2013年9月12日

ストレート写真に帰る困難

エスカレータ  JR京都駅ビル(京都市下京区) Holga120 Pinhole Camera

伊奈信男写真論集
湿式コロジオン法に代わり、ゼラチン乾板が1870年代末期以降に普及した。同時にカーボンやゴム、オイル、ブロムオイルなどを使った印画法が流行、写真は絵画に近いものになった。いわゆるピクトリアリスム(絵画主義写真)である。写真家たちはソフトフォーカスの画像を作ったが、皮肉なことにそれは写真が持つ描写力を棄てるものであった。アメリカではアルフレッド・スティーグリッツが有名だったが、後にストレート写真に転向する。日本では野島康三が知られているが、1932年『光画』創刊号で伊奈信男が「写真に帰れ」と主張し、日本の写真界はリアリズムへと転じたのである。私は密かに現代写真の潮流をコンテンポラリー・ピクトリアリスムと呼んでいる。古典印画法などオルタティブ写真が流行ってるし、デジタル写真の世界でも、電子フィルター効果を利用した表現や画像処理が溢れかえっている。

今年の春、私は京都写真クラブの会員になったが、その総会で「この何年かはピンホールカメラで遊んできましたが、そろそろ大判フィルムカメラを使い、ストレート写真に戻りたい」と挨拶した。この夏が暑過ぎたというと言い訳になってしまうが、その作業は遅々として進まない。なかなか写真に帰れない。何故だろう? ストレート写真は、被写体と光線とシャッターチャンスの魅力に支えられている。それが難しいのである。トイカメラなどによる撮影や、オルタティブな処理は、凡庸な情景も「それらしく見える」ので、つい安易な方法をとってしまうのである。実力のなさと言ってしまえばそれまでなのだが。蛇足ながらピクトリアリスムは日本語版ウィキペディアによると1914年以降、急速に衰退したとあるが、ちょうど来年がその100年後ということになる。

0 件のコメント:

コメントを投稿