Orville Gibson(1856–1918) |
マンドリンがイタリアからアメリカに伝わったのは19世紀末だが、20世紀に入りマンドリンオーケストラが一世風靡する。1900年以前の典型的なマンドリンはナポリピッツァスタイルだった。現存する最古の楽器は18世紀半ばにイタリアのナポリのヴィナッチァ家によって作られた。このタイプのマンドリンは、お椀型の背面と、平らな木片を熱い火かき棒で曲げて作られた響板を持ち、ブリッジの周りにわずかなねじれの隆起を形成している。このねじれはひじょうに重要で、ナポリ人にクレジットされている弦楽器製作者の進歩を示すものだった。より高い張力の弦に耐えるのに十分なトップを強化したからだ。そして1900年頃、ミシガン州カラマーズーのオーヴィル・ギブソン(1856–1918)が新しいスタイルのマンドリンを製作した。ヴァイオリンの構造にヒントを得て、立って演奏するプレイヤーからの要望もあり、背面がクラシック・マンドリンのようにお椀型ではなく、ヴァイオリンのようにほぼ平らで緩やかなふくらみがあるフラット形状に改良されたデザインだった。彼は彫刻の施されたバック(ナポリのボウルバックよりもはるかに平らだが、形に合わせて彫刻されている)と、トップにアーチ型の彫刻が施されたマンドリンを作った。2つのスタイルのうち、彼が "A" スタイルと呼んだものは、シンプルな丸いティアドロップ型のボディと、シンプルなプレーンなペグヘッドが特長である。そして "F" と呼ばれる彼のもう一つのファンシエースタイル、それは突起したポイントとスクロールを持つファンシーなボディプロファイルを持っており、ペグヘッドも同様にファンシーな形状のものだった。これらの呼称は "Artist" と "Florentine" の頭文字だと言われているが、ギブソン社や他のメーカーによって他の様々なスタイルのマンドリンにも適用されているため、混乱を招いている。
1902年、オーヴィル・ギブソンがミシガン州カラマーズーに Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co. Ltd. を設立してマンドリン、ギター、後のバンジョーの製造で大成功を収める。なお現在は本拠地がテネシー州ナッシュビルに移っている。ギブソン社はに次のような文字表記を使用した。
- A plain bodied mandolins
- F scroll bodied mandolins
- H mandolas
- K mandocello
- J mandobass
- L plain style guitars
- O fancy style guitars
これらの文字表記には、素材や装飾のレベルを示す番号が付けられていた。無装飾の無地のものには番号は付けられず、装飾が施されたものには4番までの番号が付けられた。1922年までのギブソンのマンドリンには楕円形のサウンドホールがあったが、トップエンジニアのロイド・ロアー(1886–1943)が5番がついた上位レベルの製品を開発する。F-5マンドリン、L-5ギター、H-5マンドラ、K-5マンドチェロと命名、非常に質の高い仕上がり、素材、装飾、そして F字型のサウンドホールを特長としていた。F-5はそれまでのマンドリンよりもネックが長く、高いフレットへのアクセスが容易になっています。ロアーのサインが入ったこれらの楽器は非常に貴重なコレクターアイテムとなっている。
Bill Monroe (1911–1996) |
1930年代に入ると、マンドリンの人気が急速に低下、マンドリンオーケストラの活動も鈍化してしまうのである。しかし意外な助け舟が出現する。ビル・モンロー(1911–1996)である。ビルはケンタッキー州ロジン近郊の家族の農場で、8人の子供の末っ子として生まれた。彼の母とその弟で、名曲 "Uncle Pen" のモデル、ペンデルトン・ヴァンダイバー(1869–1932)は、いずれも音楽の才能に恵まれており、ビルは彼の家族と一緒に演奏したり歌ったりして育つ。兄のバーチ(1901–1982)とチャーリー(1903–1975)がすでにフィドルとギターを弾いていたため、ビルはマンドリンを弾くことになった。チャーリーとともに1934年、モンロー・ブラザーズを結成、ギターとマンドリンの兄弟デュオの魁(さきがけ)となる。1945年、ビル・モンロー率いるブルーグラスボーイズにスリーフィンガー奏法を編み出したバンジョーピッカーのアール・スクラッグス(1924–2012)が加入、ブルーグラス音楽というジャンルが確立されたのである。マンドリンとバンジョーというアメリカ特有の楽器がブルーグラス音楽を特長付けているといっても過言ではないだろう。20世紀に入り、弦楽器製作は第二の黄金時代に突入したのである。映画 "Songcatcher"(歌追い人)や "O Brother, Where Art Thou?"(おー兄弟、お前は何処に?)などによって、アメリカ人のアイデンティティとしてルーツ音楽が見直されたためかもしれない。多くの独立した中小のメーカーが、マンドリンだけでなく、ギター、バンジョー、ハープ、ダルシマーなどを製作している。そしてギブソンの F-5マンドリンは100年の時空を超えて、今も燦然たる光を放っている。
ギブソン社のマンドリンのカタログ(1921年)の表示とダウンロード(PDFファイル 11.0 MB)
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