2016年12月31日

来る2017年は良い年になるか不透明だけど

2017 Alarm Clock by ©Tjeerd Royaards

今年も残り僅か、間もなく2017年がやってくる。写真はドイツの風刺漫画家 Tjeerd Royaards 氏の「2017年の目覚まし時計」と題された作品である。自身によるコメントには「恐ろしい年であった。2017年もまた同じくらい恐ろしくなるだろうか?」とある。数字の「7」に見える部分を注目して欲しい。風刺画たる所以が隠されている。確かに今年は暗いニュースがたくさん流れた。年の瀬の挨拶は「良いお年を」が常套句だが、良い年になるか余りにも不透明である。だからこそ良い年になるようにと強く願わざるを得ない。

2016年12月29日

真珠湾での安倍首相の二枚舌に呆れる


演説する安倍首相 2016年12月27日(撮影・首相官邸)

スピーチに臨んだ日米両首脳(真珠湾)
朝日新聞12月28日付け電子版によると、ハワイのホノルルを訪問した安倍晋三首相は27日午後(日本時間28日朝)、真珠湾でオバマ大統領とともに演説を行った。旧日本軍が太平洋戦争の口火を切った場所で、不戦の決意を改めて表明するとともに、日米の和解と戦後の同盟関係の意義を強調したという。この記事を受けソーシャルメディア Facebook に「日米が《寛容の心》《和解の力》で結びついているなら、沖縄の辺野古の工事をやめ、基地を撤廃すること。そして何よりも《日米地位協定》を見直すことだろう。相も変わらず日本は米国に隷属したままだ。両首脳による言葉だけの《和解》は虚しい」と書いた。そして私は、先日のオスプレイの墜落事故に対し、那覇市の海上保安本部が故調査と捜査をしようとしたが、できなかった。日米地位協定の付属条項で米軍の《財産》については「日本国の当局は捜索、差し押さえ、検証する権利を有しない」とあるから。こういう理不尽で屈辱的な状況を見ると「日米同盟」なんて恥ずかしくて言えないのではないかという意味のことを付け加えた。さらに毎日新聞同日付電子版によると、オバマ大統領が第二次世界大戦中に、旧日本軍による真珠湾攻撃などで反日感情が高まる中、国家への忠誠の証しとして編成された、日系2世らの「第442連隊」などを紹介したという。これに対しても「第442連隊はドイツ軍と果敢に戦い、米軍内では稀にみる大きな戦績を残した。ところが皮肉なもので、活躍したがうえに《やはり日本人は怖い》と逆の評価も囁かれてしまった。また真珠湾奇襲を受け、米本土の日系人が強制収容されたことも忘れてはならない。やはり簡単に水に流せない諸々があると思う」と反応した。今回の両首脳による真珠湾での演説は、マスメディアはおおむね好意的に捉え、日本経済新聞は「真珠湾の和解を世界安定の礎」とまで表現している。ご存知、安倍首相は平和憲法の改悪をかねてから目論んでいる。不戦という単語が虚しい。その二枚舌には呆れるばかりである。

追伸:安倍首相の真珠湾訪問に同行した稲田朋美防衛相が29日、靖国神社に参拝した。保守派支持つなぎとめで判断と思われるが、稲田氏自身の判断によるものとは考え難い。首相の差し金、あるいは黙認の上での行動と推測できる。靖国参拝は日本の戦争責任を否定する行為であり、中国、韓国の批判はおろか、米国からも懸念の声が上がっている。平和を協調した首相演説が偽りであることが露呈したと言えそうだ。(12月29日)

2016年12月23日

身の丈にあった居酒屋の魅力


かれこれ20年近く前だろうか、大阪淀屋橋の居酒屋のカウンターでかなり大量の血を吐き、救急車で病院に運ばれた。急性出血胃潰瘍だったが、たまたま当直医が内視鏡手術に長けていて一命をとりとめた。入院中は無論禁煙、お陰でヘビースモーカーから脱することができた。当時私は勤務先の新聞社が後援している写真愛好家団体の事務局長をしていたが、今さら謝っても遅いが、喫煙でスタッフに迷惑をかけたに違いないと反省している。というわけで喫煙は絶ったが、飲酒は未だに続いている。ただし昔のように煙草を肴にして飲むようなことがなくなった。かつてアイルランドに二度ほど旅行したが、一番楽しかったのがパブ通いだった。ホテルで夕食を済ますと、パブに繰り出したが、大好きなギネスを呑んだことが懐かしい。アイルランドにはパブランチというサービスがあり、昼は食事できるが、なぜか夜になると肴を摂らない。ひたすら呑むのである。パブを和訳すれば大衆酒場となるが、日本の居酒屋とはちょっとニュアンスが違うようだ。大学を卒業、仕事を始めて先輩が連れて行ってくれたのは、小料理屋あるいは割烹と呼ばれる店で、居酒屋とは微妙な違いがあった。1972年に私は東京に移り住んだが、知り合いになったフォーク歌手の高田渡さんが吉祥寺の居酒屋に誘ってくれた。以来病みつきになり、安価で美味しい居酒屋に通うようになった。京都では花街のお茶屋といった場所で、いささかスノッブな酒の飲み方もしたこともあるが、今はやはり居酒屋が身の丈に合ってると思っている。写真は京都の裏寺町通にある居酒屋「たつみ」だが、椅子席は昼間から満席状態が多い。カウンターで立ち呑みしている女性客がいたりして、世の中も変わったものだと痛感する。

2016年12月21日

トランプ米国次期大統領は対露制裁を撤回するだろうか

Donald Trump and Vladimir Putin ©Dave Granlund

記事としてはいささか色褪せた感は否めないが、フィナンシャルタイムズ紙11月18日付社説が、ロシアのプーチン大統領との悪い取引は、取引が無いことよりも悪いとして、トランプ米国次期大統領による、対ロシア関係改善の動きに自重を求めていた。つまり外交問題の緊張緩和それ自体は賞賛すべきだが、大きなリスクがあることを理解すべきだと。プーチン大統領は昨年9月末の国連総会で1945年のヤルタ協定を賛美した。ヤルタ体制を復活すれば、クリミアの併合とウクライナ東部への侵略を認めることになる。国際的な制裁を緩和すれば、米露関係は一時的には改善するだろうけど、それは同時に米国など西側の長期的利益を損ない、世界の安全と安定を損なうというのが同紙の主張である。トランプ氏は大統領中に対露制裁の撤回を匂わせていた。就任後それを現実化すれば、ヨーロッパと日本との関係にも影響する。これはあくまで仮定の話なのだが、もし米露同盟ができれば、北方領土返還交渉がデッドロックに乗り上げ、苛立ちを隠せない安倍首相、仲間に入れて欲しいと懇願するだろう。ところでアメリカ連邦捜査局(FBI)が今月16日、大統領選でトランプ氏勝利を有利にするためにロシアがサイバー攻撃を仕掛けたと結論づけた。オバマ大統領は同日の会見で「ロシアがサイバー攻撃を実行したと確信を持って言える」と、プーチン大統領が関与していたと断定した。たいへん気になる情報である。といったこともあるしトランプ氏の思惑通りに事が進むとは思えない。選挙中の暴言をかなり修正しているし、あっさり対ロシア政策の持論を変更するかもしれない。就任後の言動を見守りたい。

2016年12月20日

欠陥機オスプレイ撤去を求める緊急抗議集会


日時:2016年12月22日(木)18:30 開始
会場:沖縄県名護市21世紀の森屋内運動場(体育館隣)
主催:オール沖縄会議(http://all-okinawa.jp/

2016年12月17日

プーチン大統領に翻弄され稚拙さが浮かび上がった安倍外交

ウラジーミル・プーチン大統領(フリー壁紙

新聞および通信各社の電子版によると、山口県長門市および東京で開催された日露首脳会談の結果を受け、自民党の二階俊博幹事長が16日、記者団に「国民の大半はがっかりしているということを心に刻んでおく必要がある」と述べたという。これはロシアに対する外交交渉が失敗に終わったことを認めた発言だろう。今年9月2日にウラジオストクで開催された日露首脳会談の直後、安倍首相が「新しいアプローチに基づく領土交渉に道筋が見えてきた。その手応えを強く感じ取ることができた会談だった」と力説した。そして長門市で首脳会談を行うことで合意したわけだが、確かにあの時点では領土問題が進展すると思った人は多かったかもしれない。ところが来日が近づくにつれて、首相の発言が「そう簡単な課題ではない。一歩一歩、山を越えていく必要がある」とトーンダウン、期待感は一気にしぼんでしまった。プーチン大統領は「南クリル諸島(北方四島)はロシアの主権下にある」という主張を堅持している。1956年10月、日ソ共同宣言が署名され、国後、択捉両島についての記載は無いが、平和条約締結後に歯舞群島と色丹島の二島が日本に引き渡されることになった。ところが来日直前の読売新聞のインタビューに対して「ロシアには、領土問題はまったくないと思っている。ロシアとの間に領土問題があると考えているのは日本だ」と断言している。今回の首脳会談でもプーチン大統領は同じ主張を繰り返したようだ。四島はおろか二島すら還って来ない可能性を示唆している。プーチン氏が大統領の座にいる限り、領土問題は動かないし、ロシアが将来に渡って方針を変更することは微塵もない。ロシアの法律だけに基づいて実施される「共同経済活動」というおまけまで付いた北方領土返還交渉は、進展どころかむしろ大きく後退したと断言しても良いだろう。一般論としてどこの国でも領土問題で譲歩することはない。それが世界に共通する伝統的な思考法である。あわよくば領土問題が大きく前進、自分の人気取りになるという浅はかな目論みと野望を抱いて、プーチン大統領に擦り寄った。それを大統領に見透かされ、首脳会談で翻弄された。安倍首相の外交政策の稚拙さだけが再び浮かび上がった。

2016年12月15日

垂直離着陸機 MV-22 オスプレイは欠陥航空機


MV-22オスプレイのプロペラ
防衛省によると、12月13日午後9時半ごろ、沖縄県名護市東海岸の沖合で、米軍の垂直離着陸機 MV-22 オスプレイが「不時着水」した。集落から300メートルほどしか離れていない浅瀬で、ひとつ間違えると大きな惨事になる可能性があった。当初、沖縄タイムスや琉球新報などの地元紙は「不時着」と報じたが、後に「墜落」と表現を変えた。前者は後者を矮小評価する表現をいえるだろう。米軍の準機関紙である星条旗新聞」は墜落を意味する crash と記述している。在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官によると、事故機は沖縄本島の東方約30キロ付近を飛行しながら空中給油機から燃料を補給される際、オスプレイのプロペラが給油ホースを切断してて損傷した。機体は不安定な状態になり「不時着水」を試みたという。どのようにして空中給油するかビデオで見たが、固定翼モード(プロペラが前を向いた状態)なので、給油ホースが大きなプロペラに引っ掛かりそうでハラハラした。航空機のド素人でもかなり危険な作業であることが分かる。琉球新報12月15日付け電子版によると、米国国防分析研究所(IDA)でオスプレイの主任分析官を務めたレックス・リボロ氏は、取材に答え「回転翼モード(プロペラを上に向けた状態)で補給することができない事実は、予期されなかった航空機の欠陥である」と述べたという。恐らく「不時着を試みたが大破した」あるいは「飛行制御ができなくなり墜落した」のいずれかだったのだろう。私は後者だったのではないかと推測している。不時着が可能だったなら、より安全な砂浜に軟着陸できた筈だからだ。事故を受け、ニコルソン四軍調整官に安慶田光男副知事が抗議したが、ニコルソン氏は「県民あるいは住宅や人間に被害を与えなかった。感謝されるべきだ」と不快感を示したという。これは占領意識を剥き出しにした、沖縄県民、および、日本国民を愚弄した許しがたい主張以外の何ものでもない。

YouTube  アメリカ軍の垂直離着陸機 MV-22 オスプレイの空中燃料補給操作

2016年12月11日

ノーベル文学賞 2016 ボブ・ディランのスピーチ日本語訳


今年のノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの受賞スピーチが昨10日夜、スウェーデンの首都ストックホルム市庁舎で行われた晩餐会で披露された。ディランは式典を欠席したため、スウェーデン駐在アジータ・ラジ米国大使が代読した。(原文はこちら
こんばんは、皆様。スウェーデン・アカデミーの会員の皆様、今夜出席されているその他の名高い招待客の皆様、心からのごあいさつを申し上げます。

皆様とともに出席することができず、申し訳ありません。しかし、気持ちの中では間違いなく皆様と共にあること、そして、このような名誉ある賞を受賞することを光栄に思っていることをどうか分かってください。ノーベル文学賞を受賞することは、想像すらできなかった、予想できなかったことです。若い頃から、キプリング、ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェーといった卓越した偉大な人々の作品に慣れ親しみ、読み、吸収してきました。学校で教えられ、世界中の図書館に収められ、敬意を込めた口調で話題にされる作品を書いた、これら文学の巨匠たちにいつも深い感銘を受けてきました。それらの名前に自らが今、列せられることは本当に言語に絶することです。

これらの男女が、自分自身がノーベル賞の名誉を授かることについて考えたかどうかは私には分かりませんが、本、もしくは詩、戯曲を書いたことがある世界中の誰もが、深い心の奥にその秘密の夢を抱いていると思います。おそらく、あまりにも深い部分にしまい込まれているため、そこにあることにすら気づかないのです。もしも誰かが私に、ノーベル賞受賞のわずかなチャンスがあるとこれまでに言っていたとしたら、月面に立っているのと同じくらいの確率だと考えなければならなかったでしょう。事実、私が生まれた年とその後の数年間、この賞を受賞するのに十分ふさわしいと考えられる人はこの世界に誰もいませんでした。だから控えめに言って、私はとても珍しい集団の中にいると認識しています。

ログイン前の続きこの驚くような知らせを受けたとき、私はツアー中で、しっかり理解するのに数分以上かかりました。私は偉大な文学者、シェークスピアが頭に浮かびました。彼はきっと自分のことを劇作家だと思っていたでしょう。自分が文学を書いているなんて考えは、きっと頭になかった。彼の言葉は舞台のために書かれていたのです。話されるべきものであり、読まれるものべきではなかった。彼が「ハムレット」を書いていたとき、いろいろなことを考えていたはずです。「どの俳優がこの役柄にふさわしいだろうか?」「どう演出しよう?」「本当に舞台はデンマークでいいのか?」。彼の創造的なビジョンと志は、疑いようもなく彼の考えの中心にあったと思いますが、もっと考えなくてはいけない世俗的な事柄もあったでしょう。「資金繰りはうまくいくだろうか?」「パトロンに十分な座席があろうか?」「どこで人の頭蓋骨(ずがいこつ)を手に入れよう?」。シェークスピアの考えで一番遠くにある問いは「これは文学だろうか?」だったに違いありません。

10代で歌を書き始めた時、そして自分の才能がいくらかの名声を得始めた時でさえも、私の歌に対する向上心は大してありませんでした。コーヒーハウスやバーで流れればよかった。その後は(米ニューヨークの著名コンサートホールの)カーネギーホールやロンドン・パラディウム劇場で、と思いましたが。もし大きな夢を抱いていたなら、たぶん私はレコードをたくさんつくって、ラジオで曲が流れることを想像したでしょう。自分の中でそれは大きなご褒美でした。レコードをつくってラジオで流すということは、より多くの聴衆に届くということで、そうすれば自分がやると決心したことを続けられるのです。

まあ、今の自分はやると決心したことをやってきました。何十枚ものレコードをつくったし、世界中で何千回ものコンサートを開きました。でも、私がやることのほとんどすべての重要な中心は歌です。多くの異なる文化の、多くの人々の生活に受け入れられたようで、ありがたいことだと思っています。でも一つだけ言わなくてはいけないことがあります。パフォーマーとして私は5万人のためにも、50人のためにも演奏してきました。そして本当は50人のために歌うことの方が難しいのです。5万人は一つの人格を持ちますが、50人は違います。それぞれの人が個々の、異なるアイデンティティー、彼ら自身の世界を持っています。彼らは物事をよりはっきりと受け止められます。誠実さと、それが才能の深さにどう関係があるかが試されます。ノーベル委員会がとても小規模なものであるという事実は私には気になりません。

でも、シェークスピアのように、私もまた自分の創作の努力や生活の中の世俗的なことがらに忙しいことがしょっちゅうです。「この歌にもっともふさわしいミュージシャンは?」「このスタジオで録音していいのか?」「この曲調は正しいか?」。400年たっても、いくつかの事柄は変わっていないのです。

私は「自分の歌は文学だろうか」と自問したことは一度もありません。

ですから、スウェーデン・アカデミーには、まさにその問いを時間をとって考えてくれたこと、そして最終的には、このようなすばらしい答えを出してくれたことに感謝しています。

みなさんのご多幸をお祈りしています。
ボブ・ディラン

Facebook  ノーベル文学賞授賞式でボブ・ディランの「はげしい雨が降る」を歌うパティ・スミス

2016年12月10日

ネットワークプレーヤーが Wi-Fi を認識しなくなったけど


DENON DNP-730RE
数日前のこと、ネットワークオーディオプレーヤー DENON DNP-730RE がなぜか突然 Wi-Fi を認識しなくなった。前にも Wi-Fi が何回か途絶えたことがあったが、本体の電源スイッチ switch の OFF/ON を繰り返すと再接続できたが、今回は駄目だった。操作マニュアルを読んでみたが、これといった対処法の記述がない。切羽詰まってネット検索したら「電源のオンオフでは復旧せず、イニシャライズが必要です」とある。初期化してしまうと、Wi-Fi 接続設定や、お気に入りインターネットラジオ局の登録などを一からしなければならない。これは面倒。ふと思いついて、電源プラグをコンセントか抜き、入れ直したら、なんと復旧したのではないか。偶然やったことだが、どうもこの辺りの理屈が分からない。そこでこの疑問点を Facebook に投稿したところ「電源スイッチオフは、完全にオフじゃないのです。だから、リモコンからもオンできますよね。リモコンの起動を受信する回路は、オンのままで、プラグを抜けばそこもオフになる、みたいな感じですね。裏にキルスイッチはないので、電源を抜くのがそれになります。裏にスイッチを備える機器も、あります」というコメントをいただいた。そこで switch を押して電源 OFF にし、リモコンのスイッチを入れたら起動した。要するにシャットダウンしたつもりが、スタンバイ状態になるだけで、完全に切れないのである。CDプレーヤやアンプは、switch を押すと完全に切れて、リモコンでは起動しないので、この理屈に気付かなかったようだ。ところでこのプレーヤーはいろいろな機能があるが、主としてインターネットラジオを聴くために使っている。再生できる放送局の種類は WMA/MP3/MPEG-4 だけだが、意外と音が良い。DSD5.6MHz 192kHz/32 bit 対応のD/Aコンバーターを採用しているせいだろうか、実勢価格は32,000円前後でコストパフォーマンスが高いと言える。難点とまではいわないが、有機ELディスプレーの文字表示が3行で、選局やお気に入り登録はリモコンではちょっと辛い。その点はスマートフォン用アプリ Denon Hi-Fi Remote が助けてくれる。

2016年12月9日

真珠湾訪問は外交失敗挽回策の切り札


バラク・オバマ米大統領が広島を訪問した際、安倍晋三首相は記者会見で「ハワイを訪問する計画はない」ときっぱり否定していたと記憶している。対米外交の切り札としてとっておこうという気持ちがあったかもしれない。しかしそのカードを切ることになった。その理由に関しては、度重なる外交の失敗があったから、というのがおおかたの観測である。すなわち米大統領選の最中に、ヒラリー・クリントン候補とだけと会談するという非常識なミスを犯した。ところがロナルド・トランプ氏に決まると、ペルーの首都リマでのAPEC首脳会議に出席する前に、ニューヨークに立ち寄りトランプタワーを訪れた。本人は「世界の首脳で一番最初に会談した」とご満悦だったようだが、これに対しオバマ政権が激怒したと報じられた。抗議したのはコンドリーザ・ライス前国務長官、あるいはキャロライン・ケネディ駐日大使ともいわれている。このためリマで予定されていたオバマ大統領との首脳会談が流れ、立ち話に終わったという。菅義偉官房長官は会見で真珠湾訪問は「戦没者の慰霊のためであって謝罪のためではない」と強調したが、言葉としてはなくとも、その行為自体を米国民は「謝罪」と受け取る可能性がある。私はそうであっても構わないと思っているが、首相にとっては恐らく不本意だろう。そういうリスクを抱えながら、立ち話で大統領に真珠湾訪問を申し出たのは、余程切羽詰まってのことだろうと想像する。対露外交では、ウラジーミル・プーチン大統領に翻弄され、北方領土返還に関しては雲行きが怪しくなってきた。来週大統領が訪日するが、首相の発言は「そう簡単な課題ではない」とトーンダウンしている。度重なる外交の不手際で焦り、自らの政権維持のため、なりふり構わずカードを切ったのだろう。

2016年12月6日

真珠湾攻撃とハワイに住む日系人の複雑な深層心理

写真は1976年の暮れ、ホノルル空港で撮影したもので、私が穿いてるベルボトムのジーンズが時代を感じさせる。フィルムスキャンしたものだが、流石コダクローム、40年を経ても変褪色の兆しがゼロである。横にいるのはパイロットのイヴランドさん。この日は旧日本海軍の戦闘機の飛行コースに沿って真珠湾に侵入、湾内を何回か旋回し撃沈した戦艦アリゾナの記念館を撮影した。しばらくすると管制塔から無線で「退去せよ!」と怒鳴られ、すぐそばの空港に着陸、ホッとしたところを記念撮影したものだ。イヴランドさんと一緒にハワイの島々を飛び回ったが、彼は飛行機操縦教官の資格があり、風が穏やかな洋上では時々操縦桿を握らせて貰った。だから私は4~5時間の飛行教程を履修したことになっている。真珠湾奇襲攻撃を受けた米国は日本に宣戦布告、これがハワイに住む日系人に複雑な影を落としたことは言うまでもない。

Honolulu Airport, NikonF2 Kodachorome64, 1976

ニイハウ島事件をご存知だろうか。真珠湾第二次攻撃のため空母「飛龍」を飛び立った零式艦上戦闘機(ゼロ戦)がエンジンの故障で不時着、奇怪な展開を見せた事件である。この島には軍事施設がなく、万が一のために不時着地として日本軍が指定してあったものだ。パイロットは西開地重徳一飛曹(海軍一等飛行兵曹)、軽傷だったようだが住民が手厚く看護したという。ところがその住民の一人が機内から地図と拳銃を盗み出した。地図は帝国海軍の軍人にとってはいわば機密書類、住民との間に緊張感が漂った。間に立ったのがカウアイ島から農場の管理人として働きに来ていた日系二世の原田義雄夫妻だった。最終的には西開地一飛曹は住民との抗争によって殺されるのだが、これによって原田さんも自害する。アメリカ人でありながら日本軍に加担したというジレンマに陥ってしまったからだ。ニイハウ島はロビンソン一家が私有する小島で、先住ハワイアンの生活様式を継承している。許可なしには誰も上陸できなく、私も申請したが無理だった。カウアイ島でヘリコプターをチャーター、上空から島の様子を窺った。礼拝を終えたと思われる住民が教会から出てきたところを見たくらいで、パイロットが低空飛行を嫌がったこともあり、その生活実態を撮影することはできなかった。

移民というのはひとつのプロセスを辿るようだ。まず農業、漁業などの労働に従事する。次に教育を受けた子弟が、教員をはじめ公務員になる。無論企業にも務める人もあれば、起業する人も登場する。スポーツ選手が現れ、政治家も誕生する。音楽や絵画などの芸術家が生まれるが、最後に現れるのはその国の言葉を使う文学者だという。当時、詩のコンクールで受賞したという日系三世の女子高校生のことを新聞で知り、訪ねたことがある。顔かたちが日本人そのものなのに、会うと英語しか喋れず、奇妙な感じを抱いたものである。どうして二世たちは三世に日本語教育をしなかったのか、その理由はこうだった。大戦中ハワイから欧州戦線に送られた日系米兵の「第100大隊」「第422連隊」はドイツ軍と果敢に戦い、米軍内では稀にみる大きな戦績を残した。ところが皮肉なもので、活躍したがうえに「やはり日本人は怖い」と逆の評価も囁かれてしまったのである。すべての日系人がそのようにしたか不明だが、このような苦い経験から、より「アメリカ人」になろうと子弟に日本語を教えなくなったというのである。これは例えば華僑の世界とはずいぶん違う。ニイハウ島事件からやや逸れたが、ハワイに住む日系人の複雑な深層心理を一枚の古い写真から思い出した次第である。

2016年12月3日

最高レベル 5 に達した私の Google ローカルガイド


Googleマップ
なんとなく始めた Google のローカルガイドのポイントが500を超えてレベルが最高の5に達した。ローカルガイドとは、地域で見つけた情報を Google マップでシェアしているユーザーの、世界的なコミュニティである。特典として200ポイントを超えてレベル4になると、Google ドライブストレージを1年間無料で利用できる。最大容量は1TBで通常の使用料は1か月1,300円なので、1年間15,600円分がタダになる計算になる。そして今回獲得した最高レベル5に達すると、一般リリース前に Google の新しいサービスや機能をテストする Trusted Testing に参加できたり、ローカルガイドサミットへの参加を申し込めるという。ローカルガイドに参加したのは、ちょうど1年前の12月11日で、当ブログに「特典に釣られたわけではないが、一体どんな感じで展開するのか、いわば興味半分で参加ボタンを押してしまった次第」と書いたが、いざ始めてみると、どうせならレベル5まで、という心理が働いた。それにしても最高レベルに達するまで1年、小さな感慨を覚える。

2016年12月1日

提前給大家滿滿的聖誕祝福

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これは Facebook のページ「Visit Kyoto Tw」に掲載されている12月の京都観光カレンダーである。中国語は全く不案内だけど、表題は「ちょっと早いけどメリークリスマス」という意味だろうか。ハロウィンがいつの間にか定着したと思ったら、今年はアメリカの商戦、ブラックフライデーを広める動きがあって驚いた。感謝祭の翌日の大セールの日だけど、そもそも感謝祭とはほとんど日本人にとって無縁ではないだろうか。バレンタインデーもそうだが、この手の輸入行事のさきがけがクリスマスだろう。私が子どもの頃は、酒好きのお父さんが夜の街に繰り出すのが年中行事でもあった。とんがり帽子をかぶり、帰路、ケーキを買う酔客の写真が新聞に載っていたのを憶えている。今は見かけなくなった師走の風物だった。我が家でクリスマスを一番楽しみしているのが孫。小学校一年坊主、そろそろサンタクロースの正体を見破る年齢になったようだ。