2024年10月22日

スティーブン・フォスター『つらい時代はもう来ないで』に胸打たれる

Hard Times
Sheet Music Cover 1854  loupe

遥かなる昔、まだ子どもだった頃、アメリカ人と結婚して渡米した叔母が一時帰国したとき、お土産にとプレゼントしてくれたのが、ギターの形をした黄色いプラスティック製の手回しのオルゴールだった。曲はスティーブン・フォスター(1826–1864)の『おおスザンナ』だった。無論、よく知っているメロディだった。今は音楽の教科書から姿を消してしまったようだが、小学校、中学校と、フォスターの曲を教室で何曲歌わされただろうか。『草競馬』『故郷の人々(スワニー河)』『主人は冷たい土の中に』『懐かしきケンタッキーの我が家』『オールド・ブラック・ジョー』『夢路より』などなど、よく憶えている。ところがボブ・ディランをはじめ、ジョニ-・キャッシュ、ジェイムス・テイラー、エミルー・ハリス、ブルース・スプリングスティーン、ナンシー・グリフィス、そして日本の矢野顕子など、多くのシンガーが取り上げてるにも関わらず、かつて学校などで聴いた記憶がない名曲がある。パーラーソング 『つらい時代はもう来ないで』で、黒人教会で聴いた歌が元になったと想像される。貧困生活に疲れ果てた人たちのため息を歌ったものだが、後半のフレーズ「人生を苦労して生きる青白い顔の泣く乙女がいる」がキーワードとなって歌のイメージを模っている。しみじみとした心に響く素晴らしい歌である。アメリカ南北戦争の7年前に発表されたこの曲から生まれたパロディ、兵士たちの食事を風刺した『堅パンはもう二度と来ない』も広く流布されるなど、苦難と苦難の表現として同戦争中に大きな人気を博した。

Let us pause in life's pleasures and count its many tears,
While we all sup sorrow with the poor;
There's a song that will linger forever in our ears;
Oh! Hard times come again no more.

人生の喜びを一旦止めて たくさんの涙を数えよう
貧しい人々とともに悲しみを分かち合う一方で
私たちの耳に永遠に残る歌がある
おお つらい時代はもう来ないで
'Tis the song, the sigh of the weary,
Hard Times, hard times, come again no more.
Many days you have lingered around my cabin door;
Oh! Hard times come again no more.

それは歌 疲れた人のため息
つらい時代 つらい時代はもう来ないで
君は私の小屋のドアの周りに何日もたむろしてきた
おお つらい時代はもう来ないで
While we seek mirth and beauty and music light and gay,
There are frail forms fainting at the door;
Though their voices are silent, their pleading looks will say
Oh! Hard times come again no more.

私たちが陽気さと美しさと明るく楽しい音楽を求めている一方で
ドアの前で気絶する弱々しい姿がある
声は出なくても 懇願するような表情で
おお つらい時代はもう来ないで

There's a pale weeping maiden who toils her life away,
With a worn heart whose better days are o'er:
Though her voice would be merry, 'tis sighing all the day,
Oh! Hard times come again no more.

人生を苦労して生きる青白い顔の泣く乙女がいる
心は疲れ果て 最良な日々は過ぎ去った
彼女の声は陽気であろうとも 一日中ため息をついている
おお つらい時代はもう来ないで

'Tis a sigh that is wafted across the troubled wave,
'Tis a wail that is heard upon the shore
'Tis a dirge that is murmured around the lowly grave
Oh! Hard times come again no more.

それは荒波に漂うため息
それは岸辺に聞こえる嘆き
それは卑しい墓の周りでささやかれる哀歌
おお つらい時代はもう来ないで
Minstrel Show poster (ca. 1899)

フォスターが作った曲の多くは、ミンストレル・ショーで演奏するためのものだった。ミンストレル・ショーは白人が顔を黒く塗ってアフリカ系アメリカ人の格好を真似て歌い踊るエンターテイメント形態だった。南北戦争が始まると、ミンストレル・ショーが行われなくなり、フォスターの曲が人々に触れる機会が徐々に減っていったという。この歌は『金髪のジェニー』と同じ年、1854年に作られたもので、後の大恐慌時代にも歌われたという。カーター・ファミリーが1928年に録音した "Keep On the Sunny Side"(陽が当たる方にとどまろう)はまさにその「つらい時代」のトピカルソングであった。レコードとラジオという新しいメディアに乗ってヒットしたが、フォスターの時代にはまだそれがなかった。1864年、37歳の若さで非業の死を遂げたが、エジソンが蝋管式蓄音機を実用化したのはその13年後の1877年である。そしてこの歌が初めて録音されたのは1905年だった。下記リンク先で「エジソン男性四重唱団」の合唱を聴くことができる。フォスターの祖先はアイルランドからの移住して来たが、何故かそのルーツを彷彿させるものが希薄である。教科書に載っていたこともあるだろうけど、結局、彼自身が残したのは楽譜だけだったからかもしれない。下記リンク先は蝋管録音によるエジソン男性四重唱団の『つらい時代はもう来ないで』(1905年)である。

SoundCloud
"Hard Times Come Again No More" Sung by Edison Male Quartet in 1905 (Wax Cylinder Recording)

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