagined, he will meet with a success unexpected in common hours.
自分の夢に向かって確信を持って歩み、 自分が思い描く人生を送ろうと努めるならば、 きっと思いがけない成功にめぐり合うだろう。
Private World of Tasha Tudor

ソローの『ウォールデン;森の生活』の最後の章に現れる上記の一節は、彼女のいわば座右の銘であり、これは放送の中でも語られていた。夢を持ち、それを追う生活をすれば、思いがけ ない成功にめぐり会えるという。まさにこの言葉通り夢を求め、それを獲得した人生を彼女は送ったと言えるだろう。ところでソローは凍結した湖面の氷の切り出し作業を目撃する。天然氷を冬場に採取し保冷しておき、夏場に南方の都市部で販売するという事業だったが、これを仕切る豪農の名をソローは知る。フレデリック・テューダー(1783-1864)という名前で、ターシャの曽祖父にあたる人物であった。ふたりはこのように氷面下、いや水面下の糸で結ばれていたのである。彼女が俗界から逃れたのは、ソローの強い影響によるものと想像できる。造園については、多くの日本人がよく知っているようだ。ブログ等に余りにも記述が多いので饒舌を控えたい。単に草花が美しいという以上のもの、つまり哲学が、彼女の造園に隠されていると強調することに留めておこう。紹介した図書はいずれも原書英語版だが、特に語学を必要としない幼児用絵本や写真集であるし、英文のほうがフォントが美しいという、私の勝手な好みによるものだ。"Private World of Tasha Tudor" はテューダーの農場生活を、写真家のリチャード・ブラウンが1年間追った記録で、彼女自身の言葉と、100点以上の美しい写真が掲載されている。絵本は『コーギビルの村まつり』、写真集は『ターシャ・テューダーの世界:ニューイングランドの四季』という表題で邦訳出版された。

travel  Walden Pond in the Walden Pond State Reservation, Massachusetts | Nationa Park Service

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