2017年4月23日

タンポポの花が咲いて日差しは黄色

タンポポの綿毛(京都市左京区下鴨半木町)

1980年代後半、私は家族を京都に残し、東京で独り暮らしをしていた。雑誌『週刊朝日』のフォトエディターなどをしていたが、仕事上ではある意味で充実していたかもしれない。ただやはり独り暮らしには隙間があったように記憶している。そのころ発表するアテもなく作った歌のひとつが「タンポポ」だった。
タンポポが咲いて
日差しは黄色
あの娘はおかしく
やさしいね

バベルの塔は
目に虚ろ
線と点を
散歩する

花びらひとひら
酒に浮く
言葉の裏に
耳傾け

ランボーは不良かい
詩人は不良なのよ
墓場のダンス
月明り

白い帽子の
手鞠歌
風が吹いて
飛んでゆく

逃げる歌を
追い求め
絵の具がひび割れ
あせてゆく

(1987©Tsutomu Otsuka)
翌1988年、天皇の病状が悪化した。テレビは連日「本日のご容体は…」と報じ、日本中すべてが重い自粛ムードに包まれてしまった。年の瀬の12月末、私は皇居内の宮内庁に駐車していた報道用小型バスの中で、無線電話によって大阪への転勤を命ぜられた。私の東京生活が終り、そして昭和も終わったのだった。

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