2012年11月30日

石原慎太郎の壊憲シナリオと三文役者橋下徹の大衆迎合芝居


憲法9条京都の会  画像をクリックすると拡大表示されます

日本維新の会が昨29日、憲法の破棄や国防費増額などを盛り込んだ政権公約を発表した。代表の石原慎太郎前東京都知事と代表代行の橋下徹大阪市長は記者会見で「賢く強い日本をつくるため《自主憲法》の制定が必要だ」と主張したという。これは別に驚くことではなく、若干の差があったものの、前から二人が公言して憚らなかった主張をすり合わせたものである。ただ日本国憲法第96条第1項に、憲法の改定のためには「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」とある。だから改憲、いや壊憲を目論んでも現実味がないと思っていた。ところが26日、毎日新聞のインタビューに対し次のように答えている。

曰く「もし、選挙後、肝心なことを決めるのに過半数がいるのなら(自民党や民主党との連立に)協力する」云々。日本維新の会が自公民体制に対する「第3極」とマスメディアは騒いだが、何のことはない、別のシナリオがあるのである。つまり自公が圧勝すれば「肝心なことを決めるのに3分の2以上いるのなら協力する」というものであろう。ご存知、安倍晋三自民党総裁も壊憲論者である。石原慎太郎は作家だからシナリオを書くのはお手の物だ。タレント弁護士橋下徹は三文役者だからコロコロ変わる台本を臆面もなく演じてきた。この大衆演劇ともいえる劇場型選挙対策を、有権者はどう受け止めるだろうか。現状を俯瞰するとちょっと悲観的になってしまうが、憲法破壊は防がなければならない。日本が世界に誇る第九条を守らなければならない、ということを強く訴えてゆこうと思う。

2012年11月28日

緑の党のリーフレット

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緑の党が振込用紙付きのリーフレットを配布しています。⇒  http://greens.gr.jp/newsletter/4216/
PDF  http://greens.gr.jp/uploads/2012/11/leaf.pdf

2012年11月25日

アマゾンKindleの上陸は電子書籍普及の起爆剤になるか


ネット通販アマゾンの電子書籍端末Kindleが日本上陸した。導入しようと思っているのだが、3種類のうちのどれにしようか迷っている。文学作品など文字を中心にした書籍用なら、視認性に優れたPaperwhiteで決まり。しかし読書以外にも使える、しかもカラーディスプレーのモバイル端末FireHDにも食指をそそられる。ただグーグルのNexus7やアップルのiPadミニと比べると、機能的に如何なものかと気になる。ユーザーのレビューが集まってから検討してみようというのが現在の心境である。ところで果たして電子書籍は今後普及するのだろうか。日本でiPadが発売されは2年前の2010年で「いよいよ電子書籍時代がやってきた」と騒がれたものである。米国アマゾンでは電子書籍が紙の本の売り上げを上回ったそうだが、日本ではそれほど普及していないようだ。

紙の感触は捨てがたいしね、なんて考える私のような人間がその普及を妨げているのかもしれない。電子書籍端末のウリは1000冊単位の書籍を持ち歩けることだと思う。紙資源の節約になるし、この機能は申し分ないのだが、私の場合そんなにたくさん本を読まない。1週間に1冊ぐらいのペースだから1年に50冊程度である。とすれば紙にない別の優れた機能に注目することになる。例えば文字の大きさを変えられるは確かに有難い。そういった機能面の他に期待するとすれば、絶版となっている古書の復刻である。紙の書店と違ってウェブ書店は大きな倉庫はいらない筈だ。買い損ねている古書が手に入るようになれば迷わず書籍データを購入するに違いない。書籍に対するスタンスはそれこそ人それぞれだが、Kindleの上陸が電子書籍普及の起爆剤になるか注目したい。

2012年11月23日

雨の日はカメラで落ち葉拾い

落ち葉  鹿苑寺(京都市北区金閣寺町)Fujifilm Finepix X100

今日から世の中は三連休、紅葉狩りの観光客で社寺は超混雑しそうなので外出しまいと思っていた。ところが夜半から雨となり、近所の鹿苑寺(金閣寺)に出かけることにした。落ち葉を見逃したくないからである。平野神社桜苑の落ち葉はそのまま放置、腐葉土になる。実に好ましいのだが、これに対し鹿苑寺は掃除してしまうようだ。美学の違いと言ってよいかもしれない。だから消え去る前に、カメラで落ち穂ならぬ、落ち葉拾いしなければという気持ちに駆られてしまう。

2012年11月22日

即原発ゼロを訴える候補者に投票しよう


原発をめぐる橋下徹の発言
日本維新の会代表に納まった石原慎太郎前東京都知事が今月20日、日本外国特派員協会で講演し、外交で発言力を確保するために、軍事的な抑止力は必要との認識を示した上で「核兵器に関するシミュレーションぐらいしたらいい。持つ、持たないは先の話だが、これが一つの抑止力になる」と述べ、核兵器保有について研究すべきだとの考えを示したという。個人的見解だというが、すでに衆院は解散、選挙態勢に入ってる今、政党党首としての発言とみてよいだろう。持論を展開したのだろうが、世界で唯一被爆した国の政治家としては許すことができない、実に恐ろしい発言である。これでも同党に票を投ずる日本人がいるとすれば呆れる。

この発言に反応したのかどうか不明だが、時事通信によると翌21日、橋下徹代表代行は大阪府松原市で街頭演説し、12月16日投開票の衆院選について「惨敗したら、もうこういう挑戦はやめる。2度も3度もできない」と述べたそうだ。これまでと違っていささか弱気な発言だが、政治家として志が希薄だと私は思う。橋下徹は「黒を白に変える弁護士」の典型といってもよい人物だが、なぜ多くの大阪府、市民が騙され続けているか不思議である。左図は原発をめぐる橋下徹の発言変遷であるが、クリックすると拡大するので読んで欲しい。こんな人物がリーダーである政党に投票しますか? 即原発ゼロを訴える候補者に投票しよう。間違っても日本維新の会の候補者には投じないで欲しいと思う。

2012年11月21日

壮絶な高桐院の紅葉に細川忠興を想う

松向軒  大徳寺高桐院(京都市北区紫野大徳寺町)Fujifilm Finepix X100

鍵状の細い敷石道。唐門を鍵の手に曲がって玄関へ。書院の奥に茶室松向軒があった。慶長六(1601)年、細川幽斎の長子忠興が建立した大徳寺塔頭高桐院だ。忠興は江戸時代初期の武人として有名だが、三斎と号したように、利休七哲に数えられる茶人でもあった。茶室の天井から小さな裸電球がぶら下がっている。その明かりを頼りに天井に目を注ぐ。実に質素なたたずまいだ。こういうのを利休風建築というのだろう。利休好みという言葉がある。ワビとかサビというのは、唐変木の私にとって理解できない気風だ。どうしても理解できない。古寺にしても、風雪が変貌させた土や草の色はあまり好きではない。むしろ、金ピカだったり派手な朱色だったりしていたほうが嬉しい。伽藍が暗示する浄土はそんな世界ではないだろうか。備前焼きより清水焼きのほうが好きな私だ。
高桐院庭園の楓樹
壮絶な秋
壮絶な紅葉
三斎好みの茶室を早々と退散した私は、庭園に面した縁側に出た。はっと息を飲む。広い庭は一面の苔。計算され尽くした楓樹の配置。夢の中で飴玉に増幅した雨が、樹木と苔をモノトーンの世界に変質させている。ここには色彩の変化はなく、階調のみが残っている。色彩を退けた単色の階調の世界は、もしかしたら三斎好みなのかもしれない。色彩を楽しむ私がどうして息を飲んだのだろうか。目をあけると、ひらひらと赤い楓、黄色い楓が空を舞っている。やがてそれらは苔の上に舞い降り、絨毯を敷き始める。天空からの光束はあくまで細い。緑の領域は次第に衰微し、赤や黄色が拡散してゆく。この仕掛は誰が考えたものだろうか。時の流れが饒舌と静寂を綾織る世界。武人にして茶人。饒舌と静寂が混在しているのは、かれの霊がここにまつられているからかもしれない。

フォークソングの魁(さきがけ)ジョー・ヒルの命日が過ぎて

ジョー・ヒルの棺  群衆で埋まったシカゴの道を運ばれた(1915年感謝祭の日)

ジョー・ヒル(1879年10月7日~1915年11月19日)について命日に書こうと思っていたがすっかり忘れていた。彼の生涯に関しては、1971年にアメリカとスウェーデン合作の伝記映画が公開されている。1879年スウェーデン生まれだが、1902年に移民としてアメリカにやってきた。無賃乗車で列車の旅をした人々を「ホーボー」(Hobo)と呼ぶが、彼もその集団に加わった一人であった。1904年にシカゴで誕生したIWW(Industrial Workers of the World=世界産業労働者組合)の運動に加わったが、最後はフレームアップで処刑されてしまう。集会条例によって街頭の演説が禁じられたいたため、賛美歌のメロディを使った替え歌で運動を展開したことで彼は知られている。奇しくもこれは、演説がだめなら歌で、ということで生まれた明治大正時代の添田唖蝉坊らの演歌と酷似している。演歌はやがて風化して艶歌に化けてしまったが、アメリカではフォークソングとして育ち、ウディ・ガスリーやピート・シーガー、ボブ・ディランへと歌い継がれていったのである。
Pie in the Sky (Joe Hill)
長髪の説教師どもが毎晩やってくる
何が悪いか何が良いかやつらは語る
でも何か食べるものはと訊いてごらん
やつらは甘い声でこう答えるだろう

そのうちに食べられるようになるさ
天の上の栄光ある国で
働き祈りなさい干し草で暮らしなさい
死んだら天国でパイが手に入るだろう
これはジョー・ヒルの『天国のパイ』という歌の抄訳だが、左図をクリックすると拡大されるので、オリジナルの全歌詞を読むことができる。1967年にニューヨークのオークパブリケーションズから出版された"Hard Hitting Songs For Hard-Hit People"と題されたソングブックに収録されている。編纂は米議会図書館民謡資料室のアラン・ロマックス、そしてシンガーのウディ・ガスリーとピート・シーガーで、小説『怒りの葡萄』の作者ジョン・スタインベックが序文を寄せている。私が所有しているのはハードカバーだが、1999年にネブラスカ大学出版局からペーパーバックスが出版された。日本アマゾンのサイトで調べたら、これも絶版になり、中古市場のマーケットプレイスで2万円強の値がついたが、今年の秋になってその復刻版が出たようだ。このソングブックには大恐慌が産み落とした歌の数々が収録されていて、庶民の視点による貴重な記録になっている。大恐慌は人々の生活を苦しめたばかりではなく、結果的にドイツやイタリア、日本などのファシズムを生み、第2次世界大戦への引き金となったことはご存知の通り。各国の経済が破綻し、再び世界が辛い時代になっている今、私たちが歴史から学ぶものは多い

2012年11月20日

路傍の野路菊と龍脳菊を見分ける

輪菊と龍脳菊  京都市左京区浄土寺真如町  Fujifilm Finepix X100

野路菊(平野神社)
金戒光明寺で仏花のピンホール写真を撮ったあと、北隣の真如堂に回ってみた。まだ青いモミジが残っているが、カメラを手にした大勢の参詣客で境内は埋まっていた。今月の中旬以降朝晩冷え込んでるので、週末には綺麗な紅葉を見ることができそうだ。白川通に抜ける坂道を下ると、石垣に可憐なノジギク(野路菊)が咲いていた。このシーズンになると、これを見るために平野神社を散策するのが楽しみになっている野菊だ。さらに10メートルほど下ると、輪菊の横に似たような白い花が咲いている。良く見るとノジギクではなく、リュウノウギク(龍脳菊)のようだった。花弁は酷似しているが、見分け方は簡単だという。最近それを知った。

西日本で多く見られるキク科キク属の白色の野菊はノジギクとリュウノウギクの二種しかないそうだ。だからノジギクでなければリュウノウギクということになる。ノジギクは左の写真(クリックすると拡大表示される)のようにの基部がほぼ平行になっている。これに対しリュウノウギクは上掲の写真では分かり辛いかもしれないが、基部がくさび状になっている。ウィキペディアによると、ノジギクの命名者は牧野富太郎で、イエギクの原種とも言われたが、在来種で中国には自生していないことから、この考えは否定されているそうである。これに対しリュウノウギクは、葉の香りが中国から伝わった龍脳という香料に似ている事に由来するという。

2012年11月19日

日本のリベラル勢力は何処に消えてしまったのだろうか


たちあがれ日本を石原慎太郎元東京都知事が太陽の党と改名して代表に納まったが、わずか四日で解党、橋下徹大阪市長が率いる日本維新の会を乗っ取ってしまった。石原慎太郎は自らを弁慶にたとえ、橋下徹を牛若丸とおだてたそうだ。確かに源義経は日本人好みの武将だが、頼朝の追及を受け最後は自刃して果てている。いささか不吉な予感がすると私なら思うが、どうやらそこまでは考えが及んでないようだ。選挙をにらみ「小異を捨てて大同に就く」とぶち上げたところ、橋下徹は脱原発をあっさり取り下げてしまった。原発が小異とは呆れるが、元々維新の会が脱原発を掲げたのは単に一時的な人気取りのためであって、真の指標としていたとは考え難い。要するに地金が露出したということだろう。維新の会に加えてみんなの党、あるいは減税日本との連携をマスメディアはなぜ「第三極」と呼ぶのか不思議である。この三党、自公民に立ちふさがるそうだが、極右が右を牽制とは笑うに笑えない。それにしても日本のリベラル勢力は何処に消えてしまったのだろうか。ブログ「世に倦む日日」は「リベラルと中間層」と題してこの点を指摘、次のように分析している。

Meaning of Being Conservative

いわく「一つの着想として考えが及ぶのは、中間層の破壊と消滅という問題だ。特に若い世代で、中間層的な人間類型の可能性が失われていて、そのことがリベラルの政治的主体性の薄弱さと表裏一体の関係ではないかと思われてならない。中間層としての経済的な基盤がなく、意識を持ち得ていないこと、権利と政治が問題として一つに繋がっていないこと、諦めてしまっていること、中間層的な人間の生き方とそれを保障するリベラルの政治という健全な社会のイメージを描けないこと、その問題を提起したい」云々。さて上図はサイト「リベラルであること」の記事「リベラルvs保守」に添付されているものである。双方の言葉から連想あるいは思いつく単語を集めてクラウド化したものだが、読者が付け加えることによりチェンジできるという。リベラルに対しては「自由」「平等」「権利」「人々」といった文字が浮かんでいるが、同じ試みを日本のサイトしたらどうなるだろうか。今の日本人がどのような連想をし、そして意識しているかよく分かると思うが如何だろうか。

2012年11月18日

第16回写真家達によるチャリティー写真展


日時: 2012年12月14日(金)~16日(日)10:00AM~7:00PM(最終日は4:00PMまで)
会場: 富士フイルムフォトサロン東京 http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/tokyo.html
主催: フォトボランティアジャパン基金 http://www.photovolunteer.org/

出品者: 杵島隆 藤井秀樹 青木加代子 青柳陽一  秋葉正史 浅井美光 浅尾省五 浅野久男 阿部晴子 知新温 安倍玲子 飯田能之 石井真弓  石上智章 石田研二 今泉邦良 岩本恵次 植村裕純 内堀タケシ 枝川一巳 榎本正好 及川誠  大石直臣 大塚努 大塚敬宣 大野智嗣 岡田稔 織作峰子 笠原将 柏崎育造 勝山基弘 加藤哲也 兼子久 川隅功 木川恵介 北野眞幸 木田陽子 紀善久 桐沢幸雄 工藤裕之 熊谷正 熊切圭介 熊切大輔 小池キヨミチ 合田昌史 児島昭雄 小玉亘宏 小松好雄 五味明憲 今野裕基 齋藤ジン 齋場ひさとし 桜井秀 佐藤健治 柴田秀一郎 島内治彦 清水純一 清水啓二 下河邉元春 杉山薫 菅田隆雄 鈴木一弘 高梨智実 高橋智史 髙橋毅  高橋まゆみ 髙橋靖 髙道宏 髙村規 竹内敏信 武田武史 田中真由子 田中雅美 谷口弘幸 玉井久義 田谷淳 塚原紘 坪根道生 津森吉孝 テラウチマサト 寺師太郎 天神木健一郎 鳥海晃司 内藤律子 中村友一 西岡千春 西山輝彦 沼田早苗 野々村整亮 橋本光一郎 秦達夫 原直久 原槙春夫 坂東剛志 平塚音四郎 深井美貴子 福家嘉孝 藤澤茂 BRUCE OSBORN 帆足侊兀 前田晃 増田雄彦 松尾純 三穂雪舟 宮内忠敏 明星暁子 村尾昌美 村上則子 RISA 望月剛 森信正 両角章司 八幡和志 山縣勉 山口一彦 山口政宣 山崎安典 由木毅 横井隆和 吉田陽子 若井昭夫 和田庄平 渡辺関靖 渡邉英昭 渡辺リカルド (五十音順/2012.11.18日現在)

2012年11月17日

京都発「脱原発と総選挙」緑のたねまきシンポジウム


日時: 2012年11月27日(火)18時45分~21時
会場: キャンパスプラザ京都 第1講義室 (交通アクセス
参加費: 一般500円 学生・フリーター300円 高校生以下無料
申し込み・問い合わせ: Email: midori.no.kyoto@gmail.com  Phone: 070-5650-3468
主催: 「緑」の京都・準備会 http://greens-kyoto.jimdo.com/

2012年11月16日

第17回「How are you, PHOTOGRAPHY? 展」の案内


極彩秘宝館(ライト商会三条店ギャラリー)

日時: 2011年12月11日(火)~23日(日)
会場: ギャラリーマロニエ、同時代ギャラリー、ギャラリーカト、ヤマモトギャラリー、ライト商会三条店ギャラリー
主催: 京都写真クラブ「How are you, PHOTOGRAPHY?展」実行委員会
協力: 京都造形芸術大学、ビジュアルアーツ専門学校、大阪芸術大学、京都嵯峨芸術大学、成安造形大学
詳細: http://www.kyoto-photography-club.jp/hayp/how/

2012年11月15日

インターネットラジオを楽しむ


衆院選の日程が決まった。民主党政権が終わり、安倍晋三が総理大臣に返り咲く日程が明らかになったということだ。どうもこの国の先に未来はないようで、気が滅入るばかりである。というわけで気分転換、趣味の話を書くことにする。こうしてブログを書くときなど、パソコンに向かうと音楽が欲しくなる。CDやアナログLPを聴くことが多いが、ディスクを交換するのが面倒なときがある。そんなときはもっぱらインターネットラジオを楽しむことにしている。日本のFM放送はDJが耳障りだが、海外、特にアメリカの専門局はそれがない。多分、英語だと声が単なる音に変化、つまりBGM化するからかもしれない。それからDJやCMが全く入らない局もある。アップルのiTunesラジオサービスを利用することが多かったが、最近はもっぱらグーグルのブラウザChromeのアプリであるEarbitsを愛用している。アーティストのバイオグラフィーが添付されたりしているからだ。アプリ経由でなくともアクセスできるので、興味あるかたは下欄にURLを参照してください。蛇足ながら最近購入したタブレット端末Nexus用を探したところ、TuneInというアプリを見つけた。日本語に対応しているのが嬉しい。パソコンのブラウザでも無論アクセスできるので、このURLも併記しておくことにする。

Earbits Radio: http://www.earbits.com/
TuneIn Radio: http://tunein.com/

2012年11月14日

ポピュリスト政治家たちは恒久革命を行っているかのようだ

omega hitler by ~monteirohq

新聞テレビは「第三極の結集」と大騒ぎしている。第三極とは二大政党制下、次の勢力になる政党、あるいは政党の集まりのことである。つまり現時点では民主、自民に対抗する勢力のことだが、石原慎太郎前東京都知事と平沼赳夫元経済産業相を共同代表とする「太陽の党」がらみの動向のみがそれであるように報じられている。橋下徹大阪市長率いる「日本維新の会」などとの政策協議はどうのこうの、といった具合で、例えば小沢一郎が率いる「国民の生活が第一」などは無視されている。マスメディアは敢えて小沢サンを蚊帳の外に置きたいに違いない。ところで野田首相がいつ衆院解散を宣告するか注目が集まっているが、その前に石原慎太郎が逃げ出した都知事の椅子に座る人を決める必要がある。すでに何人かが出馬表明しているが、民主党から声がかかってるという舛添要一が講談社のサイト『現代ビジネス』に寄せた「都知事選出馬も選択肢」を興味深く読んだ。「知事候補として私の名前があがっている。光栄なことである」という部分は私にとってはどうでもいいことだけど、気になった後半の一部分を引用しよう。
政治的リーダーシップについて、最近考えていることを少し書いてみたい。東大で政治学の研究者になったときに、最初に取り組んだのがナチズム、ファシズムの研究である。数多くの文献にあたったが、その中でも印象に残っているのが、シグムント・ノイマンの名著『恒久革命』である。

ノイマンは、全体主義の特徴として、永遠の革命、つまり常に、コマネズミのように動き回り、次々と革命の対象を広げていくことをあげ、それこそがファシズム運動だと指摘した。具体的には、何かイベントを拵えたり、目新しい政策を打ち出したり、対外戦争に乗り出したり、とにかくじっとしておらず、次々と新しい課題を作っていくのである。そして、最後には、それが第二次世界大戦へとつながっていく。

最近のポピュリスト政治家たちの言動を見ていると、まさに恒久革命を行っているかのようである。都政とは何の関係もない尖閣諸島問題を争点化したり、次々と攻撃対象を作ってツイッターで批判したりする、そして、それがマスコミによる増幅作用を通じてポピュリズムを刺激する。
舛添センセイが政治学の学者だったことを思い出したが、最初に取り組んだのがナチズム、ファシズムの研究だったことは知らなかった。文中のシグムント・ノイマンの著書は、正確には『大衆国家と独裁―恒久の革命 』のことで、政治学とは縁遠いが、センセイの一文から急に読みたくなり発注した本である。「ユダヤ人という敵を作り上げて、大衆の憎悪心をそこに集中させた結果が、アウシュビッツの悲劇となり、人道に対する犯罪につながったことを忘れてはならない。マスコミ、とりわけテレビが恒久革命を推進させていることを、マスコミ人は自覚して仕事をせねばならない。視聴率、部数は伸びても、日本国が滅びたのでは何にもならない」とセンセイは続けている。奇しくも橋下徹の思想は「ハシズム」と揶揄されている。石原慎太郎とのコンビはまさに日本のファシズムを再興させようとするものだ。私は舛添要一のシンパでもなんでもない。また彼の一文は、現在おかれた政治家としての計算もあるだろう。しかし真相を突いている。

2012年11月13日

燃ゆる火を雪もち消ち降る雪を火もち消ちつつ

深まる秋  山梨県南都留郡富士河口湖町船津  Fujifilm Finepix X100

富士山を詠んだ歌は山ほどある。表題は高橋蟲麻呂作「不尽山(ふじのやま)を詠む歌」の一部で、萬葉集に収録されているが、噴火しているさまを詠んだものだ。最後の噴火は宝永大噴火(1707年)だったが、活火山である以上、今後も噴火の可能性は拭えない。富士山で大規模な噴火が起きた場合、火山灰を取り除くのに、都内の主な道路だけで少なくとも4日かかるという国の推計が最近報じられた。本当に怖いのは南海トラフ巨大地震より富士山の噴火という説もあるようだ。万が一そんなことになればあの美しい容貌も変わってしまうのではないかと思う、といった心配をしたわけではないが、富士山見物に出かけた。新幹線の車窓からの眺めは何度も接しているので、裏側、つまり北側に位置する河口湖の「富士山が見える宿」を予約したのだが、予定の11月11、12日は悪天候という予報が出てしまった。新幹線とバスの往復切符も買ってしまったし、キャンセルもままならない。というわけで強行したが、案の定、着いた日は冷たい雨。ホテルは富士山撮影に絶好のロケーションと聞いていたが、確かにべランダからの眺めは素晴らしい。しかし天候には敵わない。

姿を見せた富士山(河口湖遊覧船から)
翌朝目が覚め、窓の外を見たがまだ雨が残っている。仕方ない、紅葉狩りでもして帰ろうということになった。ホテル規定のぎりぎりの遅い時間にチェックアウト、富士急山梨のボンネットスタイルの「河口湖周遊レトロバス」に乗った。たまたま開催中の「紅葉まつり」の会場、久保田一竹美術館前で降りた。するとどうだろう、俄かに天候が回復し始め、太陽が顔を出した。雲が切れ、富士山がその頭を見せたと思ったら、みるみるうちに山腹も姿を現したのである。まさに驚天動地とはこのこと、カメラを構える観光客の歓声が湖畔に響いたのは言うまでもない。なるほど、富士山の写真撮影に没頭している人たちは、このように気候の変化で変貌する姿に魅力を感じているのだろうか、ふとそう思った。近くにあった食堂でほうとう鍋を堪能したあと、再びバスに乗って遊覧船乗り場に移動した。天気は良くなるばかり、気温も上昇して用意した防寒具が邪魔になってきた。遊覧船で湖上に出たが、裾野を覆っていた雲も消え、富士山の全貌を一望でるチャンスに恵まれた。富士は不二、未来永劫に渡ってその美しい姿を保って欲しいものだ。

2012年11月10日

Nuclear Free Now 脱原発世界会議2


Global Conference for a Nuclear Power Free World

日時:2012年12月15日(土)~16日(日)日比谷&郡山
詳細:http://npfree.jp/global-conference2.html

Nuclear Free Now 実行委員会
共同代表:上原公子、鎌田慧、ミサオ・レッドウルフ、吉岡達也
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場3-13-1-B1 ピースボート内
Tel:03-3363-7561 Fax:03-3363-7562 Email:office@npfree.jp URL:http://npfree.jp

2012年11月9日

料理が出てくると箸よりも先にカメラを手にする人たち

蟹刺し  文殊荘(京都府宮津市天の橋立海岸) Nikon CoolPix5700 (2007年)

昨日の韓国中央日報日本語版に「料理が出ればまず写真撮影…韓国消費者が重要な理由」という興味深い記事が載っていた。「料理が出てくると箸よりも先にカメラを手にする人たち、自分の生活と経験を写真に残して知人と共有することを楽しむ人たち」の動向は、韓国のカメラ市場にとって重要だという。暗いところできれいに写真が撮れないなど、スマートフォンに限界を感じた消費者が結局、デジタルカメラを求めるという分析が外れたというのだ。スマートフォンのカメラ性能が改善されため、コンパクトカメラの売上高は急減してしまったという。キヤノン韓国コンシューマーイメージングの康東煥代表は「暗いところや動きが多い状況でもよい写真を撮りたいと思う消費者が、今のところ品質の差が大きいミラーレスカメラを選択していると見ている」と分析しているという。この状況はもしかしたら日本にも当てはまるかもしれない。例えばFacebookのニュースフィードには食事の際に撮った料理写真が流れ、ときに辟易とすることもある。

その場合、単に「これを食べています」というだけで、料理に関する情報が少ない写真が多いような気がする。飲食店の口コミサイトとは違い、店の場所や料理の値段、、そして味に対する感想といった情報が省かれ、単に自らの行動の「足跡」を記すのみに終わっている。何故だろう? ソーシャルメディアの主流は実名主義で、従って「シリアスなことを書きづらいという背景があり、食べ物なら差し支えがないからではないか」と友人が解説してくれた。Facebookの日本語が公開されたのは2008年だそうだが、実は私も2005年から数年間、飲食店で自分が食べる料理の写真を、コンパクトデジタルカメラでよく撮っていた。投稿先は写真共有サイトFlickrだったが、日本の食文化を伝えたいという気持ちが心底にあった。写真を生業にしているので、撮影には気を遣ったことを覚えている。というより撮影条件が悪い場所ではシャッターを押さなかっただけなのだが。無論、三脚などは使わず、手持ち撮影。従って明るい窓際の席に意識的に座ったことを覚えている。今では懐かしい話を韓国紙の記事から思い出した。

2012年11月8日

タブレットNexus7で大貫妙子の恋歌を聴く

 
Taeko Onuki: MIGNONNE and PURISSIMA

大貫妙子のCDアルバム「PURISSIMA」(1993年)「PURE ACOUSTIC」(1996年)「MIGNONNE」(2008年)をタブレットNexus7で聴けるようにした。パソコンとUSBケーブルで繋ぎ、アップルのiTunesに保存しているファイルをNexus7のフォルダMisicに転送しただけで、作業は極めて簡単だ。試しにWindows Media Playerを使いMP3に変換したものも入れてみたが、無論これも問題なく再生できた。私はアメリカンルーツ音楽が好きで、ブルーグラスやデルタブルースなどをよく聴いているが、日本人のものは沖縄民謡くらいだ。ジャケット写真撮影で関わった豊田勇造や古川豪などのCDも持っているが、やはり大貫妙子は突出した例外と言えそうだ。彼女の歌ではラブソングが抜群に良い。男の恋唄は女性への想いということになるが、何故か聴くのが気恥ずかしいことが多い。逆に女性にとっての恋歌のターゲットは男であり、従って当然のことながら男への想いが綴られている。それを男が愛聴するのはちょっと倒錯しているよう思われるかもしれない。
PURE ACOUSTIC(1996年)
新しいシャツに袖をとおしながら
私を見つめてるあなたの心が
今はとてもよくわかる

さよならの時に穏やかでいられる
そんな私が嫌い
涙を見せない嘘吐きな芝居をして
しかし例えばこの『新しいシャツ』が描写しているのは、実は相手の男のことではなく、彼女自身、つまり女性の心理なのである。だから不思議なことに違和感がないのである。それに澄んだ彼女の歌声がなせる業も加わっているではないかと思ったりする。その大貫妙子、ター坊と一度お会いしたことがある。1987年秋から暮にかけて、細野晴臣の対談シリーズ『音楽少年漂流記』が週刊「朝日ジャーナル」誌で連載された。ゲストは当時活躍していた9人の女性ミュージッシャンたちで、新潮社から文庫本になって出版化された。写真を私が担当したが、第1回目がオノ・ヨーコで2回目のゲストが彼女だった。本に収録されていないけど、彼女がふと漏らした「ライブが終わって楽屋に戻り、一人でカップ麺をすすったりすることもあるの…」という言葉を今でも鮮やかに覚えている。あの時「そんな時はいつでもお付き合いします」と何故言わなかったのだろうか。そういえば彼女は1953年11月28日生まれ。そうか、来年は還暦を迎えることになるのか。時が流れた。

2012年11月6日

アドビPhotoshopアップグレード選択の期日が迫ってきた


かつてアドビのPhotoshopはアップグレードが自由だった。ところが何年前か失念したが、アップグレードポリシーを変更、3バージョン前以降からしかアップグレードできなくなってしまった。つまりCS6にするはCS3、CS4、CS5からで、CS2以前は切り捨てられた。さらに今年に入って唐突にひとつ前からしかアップデートできないとアナウンスがあった。つまりCS3、CS4のユーザーを切り捨てようとする愚挙に出たのである。これにはさすがに抗議が殺到、アドビは今年末までCS3、CS4からCS6へジャンプできると発表した。しかしこれは今回限りで、来年からはCS5を持っていないとダメということになる。つまりバージョンアップごとに25,000円払ってアップグレードするか、1カ月5,000円払って最新版を使うか、という選択肢しかないことになってしまったのである。さて現在私が所有しているPhotoshopはCS4であるが、CS6にするには今年中にしなければならない。正直言ってPhotoshopは必須ツールであるが、今のバージョンで不自由していない。つまり必須としつつ、ごく一部しかその機能を使っていなく、新機能の解説を読んでも食指が動かない。それにCS6のインターフェースは余り評判が良くないのも気になる。さらにこの先、大幅な機能改善が施されるとは考え難い。いっそアップグレード無視、動かなくなるまで今のまま使おうかとも思ったりする。選択の期日が迫ってきた。

2012年11月5日

グーグルvsアップルとタブレット端末

Google Apple  Image Credit: titi267

アップルのiPadミニが11月2日に発売された。ディスプレーは7.9インチ、1,024×768ピクセル、163ppiである。先行したグーグルのNexus7、そしていわば「第三極」のアマゾンのKindleFireHDと三つ巴のシェア争いが始まったようだ。この手の機器に関しては日本のメーカーが得意としそうだが、残念ながら世界レベルでは蚊帳の外に追いやられている。ところでアップルは元々自社のOSを基盤にしたパソコン製造会社である。OSの面ではグラフィックユーザーインタフェースを模倣したと揶揄されても仕方ないWindowsのマイクロソフトと競合するのだが、両社には棘々しい表面上の争いはなかったように見える。一方グーグルは本来ソフトウェア会社で、検索エンジンによって広告収入を上げてきた会社だ。そのグーグルとアップルの仲が険悪になったのは、携帯情報端末を主なターゲットとして開発されたプラットフォームAndroidが世に出たからだと言われてるようだ。ウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』によると、ジョブスは「この悪を糺すためなら、アップルが銀行に持つ440億ドルを残らずつぎこむつもりだし、必要ならぼくが死ぬときの最後の一息だってそのために使ってやる。アンドロイドは抹殺する。盗みでできた製品だからだ。水爆を使ってでもやる」と激昂したようだ。

もしジョブスが存命でNexus7を見たとすれば、さらに怒りをぶちまけたに違いないだろう。ちょうど一カ月ほど前、当ブログに「グーグルのタブレットNexus7がやってきた」という一文を載せた。アップルが小型iPadを出すことを知っていながら導入したのは、やはりブラウザ、メール、カレンダー、マップ、ブログなど、グーグルのツールを多用しているからに他ならない。グーグルのサーバーが落ちたら、情けないけどにっちもさっちも行かなくなるくらい依存している。従ってNexus7導入だったのだが…。想像通りタブレットは情報受動型のモバイル端末で、発信型ではないことを再確認した。ソフトウェアキーボードは使いづらく、例えばブログの更新には辛い。せいぜいFacebookの「いいね!」ボタンを押すくらいが関の山で、あの小さな画面でTwitterやFacebookに書き込んでる人を見るとほとほと感心する。というわけで、メールやニュース、天気予報のチェック、SNSの大雑把な閲覧がネットワーキングらしい使い方で、後はエンターテイメント、私の場合は携帯音楽ツールと化しているのが実情である。YouTubeは無論だが、音楽専門のインターネットラジオ局にアクセスするのが常となったしまった。CD音源はパソコンでMP3形式に変換、USBケーブルを使って転送している。

2012年11月3日

そろそろ年賀状のデザインを考えておこう


双龍図  建仁寺(京都市東山区小松町大和大路通四条下る) NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

北大路タウンの地下道を歩いていたら年賀状を売っていた。1日から売り出したそうだが、正月まで二カ月もあるし、ずいぶん早いような気がしないでもない。しかしそろそろ年賀状のデザインを考えておかねばという気持ちになった。確か一昨年の暮れだったと記憶しているが、ある方から「年賀状を出しません」という意味のハガキが着いた。意地悪く解釈すれば交換したくない人だけに出したのではと勘ぐれないわけではない。しかし真っ正直な性格を知ってる私は、余程困ってのことだろうと想像したものである。ある大きな写真団体の役員さんで、会ったこともない会員から年賀状がたくさん届き辟易としているのだろうか。私なら黙ったまま出さずに自然淘汰を待つかもしれない。

そうすれば自然と減るのにと想像するからだ。私もかつて年賀状は面倒と思ったことが何度もあるけど、結局続けたままになっている。ただ既成の年賀ハガキは使わず私製ハガキに切手を貼って出している。通信面は印刷なので、せめてということで、宛名は万年筆で書くことにしている。年賀切手を使ったこともあるが、毎年デザインがもうひとつなので、図柄の綺麗な記念切手を貼ることにしている。年賀状というと干支をデザインしたものが圧倒的に多く、今年は建仁寺の天井画「双龍図」の写真を使ったけど、今度はどうしようかと迷っている。干支なら巳年だから蛇ということになるが、写真が難しい。というより、今から何にするか明かしたらそれこそ興ざめに違いないので、内緒にしておこう。

2012年11月1日

遺伝子組み換え作物は限りなく不自然だ

GMO... i'm hatin' it  (Image Credit: NixSeraph

試しにGMOをキーワードにネット検索したところ、IT企業や金融機関などのサイトがぞろそろ並ぶだけで、肝心の「遺伝子組み換え生物」(GeneticallyModifiedOrganism)がヒットしない。日本ではまだこの英略語が浸透していないのかもかもしれない。遺伝子組み換えといえば、アメリカのミズーリ州クレーブクールに本社を置く多国籍バイオ化学メーカーのモンサント社を想起する。ベトナム戦争で多くの奇形児を生んだ枯れ葉剤の製造で知られる化学薬品会社である。そしてラウンドアップ(除草剤)に耐性のある遺伝子組み換え大豆を発明したことで食品会社に転じたという歴史を持っている。従って当然のことながら、遺伝子組み換えによって作られた農産物が果たして安全か、という議論がある。そこから生まれたのがフランスの女性ジャーナリスト、マリー=モニク・ロバンが監督した映画『モンサントの不自然な食べもの』である。遺伝子組み換え作物から、過去に発売された枯葉剤、農薬、PCB、牛成長ホルモン。1世紀にわたるモンサント社のヴェールに包まれた歴史を、貴重な証言や機密文書によって検証したドキュメンタリーである。42カ国で公開され遺伝子組み換え作物政策に大きな影響を与えたが、日本では今年9月から全国公開が始まった。

遺伝子組み換え作物の安全性について、日本モンサントは「国際的な遺伝子組み換え食品の安全性評価基準に基いて国が安全性評価を行い、安全性が確認され、認可された遺伝子組み換え作物だけが流通しています」と説明している。これに対し安全性に対し危惧を抱いてる動きが活発である。モンサント社が認めてるように、農業バイオテクノロジーはヨーロッパで厳しい反対に直面、現在ラウンドアップレディー大豆の栽培は認められていない。また9月19日付でフランスのルモンド紙が「モンサントの遺伝子組み換え食品に毒性の疑い」という記事を掲載している。ところで上のイラストは明らかにマクドナルドを意識したデザインだが、同社日本法人はGMO作物使用を否定しているようだ。しかし世界の大豆生産の81%を占めるアメリカ、アルゼンチン、ブラジル三国の大豆はGMO作物だという。であれば、大豆かすが混ざっているマクドナルドのすべてのハンバーガーも遺伝子組み換えであることを意味する。加工食品の多くに使われているのて、遺伝子組み換え作物が大量に輸入されている。依存大国ニッポンの現状に関しては、ネット上での議論が盛んだが、マスメディアのほとんどが無視している。新聞やテレビにとって、大手食品会社は大スポンサーだからだと私は想像している。