2016年10月24日

法華寺十一面観音に潜む生身の観音像

入江泰吉「十一面観音菩薩立像」(和辻哲郎『古寺巡禮より)

澄み渡った秋空の下、奈良佐保路の門跡寺院法華寺を訪ねた。靴を脱ぎ畳敷きの本堂に入ると、スピーカーから解説が流れていた。内陣須弥壇に一対の厨子があり、左側の扉が開いている。国宝本尊十一面観音菩薩立像である。奈良国立博物館の正倉院展の日程に合わせて10月22日に開扉、特別公開されている。この十一面観音の厨子の扉はずっと開け放しにされていた。戦後、御分身像すなわちレプリカができてから閉められ、期間を限って公開するようになったという。厨子はやや遠く、中が暗いのでバッグから双眼鏡を取り出し、そのディテイルを観察する。衆生救済の手を差し伸べるため右手が長いという解説が耳に響く。1918年(大正7)5月、間近から厨子の中を覗き込んだ和辻哲郎は次のようにその印象を記している。
胸にもり上がった女らしい乳房。胴体の豊満な肉づけ。その柔らかさ、しなやかさ。さらにまた奇妙に長い右腕の円さ。腕の先の腕環をはめたあたりから天衣をつまんだふくよかな指に移って行く間の特殊なふくらみ。それらは実に鮮やかに、また鋭く刻み出されているのであるが、しかし、その美しさは、天平の観音のいずれにも見られないような一種隠微な蠱惑力を印象するのである。(和辻哲郎『古寺巡禮』岩波書店
確かに大和路ではこの観音像は異彩を放っていると思う。しかし、若きこの哲学者の言葉そのものに私は驚愕を覚える。唐変木には、仏像からこのようなイマジネーションが湧いてこない。残念ながらエロティシズムを感じないのである。御分身像と写真から、光明皇后をモデルにしたという伝説を持つ像を想像してみる。紗を透かした乳房に乳首は見えるだろうか。所詮人間は仮の姿だという。天上界には男も女もないという。しかし、隠微ならぬ淫靡な蠱惑を私は生身の女体に感じてしまう。横たえた裸身の尖った乳首に感じてしまう。
法華寺(奈良市法華寺町)
観音さまはだいたい女性の仏さまとして、人々から親しまれうやまわれてきています。奈良の法華寺の国宝十一面観音の美しさには誰でも魅せられますが、それは当時、天平時代に美人の代表のようにいわれていた光明皇后がモデルだったといわれています。(瀬戸内寂聴『観音経』中公文庫)
そんなことはない、まさか皇后が仏師のモデルになるはずはないだろう。というのが真相かも知れないが、この伝説は無碍に捨てることはできないだろう。北天竺乾陀羅(けんだら)国の見生王が問答師をつかわし、光明皇后をモデルに三体の観音像を刻み、一体を持ち帰ったのだそうだ。菩薩というのは大悟に向かう求道者の姿である。境内には、皇后が病者救済のために建立したといわれる蒸し風呂が残っている。我親(みずか)ら千人の垢を去らん、という誓いを実行し続けた皇后は、最後に癩病患者と対峙することになる。この伝説に対し和辻哲郎はきわめて饒舌だ。
信仰を捨てるか、美的趣味をふみにじるか。この二者択一に押しつけられた后は、不得己、癩病の身体の頂(いただき)の瘡(かさ)に、天平随一の朱唇を押しつけた。そうして膿(うみ)を吸って、それを美しい歯の間から吐き出した。(『古寺巡禮』)
これは菩薩である、観世音菩薩の姿である。伝説の糸を紡ぎ合わせると、私にも皇后の姿が機織れるような気がする。遥かかなたのガンダーラの王も、生身の菩薩の評判を耳にしたのだろう。立ち上がって私は堂内の安置物をもう一度見ることにした。平家物語に登場する横笛の像がある。高山樗牛の瀧口入道を読むと面白そうだ。病身に半身を起こした維摩居士坐像がある。仏典『維摩経』は変成男子の思想を越えているという。女性の仏道修行に関する大乗仏教側のひとつの回答を提示しているという。尼僧に礼を述べ、法華寺本堂を後にした。

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