2018年3月6日

スカートの下の劇場

アンプの実体配線図(誠文堂新光社『MJ無線と実験』2014年9月号より)

アキハバラ少年だった。アキバ少年ではない。10年前の夏に路上無差別殺傷事件が起きたが、あの現場を「アキバのホコ天」というそうだ。秋葉原の歩行者天国という意味だが、いつからアキバと呼ぶようになったのだろうか。そういえば子どものころアキバハラなのかアキハバラなのかちょっとした論争を友人としたように記憶している。前者のほうが読みとしては正しいと思う。しかし、駅の名前も後者だし、この読み方が正しいと聞かされた。もっとも駅名は間違えてつけたという説もある。思い立って地名を調べてみたら「台東区秋葉原」はやっぱり後者の読み方らしい。たぶん現代っ子にはアキバがピンとくるだろうけど、どうしても馴染めない。だから秋葉原は断固アキハバラと呼ぶことにしている。だいぶ様変わりしたと思うが、今でもガード下の電子部品屋街は健在だろうか。中学生のころ私は総武線の沿線に住んでいたが、電車に乗って50分余り、この街に行くのが何よりの楽しみだった。しかしどうして秋葉原に通うようになったか記憶が曖昧である。当時の少年たちが誰でも経験しただろう鉱石ラジオ作りがきっかけだったかもしれない。家には「5球スーパー」と呼ばれたスーパーヘテロダイン式受信機があったが、オーディオ装置、いわゆるデンチク(電気蓄音機)はなかった。雑誌に掲載されていた配線図を眺めては夢を膨らませていたが、もっぱら興味はパワーアンプに向いていた。今でも健在で驚く雑誌『MJ無線と実験』は、アマチュア無線機器よりもすでにアンプの回路図がウリだったように記憶している。世はまさにオーディオブームの魁(さきがけ)に突入していたと言える。

河出文庫(1992年)
当時、出力用トランスのメーカーであったラックスマン(Luxman)がちょうどアンプを作り始めたころだった。製品としては、はっきり脳裡に残ってるのは米国のマッキントッシュ (McIntosh) で、これは文字通り高根の花だった。アップル社のマッキントッシュ(Macintosh)のことではない、念のため。だから自作が一番の早道で安上がりだったし、それに作る楽しみがあった。ところで突然、上野千鶴子著『スカートの下の劇場』(河出文庫)という本を思い出した。下着の歴史を通じてセクシュアリティの本質を解明しようと試みた、日本におけるフェミニズムの端緒を開いた本である。下着にこだわること、見えざるものへのお洒落は、アンプの配線に通ずる。シャーシの裏側、すなわちスカートの中は、普通は本人しか知らない。にも拘わらずそこに凝る。回路にはそれぞれの役割がある。その役割ごとに配線の被覆ビニールの色を変え視覚化する。あるいは、配線を美しく見せるためにシャーシの裏を塗料で変身させるとか。子どもながら私が目指したアンプ作りがそうだった。スピーカーを単体で買ってきて、自作したボックスに入れたり、レコードプレーヤーも部品を入手して組み立てた。これらはみな「世界で1台」のものだった。それから、もうひとつの遊びが写真だった。夜な夜な押入れ暗室で自家プリントをしたものだ。と、ここまで書いてフト思うこと。どうやらネクラな少年だったかもしれない。タイムスリップして現代に生きていれば私は「アキバ系」になっていたかなと。

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