2024年8月29日

地下鉄の乗客をキャンディッドしたウォーカー・エヴァンス

Two Women in Conversation
Two Women in Conversation, New York City, 1941

ウォーカー・エヴァンス (1903-1975) は世界大恐慌下のアメリカの農業安定局 (FSA) の写真記録プロジェクトに加わり、南部の農村のドキュメントタリー写真を撮ったことで有名になった。そして1938年から1941年にかけてエヴァンスはニューヨークの地下鉄で注目すべき一連のポートレートを撮影した。35ミリのコンタックスを胸に装着し、冬用コートのふたつのボタンの間からレンズを覗かせて、密かに至近距離から乗客を撮影したのである。公共の場である地下鉄の中にもかかわらず、ポーズをとらず、考えに耽っている被写体は、好奇心、退屈、楽しみ、落胆、夢想、消化不良など、さまざまな雰囲気や表情を絶えず変化させていることに気づいた。フランスの画家オノレ・ドーミエの『三等客車』の鋭い写実性に触発されたエヴァンスは、従来のスタジオポートレートの虚栄心、感傷性、人為性を避けようとした。この地下鉄シリーズは「ポートレートとはこうあるべきだという私の考え、つまり匿名で記録的な、そして人類の率直な描写」だったと述べている。

Subway
Subway Passengers, New York City, 1941, Woman and Two Men
Subway Passenger
Subway Passengers, New York City, 1938, Many Are Called
Subway Passenger
Subway Passengers, New York City, 1938, Many Are Called
Subway Passengers
Subway Passengers, New York City, 1941, Two Women in Conversation

日本で同じような撮影をして見つかれば、警察沙汰になるかもしれない。スチル写真ならぬスチール写真、すなわち「盗撮」という汚名を冠されてしまうだろうからだ。エヴァンスがニューヨークの地下鉄で撮影した無名の人々の写真には、撮影されていることに気づかない、無防備な瞬間の人間が写っている。しかし別の意味での無自覚、つまり、周囲の環境や向かい合った人、時間を意識せず、過去、現在、未来の夢を意識していない。読書に夢中になっていたり、ぼんやりと天井を見つめていたり、深く沈思黙考していたり、信じられないほどの悲しみを抱えていたりしている。毛皮のついたコートと先の尖った帽子をかぶった女性は、厳格で、気難しく、金持ちで、母性的であるという、正反対のふたりの女性が一緒にいたりする。「孤独な寝室以上に、地下鉄の中では人々の顔は裸の休息状態になっていた」とエヴァンスは述懐したという。(2024年8月28日更新)

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