ウォーカー・エヴァンス (1903-1975) は世界大恐慌下のアメリカの農業安定局 (FSA) の写真記録プロジェクトに加わり、南部の農村のドキュメントタリー写真を撮ったことで有名になった。そして1938年から1941年にかけてエヴァンスはニューヨークの地下鉄で注目すべき一連のポートレートを撮影した。35ミリのコンタックスを胸に装着し、冬用コートのふたつのボタンの間からレンズを覗かせて、密かに至近距離から乗客を撮影したのである。公共の場である地下鉄の中にもかかわらず、ポーズをとらず、考えに耽っている被写体は、好奇心、退屈、楽しみ、落胆、夢想、消化不良など、さまざまな雰囲気や表情を絶えず変化させていることに気づいた。フランスの画家オノレ・ドーミエの『三等客車』の鋭い写実性に触発されたエヴァンスは、従来のスタジオポートレートの虚栄心、感傷性、人為性を避けようとした。この地下鉄シリーズは「ポートレートとはこうあるべきだという私の考え、つまり匿名で記録的な、そして人類の率直な描写」だったと述べている。
日本で同じような撮影をして見つかれば、警察沙汰になるかもしれない。スチル写真ならぬスチール写真、すなわち「盗撮」という汚名を冠されてしまうだろうからだ。エヴァンスがニューヨークの地下鉄で撮影した無名の人々の写真には、撮影されていることに気づかない、無防備な瞬間の人間が写っている。しかし別の意味での無自覚、つまり、周囲の環境や向かい合った人、時間を意識せず、過去、現在、未来の夢を意識していない。読書に夢中になっていたり、ぼんやりと天井を見つめていたり、深く沈思黙考していたり、信じられないほどの悲しみを抱えていたりしている。毛皮のついたコートと先の尖った帽子をかぶった女性は、厳格で、気難しく、金持ちで、母性的であるという、正反対のふたりの女性が一緒にいたりする。「孤独な寝室以上に、地下鉄の中では人々の顔は裸の休息状態になっていた」とエヴァンスは述懐したという。(2024年8月28日更新)
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